アーティストの川内理香子さんが、描くことに夢中だった幼少期のエピソードや、自身の表現を新たなフェーズに導いたある本との出会い、今後挑戦したいことなどについて語った。
川内さんは1990年・東京都生まれ。不確かであいまいな身体と思考のつながりをドローイングやペインティングで描く、現代アートの分野で注目を集める新進気鋭の芸術家だ。
川内さんが登場したのは、俳優の小澤征悦がナビゲーターを務めるJ-WAVEの番組『BMW FREUDE FOR LIFE』(毎週土曜 11:00-11:30)。同番組は、新しい時代を切り開き駆け抜けていく人物を毎回ゲストに招き、BMWでの車中インタビューを通して、これまでの軌跡や今後の展望に迫るプログラムだ。
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川内: 絵を描くことは、物心つく頃から好きだったみたいです。7歳のときには、新聞の記事で見つけた、日本画家の加山又造さんが描かれた京都・天龍寺の天井画「雲龍図」に感銘を受け、3日間ぶっ通しで模写し続けたこともありました。この出来事があってから、親も私の描くことへの強い関心を感じたのか、ピカソなどの美術展に連れて行ってくれるようになりましたね。
加山又造といえば「現代の琳派」と称される日本画の大家。天龍寺は世界遺産に登録されている京都嵐山の名刹で、その天井に描かれた雲龍図はどこから見ても人を睨みつける「八方睨みの龍」として名高い。この龍の絵を幼い頃に夢中で模写していた川内さんだが、当時よく描いていたのは食べ物に関する絵だったという。
川内:「食べる」って、ダイレクトに体感があるというか。身体が変わる感覚があるじゃないですか。たとえば、食べることで眠くなるなど身体に何らかの変化が生じるし、逆に食べなければ、空腹で食べ物のことしか考えられなくなる。そんなふうに、食べるという行為に対し、自分の身体の重さや生々しさみたいなものを小さい頃から強く感じていたんです。今は食というより、食を含ませた身体に興味があるんだなと認識しています。
川内:普通の学校の制度みたいなものに私は合わなくて。自由な高校でないと通うのが大変だと思っていました。その点、文化学院はすごく自由な校風で。ほぼ大学みたいなんですよね。それに、朝礼や運動会など、みんなで何かをする協調性が必要な場面が一切ない。このように自分が窮屈、苦手と感じるものが何もなく、なおかつ美術が学べるので、いいのではないかと思い入学しました。実際に入ってみたら、楽しかったですし、自分に合ってました。一般的な高校には、基礎教育で「これは学ばなきゃいけない」という教科がありますが、文化学院は各先生が教えたいものを教えるという方針を採っていました。先生がおもしろいと思っている知識を共有してもらえるから、授業を受ける側としてもおもしろさを感じやすくて。そこも良かったポイントでしたね。
文化学院は大正12年に、「国の学校令によらない自由で独創的な学校」を作るという理想を掲げて創立。日本ではじめての男女平等教育を実施し、共学を実現した学校だ。「小さくても善いものを」「感性豊かな人間を育てる」との方針により、創立時から現在に至るまで多くの文化人・芸術家が教育者を務め、創立者の一人である与謝野晶子をはじめ、芥川龍之介、三島由紀夫、谷崎潤一郎、東郷青児、棟方志功など、錚々たる面々が教鞭を執ったことでも知られる。
川内:大学3年生のとき、新進アーティストを応援する資生堂の公募プログラム「shiseido art egg」に入選し、入選者特典として資生堂ギャラリーで個展を開催したことが、私にとってのデビューでした。そこから大学の課題に加えて、外部の展示に向けた制作にも取り組む、二足の草鞋を履くような生活になったので、忙しかったですね。
「shiseido art egg」でアーティストデビューを飾って以降、2021年には若手現代アート作家を支援する「TERRADA ART AWARD 2021」を受賞し、2022年には若手作家の登竜門「VOCA展」のグランプリに輝くなど、川内さんの躍進は止まらない。気鋭の若手アーティストとして注目を集めるようになった今もなお、中心にあるテーマや表現手段は変わらないようだ。
川内:やはり身体には常に関心があり、常にテーマとしています。それは自分のこの身体が描いているからにほかなりません。あとは線で描くこと。これも小さい頃から変わっていません。線は身体を一番表現できるものだと思っていて。たとえば書道では、書いた人の身体の動きが如実に表れます。「こういうふうに動いたんだ」「これくらいの力で書いたんだ」「ここで呼吸したんだ」など、所作が線から伝わってくる。なおかつ、精神性も表れやすい。こうした理由から、線と身体は強く結びついていると、私は捉えているんです。
川内:レヴィ=ストロースを読んでから、神話をテーマにした作品を描くようになりました。食に関する本を読みたいと考えていろいろ探していたところ、「生のものと火を通したもの」というレヴィ=ストロースの著書を見つけて。大学では文化人類学を専攻していたこともあって、レヴィ=ストロースの名前自体は聞いたことがあったのですが、詳しく知っているわけではありませんでした。なので、タイトル買いというか。CDのジャケ買いのような気持ちで、タイトルに惹かれ「これは絶対に自分が求めているものが書かれているはずだ」と思って購入したんです。そしたら、食の話というよりは神話の世界がそこには広がっていました。
この本でレヴィ=ストロースは、神話には隠された裏の意味があり、その意味の整合性で話が成り立っていると分析しています。また、その裏の意味はすべて食べ物や身体、排せつなどに還元されていき、人間の文化の始まりは料理の火にあるとも説いています。私自身、食と身体はこれまでも志向しテーマとしていたのですが、「生のものと火を通したもの」を読んでからは、作品に神話のイメージが入ってくるようになりました。たとえば、壺は消化を表すもの、トラは料理の火を表すものと解釈できると、レヴィ=ストロースは本のなかで主張しています。自分が今まで抽象的に思考していたものに具体的なイメージがあてがわれていて、それが作品にも還元されていきました。
川内さんが運命的な出会いをした本の著者・レヴィ=ストロースは、フランスの社会人類学者。現代思想としての構造主義を担った中心的人物と評される20世紀を代表する知の巨人だ。
その影響を受け、神話をテーマにした作品を描くようになった川内さんの作品は、海外でも高く評価されている。これまでに韓国のソウル、イタリアのミラノ、ドイツのケルン、ベルギーのブリュッセルなどの都市でもグループ展や個展を開催してきた。そんな彼女にとって「未来への挑戦=FORWARDISM」とは?
川内:次の作品を描くことが自分にとっては常に挑戦です。昨日より今日いい線を描いていたいし、この前よりも次はもっといい作品を描きたい。一枚一枚描くほどに、どんどん理想とするものに登っていくようなイメージがあります。今はさまざまなものがデジタル化していく時代で、作品もデジタルなものもありますが、私はペインティングやドローイングなど長い歴史を持つアナログな技法は、何物にも代えがたいものだと考えています。太古の昔から人間は絵を描くこと、線を引くことをしてきて、言語の始まりも絵だったわけで。なので、そこからは離れられないんじゃないかと思っています。
川内さんは1990年・東京都生まれ。不確かであいまいな身体と思考のつながりをドローイングやペインティングで描く、現代アートの分野で注目を集める新進気鋭の芸術家だ。
川内さんが登場したのは、俳優の小澤征悦がナビゲーターを務めるJ-WAVEの番組『BMW FREUDE FOR LIFE』(毎週土曜 11:00-11:30)。同番組は、新しい時代を切り開き駆け抜けていく人物を毎回ゲストに招き、BMWでの車中インタビューを通して、これまでの軌跡や今後の展望に迫るプログラムだ。
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7歳のときには、「3日間ぶっ通しで」名刹の龍の絵を模写
川内さんを乗せた「BMW X2 xDrive20i Mスポーツ」は六本木ヒルズを出発。ドローイングとペインティングを「線」で表現するスタイルを確立している彼女だが、絵に興味を持つようになったのはいつ頃のことだったのか?川内: 絵を描くことは、物心つく頃から好きだったみたいです。7歳のときには、新聞の記事で見つけた、日本画家の加山又造さんが描かれた京都・天龍寺の天井画「雲龍図」に感銘を受け、3日間ぶっ通しで模写し続けたこともありました。この出来事があってから、親も私の描くことへの強い関心を感じたのか、ピカソなどの美術展に連れて行ってくれるようになりましたね。
川内:「食べる」って、ダイレクトに体感があるというか。身体が変わる感覚があるじゃないですか。たとえば、食べることで眠くなるなど身体に何らかの変化が生じるし、逆に食べなければ、空腹で食べ物のことしか考えられなくなる。そんなふうに、食べるという行為に対し、自分の身体の重さや生々しさみたいなものを小さい頃から強く感じていたんです。今は食というより、食を含ませた身体に興味があるんだなと認識しています。
「すごく自由な校風」だった母校・文化学院
そんな話をしているうちに「BMW X2 xDrive20i Mスポーツ」は御茶ノ水へやってきた。目的地は川内さんが通い、卒業後の2018年に惜しまれつつも閉校となった高校・文化学院の跡地だ。文化学院は大正12年に、「国の学校令によらない自由で独創的な学校」を作るという理想を掲げて創立。日本ではじめての男女平等教育を実施し、共学を実現した学校だ。「小さくても善いものを」「感性豊かな人間を育てる」との方針により、創立時から現在に至るまで多くの文化人・芸術家が教育者を務め、創立者の一人である与謝野晶子をはじめ、芥川龍之介、三島由紀夫、谷崎潤一郎、東郷青児、棟方志功など、錚々たる面々が教鞭を執ったことでも知られる。
大学3年生で初の個展を開催してアーティストデビュー
文化学院の伝統に裏打ちされた自由な風土に育まれた川内さんは同校卒業後、多摩美術大学絵画学科へ進学。在学中には早くもその才能が開花する。川内:大学3年生のとき、新進アーティストを応援する資生堂の公募プログラム「shiseido art egg」に入選し、入選者特典として資生堂ギャラリーで個展を開催したことが、私にとってのデビューでした。そこから大学の課題に加えて、外部の展示に向けた制作にも取り組む、二足の草鞋を履くような生活になったので、忙しかったですね。
「shiseido art egg」でアーティストデビューを飾って以降、2021年には若手現代アート作家を支援する「TERRADA ART AWARD 2021」を受賞し、2022年には若手作家の登竜門「VOCA展」のグランプリに輝くなど、川内さんの躍進は止まらない。気鋭の若手アーティストとして注目を集めるようになった今もなお、中心にあるテーマや表現手段は変わらないようだ。
川内:やはり身体には常に関心があり、常にテーマとしています。それは自分のこの身体が描いているからにほかなりません。あとは線で描くこと。これも小さい頃から変わっていません。線は身体を一番表現できるものだと思っていて。たとえば書道では、書いた人の身体の動きが如実に表れます。「こういうふうに動いたんだ」「これくらいの力で書いたんだ」「ここで呼吸したんだ」など、所作が線から伝わってくる。なおかつ、精神性も表れやすい。こうした理由から、線と身体は強く結びついていると、私は捉えているんです。
レヴィ=ストロースの著書との出会いで、神話をテーマにした作品を描くように
線と身体にこだわり続ける川内さん。彼女の表現を新たなフェーズへと導いた一冊の本があるという。川内:レヴィ=ストロースを読んでから、神話をテーマにした作品を描くようになりました。食に関する本を読みたいと考えていろいろ探していたところ、「生のものと火を通したもの」というレヴィ=ストロースの著書を見つけて。大学では文化人類学を専攻していたこともあって、レヴィ=ストロースの名前自体は聞いたことがあったのですが、詳しく知っているわけではありませんでした。なので、タイトル買いというか。CDのジャケ買いのような気持ちで、タイトルに惹かれ「これは絶対に自分が求めているものが書かれているはずだ」と思って購入したんです。そしたら、食の話というよりは神話の世界がそこには広がっていました。
この本でレヴィ=ストロースは、神話には隠された裏の意味があり、その意味の整合性で話が成り立っていると分析しています。また、その裏の意味はすべて食べ物や身体、排せつなどに還元されていき、人間の文化の始まりは料理の火にあるとも説いています。私自身、食と身体はこれまでも志向しテーマとしていたのですが、「生のものと火を通したもの」を読んでからは、作品に神話のイメージが入ってくるようになりました。たとえば、壺は消化を表すもの、トラは料理の火を表すものと解釈できると、レヴィ=ストロースは本のなかで主張しています。自分が今まで抽象的に思考していたものに具体的なイメージがあてがわれていて、それが作品にも還元されていきました。
川内さんが運命的な出会いをした本の著者・レヴィ=ストロースは、フランスの社会人類学者。現代思想としての構造主義を担った中心的人物と評される20世紀を代表する知の巨人だ。
川内:次の作品を描くことが自分にとっては常に挑戦です。昨日より今日いい線を描いていたいし、この前よりも次はもっといい作品を描きたい。一枚一枚描くほどに、どんどん理想とするものに登っていくようなイメージがあります。今はさまざまなものがデジタル化していく時代で、作品もデジタルなものもありますが、私はペインティングやドローイングなど長い歴史を持つアナログな技法は、何物にも代えがたいものだと考えています。太古の昔から人間は絵を描くこと、線を引くことをしてきて、言語の始まりも絵だったわけで。なので、そこからは離れられないんじゃないかと思っています。