世界各地の芸術家の日常とは? 出版プロジェクト「Studio Journal knock」を手掛ける写真家・西山勲が語る半生

世界各地の芸術家を訪ね、彼らの創作とともにある日常を綴る出版プロジェクト「Studio Journal knock」を展開する写真家の西山勲さんが、同プロジェクトを開始した理由や世界各地を旅しながら本を作る方法、 印象的だったアーティストなどついて語った。

西山さんは1977年生まれの写真家。世界中を旅しながら現地でネットワークを構築し、さまざまなアーティストと出会って写真を撮り、その様子を本として出版している。

西山さんが登場したのは、俳優の小澤征悦がナビゲーターを務めるJ-WAVEの番組『BMW FREUDE FOR LIFE』(毎週土曜 11:00-11:30)。同番組は、新しい時代を切り開き駆け抜けていく人物を毎回ゲストに招き、BMWでの車中インタビューを通して、これまでの軌跡や今後の展望に迫るプログラムだ。

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活動の原点は、タイの芸術家コミュニティとの出会い

以前暮らしていた神奈川県・溝の口から多摩川へ向けて出発した「BMW M2クーペ」の車中にて、西山さんは写真家になる以前のことから語り始める。

地元の福岡で12年間グラフィックデザイナーとして働いていたある日、西山さんは激務によるストレスで体調を崩してしまう。さらに薬の飲み合わせが悪く、アナフィラキシーショックで一命をとりとめる一大事に見舞われる。この体験から今までの生き方に疑問を持ち、これからの人生について深く考えるようになったという。そんな折、新たな人生のステージとして選んだのが旅と写真だった。

西山:あるとき、僕と同い年くらいの芸術家の友人が「タイのバンコクに、アーティストのコミュニティがある」と教えてくれて、「アーティストってどんな人たちなのだろう?」と興味を持ったんですよ。実際に訪れてみると、そこは外に開けたデザイン事務所のような場所でした。施設内には、アーティストたちが仕事をするための小さなスペースが何個かあり、僕は庭に面したミーティングスペースでとりあえず、みんなの様子を見てたんです。すると、入れ代わり立ち代わりさまざまなアーティストがビール片手に集まってきて、自分がどんな作品を作っているのか話してくれる人もいれば、突然歌を披露してくれる人もいました。

そこから約1週間、みんなと一緒に旅をしたリ、「よかったらぼくの家に泊まりに来ていいよ」という画家をしている男の子の家に5日間ほど泊めてもらったりしました。このときに取材ではなく、一緒に酒を酌み交わす仲間として彼らの暮らしぶりや創作活動を自然のままに見せてもらったことがものすごくおもしろくて。旅の間はずっと写真を撮っていたんですけど、帰りの飛行機の機内で「冊子として形に残したい」と思い立ち、レイアウトを一気に書き上げました。その後、家に着くなりデザインに取り掛かって、現像した写真を当てはめていき、結果、52Pの薄い雑誌のようなものが出来上がったんです。

この冊子を発表したいと思い、全国で開催されているZINEのイベントやブックフェアなどに持ち込みました。また、バッグとリュックいっぱいに本を詰め込んで北海道から地元の福岡までを巡り、リストアップしたインディペンデント系のブックショップ100軒くらいに「置いてもらうことはできないですか?」と訊いて回りました。最終的に32店舗の本屋さんが置いてくれて、このことに手ごたえを感じて「これを世界中のアーティストを対象に展開してはどうだろう?」と閃いたんですよね。

Airbnbで借りた宿に籠って本を制作

タイでの体験を本として出版した西山さんは「今度は世界へと広げたい」と思い立ち、旅をしながら本を作る構想を固める。そこからの行動は早く、家財道具を処分し、デザイン事務所を閉めて、仕事は当時のアシスタントに引き継いでもらったという。

西山:まずはアメリカから東回りで世界を一周することに決め、どこの国へ訪れるか大まかに世界地図に線を引きつつ、旅先となる都市で活動するアーティストをリストアップしていきました。カリフォルニアを出発地として最初はサンフランシスコへ行ったのですが、現地で活動するアーティストのリストからさらにリサーチを深めて「この人に会いたい」という人を厳選し、メールやSNSを介して連絡をして、アポイントを取っていきました。

西山さんのプロジェクト「Studio Journal knock」は、旅をしながら現地のアーティストを取材してカメラで撮影し、その記録を本として出版するというもの。では実際、どのようなプロセスで本が出来上がるのだろうか?

西山:最初はアメリカで取材し、その後、Airbnbで借りたカナダ・リッチモンドの安宿に1カ月半ほど長期滞在して本の制作に当たりました。また、日本語と英語によるバイリンガルの体裁を取っていたので、「翻訳をどうするか」という問題もあって。ただそれは、アメリカ・ネバダ州で開催された大規模イベント「バーニングマン」で知り合った、高校まで日本で暮らした関係で、どちらもネイティブに話せるアメリカ人の友人・デイビッドに翻訳を頼んだことで解決しました。

リッチモンドの宿では、取材した写真や文章を編集・レイアウトし、デザインを仕上げました。出来上がったデータはインターネットを介して日本の印刷会社に送信し、色校正を経て製本されるというわけです。完成した本は実家や友人のほか、初めて作った冊子を置いてくださった本屋さんのうち「新しい本ができたので置かせてくれませんか?」という営業メッセージにOKを出してくれた店舗にも発送しました。このように、日本に帰ることなく遠隔的に旅先で本を作るという作業を2年間続けていたのです。世界一周旅をした2年間の間に3冊出版し、少しずつ置いてくれる本屋さんとともに、本のページ数や印刷冊数も増えるなど、プロジェクトは徐々に成長していきました。

特に印象に残った芸術家&今後の展望は?

「Studio Journal knock」ではこれまでに7冊の本を出版。取材で訪れた国の数をカウントすることは途中でやめてしまったとのことで、訪問国数が50~60か国ほどになると、取材対象となったアーティストは100人以上に上ったという。それぞれにユニークなエピソードがあるそうだが、特に印象に残ったアーティストとは?

西山:フランス人男女のアーティストデュオ「Forlane 6 Studio」が特に印象に残っています。男性のマシューが1年の半分くらい海上エンジニアとして石油プラントの仕事に従事する一方、女性のオーテンスがアーティスト活動をメインで行うという二人組です。彼らは、マシューが船の操縦に長けていたため、ヨットの上で生活していました。このヨットの上でオブジェを制作していたほか、島に停泊した際には、島内で手に入れた漂流物や廃材を原材料としたオブジェを作っていましたね。僕は、彼らが地中海のコルシカ島に滞在しながら制作したオブジェを海に沈め、その様子を写真に撮るというプロジェクトを展開している最中に2週間ほど帯同しました。水中写真は、海水が澄んでいなければ綺麗に撮ることができません。なので、気象状況や潮の流れを随時確認しながら良いポイントを探し、同時に作品を作るということを1週間ほど続け、ようやく状況が整ったタイミングで一緒に海中へ潜りました。やり方はオブジェを船から降ろし、スキューバダイビング用タンクを背負って自分たちも海に潜るというもの。僕はスキューバの免許がなかったのですが、彼らより深く潜って下から写真撮影をしたいというイメージがありました。なので、重りとシュノーケルを装着して素潜りをし、彼らが海のなかでオブジェを設置する様子をドキュメントしたのです。彼らとともに過ごした2週間、車で島中を巡って良いポイントを探したり、一緒に船に乗って沖に出たりと、制作と制作の間にある時間を共有できたことも、振り返ってみればすごく豊かな時間だったと思います。

世界中を飛び回り、現地で暮らす芸術家との一期一会の出会いを大切にしながら、彼・彼女らの自由な発想のアートワークを丁寧に伝える西山さん。最後に、西山さんにとっての「未来への挑戦=FORWARDISM」とは何かと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

西山:「Studio Journal knock」のプロジェクトを始動させ、ちょうど10年が経ちました。10周年を記念して、これまで雑誌を作るために撮り貯めてきた写真を一冊の写真集にまとめたんです。そのタイトルが「Secret Rituals」。日本語で「秘めたる儀式」という意味です。僕が取材してきた芸術家たちは皆、世間から認知され、称賛されるよりも、自分の好奇心や探求心を形にしたいという思いからアート作品を手掛けている気がするんです。僕らも子どもの頃にプラモデルを作ったり、歌を歌ったりと、表現活動に没頭していた時間があるじゃないですか。今は他人が何をしているか、自動的に目の前に提示される時代です。そのなかで自分に矢印を向け、自分に集中することはすごく難しく、どうしても外に意識がいき、他人と比べてしまいます。本当は比較したり、争ったりする必要などないのに、それによって落ち込むことだってありますよね。その一方で、自分の好きなものに、誰かに見せるためではなく向き合う時間は心を豊かにしてくれます。その行為が自分しか知らない儀式のようだと感じ、このタイトルにしました。そういった没頭できるものを何か一つでも持てたら、救いになると思うんですよね。そんな考えをアーティストへの取材を通じて今後も伝えていきたいです。

(構成=小島浩平)

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