「月は将来的に人類が住む場所へ」 宇宙と人間の未来を、千葉工業大学 惑星探査研究センター所長の荒井朋子が語る

千葉工業大学惑星探査研究センター所長の荒井朋子さんが、宇宙に興味を持つようになったきっかけや、日本の研究者を取り巻く課題、さらには、有人月面着陸の可能性などについて語った。

2009年に設立された惑星探査研究センターは、太陽系天体の起源と進化を解明することを目的とする研究機関。2023年に同研究センターの所長に就任した荒井さんは、隕石から地球の過去を辿り、人類の未来を切り開くという大きな研究課題に取り組んでいる人物だ。

荒井さんが登場したのは、俳優の小澤征悦がナビゲーターを務めるJ-WAVEの『BMW FREUDE FOR LIFE』(毎週土曜 11:00-11:30)。同番組は、新しい時代を切り開き駆け抜けていく人物を毎回ゲストに招き、BMWでの車中インタビューを通して、これまでの軌跡や今後の展望に迫るプログラムだ。

石から紐解く惑星の歴史

そもそも、荒井さんの研究における専門分野は何なのか。母校である東京大学の本郷キャンパスを目指して走り出した「BMW X1 xDrive 20i xライン」の車中で説明してもらった。
荒井:私たちは、地球と太陽系に存在する他の天体を比較し、その組成やでき方にどのような違いがあるかを調べることに注力しています。太陽系の惑星は、水星、金星、地球、火星までが石の天体で、衛星である月も石でできています。一方、木星と土星はガスの塊です。私たちは前者、つまり、石の天体に着目して研究を進めているんです。

もう少し詳しく説明すると、隕石学、鉱物学という石の組成や組織を調べて、石が天体上でどのようにできたのかを研究する学問が、私の専門となります。石の中には、その石が経てきた非常に長い時間の記憶が保持されていて、地球上の石一つを調べれば、採集した場所の歴史を読み解くことができるんです。同様に、たとえば月から飛んできた石を調べると月の歴史がわかり、火星から飛んできた石を調べると火星の歴史がわかる。だから石は、玉手箱のような貴重な存在なのです。

宇宙に興味を持つきっかけは父親の作り話

地球に居ながらにして、他の惑星の情報を得ることができる隕石。荒井さんがその魅力の虜となり、研究者にまでなったきっかけは、幼少の頃に遡る。父親が冗談で聞かせてくれたある奇想天外な作り話が、彼女の運命を変えることとなった。

荒井:私は石そのものに昔から興味があったわけではありません。地球と他の惑星がどう違うのかがずっと気になっていたのですが、そのきっかけを与えてくれたのは父親でした。うちの父親はすごくふざけた人で、よく「お父さんは火星から来て、お母さんは金星から来て地球で出会ってお前が生まれたんだよ」と、幼い頃に聞かされていたんですよ。その作り話を信じた当時の私は「地球の隣にある火星も金星も普通に人間が住んでいるんだろうな」と思っていました。ところがある日、小学校の理科の授業で「人間は地球にしかいない」と知りました。驚いた私が半信半疑で先生に尋ねると、先生からは「人間どころか生命もいない」と教えられて。「お父さんの話は嘘だったの!?」という衝撃から、じゃあ、地球以外の星について調べるためにはどうすればいいんだろうと宇宙について学ぶことに興味が湧いたんです。それに加えて、天体は望遠鏡で観察することもできますが、できれば実際に手に取って調べられたらより面白いし、詳しいことがわかるのではないかとも考えました。そんなわけで、大学で宇宙に関する勉強をしたい、できれば宇宙の石に関する研究をしたいという思いから隕石学が専門の研究室に進み、今に至っています。

そんな話をしているうちに、東大のシンボル「赤門」が見えてきた。車を降りて敷地内を散策すると、学生時代の懐かしい記憶が蘇ってくる。
荒井:私の専門は月だったので、「アポロの石を研究したい」と先生に希望を伝えたところ、「アポロの石は学部生には敷居が高すぎるから、月から来た隕石を研究しなさい」と指示されて、月の隕石をテーマに卒論を書きました。その後、「いつアポロをやらせてもらえますか?」と聞いたら、「大学院に行かないとダメ」とのことだったので、大学院へ進学しました。さらに修士課程のときに「全種類のアポロの石を研究したい」と打診したら、「それは博士課程に行かないと…」と言われまして。そこで博士課程に進み、アポロの月試料が保管されているNASAのジョンソンスペースセンターへ留学するなど貴重な体験ができました。そんなふうにやりたいことに没頭していたら、いつの間にか博士課程にまで来ちゃったという感覚です。

隕石を発見しやすい場所とは?

地球の面積は5億1000万km²で、約30%が陸地となる。その中から、隕石を見つけ出す作業は大変な労力を要しそうだが、隕石にはどのような特徴があり、また、どのような場所でよく発見されるのだろうか。

荒井:隕石とは地球以外の天体から飛んできて地上に落下した石の総称です。秒速数kmから10kmのスピードで地球にビューンと飛んできます。その際、地球を覆う大気との摩擦で石の表層1~2mm程度が、ドロドロに溶けてしまう。この溶解した石の表面が一瞬で冷えるため、ガラス状の黒光りした膜に覆われた石が出来上がります。もしも地球上のどこかで黒いコロッとした牡丹餅みたいな石を見つけたら、それは隕石の可能性が高いと言えるでしょう。また隕石は、落ちたてのものを拾えることはあまりなく、1000年前とか1万年前の太古の昔に地球に落下したものを発見するケースがほとんどです。こうした探査活動を行う上では、黒っぽい丸い石を見つけやすい環境が必要なのですが、そういった場所が地球上に2カ所あります。一つは砂漠で、もう一つが南極です。南極大陸はほぼ氷に覆われていて、水色の氷河の上に黒い物体が落ちていたら、それはほぼ100%隕石となります。

隕石を見つけやすい場所の一つである南極。この氷の大陸に、荒井さんは2012年12月から2013年1月にかけて「米国南極隕石探査隊」の一員として降り立っている。地球で最も寒い場所での探査活動について、荒井さんは楽しげにこう振り返った。

荒井:探査の方法は、原始的なものでした。私が配属された偵察隊は4人編成だったので、4人が数10m間隔で平行に並んでスノーモービルをゆっくりと走らせ、ひたすら目視で人海戦術的に探していくというやり方です。見つけられた隕石の数は、1日に10個や20個程度。この作業を約2カ月ひたすら南極の氷河をキャンプしながら続けていました。私たちが探査した時期は南極にとっての真夏に当たり、気温も極端に寒くなることはなく、せいぜいマイナス10度か20度くらい。なので、まったく苦ではなく、めちゃくちゃ楽しい2カ月間でしたね。

日本の宇宙ミッションが抱える2つの課題

荒井さんは現在、宇宙空間に漂う塵の化学組成や地球に毎年塵を届ける小惑星などを調査するJAXAの小惑星探査機「デスティニー・プラス」の理学ミッションにおける総責任者として陣頭指揮を執っている。科学的な課題を解明するためにどんな観測装置で何を測ればいいのか、また、それらの観測装置をいつまでに作らなければいけないのか――。細かい準備にもすべて目を通し、全体を把握しながら前に進めるのが、荒井さんの役割だ。様々な立場の人が大きなミッションに携わる中、日本の研究者が置かれている環境やその課題についても肌で感じていることがあるようだ。

荒井:課題は2つあって。一つは大型ミッションが長期化した際の対処です。ロケットの打ち上げが遅れた場合、当然ながら、目的の小惑星に探査機が到着する時期も後ろ倒しになります。そうなると、知りたいデータの入手も遅れてしまう。最初はプロジェクトメンバー一丸となって「頑張ろう」と取り組むのですが、計画がどんどん先延ばしになると、モチベーションをキープするのが難しくなる。あまりに計画が前へ進まないと、プロジェクトから抜けていく人や退官される方まで出てくる。そんなふうに、大型ミッションでスケジュールが伸びたときに、どううまく対処するかが悩みの種ですね。

もう一つは、大きなミッションには様々な人が関わってくるので、その人たちをうまくまとめるマネジメントも課題です。日本の宇宙科学ミッションでは、探査機や装置を開発するための予算はつくのですが、ミッションにかかわる研究者が作業を行うための予算はほとんど付きません。そのため、所属する大学や研究機関で教育や研究を行う傍ら、時間を割いてボランティアのような形で参加しているにすぎないんです。ミッションに参画しているから、その分給与が上がるなどということもありません。善意と興味で参加してくれている人が集まり、何とか組織を作って運営している…というのが現状なのです。そのため、メンバーから「もう疲れたからやりたくない」「忙しいからもうやりません」と言われても、「はい、そうですか。」と受け入れるしかありません。普通、会社だとそうはいかないじゃないですか。だから、欠員が出たら新しい人を探すとか、メンバーに何とか興味を持ち続けてもらえるよう働きかけたりとか。いろいろ気を配るポイントがあって、日々試行錯誤しています。

「宇宙に興味を持つ若い人が増えてくれたらうれしい」

大きなミッションのリーダーとして、そして一人の研究者として宇宙の謎と人類の可能性の拡張に挑み続ける荒井さん。彼女にとって「未来への挑戦=FORWARDISM」とは?

荒井:今は世界中が月を目指す時代です。最近だと日本の探査機「SLIM」が月着陸に成功しています。これよりも前には、中国やインドの探査機が月面着陸を達成しています。各国の「月レース」は今後もますます盛んになり、日本においても月を目指すことは大きなブームとなるはずです。月へのアプローチは現在、「人が行く」ことが前提となっています。来年2025年にはアメリカが宇宙飛行士を月に送り出すと発表していますし、中国は2030年までの有人月面着陸実現を目標としています。となると、日本でも同様の動きが起こるのは時間の問題でしょう。月はこれから、科学者の研究対象という枠組みを超え、人類が将来的に住む場所として注目されていくと考えています。今よりもグッと身近な場所になるはずなので、宇宙に興味を持つ若い人が増えてくれたらうれしいです。そして、地球から月、火星、小惑星へといった具合に、人類の活動領域が広がっていくことに若者が関わってくれたらいいなと思っています。
(構成=小島浩平)
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