岸田繁×佐藤征史×森信行──くるりのオリジナルメンバー3人が約20年ぶりに揃って制作したアルバム『感覚は道標』がリリースされた。10月13日には、制作現場に密着したバンド初のドキュメンタリー映画『くるりのえいが』も公開。
「J-WAVE NEWS」では岸田繁と佐藤征史に独占インタビューを実施。『くるりのえいが』撮影秘話や、名曲『東京』誕生エピソードから現在の想いまで語りつくしてくれた。
岸田:バンドのドキュメンタリー的なものは結構あるけれど、曲作りからレコーディングまでを追った作品はあまり観たことがないんです。ならそういったものを撮ってもいいのかなと。今回の企画について、もっくん(森信行)はもっくんでいろいろと考えたとは思いますが、「面白そうだからやってみようか」という感じでした。
佐藤:やはり20年ぶりにもっくんと一緒にレコーディングするということが企画のスタート地点にはあったと思います。20年ぶりにオリジナルメンバーが集まって何の気なしに曲ができていくという流れは、自分たちにとっても特別なことで、くるりの舞台裏を見せるというよりは、楽曲が生まれて小学校に入学していい服を着せてもらうまでを追いかけるような内容です。そのような方向性の作品になったのは僕らにとっても幸せなことだと思っています。
──コンセプトのようなものは最初からあったのでしょうか?
岸田:コンセプト的なものは、わりと佐渡岳利監督にお任せした部分が大きいです。僕は佐渡監督が手掛けた細野晴臣さんのドキュメンタリー映画(『NO SMOKING』『SAYONARA AMERICA』)が好きで、観終わったあとにフワッと「細野さんやっぱりええな」と思わせる題材と観客の距離がちょうどいいんです。バンドもののドキュメンタリーの中には起承転結のはっきりしたドラマチックなものもありますが、侃々諤々しているところだけを切り取って強調されたりするとウソっぽく見えるし、いわゆる芸能界っぽくなって嫌だなと。僕らはスタジオの中では普通にバンドをやっている人間なので、アルバムとそれを作っている人の姿を主役にするのがいいなと思っていました。
佐藤:とはいえ、完成までどのような内容になるのかは自分たちもわかっていませんでした。途中でどんな画が撮れているのか確認したわけでもないし、完成して初めてその全貌を見た感じです。スタジオには7台くらいの数のカメラが置かれていて、その素材を佐渡監督が確認してまとめるという様な形でした。伊豆スタジオにはトータルすると一か月くらいいて。密着というと朝から晩まで撮影するイメージがありますが、そうではなくて時間を決めて撮影するようなスタイルだったので、ストレスを感じることもありませんでした。伊豆スタジオ以外の場所でもカメラが回っていたりしましたが、完成した映画は曲とアルバムによりフォーカスされたものになっていました。
──レコーディング中にカメラが入るのは、気が散りませんでしたか?
岸田:佐渡監督チームは、「どこからが自分たちの範囲か」「どこから撮影すべきか」という点で非常に気を遣ってくれたので、僕らはカメラの存在を気にすることなく、リラックスしながらアルバム作りに集中できました。素材はたくさん撮っていただきましたが、僕らがカメラを意識して喋っているようなところや、こちらが撮らないでほしいという箇所は配慮していただいたりと、撮り方と編集の双方が上手でした。
岸田:建物自体は1977年からあるスタジオで、僕らとだいたい同じ年齢です。スタジオとはレコーディングという特殊な用途のために作られたものなので、大概が似たような作りになっているんですが、伊豆スタジオのように年季の入った場所は都内にはほとんど残っていないんです。それは機材にも言えることで、都内のスタジオではできなくなってしまったようなことが伊豆スタジオではできたりします。くるりもこれまでいろいろなタイプの音楽を作ってきましたが、今回のアルバムで行ったような生バンドで昔っぽい音楽を作る際には、伊豆スタジオの環境や機材は最適でした。
佐藤:僕らは高級なスタジオだと緊張しがちで(笑)。その点、伊豆スタジオの環境は窮屈な感じもしないし、大きく自由にできる印象がありました。くるりとしての根本的な好みと音楽性が合致した素晴らしいスタジオだったと思います。
──みんなで食卓を囲むシーンにアットホームさを感じました。
岸田:現在のオーナーさんが飲食店も経営されていることもあって、食事は美味しかったです。実はそういう点も我々バンドマンにとっては大事な要素だったりします。今回のレコーディングは、みんなで寝泊まりして食事も一緒に食べてという合宿スタイルでした。特にしばらく離れていたもっくんという仲間とも一緒なわけですから、ある程度のコミュニケーションを取らないと辻褄の合わないことも出てくるわけです。同じ場所で寝起きして同じ釜の飯を食べ、酒を飲んで長い時間を一緒に過ごす。メシと飲み、これはとても大事なことでした。
佐藤:車で20分くらい行ったところに、オーナーさんが経営する海鮮料理店があって、すごい量の船盛がひとりにひとつづづ出されて、刺身も市場には出回らないような新鮮なお魚ばかりで、「これは天国やないか!」と思いました。それがエンドレスに続きます。刺身、焼き魚、煮魚、おすましというのが3回くらいループ。「どこにはいんねん!?」と思うくらいで(笑)。でもおいしいから箸が止まらないんですよね。魚もさることながら、採れ立てのめかぶやワカメが毎日のように出てきて、これを食べようと思っても都心では無理です。皆さんにも伊豆スタジオに行っていただきたいと思うくらいでした。
岸田:譜面が先にある状態でのレコーディングというのが最近は多かったですが、3人でやっていたときは、今回の映画に映されているような作り方をしていました。それを今回久々にやってみたという感じです。曲は一瞬ではできなくて、一瞬のアイデアの蓄積で構築されていくものですが、その瞬間を映像に残しておきたかったというのもあります。昔の自分たちはこうした作り方をしていたんだぞ、と……。メンバーの反応を受けて誰かが弾き始めてそこに乗っかっていったりして。それはまるでキャッチボールのようで、一人で壁当てキャッチボールをしているよりも楽しかったです。話がまとまらないこともありましたが(笑)、それも含めて3人ならではの楽しさがありました。
佐藤:もっくんが抜けて以降はドラマーのスケジュールを抑えて、決められた期間で曲を仕上げるというリミットがありました。でも今回はもっくんも戻って来たし、映画もあったので、わりと自由に時間を使って何時から何時までと決めることなく、疲れたから今日は終わろうかみたいなスタイルで進めることができました。たくさんアイデアが出たから明日曲にまとめてみようかとか、その日その日でグルグルと計画を回して行けたのもよかったと思います。ストレスのないやり方で、くるりにとって当たり前のスタイルのようにも感じました。
──3人でのアルバム制作は『THE WORLD IS MINE』(2002年)以来約20年ぶりです。改めて3人で顔を突き合わせてみて、どのような感慨がありましたか?
岸田:同窓会に行ったらその当時の自分たちに戻ったような気分になるという様な話はよく聞きますが、僕らも今回3人で20年ぶりにアルバムを作ってみて、大学生の頃の感じに戻ったような感覚がありました。同時に20年ぶりに3人が再び揃ったというあまり類のないことが実現したということへの、「俺らよくやったな!」という満足感もありました。
──20年前との違いを感じることはありましたか?
岸田:当時のスタッフとは違う座組でレコーディングができたという点は大きかったと思います。これがもし当時と同じスタッフでやっていたら、生まれる楽曲もより過去に回収されてしまい、うまく行かなかったんじゃないかと思います。当時を知らない若いスタッフとエンジニアたちが新しいものとして僕らと接してくれたことで、“くるりらしさ”というこちら側の思い込みを壊してくれたように思います。凝り固まったものがお湯で戻された感覚というのか……。ちなみに『朝顔』はレコーディングに余裕ができて、うまいこと行きそうだと思い始めたときに「大人の余裕を出したろか」と思って作った曲です。『ばらの花』っぽい曲を今のくるりでやってみたらどうなるだろうかと。
岸田:『東京』『ばらの花』は自分たちの作家性や意図を超えて、お客さんの方で大きくなった印象が大きいです。この曲に対する自分たちの思い入れが、お客さんたちの思い入れに比べたら追いついていません。もちろんいい曲だとは思うけれど、「何がそんなに響いたんだろう?」という思いも同じくらいあります。でも、それは自分たちのいいところに自分たちが気づいていないだけで、若い頃の自分が意図せず発した言葉が的を射ていたということなのかもしれないし、若い頃の感性を偶然にも捉えていたのかもしれません。曲を書いて20年以上経っているわけですが、その場だけでは終わらないような作りになっているのも事実です。時代も変わり、僕自身も変わって曲に対する解釈は変わってくるとは思いますが、『東京』や『ばらの花』は蓋をせず、着地もさせていないような感覚があります。
──『東京』を書いたときは全財産500円だった……という逸話を耳にしましたが、これは本当ですか?
岸田:実際はもっと少なかったと思います。佐藤さんからちょこちょこと借金をしていました。佐藤さんも優しいから文句を言わずに貸してくれる。彼自身もお金はなかったと思うけれど……。
佐藤:学生のバンドマンは本当に金がない! 頑張ってバイトしても全部スタジオ代金に消えていくので、僕はお母さんのすねを齧っていました(笑)。『東京』はくるりにとって初めてのリアルな歌詞の内容だった気がします。フジロックがあって大雨の中で風邪をひいて、泊まれるところもないから公園で寝たりして。そんな当時のことが演奏しながら蘇ることもゼロではないです。
岸田:『東京』は他の曲と違ってリリックが自分の日記みたいなんです。ただし、フジロックに行って風邪をひいて、金がないけれどダイドーのデミダスコーヒーが飲みたくて買ったとか、具体的な実像は書いてはいません。だからこそ聴いた人たちの経験に当てはめやすいのかなとも思います。当時は恥ずかしながら本当に金がなくて……。佐藤さんのお母さん、ありがとうございます。あなたがいなければ『東京』は誕生しませんでした(笑)。
佐藤:今度帰省したら母に伝えておきます(笑)。
──J-WAVE NEWSで取材をする際、テーマを設けて、おすすめの一曲を聞いています。『くるりのえいが』は初期の頃の映像もふんだんに織り込まれていて、長年のファンが観ると、自分の昔の思い出も蘇ってくるのではと感じました。ということで、おふたりの「青春」の一曲を教えてください!
佐藤:ベタですが、僕が「青春」として思い出す曲はベン・E・キングの『スタンド・バイ・ミー』です。まだバンドを始める前の高校時代、楽器を持つきっかけになった友だちがいて、その人の家に入り浸っていたときに流れていたのがオールディーズのコンピレーションアルバムでした。そこに『スタンド・バイ・ミー』が含まれていたんです。それを聴いていると心がとても落ち着いて、今でも休みの日に家で流したりしています。その友人こそ、くるりを始める前のバンドでボーカルを務めていた人で、岸田さんと一緒にバンドを組んでいました。そんなくるり誕生前の繋がりもあるので『スタンド・バイ・ミー』が思い浮かびました。
岸田:青春……。いわゆる青春時代の僕はこじれている系だったので、青春とは程遠いプログレの曲しか思いつかないです(笑)。それでもあえて青春っぽい、リビドーやキラキラという青春的なイメージを含んでいるものとして考えるならば、ダイナソーJr.の『フィール・ザ・ペイン』ですかね。
岸田:サビに向かってグワッとエネルギーがうねって大爆発するけれど、そのサビに歌がないという衝撃。それなのにキャッチーという不思議さ。世の中には青春の輝きを彷彿とさせるような曲やリリックがありますが、この曲は若い頃の自分になんでもできるような気分をくれた一曲で、自分をリフトアップしてくれました。
(取材・文=石井隼人、撮影=竹内洋平)
13日のオンエアは現在、radikoタイムフリーで楽しめる。再生は2023年10月20日(金)28時ごろまで。
また2023年10月15日(日)18:00-18:54には、吉岡里帆と岸田繁がJ-WAVEで対談。オンエア開始後、2023年10月22日(日)28時ごろまでradikoタイムフリーで再生可能。
■公開情報
『くるりのえいが』
2023年10月13日(金)より全国劇場3週間限定公開&デジタル配信開始
出演:くるり
岸田繁 佐藤征史 森信行
音楽:くるり 主題歌:くるり「In Your Life」 オリジナルスコア:岸田繁
監督:佐渡岳利 プロデューサー:飯田雅裕 配給:KADOKAWA 企画:朝日新聞社 宣伝:ミラクルヴォイス
©2023「くるりのえいが」Film Partners
【デジタル配信情報】
『くるりのえいが』は全国劇場公開と同時に以下配信先サービスにてデジタルレンタル配信いたします。
■配信日時:10月13日(金)0:00〜11月2日(木)23:59【3週間限定】
■料金:一律2000円(劇場一般通常料金と同じ/デジタルレンタル/※一部サービスは決済方法の違いにより実際の支払額が異なります。詳細は各配信サービスへお問い合わせください)
■配信先サービス:Amazon Prime Video、U-NEXT、DMM TV、FOD、huluストア、J:COMオンデマンド、Lemino、 milplus、music.jp、Rakuten TV、TELASA、Video Market、カンテレドーガ、クランクイン!ビデオ、ニコニコ(全15社)※順不同
■配信特典映像:ライブ映像「ばらの花」、「LV69」(COFFEE HOUSE拾得50周年/2023年2月28日開催)
「J-WAVE NEWS」では岸田繁と佐藤征史に独占インタビューを実施。『くるりのえいが』撮影秘話や、名曲『東京』誕生エピソードから現在の想いまで語りつくしてくれた。
「普通にバンドをやっている」姿を映すドキュメンタリー
──『くるりのえいが』が完成しました。どのような作品になりましたか?岸田:バンドのドキュメンタリー的なものは結構あるけれど、曲作りからレコーディングまでを追った作品はあまり観たことがないんです。ならそういったものを撮ってもいいのかなと。今回の企画について、もっくん(森信行)はもっくんでいろいろと考えたとは思いますが、「面白そうだからやってみようか」という感じでした。
佐藤:やはり20年ぶりにもっくんと一緒にレコーディングするということが企画のスタート地点にはあったと思います。20年ぶりにオリジナルメンバーが集まって何の気なしに曲ができていくという流れは、自分たちにとっても特別なことで、くるりの舞台裏を見せるというよりは、楽曲が生まれて小学校に入学していい服を着せてもらうまでを追いかけるような内容です。そのような方向性の作品になったのは僕らにとっても幸せなことだと思っています。
──コンセプトのようなものは最初からあったのでしょうか?
岸田:コンセプト的なものは、わりと佐渡岳利監督にお任せした部分が大きいです。僕は佐渡監督が手掛けた細野晴臣さんのドキュメンタリー映画(『NO SMOKING』『SAYONARA AMERICA』)が好きで、観終わったあとにフワッと「細野さんやっぱりええな」と思わせる題材と観客の距離がちょうどいいんです。バンドもののドキュメンタリーの中には起承転結のはっきりしたドラマチックなものもありますが、侃々諤々しているところだけを切り取って強調されたりするとウソっぽく見えるし、いわゆる芸能界っぽくなって嫌だなと。僕らはスタジオの中では普通にバンドをやっている人間なので、アルバムとそれを作っている人の姿を主役にするのがいいなと思っていました。
──レコーディング中にカメラが入るのは、気が散りませんでしたか?
岸田:佐渡監督チームは、「どこからが自分たちの範囲か」「どこから撮影すべきか」という点で非常に気を遣ってくれたので、僕らはカメラの存在を気にすることなく、リラックスしながらアルバム作りに集中できました。素材はたくさん撮っていただきましたが、僕らがカメラを意識して喋っているようなところや、こちらが撮らないでほしいという箇所は配慮していただいたりと、撮り方と編集の双方が上手でした。
「食事とお酒」の交流も大切にした、伊豆スタジオでの制作
──レコーディング場所となった伊豆スタジオですが、雰囲気とロケーションも素晴らしかったです。岸田:建物自体は1977年からあるスタジオで、僕らとだいたい同じ年齢です。スタジオとはレコーディングという特殊な用途のために作られたものなので、大概が似たような作りになっているんですが、伊豆スタジオのように年季の入った場所は都内にはほとんど残っていないんです。それは機材にも言えることで、都内のスタジオではできなくなってしまったようなことが伊豆スタジオではできたりします。くるりもこれまでいろいろなタイプの音楽を作ってきましたが、今回のアルバムで行ったような生バンドで昔っぽい音楽を作る際には、伊豆スタジオの環境や機材は最適でした。
佐藤:僕らは高級なスタジオだと緊張しがちで(笑)。その点、伊豆スタジオの環境は窮屈な感じもしないし、大きく自由にできる印象がありました。くるりとしての根本的な好みと音楽性が合致した素晴らしいスタジオだったと思います。
岸田:現在のオーナーさんが飲食店も経営されていることもあって、食事は美味しかったです。実はそういう点も我々バンドマンにとっては大事な要素だったりします。今回のレコーディングは、みんなで寝泊まりして食事も一緒に食べてという合宿スタイルでした。特にしばらく離れていたもっくんという仲間とも一緒なわけですから、ある程度のコミュニケーションを取らないと辻褄の合わないことも出てくるわけです。同じ場所で寝起きして同じ釜の飯を食べ、酒を飲んで長い時間を一緒に過ごす。メシと飲み、これはとても大事なことでした。
大学生の頃に戻ったような感覚もあった
──映画の中で、岸田さんからの口伝えで楽曲が徐々に浮かび上がってくるセッションスタイルの曲作りの様子も興味深かったです。岸田:譜面が先にある状態でのレコーディングというのが最近は多かったですが、3人でやっていたときは、今回の映画に映されているような作り方をしていました。それを今回久々にやってみたという感じです。曲は一瞬ではできなくて、一瞬のアイデアの蓄積で構築されていくものですが、その瞬間を映像に残しておきたかったというのもあります。昔の自分たちはこうした作り方をしていたんだぞ、と……。メンバーの反応を受けて誰かが弾き始めてそこに乗っかっていったりして。それはまるでキャッチボールのようで、一人で壁当てキャッチボールをしているよりも楽しかったです。話がまとまらないこともありましたが(笑)、それも含めて3人ならではの楽しさがありました。
佐藤:もっくんが抜けて以降はドラマーのスケジュールを抑えて、決められた期間で曲を仕上げるというリミットがありました。でも今回はもっくんも戻って来たし、映画もあったので、わりと自由に時間を使って何時から何時までと決めることなく、疲れたから今日は終わろうかみたいなスタイルで進めることができました。たくさんアイデアが出たから明日曲にまとめてみようかとか、その日その日でグルグルと計画を回して行けたのもよかったと思います。ストレスのないやり方で、くるりにとって当たり前のスタイルのようにも感じました。
岸田:同窓会に行ったらその当時の自分たちに戻ったような気分になるという様な話はよく聞きますが、僕らも今回3人で20年ぶりにアルバムを作ってみて、大学生の頃の感じに戻ったような感覚がありました。同時に20年ぶりに3人が再び揃ったというあまり類のないことが実現したということへの、「俺らよくやったな!」という満足感もありました。
──20年前との違いを感じることはありましたか?
岸田:当時のスタッフとは違う座組でレコーディングができたという点は大きかったと思います。これがもし当時と同じスタッフでやっていたら、生まれる楽曲もより過去に回収されてしまい、うまく行かなかったんじゃないかと思います。当時を知らない若いスタッフとエンジニアたちが新しいものとして僕らと接してくれたことで、“くるりらしさ”というこちら側の思い込みを壊してくれたように思います。凝り固まったものがお湯で戻された感覚というのか……。ちなみに『朝顔』はレコーディングに余裕ができて、うまいこと行きそうだと思い始めたときに「大人の余裕を出したろか」と思って作った曲です。『ばらの花』っぽい曲を今のくるりでやってみたらどうなるだろうかと。
『東京』『ばらの花』は、今も「その場だけでは終わらないような作り」
──くるりの代表曲であり名曲として知られる『東京』と『ばらの花』ですが、今の年齢になってこの曲を振り返ってみると、どのような思いがありますか?岸田:『東京』『ばらの花』は自分たちの作家性や意図を超えて、お客さんの方で大きくなった印象が大きいです。この曲に対する自分たちの思い入れが、お客さんたちの思い入れに比べたら追いついていません。もちろんいい曲だとは思うけれど、「何がそんなに響いたんだろう?」という思いも同じくらいあります。でも、それは自分たちのいいところに自分たちが気づいていないだけで、若い頃の自分が意図せず発した言葉が的を射ていたということなのかもしれないし、若い頃の感性を偶然にも捉えていたのかもしれません。曲を書いて20年以上経っているわけですが、その場だけでは終わらないような作りになっているのも事実です。時代も変わり、僕自身も変わって曲に対する解釈は変わってくるとは思いますが、『東京』や『ばらの花』は蓋をせず、着地もさせていないような感覚があります。
岸田:実際はもっと少なかったと思います。佐藤さんからちょこちょこと借金をしていました。佐藤さんも優しいから文句を言わずに貸してくれる。彼自身もお金はなかったと思うけれど……。
佐藤:学生のバンドマンは本当に金がない! 頑張ってバイトしても全部スタジオ代金に消えていくので、僕はお母さんのすねを齧っていました(笑)。『東京』はくるりにとって初めてのリアルな歌詞の内容だった気がします。フジロックがあって大雨の中で風邪をひいて、泊まれるところもないから公園で寝たりして。そんな当時のことが演奏しながら蘇ることもゼロではないです。
岸田:『東京』は他の曲と違ってリリックが自分の日記みたいなんです。ただし、フジロックに行って風邪をひいて、金がないけれどダイドーのデミダスコーヒーが飲みたくて買ったとか、具体的な実像は書いてはいません。だからこそ聴いた人たちの経験に当てはめやすいのかなとも思います。当時は恥ずかしながら本当に金がなくて……。佐藤さんのお母さん、ありがとうございます。あなたがいなければ『東京』は誕生しませんでした(笑)。
佐藤:今度帰省したら母に伝えておきます(笑)。
佐藤:ベタですが、僕が「青春」として思い出す曲はベン・E・キングの『スタンド・バイ・ミー』です。まだバンドを始める前の高校時代、楽器を持つきっかけになった友だちがいて、その人の家に入り浸っていたときに流れていたのがオールディーズのコンピレーションアルバムでした。そこに『スタンド・バイ・ミー』が含まれていたんです。それを聴いていると心がとても落ち着いて、今でも休みの日に家で流したりしています。その友人こそ、くるりを始める前のバンドでボーカルを務めていた人で、岸田さんと一緒にバンドを組んでいました。そんなくるり誕生前の繋がりもあるので『スタンド・バイ・ミー』が思い浮かびました。
岸田:青春……。いわゆる青春時代の僕はこじれている系だったので、青春とは程遠いプログレの曲しか思いつかないです(笑)。それでもあえて青春っぽい、リビドーやキラキラという青春的なイメージを含んでいるものとして考えるならば、ダイナソーJr.の『フィール・ザ・ペイン』ですかね。
(取材・文=石井隼人、撮影=竹内洋平)
J-WAVEからのお知らせ
岸田繁は2023年10月13日(金)と20日(金)の2週にわたり、J-WAVE『-JK RADIO-TOKYO UNITED』にコメント出演し、ニューアルバム『感覚は道標』や楽曲について語る。10時40ごろから。13日のオンエアは現在、radikoタイムフリーで楽しめる。再生は2023年10月20日(金)28時ごろまで。
再生は2023年10月20日(金)28時ごろまで
オンエア開始後、2023年10月22日(日)28時ごろまでradikoタイムフリーで再生可能。
『くるりのえいが』
2023年10月13日(金)より全国劇場3週間限定公開&デジタル配信開始
出演:くるり
岸田繁 佐藤征史 森信行
音楽:くるり 主題歌:くるり「In Your Life」 オリジナルスコア:岸田繁
監督:佐渡岳利 プロデューサー:飯田雅裕 配給:KADOKAWA 企画:朝日新聞社 宣伝:ミラクルヴォイス
©2023「くるりのえいが」Film Partners
【デジタル配信情報】
『くるりのえいが』は全国劇場公開と同時に以下配信先サービスにてデジタルレンタル配信いたします。
■配信日時:10月13日(金)0:00〜11月2日(木)23:59【3週間限定】
■料金:一律2000円(劇場一般通常料金と同じ/デジタルレンタル/※一部サービスは決済方法の違いにより実際の支払額が異なります。詳細は各配信サービスへお問い合わせください)
■配信先サービス:Amazon Prime Video、U-NEXT、DMM TV、FOD、huluストア、J:COMオンデマンド、Lemino、 milplus、music.jp、Rakuten TV、TELASA、Video Market、カンテレドーガ、クランクイン!ビデオ、ニコニコ(全15社)※順不同
■配信特典映像:ライブ映像「ばらの花」、「LV69」(COFFEE HOUSE拾得50周年/2023年2月28日開催)