奈良に関する歴史や魅力、独自の風習について、作家・文献学者の山口謠司さんが語った。
山口さんが登場したのは、J-WAVE『GOOD NEIGHBORS』内のコーナー「PLENUS RICE TO BE HERE」。オンエアは8月14日(月)〜17日(木)。同コーナーでは、日本の食文化を通して全国各地で育まれてきた“日本ならではの知恵”を、山口氏が解説していく。ここではその内容をテキストで紹介。
また、ポッドキャストでも過去のオンエアをアーカイブとして配信している。山口さんが街を訪ね、現地の人から聞いたエピソードの詳細が楽しめる。
山口:権現様(ごんげんさま)という言葉があり、「権=ごん」と読むと「仮の」という意味になります。この権現様は平安時代の始めに、日本で生まれた言葉。仏様はインドの神様ですが、仏様が仮の姿になり、日本の神様「権現様」という形になって現れた、という意味です。最初に権現様になられたのは、藤原鎌足です。徳川家康は日光東照宮に祀られて「権現様」とか「大権現様」という呼ばれ方もします。
権力を絶対的な政治の力と思わないで、「ごんのりき=仮の力なんだよ」と教えてくださった興福寺のお坊さん。もうご存命ではありませんが、最近は僕も歳を重ねるにつれ「そうだよね」という気持ちになってきました。それよりも、真実のあり方はなんなのかということを考えることの方が大切だと思います。
山口:東大寺といえば二月堂ですが、二月堂のすぐ南側のところに「龍美堂」というお茶屋さんがあります。夏の暑い盛りでしたら、かき氷も売っていますし、昔から麹の甘酒がありますね。それからゆず茶なんかも。しかし、ここに行って絶対に忘れちゃいけないのが、行法味噌。ぜひ、食べてみてください。
行法味噌は、修二会(しゅにえ)の修行をするためにお坊さんたちが栄養としてとるもの。東大寺のお坊さんで修二会に参加される方は、なんと27日間、不眠不休で修行を行うそうだ。寒い盛りにも寝ないで、ずっとお経を唱えながら、自らの体と心をきれいに禊いでいくのだという。何度も見に行ったという山口さんも「寒くて寒くてどうしようもない」と、修行の過酷さを語る。そんな中で、お坊さんたちが摂取できる栄養が行法味噌だけなのだという。
山口:修二会は1250年間ずっと続けられてきた行事です。行事に参加されるお坊さんにとって行法味噌は、苦しさから紛れさせてくれるものでもありますし、倒れない力を与えてくれるもの。夏の暑い盛りだったら、行法味噌を舐めながら、ぜひ水を飲んで、熱中症にかからないようにしてみてください。食べると実においしいんです。どうやって作るのかは秘密だと言われるんですが、ごぼう、そして大豆が丸い状態で見えます。大豆の食感を感じられると、「また明日も食べたい」と思えるくらい元気になります。
山口:オオカミと我々は言いますけど、「大きな神様」ですね。江戸時代までは信仰の対象として、「お犬様」とか「オオカミ様」と呼ばれていました。畑を荒らすサルや鹿や猪だとかをオオカミは追い払ってくれる。だから神様を殺してはいけない、と日本では言われていたんですけど、残念ながら、外国から入ってきた狂犬病などでオオカミはバタバタと命を落としたのです。
1905年に捕獲された最後のニホンオオカミの毛皮と骨は、現在、英・ロンドンの「ナチュラルヒストリーミュージアム(自然史博物館)」に保存されています。その当時、アメリカ人のマルコム・アンダーソンという方が、ロンドンの自然史博物館と動物協会に頼まれて、東亜動物探査隊の一員となって日本にやってきています。
アンダーソンは奈良滞在中に熊・猪・ムササビなどを剥製にして、ロンドンに送ったそうだ。1月13日に東吉野の鷲家口にやってきて、「芳月楼」という旅館に泊まり、「珍しい動物がいたら持ってきて」と猟師に呼びかけていたという。
山口:猟師が持ってきた中に犬がいたそうですが、「いくら?」と聞くと「12〜13円」とふっかけられたそうです。アンダーソンは「高すぎるよ」と拒否したそうですが、断ってから「どうやらアレは犬じゃない……」となり、1月23日に再度持ってきてもらうことにしました。「8円50銭で譲って欲しい」と交渉すると「いいですよ」となり、遺体を引き取りました。
アンダーソンは剥製の専門家ですから、猟師が見ている内に鋭利な刃物で、皮と内臓の周辺をキレイにはぎ取りました。お腹が腐っていたので、剥製にすることは諦めたのですが、骨だけにしてみてみると、やはりオオカミだったと。値切った時間で肉が腐ってしまったのです。
これが最後に捕獲されるニホンオオカミだとは誰も思っていませんでした。以来、ニホンオオカミは生きたまま捕獲されることはありませんでした。
山口:「丹生」というのは辰砂(しんしゃ)を採掘して、それから朱を作ることです。辰砂というのは水銀です。水銀に鉛や硫黄を混ぜると、赤く変色しますが、赤といっても紅色ではなく朱色です。神社に行くと鳥居がありますが、朱色に染められていますよね。朱色というのは神聖な色で、邪気を払うと言われています。神社を朱色に塗るのは、邪気が入ってこないようにするためです。
丹生という方達が弥生時代から古墳時代にかけて、たくさんいらっしゃいました。「丹生氏」という特別な民族で奈良の東吉野、天理のあたりにいたのですが、地図で見ると、天皇陵がたくさん出てきます。有名なところでは、石舞台古墳、キトラ古墳。そこに行くと、たくさんの石窟があります。その石窟の中はだいたい朱色に塗られています。邪気が入ってこられないように結界を張っているんです。
山口:鮎の稚魚は琵琶湖から約20t、2〜3月に運んできて、放流するそうです。しかし高見川の上流にはダムがございません。ということで、鮎はそんなに大きく育たないそうです。だからこそおいしいと言います。身がとっても締まっていて、実に鮎らしい味がする。鮎は苔しか食べませんが、ダムがないので、苔の味がとってもおいしいんです。つまり鮎もおいしいものを食べているということです。
その料理の中でも、何がおいしいかというと「鮎の土瓶蒸し」。「生臭いんじゃないか……?」と思ったんですけど、食べてみると、一緒に入っているのが、奈良特産の鶏肉「大和肉鶏」というもの。これと鮎の表面を焦がしたものが入っているんですが、鶏のスープがとってもおいしい。夏という感じの味がしました。
鮎のお刺身や、鮎の皮とヒレの唐揚げも印象的だったという。後者はパリパリした食感で、「森を食べているのか……?」と錯覚するくらい苔の匂いがしたそうだ。
山口:そんな中で聴こえてくるのは川の瀬の音。ほかにも「ホーホケキョ」など、鳥の鳴く声がする。自然の音しか聴こえない空間でした。冬は猪鍋を食べることができます。秋は松茸がおいしい。春になると、山菜や天魚(アマゴ)もおいしいです。夏はシュノーケルを持って行くと、鮎や天魚と一緒に泳ぐことができます。神様にご挨拶して、お祓いをしてもらって、泳がれると気持ちいいのではないでしょうか。
山口:俳句では「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」という正岡子規の名句があります。奈良市内も柿はありますが、柿が有名なところは、五條市です。生で食べるのもおいしいですが、干し柿にして食べるところもあります。
僕が1番好きなのは法蓮坊柿。ひょろ長い小さな柿です。生の法蓮坊柿は渋くて食べられないんです。もともと、法蓮坊柿は柿渋というものを作るためだけに生産されていました。柿渋というのはタンニンが強いので、虫が怖すぎて近寄って来ることができないんですね。
僕の家には江戸時代に作られた、そしてそれよりももっと古い本がありましたが、古い本には、柿渋が塗ってありました。あるいは、本の間に、柿の葉っぱが入れてありました。そうすると虫食いされないのです。柿渋は団扇に塗ったりもします。紙の表面を強くするという効果もあるのです。そんな柿渋も最近では化学的な商品に変わってしまい、柿渋を作る法蓮坊柿もだんだん数が少なくなってしまいました。
山口さんは柿の葉を使った奈良県の郷土料理がたまらなく好きなのだそうだ。
山口:柿といえば、柿の葉寿司ですね。花火大会や運動会なんかに呼ばれると、必ず柿の葉寿司をお重に詰めて持っていきます。柿の葉寿司は暑さに強く腐りにくい。ネタはサバと鯛とサーモンです。奈良で獲れるものではありませんが、酢漬けにしてあります。
酢飯を四角くして、そこにネタをのせて、柿の葉っぱで巻く。帰って冷蔵庫に入れてしまいますと、お寿司の部分がかたくなっておいしくなくなってしまいます。常温で置いた方が、お重を開けたときに、柿の葉の香りがふわっと広がっていきます。柿の葉っぱを握って、お口の中に入れることができますので、手を汚すこともありません。おいしい・手を汚さない・保存が効く。柿の葉寿司というのは古代の人の知恵というか、本当に素晴らしいお寿司だと思います。
「奈良にうまいものなし」などと言われることもあるが、山口さんは「奈良ほどおいしいものがたくさんあるところはない」と力を込める。柿の葉寿司は、見た目の美しさも魅力だ。
山口:「飛鳥資料館」というところがございまして、その横に「山の辺 桜井本店」というお店があります。ここはちょっと特別です。山の辺りにある平種無柿(柿の一種)の葉っぱを毎日、丁寧にご夫婦で1枚ずつ積んで、柿の葉にするんですけど、5月〜10月の間は緑色の葉っぱで包まれています。しかし11月〜12月頃になると紅葉する葉っぱで包まれる。だからとってもキレイ。黄色だったり、赤かったり、茶色だったり。それらをお重に詰めてくれるんです。
なにせ12月から5月になると塩漬けの柿の葉を使うので、普段の柿の葉寿司とでは風味が異なります。桜井本店で使っているお米は「ヒノヒカリ」という奈良のブランドです。少し玄米っぽい色なんですけど、堂々とした味で格別なおいしさなんですね。陽の光をたっぷり浴びて、神様の力をたっぷりもらった、豪華というよりも身も心も洗われていくようなご飯でした。ぜひ奈良に行ったら、ヒノヒカリというおいしいご飯を、ゆっくり味わっていただきたいと思います。
(構成=中山洋平)
山口さんが登場したのは、J-WAVE『GOOD NEIGHBORS』内のコーナー「PLENUS RICE TO BE HERE」。オンエアは8月14日(月)〜17日(木)。同コーナーでは、日本の食文化を通して全国各地で育まれてきた“日本ならではの知恵”を、山口氏が解説していく。ここではその内容をテキストで紹介。
また、ポッドキャストでも過去のオンエアをアーカイブとして配信している。山口さんが街を訪ね、現地の人から聞いたエピソードの詳細が楽しめる。
奈良のお寺で教わった「権力」の意味
普段、何気なく聞いている「権力」という言葉。山口さんは学生の頃、奈良のお寺で「『権力(けんりょく)』とは読まないで『権(ごん)の力(ちから)』と読むんだよ」と教えてもらったことがあるという。山口:権現様(ごんげんさま)という言葉があり、「権=ごん」と読むと「仮の」という意味になります。この権現様は平安時代の始めに、日本で生まれた言葉。仏様はインドの神様ですが、仏様が仮の姿になり、日本の神様「権現様」という形になって現れた、という意味です。最初に権現様になられたのは、藤原鎌足です。徳川家康は日光東照宮に祀られて「権現様」とか「大権現様」という呼ばれ方もします。
権力を絶対的な政治の力と思わないで、「ごんのりき=仮の力なんだよ」と教えてくださった興福寺のお坊さん。もうご存命ではありませんが、最近は僕も歳を重ねるにつれ「そうだよね」という気持ちになってきました。それよりも、真実のあり方はなんなのかということを考えることの方が大切だと思います。
お坊さんを支えた「行法味噌」
奈良といえば大仏様がいる東大寺が有名だ。山口さんは東大寺近くにあるお茶屋さんで販売している「行法味噌(ぎょうほうみそ)がたまらなく好きなのだという。山口:東大寺といえば二月堂ですが、二月堂のすぐ南側のところに「龍美堂」というお茶屋さんがあります。夏の暑い盛りでしたら、かき氷も売っていますし、昔から麹の甘酒がありますね。それからゆず茶なんかも。しかし、ここに行って絶対に忘れちゃいけないのが、行法味噌。ぜひ、食べてみてください。
行法味噌は、修二会(しゅにえ)の修行をするためにお坊さんたちが栄養としてとるもの。東大寺のお坊さんで修二会に参加される方は、なんと27日間、不眠不休で修行を行うそうだ。寒い盛りにも寝ないで、ずっとお経を唱えながら、自らの体と心をきれいに禊いでいくのだという。何度も見に行ったという山口さんも「寒くて寒くてどうしようもない」と、修行の過酷さを語る。そんな中で、お坊さんたちが摂取できる栄養が行法味噌だけなのだという。
山口:修二会は1250年間ずっと続けられてきた行事です。行事に参加されるお坊さんにとって行法味噌は、苦しさから紛れさせてくれるものでもありますし、倒れない力を与えてくれるもの。夏の暑い盛りだったら、行法味噌を舐めながら、ぜひ水を飲んで、熱中症にかからないようにしてみてください。食べると実においしいんです。どうやって作るのかは秘密だと言われるんですが、ごぼう、そして大豆が丸い状態で見えます。大豆の食感を感じられると、「また明日も食べたい」と思えるくらい元気になります。
行法味噌の龍美堂さんは、この階段を上がった右側にあります
奈良の猟師が捕獲した最後のオオカミ
絶滅したニホンオオカミについても語った。ニホンオオカミは1905年の明治38年1月23日、奈良の吉野郡東吉野村鷲家口で、地元の猟師によって捕獲されたのを最後に絶滅したと言われている。山口:オオカミと我々は言いますけど、「大きな神様」ですね。江戸時代までは信仰の対象として、「お犬様」とか「オオカミ様」と呼ばれていました。畑を荒らすサルや鹿や猪だとかをオオカミは追い払ってくれる。だから神様を殺してはいけない、と日本では言われていたんですけど、残念ながら、外国から入ってきた狂犬病などでオオカミはバタバタと命を落としたのです。
1905年に捕獲された最後のニホンオオカミの毛皮と骨は、現在、英・ロンドンの「ナチュラルヒストリーミュージアム(自然史博物館)」に保存されています。その当時、アメリカ人のマルコム・アンダーソンという方が、ロンドンの自然史博物館と動物協会に頼まれて、東亜動物探査隊の一員となって日本にやってきています。
アンダーソンは奈良滞在中に熊・猪・ムササビなどを剥製にして、ロンドンに送ったそうだ。1月13日に東吉野の鷲家口にやってきて、「芳月楼」という旅館に泊まり、「珍しい動物がいたら持ってきて」と猟師に呼びかけていたという。
山口:猟師が持ってきた中に犬がいたそうですが、「いくら?」と聞くと「12〜13円」とふっかけられたそうです。アンダーソンは「高すぎるよ」と拒否したそうですが、断ってから「どうやらアレは犬じゃない……」となり、1月23日に再度持ってきてもらうことにしました。「8円50銭で譲って欲しい」と交渉すると「いいですよ」となり、遺体を引き取りました。
アンダーソンは剥製の専門家ですから、猟師が見ている内に鋭利な刃物で、皮と内臓の周辺をキレイにはぎ取りました。お腹が腐っていたので、剥製にすることは諦めたのですが、骨だけにしてみてみると、やはりオオカミだったと。値切った時間で肉が腐ってしまったのです。
これが最後に捕獲されるニホンオオカミだとは誰も思っていませんでした。以来、ニホンオオカミは生きたまま捕獲されることはありませんでした。
ニホンオオカミは、きっとまだどこかにいると信じています!
邪気を払う神聖な色とは
山口さんは奈良で、丹生川上(にうかわかみ)神社にお参りに行ったそうだ。神社と言うと、朱色の鳥居が思い浮かぶ。この「朱色」には重要な意味が込められている。山口:「丹生」というのは辰砂(しんしゃ)を採掘して、それから朱を作ることです。辰砂というのは水銀です。水銀に鉛や硫黄を混ぜると、赤く変色しますが、赤といっても紅色ではなく朱色です。神社に行くと鳥居がありますが、朱色に染められていますよね。朱色というのは神聖な色で、邪気を払うと言われています。神社を朱色に塗るのは、邪気が入ってこないようにするためです。
丹生という方達が弥生時代から古墳時代にかけて、たくさんいらっしゃいました。「丹生氏」という特別な民族で奈良の東吉野、天理のあたりにいたのですが、地図で見ると、天皇陵がたくさん出てきます。有名なところでは、石舞台古墳、キトラ古墳。そこに行くと、たくさんの石窟があります。その石窟の中はだいたい朱色に塗られています。邪気が入ってこられないように結界を張っているんです。
森を感じる─絶品鮎料理に舌鼓
山口さんは丹生川上神社の近くにある、「杉ケ瀬」という観光旅館を訪ねたそうだ。四季折々の天然料理が食べられる旅館で、夏は鮎づくしが楽しめる。山口:鮎の稚魚は琵琶湖から約20t、2〜3月に運んできて、放流するそうです。しかし高見川の上流にはダムがございません。ということで、鮎はそんなに大きく育たないそうです。だからこそおいしいと言います。身がとっても締まっていて、実に鮎らしい味がする。鮎は苔しか食べませんが、ダムがないので、苔の味がとってもおいしいんです。つまり鮎もおいしいものを食べているということです。
その料理の中でも、何がおいしいかというと「鮎の土瓶蒸し」。「生臭いんじゃないか……?」と思ったんですけど、食べてみると、一緒に入っているのが、奈良特産の鶏肉「大和肉鶏」というもの。これと鮎の表面を焦がしたものが入っているんですが、鶏のスープがとってもおいしい。夏という感じの味がしました。
鮎のお刺身や、鮎の皮とヒレの唐揚げも印象的だったという。後者はパリパリした食感で、「森を食べているのか……?」と錯覚するくらい苔の匂いがしたそうだ。
山口:そんな中で聴こえてくるのは川の瀬の音。ほかにも「ホーホケキョ」など、鳥の鳴く声がする。自然の音しか聴こえない空間でした。冬は猪鍋を食べることができます。秋は松茸がおいしい。春になると、山菜や天魚(アマゴ)もおいしいです。夏はシュノーケルを持って行くと、鮎や天魚と一緒に泳ぐことができます。神様にご挨拶して、お祓いをしてもらって、泳がれると気持ちいいのではないでしょうか。
太陽の光を浴びた、おいしい柿の葉寿司
奈良県の至るところで栽培されている果物の「柿」。中国の揚子江沿岸と日本が柿の原産地と言われている。ヨーロッパで生産されている柿は1800年頃、日本から伝わったものだ。山口:俳句では「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」という正岡子規の名句があります。奈良市内も柿はありますが、柿が有名なところは、五條市です。生で食べるのもおいしいですが、干し柿にして食べるところもあります。
僕が1番好きなのは法蓮坊柿。ひょろ長い小さな柿です。生の法蓮坊柿は渋くて食べられないんです。もともと、法蓮坊柿は柿渋というものを作るためだけに生産されていました。柿渋というのはタンニンが強いので、虫が怖すぎて近寄って来ることができないんですね。
僕の家には江戸時代に作られた、そしてそれよりももっと古い本がありましたが、古い本には、柿渋が塗ってありました。あるいは、本の間に、柿の葉っぱが入れてありました。そうすると虫食いされないのです。柿渋は団扇に塗ったりもします。紙の表面を強くするという効果もあるのです。そんな柿渋も最近では化学的な商品に変わってしまい、柿渋を作る法蓮坊柿もだんだん数が少なくなってしまいました。
山口さんは柿の葉を使った奈良県の郷土料理がたまらなく好きなのだそうだ。
山口:柿といえば、柿の葉寿司ですね。花火大会や運動会なんかに呼ばれると、必ず柿の葉寿司をお重に詰めて持っていきます。柿の葉寿司は暑さに強く腐りにくい。ネタはサバと鯛とサーモンです。奈良で獲れるものではありませんが、酢漬けにしてあります。
酢飯を四角くして、そこにネタをのせて、柿の葉っぱで巻く。帰って冷蔵庫に入れてしまいますと、お寿司の部分がかたくなっておいしくなくなってしまいます。常温で置いた方が、お重を開けたときに、柿の葉の香りがふわっと広がっていきます。柿の葉っぱを握って、お口の中に入れることができますので、手を汚すこともありません。おいしい・手を汚さない・保存が効く。柿の葉寿司というのは古代の人の知恵というか、本当に素晴らしいお寿司だと思います。
「奈良にうまいものなし」などと言われることもあるが、山口さんは「奈良ほどおいしいものがたくさんあるところはない」と力を込める。柿の葉寿司は、見た目の美しさも魅力だ。
奈良は、ゆったり、美しい山並みが続いています
なにせ12月から5月になると塩漬けの柿の葉を使うので、普段の柿の葉寿司とでは風味が異なります。桜井本店で使っているお米は「ヒノヒカリ」という奈良のブランドです。少し玄米っぽい色なんですけど、堂々とした味で格別なおいしさなんですね。陽の光をたっぷり浴びて、神様の力をたっぷりもらった、豪華というよりも身も心も洗われていくようなご飯でした。ぜひ奈良に行ったら、ヒノヒカリというおいしいご飯を、ゆっくり味わっていただきたいと思います。
(構成=中山洋平)
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