“News To Table”をキーワードに、世界中の様々なニュースを専門家とともに深掘するプログラム『JAM THE PLANET』(毎週月~木 19:00~22:00)が10月よりリニューアル。19:00~20:00の放送を担うナビゲーターとして、元ロイター通信特派員の吉田まゆ(月曜・火曜担当)と、元NHKアナウンサーでジャーナリストの堀潤(水曜・木曜担当)が新たに加わる。
今回、新ナビゲーターの一人である吉田まゆにインタビューを実施した。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、共同通信社の英文記者としてキャリアをスタートした吉田は、NHKWorldのプロデューサー・ビジネスリポーターを経て、2016年に入社したロイター通信東京支局で、日本人女性初となる英語キャスター特派員・シニアプロデューサーとして活躍。2022年よりキャリアブレイク期間に入り、3児の子育てやPTAでの活動にも勤しんでいるという。
そんな彼女に、ナビゲーター就任に際しての想いや報道の道を志したきっかけ、さらに、日本のメディアに必要だと思うことなどを聞いた。
■「NAVIGATOR'S VOICE」過去のインタビュー
目標が一つ叶ったと思いました。というのも、ロイター通信を1年半ほど前に退職した際、家族と「J-WAVEから声がかかったらいいね」と、冗談めかして話していたんですよ。私はテレビを観ることに制限がある家庭で育ったので、ラジオの中でもJ-WAVEは昔から親しみのあるんです。子どもの頃には、夜中に布団の中に潜り込み、DJ TAROさんの番組を親にバレないようにこっそり聴きながら、メールを投稿したりもしていました(笑)。そんな、純粋にリスナーとして好きなラジオ局の番組にレギュラー出演させていただけるということで、とてもうれしかったです。
【関連記事】「ワンオペラジオ生放送」で築く、リスナーとの絆とは─DJ TAROに聞く25年の歴史
――もともとJ-WAVEリスナーだったのですね。
そうなんです。『JAM THE PLANET』も、前身にあたる『JAM THE WORLD』の頃からリスナーでした。ロイター時代などは残業終わりに「グローバーさんの話し方、うまいな」と思いながら、一人で夜道を運転しながら聴いていたことを覚えています。ロイターを辞めた今は、家事・育児と子どものPTAの活動が中心の生活なのですが、このキャリアブレイク期間中に2回ゲスト出演させてもらい、その後、代演の機会をいただきました。
――テレビ出演とラジオ出演では、届け方の感覚は変わりましたか。
そうですね。まず、テレビとラジオでは「間の取り方」が全然違いますし、日本語と英語では理想的な話の密度なども全く異なるので、苦戦しました。CNNやロイター、ブルームバーグなどのキャスターを見ていただくとわかりやすいのですが、海外メディアは、なるべく余白がないようにぶわーッとしゃべり通すんです。そんな前職の習慣が抜けきっておらず、「何かしゃべらなければ」と緊張してしまいました。
中学生の頃、テレビで9.11同時多発テロのニュース映像を見たことがきっかけでした。当時、日本のメディアが淡々と中継する一方、海外のレポーターが泣きながら一生懸命報道している姿が目に焼き付いたんです。自分がプロになった今振り返ってみると、どれだけ感情を揺さぶられるような事象・現場であっても冷静に伝えるべきだとも思うのですが、あのときの自分は「人の心に刺さるレポートがしたい」と感化され、国際メディアのキャスターを志すようになりました。
――中学生の頃からキャリアプランが明確だったと。
中学生の頃から目標は決まっていて、キャリアの “逆算”も早い段階からしていました。というのも、外資のメディアで新卒採用をしているところはどこにもありません。ということで、まずは日本のメディアに就職しなければならないのですが、日系企業で当時、国際報道部門に新卒で入れる会社は、共同通信しかありませんでした。民放のテレビ局であれば、報道ではなく、バラエティに配属されるかもしれない。一方、NHKだと英語を使う仕事に就けない可能性もある。でも、共同だけは英字記者を募集していたんです。なので、まずは共同の記者、次はNHKWorldのプロデューサー・ビジネスリポーターと日系企業を経て、その後、今までやってきたことが運よく繋がり、ロイター通信に転職できたんです。
――共同通信からロイターまで、一貫して金融関連の報道に携わられていたようですが、もともと金融のジャーナリスト・キャスターを志望されていたのでしょうか?
いや、違うんです。実は社会人になるまで、恥ずかしながら「数字が下がっているのに何で円高っていうの?」というレベルで(笑)。共同に新卒入社したときにも、「金融マーケットは避けたい、スポーツか政治に行きたい」と希望していました。ところが、当時の上司の一人は、新人を一番やりたくないところに入れて鍛えてやろうという考えの持ち主で(笑)。そんな経緯から金融に配属されたのですが、NHKWorldでビジネスリポーター兼アンカー代理を任せられたのも金融の経験があったからですし、ロイター時代も日々様々なニュースを伝える中で、毎日必ずやらなければいけなかったのが金融マーケットのアップデートでした。そんなふうに、やりたくなかったこともなんとなく巻き込んで、理想に近いキャリアにしていったんですよね。
PTAが思った以上に忙しすぎて最近は全く活動できていないのですが、「WJJ」は、私のキャリアの延長線上にある活動です。先ほどお伝えしたように私は、日系メディアである共同通信社、NHKを経て、外資のロイター通信へ転職するという、この業界の中ではあまりないキャリアの築き方をしているのですが、わりと常に孤独な戦いだったんですよ。取材に行くと、だいたい女性は私だけで、いつも最年少。あるいは、アジア人が自分一人というような現場が非常に多かったんです。なので、女性記者の繋がりを作れて、かつ、ニュースルームの多様性を生み出すきっかけになればと思い、立ち上げました。
――「WJJ」は、女性記者向けのグループなのでしょうか?
逆に「“女性”に限りたくない」という思いが強くあります。なぜなら、ダイバーシティーって、別に女性だけのことではないじゃないですか。全員が生きやすい社会のことなので、むしろ、男性をめちゃくちゃ巻き込みたかったんです。実際に、今、多くの男性の方が活動にかかわってくださっていました。
――「WJJ」を立ち上げた目的の一つが「ニュースルームの多様性」を生み出すことというお話ですが、吉田さんにとって、日本のメディアにはまだ多様性が足りていないという認識なのでしょうか?
全然足りていないと思います。男女比率は言うまでもなく、意思決定層が特定の年齢層の男性ばかりなので。私の中で、「WJJ」に寄せられた待機児童問題を取り上げようとした女性記者のエピソードがすごく印象に残っていて。その方は「待機児童の問題を取り上げたい」と上司に訴えかけたものの、「なんで子どもを保育園に入れなきゃいけないの? 女性が働かなきゃいけない理由を一言入れて」と要求されたそうなんです。でも、子どもを保育園に入れることにも、女性が仕事をすることにも理由なんていらないですよね。
――今ではその認識も当たり前になってきましたが、以前は理由を求めるような社会の空気がありましたね。
私がロイター時代に感じたのは、全員が休みやすく、全員が働きやすい環境だと、必然的に女性および母親も仕事を続けていきやすいということでした。数年前、私が子どもの発熱で休まなければいけなくなったとき、香港のキャスターに遠隔で東京の市場について話してもらったことがありました。逆に彼が腹痛を催した際は、私が代役を務めました。つまり、急な休みを取る理由は、「子ども」である必要はなく、腹痛でもペットの病気でも何でもいいんです。お互いが頼りやすい風土を作れば、より働きやすい組織になるはずなので、まずは「社会を映す鏡」であるメディアが率先し、多様で柔軟な働き方を受容するべきというのが私の考えです。
――では、これからの日本メディアにもっとも必要なことは何だと考えますか?
多様な視点と、大局的な視点だと考えています。誰もがコンテンツクリエイターになれる今の時代、短絡的な情報だけ提供しても、視聴者はもはや興味を示さないのではないかと思うんです。たとえば、「増税で野菜の値段が●●円上がったから、消費者の家計を圧迫している」など、ネガティブで短絡的な情報が発信されるケースが現状多いですが、これからのマスメディア、トラステッドメディアは、「増税は財源確保のためで、どんな用途が考えられるのか」というように、ポジティブな面も含めて、両立性を保ちながら大局的な視点から発信してもいいんじゃないかなと思うんです。
引き続き、報道経験を活かせるお仕事をしていきたいです。それに加えて、エグゼクティブ向けのプレゼンテーションコーチングをすることにも興味があります。というのも、報道の仕事に従事する中で、日本のエグゼクティブに対し「もっと堂々と振る舞ったらいいのに」と、もったいなく思うことが多くて。海外の政治家やトップアスリートは、そういったトレーニングを絶対受けているはずなんです。香港でアメリカの投資家と話したときに、日本のスタートアップは人材面でも技術面でもクオリティが高いのにプレゼン力が弱くてもったいないと話していたのも印象に残っています。報道畑にいた頃は、自分のキャリアにだけ集中していたのですが、キャリアブレイクしてからは「どうやったら社会に貢献できるのか」を考えるようになりました。なので、話し方や振る舞いなど、キャスター時代にグローバルレベルで学んだものを様々な人にレクチャーしていき、その人たちがうまくいったら、それも一つの社会貢献なのかなと思っています。
――ナビゲーターインタビューの連載では毎回、テーマに合わせて「おすすめの楽曲」をうかがっているのですが、吉田さんのおすすめの曲は何かありますか?
Macklemore&Ryan Lewisの「Growing Up」です。私が出産を控えて入院していた頃、夫がJ-WAVEで聴いて「いい曲だよ」とシェアしてくれて、家族みんなでハマりました。子どもの成長とともに自分も親として“Growing Up”成長していく、という歌詞が、当時の状況も相まってすごく刺さったんです。父の日には、MV風の動画を編集して、夫にプレゼントしたりもしました。今でも聴いてると、ホロッときてしまうくらい大好きな曲です。
――最後にリスナーの方に向けてメッセージをお願いします。
今の時代、メディアは、自分とは違う人、知らない国の出来事という視点ではなく、視聴者・リスナーに“自分事”として捉えてもらえるような伝え方が必要だと感じています。私自身、報道キャスターから急に主婦になって、現在、これまで以上にリスナーさんの側にいると自負しています。なので、主婦生活の中で、自分事として得られた様々な気付きを与えられるような情報を発信していきたいです。
(取材・文=小島浩平)
今回、新ナビゲーターの一人である吉田まゆにインタビューを実施した。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、共同通信社の英文記者としてキャリアをスタートした吉田は、NHKWorldのプロデューサー・ビジネスリポーターを経て、2016年に入社したロイター通信東京支局で、日本人女性初となる英語キャスター特派員・シニアプロデューサーとして活躍。2022年よりキャリアブレイク期間に入り、3児の子育てやPTAでの活動にも勤しんでいるという。
そんな彼女に、ナビゲーター就任に際しての想いや報道の道を志したきっかけ、さらに、日本のメディアに必要だと思うことなどを聞いた。
■「NAVIGATOR'S VOICE」過去のインタビュー
J-WAVEは子どもの頃から親しみのある放送局
――まずは、「JAM THE PLANET」新ナビゲーター就任のオファーを受けたときの、率直な感想から聞かせてください。目標が一つ叶ったと思いました。というのも、ロイター通信を1年半ほど前に退職した際、家族と「J-WAVEから声がかかったらいいね」と、冗談めかして話していたんですよ。私はテレビを観ることに制限がある家庭で育ったので、ラジオの中でもJ-WAVEは昔から親しみのあるんです。子どもの頃には、夜中に布団の中に潜り込み、DJ TAROさんの番組を親にバレないようにこっそり聴きながら、メールを投稿したりもしていました(笑)。そんな、純粋にリスナーとして好きなラジオ局の番組にレギュラー出演させていただけるということで、とてもうれしかったです。
【関連記事】「ワンオペラジオ生放送」で築く、リスナーとの絆とは─DJ TAROに聞く25年の歴史
――もともとJ-WAVEリスナーだったのですね。
そうなんです。『JAM THE PLANET』も、前身にあたる『JAM THE WORLD』の頃からリスナーでした。ロイター時代などは残業終わりに「グローバーさんの話し方、うまいな」と思いながら、一人で夜道を運転しながら聴いていたことを覚えています。ロイターを辞めた今は、家事・育児と子どものPTAの活動が中心の生活なのですが、このキャリアブレイク期間中に2回ゲスト出演させてもらい、その後、代演の機会をいただきました。
――テレビ出演とラジオ出演では、届け方の感覚は変わりましたか。
そうですね。まず、テレビとラジオでは「間の取り方」が全然違いますし、日本語と英語では理想的な話の密度なども全く異なるので、苦戦しました。CNNやロイター、ブルームバーグなどのキャスターを見ていただくとわかりやすいのですが、海外メディアは、なるべく余白がないようにぶわーッとしゃべり通すんです。そんな前職の習慣が抜けきっておらず、「何かしゃべらなければ」と緊張してしまいました。
報道の道へ─きっかけは9.11同時多発テロ
――そもそも、報道の道に進もうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?中学生の頃、テレビで9.11同時多発テロのニュース映像を見たことがきっかけでした。当時、日本のメディアが淡々と中継する一方、海外のレポーターが泣きながら一生懸命報道している姿が目に焼き付いたんです。自分がプロになった今振り返ってみると、どれだけ感情を揺さぶられるような事象・現場であっても冷静に伝えるべきだとも思うのですが、あのときの自分は「人の心に刺さるレポートがしたい」と感化され、国際メディアのキャスターを志すようになりました。
――中学生の頃からキャリアプランが明確だったと。
中学生の頃から目標は決まっていて、キャリアの “逆算”も早い段階からしていました。というのも、外資のメディアで新卒採用をしているところはどこにもありません。ということで、まずは日本のメディアに就職しなければならないのですが、日系企業で当時、国際報道部門に新卒で入れる会社は、共同通信しかありませんでした。民放のテレビ局であれば、報道ではなく、バラエティに配属されるかもしれない。一方、NHKだと英語を使う仕事に就けない可能性もある。でも、共同だけは英字記者を募集していたんです。なので、まずは共同の記者、次はNHKWorldのプロデューサー・ビジネスリポーターと日系企業を経て、その後、今までやってきたことが運よく繋がり、ロイター通信に転職できたんです。
――共同通信からロイターまで、一貫して金融関連の報道に携わられていたようですが、もともと金融のジャーナリスト・キャスターを志望されていたのでしょうか?
いや、違うんです。実は社会人になるまで、恥ずかしながら「数字が下がっているのに何で円高っていうの?」というレベルで(笑)。共同に新卒入社したときにも、「金融マーケットは避けたい、スポーツか政治に行きたい」と希望していました。ところが、当時の上司の一人は、新人を一番やりたくないところに入れて鍛えてやろうという考えの持ち主で(笑)。そんな経緯から金融に配属されたのですが、NHKWorldでビジネスリポーター兼アンカー代理を任せられたのも金融の経験があったからですし、ロイター時代も日々様々なニュースを伝える中で、毎日必ずやらなければいけなかったのが金融マーケットのアップデートでした。そんなふうに、やりたくなかったこともなんとなく巻き込んで、理想に近いキャリアにしていったんですよね。
メディアの現場に多様性を生み出す意味
――最近の活動としては、日本の報道の現場に女性を増やし、報道の視点の多様化を目指す記者グループ「WOMEN IN JOURNALISM JAPAN」(以下、WJJ)を2021年に立ち上げられましたが、こちらを設立された理由は何でしょうか?PTAが思った以上に忙しすぎて最近は全く活動できていないのですが、「WJJ」は、私のキャリアの延長線上にある活動です。先ほどお伝えしたように私は、日系メディアである共同通信社、NHKを経て、外資のロイター通信へ転職するという、この業界の中ではあまりないキャリアの築き方をしているのですが、わりと常に孤独な戦いだったんですよ。取材に行くと、だいたい女性は私だけで、いつも最年少。あるいは、アジア人が自分一人というような現場が非常に多かったんです。なので、女性記者の繋がりを作れて、かつ、ニュースルームの多様性を生み出すきっかけになればと思い、立ち上げました。
――「WJJ」は、女性記者向けのグループなのでしょうか?
逆に「“女性”に限りたくない」という思いが強くあります。なぜなら、ダイバーシティーって、別に女性だけのことではないじゃないですか。全員が生きやすい社会のことなので、むしろ、男性をめちゃくちゃ巻き込みたかったんです。実際に、今、多くの男性の方が活動にかかわってくださっていました。
――「WJJ」を立ち上げた目的の一つが「ニュースルームの多様性」を生み出すことというお話ですが、吉田さんにとって、日本のメディアにはまだ多様性が足りていないという認識なのでしょうか?
全然足りていないと思います。男女比率は言うまでもなく、意思決定層が特定の年齢層の男性ばかりなので。私の中で、「WJJ」に寄せられた待機児童問題を取り上げようとした女性記者のエピソードがすごく印象に残っていて。その方は「待機児童の問題を取り上げたい」と上司に訴えかけたものの、「なんで子どもを保育園に入れなきゃいけないの? 女性が働かなきゃいけない理由を一言入れて」と要求されたそうなんです。でも、子どもを保育園に入れることにも、女性が仕事をすることにも理由なんていらないですよね。
――今ではその認識も当たり前になってきましたが、以前は理由を求めるような社会の空気がありましたね。
私がロイター時代に感じたのは、全員が休みやすく、全員が働きやすい環境だと、必然的に女性および母親も仕事を続けていきやすいということでした。数年前、私が子どもの発熱で休まなければいけなくなったとき、香港のキャスターに遠隔で東京の市場について話してもらったことがありました。逆に彼が腹痛を催した際は、私が代役を務めました。つまり、急な休みを取る理由は、「子ども」である必要はなく、腹痛でもペットの病気でも何でもいいんです。お互いが頼りやすい風土を作れば、より働きやすい組織になるはずなので、まずは「社会を映す鏡」であるメディアが率先し、多様で柔軟な働き方を受容するべきというのが私の考えです。
――では、これからの日本メディアにもっとも必要なことは何だと考えますか?
多様な視点と、大局的な視点だと考えています。誰もがコンテンツクリエイターになれる今の時代、短絡的な情報だけ提供しても、視聴者はもはや興味を示さないのではないかと思うんです。たとえば、「増税で野菜の値段が●●円上がったから、消費者の家計を圧迫している」など、ネガティブで短絡的な情報が発信されるケースが現状多いですが、これからのマスメディア、トラステッドメディアは、「増税は財源確保のためで、どんな用途が考えられるのか」というように、ポジティブな面も含めて、両立性を保ちながら大局的な視点から発信してもいいんじゃないかなと思うんです。
ニュースを “自分事”として捉えられる番組を届けたい
――現在キャリアブレイク中とのことですが、今後のキャリアパスをどのように考えているのか聞かせてほしいです。引き続き、報道経験を活かせるお仕事をしていきたいです。それに加えて、エグゼクティブ向けのプレゼンテーションコーチングをすることにも興味があります。というのも、報道の仕事に従事する中で、日本のエグゼクティブに対し「もっと堂々と振る舞ったらいいのに」と、もったいなく思うことが多くて。海外の政治家やトップアスリートは、そういったトレーニングを絶対受けているはずなんです。香港でアメリカの投資家と話したときに、日本のスタートアップは人材面でも技術面でもクオリティが高いのにプレゼン力が弱くてもったいないと話していたのも印象に残っています。報道畑にいた頃は、自分のキャリアにだけ集中していたのですが、キャリアブレイクしてからは「どうやったら社会に貢献できるのか」を考えるようになりました。なので、話し方や振る舞いなど、キャスター時代にグローバルレベルで学んだものを様々な人にレクチャーしていき、その人たちがうまくいったら、それも一つの社会貢献なのかなと思っています。
――ナビゲーターインタビューの連載では毎回、テーマに合わせて「おすすめの楽曲」をうかがっているのですが、吉田さんのおすすめの曲は何かありますか?
Macklemore&Ryan Lewisの「Growing Up」です。私が出産を控えて入院していた頃、夫がJ-WAVEで聴いて「いい曲だよ」とシェアしてくれて、家族みんなでハマりました。子どもの成長とともに自分も親として“Growing Up”成長していく、という歌詞が、当時の状況も相まってすごく刺さったんです。父の日には、MV風の動画を編集して、夫にプレゼントしたりもしました。今でも聴いてると、ホロッときてしまうくらい大好きな曲です。
――最後にリスナーの方に向けてメッセージをお願いします。
今の時代、メディアは、自分とは違う人、知らない国の出来事という視点ではなく、視聴者・リスナーに“自分事”として捉えてもらえるような伝え方が必要だと感じています。私自身、報道キャスターから急に主婦になって、現在、これまで以上にリスナーさんの側にいると自負しています。なので、主婦生活の中で、自分事として得られた様々な気付きを与えられるような情報を発信していきたいです。
(取材・文=小島浩平)