「貧困=お金がない」だけじゃない。SHOWROOM・前田裕二が明かす、自身の経験

SHOWROOMの代表取締役社長・前田裕二と藤原しおりが、J-WAVEで対談した。「貧困」をテーマに、その定義や「絶対的貧困」と「相対的貧困」などについて語り合った。

ふたりがトークしたのは、J-WAVEの番組『HITACHI BUTSURYU TOMOLAB. ~TOMORROW LABORATORY』。オンエアは9月18日(土)。 同番組はラジオを「ラボ」に見立て、藤原しおりがチーフとしてお届けしている。「SDGs」「環境問題」などの社会問題を「私たちそれぞれの身近にある困りごと」にかみ砕き、未来を明るくするヒントを研究。知識やアイデア、行動力を持って人生を切り拓いてきた有識者をラボの仲間「フェロー」として迎えて、解決へのアクションへと結ぶ“ハブ”を目指す。

「精神的な貧困」もある。前田が乗り越えた過去

前田は1987年生まれ、東京都出身。8歳までに両親を失い、兄とともに親戚のもとで育つ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、外資系投資銀行「UBS証券」に入社。入社2年目にニューヨーク勤務。機関投資家や数兆円規模の資金を運用するファンドにアドバイザリーをおこなう。帰国後、2013年に仮想ライブ空間「SHOWROOM」を立ち上げ、2015年にSHOWROOM株式会社を設立。経営理念は、インターネット時代のエンターテインメントにおいて「努力がフェアに報われる社会を作る」。また、「世界一夢を支える企業になる」をビジョンに掲げる。

藤原:前田さんは、「貧困」をどう定義されますか?
前田:難しいですよね。抽象的な言葉でもあって、人によって定義が違ったりもします。僕が思ったのは、自分自身の両親が亡くなって、そのあとにすごく貧しい時期があったけど、最終的に頑張って勉強して行きたい大学に行き、自分が希望する会社に入れて、いわゆる一般的な貧しくて困っているという貧困状態を抜け出すことができました。それは構造的な貧困のなかにいなかったからだと思うんです。つまり一時的な「この瞬間だけ貧困です、でも努力次第で抜け出すことはできます」というタイプの貧困。それとは別に、構造的にそもそも抜け出すことができない貧困があります。この世代や次の世代も含めて連鎖するから抜け出せないみたいなものですね。このふたつに分かれると昔からすごく感じていました。

さらに前田は「物理的な貧困」と「精神的な貧困」があると話す。自身の経験として、母が他界した直後のことを明かした。

前田は当時、梅干しに醤油をかけて食べ、塩分を多く摂取することで一時的に満腹感を得ていたそうだ。1週間で体重が激減。物理的な貧困はもちろん、母を失ったことによる精神的なショックも大きな要因となっていたと振り返る。
前田:生きる気力を完全に失っていたから、「乗り越えていこう」という気持ちじゃなかったんですよね。当時を思い出すと、より苦しかったのは「生きる気力を持てない」という、心が貧しかったことのほうが当時の感覚として思い出されます。

前田はその後、小学校6年生でストリートライブを始めるようになる。それは貧困を抜け出すために、当時の前田が考えた手段だった。また、そこに至るまでは周囲の助けも不可欠だったという。

前田:10個上の兄貴がいて、すごく大事にしてくれて、僕が折れないようにちゃんと心の燃料を注ぎ続けてくれていました。兄のサポートでかなり燃料がたまっていって、それが100を越えたら前向きになれるんだとするならば、ようやく100ぐらいまでその燃料がきたのが、たぶん小5の終わりぐらいです。よく覚えています。そのタイミングで学校の先生も僕のことをすごく褒めてくれて。周りの大人が、ある種、無償の愛情を注いでくれたので、精神的貧困状況から脱することができて、「前向きに越えていこう」となりました。

貧困の連鎖を断ち切るために教育を

続いて代表的な貧困の定義である「絶対的貧困」と「相対的貧困」を研究することに。「絶対的貧困」とは、国や地域のレベルとは関係なく、生きるのが困難なレベルの貧困を指す。飢餓に苦しんでいる、住む場所がない、医療を受けることがままならないなどの状況だ。一方の「相対的貧困」は、ある国や地域のなかでの水準で比較して、大多数よりも貧しい状態を指す。

日本文学研究者のロバート・キャンベルは、あるインタビューで、日本の貧困の特徴は“見えないこと”で、貧困を見せると自身や子どもがイジメにあってしまうなどの不安から、打ち明けることができない状況があるのではないかと指摘。これについて前田も同意した。

2020年12月、厚生労働省のホームページに「生活保護の申請は国民の権利です」「ためらわずにご相談ください」とメッセ―ジが掲載されて話題を呼んだ。また、「生活困窮者自立支援制度」のページには、たくさんの支援策の紹介に加えて、「まずは地域の相談窓口にご相談ください」とメッセージが添えられている。

前田:支援制度があることを知らない、自分を生活困窮者や相対的貧困者と認識していないケースもあると思います。
藤原:その地域によってそれが当たり前になっていることもありますけど、「自分が言っていいのだろうか?」と一歩が踏み出せない、相談できない人もいると思います。
前田:そう思います。今日の結論のひとつとして話したかったんですけど、貧困の連鎖を断ち切るのは教育だと思っているので、周りの大人が愛情をもって、そういう制度もそうですし、「貧困ってなんだろう」「どうなったら貧困状態なんだろう」と“貧困教育”みたいなものをちゃんとすべき地域や対象があるんだと思います。

インドで出会った物乞いの少年たち

貧困問題に向き合うために、「相対的貧困ではない人が、相対的貧困の人を目の当たりにすることが大事」と前田は語る。

初めての海外で訪れたインドで前田は、同情してもらうために脚を切り落として物乞いをする子どもを目の当たりにしたそうだ。また、電車の中で前田に物乞いをした脚のない少年が、周囲の大人たちから電車の外に投げられたところも見たという。当時の衝撃の大きさを振り返りながら、解決策として自身が立ち上げた「SHOWROOM」があるのだと解説した。

前田:そういう子たちになるべくコストの低い形で発信の手段を持たせることがポイントだと思っています。僕に物乞いをしてきた少年がドラムのバチみたいなものを持っていたんですね。リズムを刻んで演奏みたいなことをして、その対価としてお金をください、みたいなことだったんですよ。あれってすごく生きる力だなと思いました。僕を楽しませて感動させて、その対価としてお金をもらうっていう。たとえば彼が思いきり投げ捨てられてしまった駅で、Wi-Fiをちゃんと通して生配信できるようにして、そこから彼がやったことをもう1回世界中に向けてやったら、たぶん「おひねりを飛ばしたい」と思う人がいるんじゃないかと思ったんですよね。相対的貧困ではない人たちが「世界には脚がなくても2本の腕で頑張って生きていこうとしている子がいるんだ」って目の当りにしたら、「自分になにかできることはないかな」っていてもたってもいられなくなると思うんです。

「望めば貧困から脱せる」という環境づくりを

前田は、貧困問題を解決するためには経済的なことだけではなく、教育や医療サポートなど、いろいろな角度から多面的に考えるべきだと力説した。最後に藤原は「いまSDGsで『誰一人取り残さない』という言葉が掲げられています。これは実現可能なんでしょうか?」と質問する。

前田:どれぐらい多くの人がそこに向き合えるかによって、実現可能かどうかは変わると思ってきます。「世界中のすべての人の貧困をなくします」ということではなくて、「望めば貧困から脱することができる」という状況に全員がある、これが僕のなかで「誰一人取り残さない」の定義だと思っていて、それは可能だと思っています。インターネットや我々がやっている仕組みは、まさにそれを可能にすることだと思っていて。みんなが「努力次第でなんとかなる」という状況になるのは、僕は本当に実現できると思っています。
藤原:選択肢が平等にあり、それを選択するかは本人次第だけど、ちゃんと選択権が一人ひとりにあることが大事ということですよね。
前田:そう思います。

最後に前田は「本気で貧困問題に立ち向かえる仲間が増えるといいなと思います」とトークを締めくくった。

J-WAVE『HITACHI BUTSURYU TOMOLAB. ~TOMORROW LABORATORY』は毎週土曜20時から20時54分にオンエア。
番組情報
HITACHI BUTSURYU TOMOLAB.〜TOMORROW LABORATORY
毎週土曜
20:00-20:54

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