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Queenが親日家になった理由とは?「ファンがトランス状態で大騒ぎ」

『ボヘミアン・ラプソディ』ライヴ・エイド完全版、世界初野外上映での一枚

Queenが親日家になった理由とは?「ファンがトランス状態で大騒ぎ」

J-WAVEで放送中の番組『MY ANNIVERSARY SONG』(ナビゲーター:ピストン西沢)。5月24日(金)のオンエアでは、亡くなった偉大なアーティストのエピソードを紹介しました。


■Queen、なぜ親日家に?

Queenのボーカルであるフレディ・マーキュリーは1991年に45歳でこの世を去りました。そんな彼の半生を描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、興行収入が130億円にも上る大ヒットに。

そんなQueenは、親日家としても知られています。その理由とは?

西沢:1975年、Queenがデビューして間もない頃、イギリスやアメリカではあまり人気がなかったものの、洋楽ファンが読んでいた日本の雑誌『ミュージック・ライフ』で、主に彼らのビジュアルが人気でした。インターネットがないから紙面だけじゃ音がわからないわけですよ。初来日時には、2000人のファンが羽田空港に押し寄せて、4人が登場するとともに全員がトランス状態で大騒ぎでした。

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Queenの4人は「なぜ日本でこんなに人気があるんだ」とビックリしたそうです。このことが、「日本が好き」「日本が最も僕たちを盛り上げてくれた」「日本が母国です」という彼らが残したコメントにつながっていきます。1977年には、サビを日本語で歌う『手をとりあって』をリリースしました。

西沢:日本人からすれば、アルバムのジャケットに出ていたヒラヒラの衣装やビジュアルが少女漫画のようで、当時流行っていた『ベルサイユのばら』にも見えるし、そういう条件がいくつも重なって人気があったんだと思います。


■カーペンターズ、多くのCMやドラマで起用された背景

数多くのヒット曲を持つ、兄妹デュオ・カーペンターズ。さまざまなドラマやCMで起用された背景には、こんな事情が。

西沢:僕が小学生の頃は、お金持ちの家に行くとステレオがあって、レコード置き場には必ずカーペンターズとポール・モーリアがありました。そうした思いを経て大人になった人たちが、レコード会社やテレビ局に入り、プロデューサーになったときに、ドラマやCMで数々の曲を使用しました。

1995年にリリースされたベスト盤『青春の輝き~ベスト・オブ・カーペンターズ』は、300万枚のセールスを記録しました。

西沢:お兄さん(リチャード)はCMが当たったり、ドラマが当たったりしてお金が入ってくると、必ずフェラーリを買っていました。アルバム『Now & Then』のジャケットにあるカレン(妹)のフェラーリがオークションに出されていて、「カレンの車を買っておけばよかったな」と思います。ちなみに、カレンはお兄さんに言われて車を買わされたものの、本人はほとんど興味を示すことがなく、乗っていなかったそうです。


■マイケル・ジャクソン 、浅野ゆう子と…

マイケル・ジャクソンは2009年6月25日に亡くなりました。

西沢:1987年におこなった「Bad World Tour」は、ソロとして初めてのワールドツアーでした。マイケル・ジャクソンの考えで日本からスタートしたそうです。チケットの総売上げは25億7400万円。日本滞在は41日間で、この間にマイケルは浅野ゆう子さんとデートをしたことでも有名です。後日、来日した際に「ホテル音羽ノ森」を訪れ、レストランのカウンターには今でもマイケル訪問の写真が飾られています。


■ビートルズ、初来日のときに…

ビートルズのメンバーとして大活躍したジョン・レノンは、解散後もソロで絶大な人気を誇っていましたが、1980年にニューヨークの自宅前で殺害され、帰らぬ人になってしまいました。

西沢:ザ・ビートルズが来日したのは1966年。警視庁は対策会議を開き、警備体制を整え、彼らを迎える準備をしました。この騒ぎを聞いたビートルズ側は「歓迎していただくのは嬉しいのですが、どうか節度をもって静かに聞いてほしい」というメッセージを読売新聞の朝刊に掲載されました。ライブ当日は、会場の外に警官と機動隊が1700人、装甲車が40台、ジープ・パトカーなどが70台、観客席の通路には私服警官550人が待機しました。

観客は立ち上がることを禁じられただけでなく、ステージに押し寄せてパニックになるのを防ぐためかアリーナには観客が入れられませんでした。ビートルズの目の前に誰もいない状態でしたが、後日判明したところによると、前座を務めた内田裕也さんと尾藤イサオさんだけがアリーナ席で観ていたそうです。


■坂本九の功績

後半では、海外でヒットした日本人のなかから坂本 九さんに注目しました。

坂本さんが1961年にリリースした『上を向いて歩こう』が大ヒット。海外では『SUKIYAKI』というタイトルでリリースされました。この音源を手に入れたカリフォルニアのラジオDJがオンエアしたところ問い合わせが殺到。1963年に全米でリリースされて、6週目にして1位を獲得しました。総売上げは1300万枚以上になりました。

西沢:その後、たくさんのアーティストが海外進出をしています。ONE OK ROCK、Perfume、イエロー・マジック・オーケストラ、ピンク・レディーなど、人気はありますが、坂本さんクラスには至っていません。そんななか、BABYMETAL が2016年4月にiTunes Storeでリリースしたセカンドアルバム『METAL RESISTANCE』は、アメリカ、ドイツ、イギリスのメタルアルバムチャートで1位を獲得。数多くのライブをこなし、世界でも安定した人気を誇っています。現状において坂本さんを継いでいるのは、BABYMETALといったところでしょうか。

偉大なアーティストのエピソードを振り返った『MY ANNIVERSARY SONG』。あらためて、彼らの楽曲を聴いてみてください。

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【番組情報】
番組名:『MY ANNIVERSARY SONG』
放送日時:毎週金曜 23時30分ー24時
オフィシャルサイト:https://www.j-wave.co.jp/original/anniversarysong/

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