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アーティストら集結!「TOKYO REAL-EYES」最終回

アーティストら集結!「TOKYO REAL-EYES」最終回

J-WAVEで9月30日にオンエアされた番組「TOKYO REAL-EYES」(ナビゲーター:藤田琢己)。この日は、2005年4月に始まって以降、11年半続いた番組の最終回を迎えました。

最終回には、これまで番組が出会った素晴らしきアーティストの数々が集結。スタジオにはゲストが続々と登場し、スタジオに来れなかったアーティストも音声メッセージを寄せ、ナビゲーターの藤田琢己と、11年半の思い出を分け合いました。

ここでは、そのほんの一部だけ、ご紹介いたします。

BUMP OF CHICKEN:この番組で、俺たちの話をすげえ真剣に聞いてくれて、琢己さんの思いがすごく伝わってきました。「うちの番組に出るゲストのやっていることを、俺はリスナーにできるだけ大切に伝えたいんだ」というのが、毎回伝わってくるそういう現場でした。そういうふうに俺たちも音楽やっていきたいなと、真剣に思います(藤原基央)。

TOSHI-LOW :2011年の4月、番組に呼んでくれて。そのとき、俺は震災の現場に突っ走ってて。正直、あのときはまだ味方が全然いなかったの。バンドマンがそんなことをやるのは偽善か、売名かってボロカス言われて。そのときに琢己が呼んでくれて。俺はすごい心強かったよ。もしかしたら、自分がやっていることも間違っていないかもしれないと思ったの。

Ken Yokoyama:この番組とか藤田君が、どれだけ愛されているかわかるよ。今、すごいもの、楽屋やスタジオがフェスみたいだもの。俺も忘れられないラジオ番組には30年ぐらい経った今でも「きっかけもらったな」とか感謝の気持ちがあって。そうやって藤田君もみんなの中に、きっと残っていくんだろうなと思っています。

志磨遼平:やばい、泣く。僕、和歌山から出てきて不遇の時代が続いて、田舎者だから六本木にはいいイメージを持っていなかったんだけど、『TOKYO REAL-EYES』が始まって毎週六本木に通うようになって、こうやって夜中に生放送やって、みんな起きていてすぐに返事くれたりとか、ここから東京タワーの夜景を見ながらしゃべっているのがうれしくて。それで一気に、東京ごと好きになったんですよ。

瀧川ありさ:中学生の頃から聴いて憧れてきたようなアーティストたちが今日、集結してて…。ソロになって、いろいろ心折れることもたくさんあったんですけど、でも、こうして琢己さんの存在があって、番組があったからこそ、こういう場にも呼んでいただいてありがたいですし、これから自分の世代も頑張っていかなきゃなと思います。

吉井和哉:「39108」のときは、40歳になった瞬間に生放送に出演させていただいたり、ツアー先から毎週スタジオに電話をしたり…。琢己君と夜にいきなり飲み出したこともありましたね、共通の友人がいたりして。琢己君はこの番組を終えて、また新たな出会いがあると思いますし、吉井和哉もですね、日本のロックの一角を担っていこうと思っております(笑)!

そして最後に、ナビゲーターの藤田は次のように語りました。

「こんなに来てくれるとか…正直、思っていなくて。これがまさに11年半かけて見たかった景色なのかなと思いました。

今まで、これだけのたくさんの人たちに出会えた中で、自分の中で新しい価値観、新しく覚えることが本当に毎週、毎日、あったのが、すごく大切なことになりました。年を取ればとるほど視野が狭くなることもあると思うんです。でもそうじゃなくて、知っていることをどんどんひっくり返すような出会いを求めました。それが原動力だったと思います。迷ったときは人に会いに行ったし、それによって新しい道が開けたり、新しい夢を持てたりしました。

何がすごいかって聞かれたら、『俺じゃない』と答えます。『アーティストです』と。それを伝えただけの11年半でした」

次へのバトンをつなぐことをテーマにした最終回。番組から生まれた出会いが、未来につながっていることを確信するオンエアでした。

【番組情報】
番組名:「TOKYO REAL-EYES」
オフィシャルサイト:https://www.j-wave.co.jp/original/realeyes/

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