活動30周年を迎えるEGO-WRAPPIN'の中納良恵(Vo)と森 雅樹(Gt)が、これまでの軌跡を振り返った。
EGO-WRAPPIN'が登場したのは、6月28日(日)放送の『J-WAVE SELECTION meiji milk chocolate MELODY MADE US』(ナビゲーター:上坂あゆ美)。EGO-WRAPPIN'の楽曲たちは、どのような変遷を遂げ、生まれてきたのか? 歌人/文筆家の上坂あゆ美がナレーションを務め、EGO-WRAPPIN'のふたりがその軌跡をたどる特別番組だ。
【関連記事】EGO-WRAPPIN'『〜Midnight Dejavu〜 色彩のブルース』は、昭和歌謡ではなくトム・ウェイツからの影響?
まずは“EGOサウンド”の原点となる、ふたりが聴いてきた音楽について語ってもらった。
中納:それぞれルーツがありますけど、印象としてはお互いに根っこは違うけど、聴かせ合うと「めちゃくちゃええやん!」ってなるパターンが多い。森くんが教えてくれる音楽は、全部好きやったし。
森:当時はクラブでレギュラーDJをやっている、音楽をすごく知っている人の家に居候していたので、ちょっと大人ぶっていたかもしれないですね。
中納:居候癖がありますよね。
森:ありましたね、人の家でレコードを漁るっていう。それがよっちゃん(中納)と会ったぐらいで、さらに遡ると3つ上の兄がいまして、兄が音楽に明け暮れていたわけです。「兄ちゃんが聴く音楽は、僕も聴かないかん」という強制的な環境で、ハードロックやヘビーメタルをよく聴いてました。ただ、「家でメタルがかかっている」とか言うのが恥ずかしかったんですよ。当時は、レンタルレコードやCDの全盛期ぐらいだったので、「借りて、よかったら買うぜ」っていうのが第1ステップでしたよね?
中納:そうですね。
森:そういう意味で、初めてお金出してまで買いたかったのが『ラスト・エンペラー オリジナル・サウンドトラック』でした。
中納:それはそれで、おませさんですね。坂本龍一さんですよね?
森:うん、映画が好きだったというのもあって、「これはお金を出して買う価値ありだな」っていう感じでした。
中納:そうですか。私は母親が家でピアノの教室をやっていたので、ルーツで言ったらバッハやシューベルト、シューマンなどのピアノ音楽ですね。自分も5歳くらいから習っていたのでそういう音楽をずっと耳にしていましたが、ピアノはあまり好きじゃなくて歌を歌うのが大好きでした。おばあちゃんに育ててもらっていて、ミシン台の上に乗って『雨の慕情』とか『津軽海峡冬景色』を歌って聴かせたらおばあちゃんが喜んでくれて、そこで初めて(歌で人を)喜ばせる快感を得ました(笑)。だから、小学生のときはテレビの歌謡曲を聴いて育った感じ。でも中学・高校になったら、だんだん洋楽とかも聴きだしました。
森:テレビでも、夕方に洋楽がかかる番組がちょっとやっていたもんね。それで洋楽を知る、みたいな。僕はお兄ちゃんが深夜の『MTV』のハードロック・ヘビーメタル特集のビデオをずっと録っていたから、それで覚えました。
森:我々EGO-WRAPPIN'は1996年結成なんですが、そもそも僕がよっちゃんからお誘いを受けましたもんね。どんな状況だったか、覚えてますか?
中納:めちゃくちゃ覚えてますね。私が大学4年生で「卒業してどうするか?」というときに、「やっぱり歌手になりたい!」と思ったんです。当時、イギリスのEverything But the Girlというギターとボーカルのユニットが大好きで。あと、渋谷系で流行っていたLove Tambourinesとかも好きで、「バンドをしたい」という気持ちも強かったので、友だちに「一緒にバンドをやってくれる子を探している」と話したら「めちゃくちゃかっこええギターの子、おるよ」って言われて。
森:僕はそのとき、音楽とはまったく関係ない服飾の専門学校に行っていたんですよね。
中納:うん。それで、アメリカ村の三ツ寺会館って古いビルの地下のバーで、森くんが当時組んでた子とライブをするということで、連れて行ってもらったんですよね。
森:当時は専門学校の勉強はそこそこに、ライブに行ったりレコードを買ったりと音楽をたしなんでいたんですよ。一緒に組んでいた男の子はすごく本気でやっていて、僕はその横でギターをちょろちょろっと弾くみたいな感じで誘われて。ライブをやっていたのは中学・高校のときの同級生のお兄ちゃんが開いたバーで、そこに観に来たと。
中納:そう。それで、扉が開いた瞬間にパッと見たら森くんが入ってきて、そのときに「私、この子とバンドやるわ」ってビビビッてなったんですよ。そこからは私のゴリ押しですよね。「やろう、やろう!」「絶対ええから!」って、根拠のない自信に満ちあふれていた若かりしころでしたけど、強引に誘いました。
森のライブで出会ったふたりは、カセットテープに好きな音楽を入れて交換し、音楽性を確認しあったそうだ。
森:「ちょっとヘビメタがいっぱい入っていたら、(一緒に)できへんな」とかもあったんですけど(笑)。僕がよっちゃんからもらったテープはあまり馴染みのない、大人っぽい音楽ばかりでした。
中納:そうでしたか?
森:Tuck & PattiやChristopher Crossなど、「大人やな」と。ほかにもLove Tambourinesや、日本のさかなというバンドも入っていて、「いい世界だ」って思いましたね。
中納:うれしい。森くんは、ちょっとUKロックみたいな感じだったよね。
森:DJの人と住んでいたときなので、めっちゃイキって大人っぽい曲を入れまくっていたと思う。
中納:あははは(笑)! でもThe Style Councilとか好きだったよね?
森:僕、1960年代のイギリスのカルチャーが好きで。あとは映画音楽が忘れられなかったのか、入れていたと思います。
中納:当時、この曲がこんなにヒットするなんてわからなかったですよね。自分たちのなかではいろいろな音楽のジャンルが好きで聴いていて、いろんな挑戦をしていたなかで、ちょっとブルースぽいものがウケたっていう。時代背景とかもあって、マッチしたのかな。
森:うんうん。大阪から東京に出てきて『色彩のブルース』がかかっていてね。
中納:DJイベントとかでね!
森:インタビューや取材をしてもらったときには、ライターの方から「青江三奈さんが好きですか?」「昭和歌謡が好きですか?」ってけっこう訊かれました。いろいろ当てはめようとしてくれたんですけど、大外れで(笑)。
中納:そうですね、大外れでしたね。
森:思えば『ビッグ・タイム』というライブ映画が転機でした。とてつもなく僕の胸に刺さりまして、だから“なんちゃってジャズ”みたいなところから、こういう音楽に入っていったと思うんですよね。でも、これ何歳のとき?
中納:25、6歳とか。
森:26歳のムードかと思ったら、なかなかのオヤジ感、渋さが出ているな。
中納:「どないしたんや!?」ってくらいの枯れ具合ですよね(笑)。
さらに、2002年には『くちばしにチェリー』、2004年には4枚目のフルアルバム『merry merry』、2008年にはシングル『GO ACTION』をリリース。数々の名盤・名曲を世に送り出しながらEGO-WRAPPIN'は唯一無二の世界観、“EGOサウンド”を確立していく。そんな音楽を届ける場所として2012年に初めて開催されたのが、今も続くライブイベント「Dance, Dance, Dance」だ。
イベント開催の経緯を、ふたりは次のように振り返る。
中納:クラブが風営法でことごとく取り締まられて、「夜中の24時以降にダンスをしたらダメ」と、厳しくなったときなんですよね。私たちもすごくお世話になったNOONっていう大阪のクラブも、ただ踊っているだけで摘発されたときだったので。
森:めちゃくちゃ面白い。
中納:そうそう、「どんな話やねん!」っていうのもあって、そのときは「踊って何があかんねん!?」って気持ちがすごく大きかったんですよね。それも含めて「Dance, Dance, Dance」という名前をつけて始まったイベントでした。当時はすごい倍率のなか、野音(日比谷野外音楽堂)の抽選に当たることが奇跡でした。
森:それはもうイベンターさんの努力で、訪れる人が毎回増えていくと「次もイベントやろうか」となる。来てくれる人がおるから、やれるんですわ。
中納:そうですね。「続けることが実になっていく」というのを、すごく実感したイベントでした。
森:いい感じのメンバーにも恵まれましたよね。
中納:ね! レコーディング費用をカンパしてくれるとか、マネージャーをやってくれるとか、節目で手を差し伸べてくれる人たちが常にいたような気がします。いろいろな人と、30年やらせてもらってきた感じですね。何度もお誘いしてもらっている吾妻光良 & The Swinging Boppersやスチャダラパーさんといった先輩方にも、いつも刺激をいただいてますし。
森:それで言うと、初めてのコラボはDETERMINATIONSじゃなかった?
中納:そうですね、参加していただいた感じだったけどね。
森:自分らの曲をDETERMINATIONSに演奏してもらったことは、大きな転機になりましたよね。僕がすごく好きでライブもよく行っていて、奇跡的にイベントに一緒に出る機会があって、声をかけられたのかな。
中納:うん、うん。
森:いろいろな音楽の勉強になるきっかけになったバンドでしたね。
中納:本当に、人とのつながりで生きてきてますよね。
森:うん、それしかない。助けてくれますね。
30年というひとつの大きな節目を迎えるEGO-WRAPPIN’は、7月8日(水)に配信、12日(日)に12インチアナログ盤にて、新曲『RIVIERA』をリリースする。
森:夏の贈り物ですね。
中納:『RIVIERA』に込めた想いは?
森:単刀直入に「踊りましょうよ」っていう。
中納:水の流れのようにふわーっと、流れに身をまかせていきたいなと。
森:そうですね。今、ニューアルバムも作っていますが、そのなかの楽曲でもあります。
新曲を携えて、2026年も恒例の野外ライブ「Dance, Dance, Dance」を開催する。7月11日(土)には山梨・河口湖ステラシアター、8月1日(土)には大阪・大阪城音楽堂で行われる。
また、100周年を迎えた明治ミルクチョコレートのおなじみのCMソングを12人のアーティストが歌い上げる「Melody of meiji」に、ボーカル・中納が参加中だ。
EGO-WRAPPIN'の最新情報は公式サイトまで。
EGO-WRAPPIN'が登場したのは、6月28日(日)放送の『J-WAVE SELECTION meiji milk chocolate MELODY MADE US』(ナビゲーター:上坂あゆ美)。EGO-WRAPPIN'の楽曲たちは、どのような変遷を遂げ、生まれてきたのか? 歌人/文筆家の上坂あゆ美がナレーションを務め、EGO-WRAPPIN'のふたりがその軌跡をたどる特別番組だ。
【関連記事】EGO-WRAPPIN'『〜Midnight Dejavu〜 色彩のブルース』は、昭和歌謡ではなくトム・ウェイツからの影響?
それぞれの音楽の原点は?
1996年に大阪で結成された音楽ユニット・EGO-WRAPPIN'は、2026年に活動30周年を迎える。2000年発表の楽曲『~Midnight Dejavu~ 色彩のブルース』は、戦前のジャズから自然に行きついたキャバレー音楽や昭和歌謡を昇華した、EGO-WRAPPIN'独自の世界観を築き上げた名曲として話題に。異例のロングヒットを記録し、“EGOサウンド”が広く知られるきっかけとなった。まずは“EGOサウンド”の原点となる、ふたりが聴いてきた音楽について語ってもらった。
中納:それぞれルーツがありますけど、印象としてはお互いに根っこは違うけど、聴かせ合うと「めちゃくちゃええやん!」ってなるパターンが多い。森くんが教えてくれる音楽は、全部好きやったし。
森:当時はクラブでレギュラーDJをやっている、音楽をすごく知っている人の家に居候していたので、ちょっと大人ぶっていたかもしれないですね。
中納:居候癖がありますよね。
森:ありましたね、人の家でレコードを漁るっていう。それがよっちゃん(中納)と会ったぐらいで、さらに遡ると3つ上の兄がいまして、兄が音楽に明け暮れていたわけです。「兄ちゃんが聴く音楽は、僕も聴かないかん」という強制的な環境で、ハードロックやヘビーメタルをよく聴いてました。ただ、「家でメタルがかかっている」とか言うのが恥ずかしかったんですよ。当時は、レンタルレコードやCDの全盛期ぐらいだったので、「借りて、よかったら買うぜ」っていうのが第1ステップでしたよね?
中納:そうですね。
森:そういう意味で、初めてお金出してまで買いたかったのが『ラスト・エンペラー オリジナル・サウンドトラック』でした。
The Last Emperor (Theme)
森:うん、映画が好きだったというのもあって、「これはお金を出して買う価値ありだな」っていう感じでした。
中納:そうですか。私は母親が家でピアノの教室をやっていたので、ルーツで言ったらバッハやシューベルト、シューマンなどのピアノ音楽ですね。自分も5歳くらいから習っていたのでそういう音楽をずっと耳にしていましたが、ピアノはあまり好きじゃなくて歌を歌うのが大好きでした。おばあちゃんに育ててもらっていて、ミシン台の上に乗って『雨の慕情』とか『津軽海峡冬景色』を歌って聴かせたらおばあちゃんが喜んでくれて、そこで初めて(歌で人を)喜ばせる快感を得ました(笑)。だから、小学生のときはテレビの歌謡曲を聴いて育った感じ。でも中学・高校になったら、だんだん洋楽とかも聴きだしました。
八代亜紀 / 雨の慕情
中納の熱烈なオファーでEGO-WRAPPIN'を結成
互いに異なるルーツを経て、大阪で結成されたEGO-WRAPPIN'。そもそもふたりは、どのように出会ったのだろうか。森:我々EGO-WRAPPIN'は1996年結成なんですが、そもそも僕がよっちゃんからお誘いを受けましたもんね。どんな状況だったか、覚えてますか?
中納:めちゃくちゃ覚えてますね。私が大学4年生で「卒業してどうするか?」というときに、「やっぱり歌手になりたい!」と思ったんです。当時、イギリスのEverything But the Girlというギターとボーカルのユニットが大好きで。あと、渋谷系で流行っていたLove Tambourinesとかも好きで、「バンドをしたい」という気持ちも強かったので、友だちに「一緒にバンドをやってくれる子を探している」と話したら「めちゃくちゃかっこええギターの子、おるよ」って言われて。
森:僕はそのとき、音楽とはまったく関係ない服飾の専門学校に行っていたんですよね。
中納:うん。それで、アメリカ村の三ツ寺会館って古いビルの地下のバーで、森くんが当時組んでた子とライブをするということで、連れて行ってもらったんですよね。
森:当時は専門学校の勉強はそこそこに、ライブに行ったりレコードを買ったりと音楽をたしなんでいたんですよ。一緒に組んでいた男の子はすごく本気でやっていて、僕はその横でギターをちょろちょろっと弾くみたいな感じで誘われて。ライブをやっていたのは中学・高校のときの同級生のお兄ちゃんが開いたバーで、そこに観に来たと。
中納:そう。それで、扉が開いた瞬間にパッと見たら森くんが入ってきて、そのときに「私、この子とバンドやるわ」ってビビビッてなったんですよ。そこからは私のゴリ押しですよね。「やろう、やろう!」「絶対ええから!」って、根拠のない自信に満ちあふれていた若かりしころでしたけど、強引に誘いました。
森のライブで出会ったふたりは、カセットテープに好きな音楽を入れて交換し、音楽性を確認しあったそうだ。
森:「ちょっとヘビメタがいっぱい入っていたら、(一緒に)できへんな」とかもあったんですけど(笑)。僕がよっちゃんからもらったテープはあまり馴染みのない、大人っぽい音楽ばかりでした。
中納:そうでしたか?
森:Tuck & PattiやChristopher Crossなど、「大人やな」と。ほかにもLove Tambourinesや、日本のさかなというバンドも入っていて、「いい世界だ」って思いましたね。
中納:うれしい。森くんは、ちょっとUKロックみたいな感じだったよね。
森:DJの人と住んでいたときなので、めっちゃイキって大人っぽい曲を入れまくっていたと思う。
中納:あははは(笑)! でもThe Style Councilとか好きだったよね?
森:僕、1960年代のイギリスのカルチャーが好きで。あとは映画音楽が忘れられなかったのか、入れていたと思います。
予期せぬヒットとなった『色彩のブルース』
2000年、EGO-WRAPPIN'として最初の大ヒット作となった『~Midnight Dejavu~ 色彩のブルース』。スウィング・ジャズ・コンボ、ビバップなど、昔どこかで耳にしたような懐かしの昭和歌謡を思わせるサウンドは、テレビやラジオ、クラブシーンのDJからも注目を集めた。EGO-WRAPPIN'『色彩のブルース』
森:うんうん。大阪から東京に出てきて『色彩のブルース』がかかっていてね。
中納:DJイベントとかでね!
森:インタビューや取材をしてもらったときには、ライターの方から「青江三奈さんが好きですか?」「昭和歌謡が好きですか?」ってけっこう訊かれました。いろいろ当てはめようとしてくれたんですけど、大外れで(笑)。
中納:そうですね、大外れでしたね。
森:思えば『ビッグ・タイム』というライブ映画が転機でした。とてつもなく僕の胸に刺さりまして、だから“なんちゃってジャズ”みたいなところから、こういう音楽に入っていったと思うんですよね。でも、これ何歳のとき?
中納:25、6歳とか。
森:26歳のムードかと思ったら、なかなかのオヤジ感、渋さが出ているな。
中納:「どないしたんや!?」ってくらいの枯れ具合ですよね(笑)。
さらに、2002年には『くちばしにチェリー』、2004年には4枚目のフルアルバム『merry merry』、2008年にはシングル『GO ACTION』をリリース。数々の名盤・名曲を世に送り出しながらEGO-WRAPPIN'は唯一無二の世界観、“EGOサウンド”を確立していく。そんな音楽を届ける場所として2012年に初めて開催されたのが、今も続くライブイベント「Dance, Dance, Dance」だ。
イベント開催の経緯を、ふたりは次のように振り返る。
中納:クラブが風営法でことごとく取り締まられて、「夜中の24時以降にダンスをしたらダメ」と、厳しくなったときなんですよね。私たちもすごくお世話になったNOONっていう大阪のクラブも、ただ踊っているだけで摘発されたときだったので。
森:めちゃくちゃ面白い。
中納:そうそう、「どんな話やねん!」っていうのもあって、そのときは「踊って何があかんねん!?」って気持ちがすごく大きかったんですよね。それも含めて「Dance, Dance, Dance」という名前をつけて始まったイベントでした。当時はすごい倍率のなか、野音(日比谷野外音楽堂)の抽選に当たることが奇跡でした。
森:それはもうイベンターさんの努力で、訪れる人が毎回増えていくと「次もイベントやろうか」となる。来てくれる人がおるから、やれるんですわ。
中納:そうですね。「続けることが実になっていく」というのを、すごく実感したイベントでした。
EGO-WRAPPIN'『GO ACTION』LIVE
周りに恵まれ、歩み続けられた30年
音楽を届け、踊り、発展させてきた30年。ふたりは声をそろえて、「ひとりよがりでは叶わない。ふたりだけの力でもない。人に支えられ、歩み続けられた結果だ」と言う。森:いい感じのメンバーにも恵まれましたよね。
中納:ね! レコーディング費用をカンパしてくれるとか、マネージャーをやってくれるとか、節目で手を差し伸べてくれる人たちが常にいたような気がします。いろいろな人と、30年やらせてもらってきた感じですね。何度もお誘いしてもらっている吾妻光良 & The Swinging Boppersやスチャダラパーさんといった先輩方にも、いつも刺激をいただいてますし。
森:それで言うと、初めてのコラボはDETERMINATIONSじゃなかった?
中納:そうですね、参加していただいた感じだったけどね。
森:自分らの曲をDETERMINATIONSに演奏してもらったことは、大きな転機になりましたよね。僕がすごく好きでライブもよく行っていて、奇跡的にイベントに一緒に出る機会があって、声をかけられたのかな。
中納:うん、うん。
森:いろいろな音楽の勉強になるきっかけになったバンドでしたね。
中納:本当に、人とのつながりで生きてきてますよね。
森:うん、それしかない。助けてくれますね。
30年というひとつの大きな節目を迎えるEGO-WRAPPIN’は、7月8日(水)に配信、12日(日)に12インチアナログ盤にて、新曲『RIVIERA』をリリースする。
森:夏の贈り物ですね。
中納:『RIVIERA』に込めた想いは?
森:単刀直入に「踊りましょうよ」っていう。
中納:水の流れのようにふわーっと、流れに身をまかせていきたいなと。
森:そうですね。今、ニューアルバムも作っていますが、そのなかの楽曲でもあります。
新曲を携えて、2026年も恒例の野外ライブ「Dance, Dance, Dance」を開催する。7月11日(土)には山梨・河口湖ステラシアター、8月1日(土)には大阪・大阪城音楽堂で行われる。
夏の恒例野外ライブ「Dance, Dance, Dance」
— EGO-WRAPPIN' (@EGO_WRAPPIN_JP) June 6, 2026
チケット一般発売は、本日10:00から。
EGO-WRAPPIN' “Dance, Dance, Dance”
7月11日(土)
山梨/河口湖ステラシアター
OPEN 15:30/START 16:30
8月1日(土)
大阪/大阪城音楽堂
OPEN 16:30/START 17:30
チケットは、こちら。https://t.co/dIq5BBJ63n
【Melody of meiji】#10 EGO-WRAPPIN’ 中納良恵
番組情報
- J-WAVE SELECTION meiji milk chocolate MELODY MADE US
-
2026年6月28日(日)22:00-22:54