天才ベーシスト、モヒニ・デイはなぜ「AI活用」を選んだのか? 音楽論争に注目

インド出身のベーシスト、モヒニ・デイのAIに関する音楽論争に注目した。

この内容をお届けしたのは、3月18日(水)放送のJ-WAVE『MIDDAY LOUNGE』(ナビゲーター:クリス・ペプラー)の「MUSIC EXPLORER」。世界の音楽シーンのムーブメントを“今”の視点で考察するコーナーだ。

『MIDDAY LOUNGE』はグローバルなルーツを持つ国際色豊かなナビゲーターたちが、リスナーと一緒に「新しい自分、新しい世界と出会う」3時間のプログラム。ナビゲーターは、月曜 ハリー杉山、火曜 市川紗椰、水曜 クリス・ペプラー、木曜 ジョン・カビラが日替わりで担当している。

モヒニ・デイが音楽制作でのAI活用を表明

今回のテーマは、インド出身の超絶技巧を誇るベーシスト、モヒニ・デイとAIをめぐる議論について。モヒニは、インドのムンバイ出身でミュージシャンの両親の影響を受け、9歳にしてプロ活動を開始。これまでにクインシー・ジョーンズやスティーヴ・ヴァイと共演しており、日本においても2019年にはB'zのツアーメンバーに抜擢されている。

音楽メディア『MusicRadar』の企画「21世紀のTOP10ベーシスト」では、女性で唯一選出された実績を持つ。ジャズ、フュージョン、ポップスとジャンルを横断して活動し、その圧倒的なテクニックと音楽性によって高い評価を得ている。

Meat Eater

クリス:インドといえばポリリズム(複数の異なるリズムや拍子が同時進行している音楽)ですよね。非常に複雑で細かいリズムや、ミクロ単位の音階など、ハイレベルな音楽的バックグラウンドを持ちながら、ジャズやポップスのセンスも融合させている、本当にすごいベーシストです。そんなモヒニ・デイですが、現在、AI音楽生成サービスとの関係をめぐって議論がヒートアップしています。

モヒニがAIの活用を公にしたのは2025年9月のこと。音楽生成サービス・Sunoの新たな制作環境「Suno Studio」のリリースに合わせ、自身のSNSやYouTubeを通じて具体的な制作方法を公開した。そのなかで彼女は「AIでの音楽制作は自分にとってゲームチェンジャーだ」と発信している。

クリス:当然、Suno側はモヒニ・デイをなんらかのかたちでサポートしています。それ自体はなんの問題もありません。彼女は、AIは自分の創造性に取って代わるものではなく、あくまでも「新しい方向性を探るためのツール」だという明確なスタンスを示しています。たとえば、シンプルなコード進行からメロディやベースラインのアイデアを生成させ、それをもとにドラムやギター、ボーカルなど各パートのアレンジを作り、最終的には自分の生演奏と融合させて独自のサウンドを作る、という使い方です。

AIアーティストがチャートに登場する時代になった

モヒニのスタンスは、トップレベルのベーシストがAIを肯定的に捉え、かつ実践的な道具として使いこなす姿勢を示したものとして、音楽業界やファンのあいだで大きな注目を集めている。同時に、その是非をめぐる議論も巻き起こっているという。

クリス:これを強く批判したのが、イギリスを拠点に活動するYouTuberベーシスト、ダニー・サプコです。登録者数50万人を超える人気プレイヤーで、ややパンク寄りのスタイルとコミカルな動画で知られています。彼は、モヒニ・デイのようなトップクラスのミュージシャンが将来的に仕事を奪う可能性のあるAIを宣伝していることを強く批判。「このようなお金の稼ぎ方をするべきではない」と述べました。特に、セッションワークがAIに置き換わる可能性を懸念しています。

ダニーは著作権の問題や「人間性の欠如」を指摘し、優れた才能を持つモヒニ・デイだからこそ失望したとも語っている。さらに議論の枠を越え、彼女の家族やライフスタイルにまで言及するなど、感情的な批判も見受けられるようだ。そして、この意見にはバークリー音楽大学出身のベーシスト、アダム・ニーリーも賛同している。

そもそも、こうした批判の背景にはAIによる音楽がすでにチャートに進出し、人間が制作した楽曲との区別が難しくなりつつあるという現状がある。実際、アメリカではAIアーティストのザニア・モネが「Billboard R&B Digital Song Sales」でトップ10入りを果たし、大きな話題となった。

How Was I Supposed to Know (Lyrics)

クリス:さらに、Spotifyで人気を集めたザ・ベルベット・サンダウンも、音楽からビジュアル、プロフィールまでAIで制作されていたという事例も登場しています。UKでは、AIで制作された楽曲「I Run」がヒットし、その歌声がジョルジャ・スミスに酷似しているとして、訴訟の可能性も指摘されました。

I Run

AIの活用には「方向性」を示す人間の存在が不可欠

ベーシストでありながらAI音楽生成サービスの宣伝のような振る舞いをしたとして、猛烈なバッシングを受けたモヒニ。ダニーの批判に対し「AIはトレンドではなく、これからもなくなることはありません。存在しない時代に戻ることもできないし、無視しても進歩は止まりません。取り残されるだけです」と表明した。

クリス:さらに、過去の技術革新を例に挙げています。「ドラムマシンが登場したとき、ドラマーは失業すると言われたが、そうはならなかった。オートチューンも同様で、ボーカルの重要性は変わらず、あり方が少し変わっただけです」と彼女は反論しています。少し余談ですが、ベースも4弦から5弦、6弦と進化してきました。アンソニー・ジャクソンが6弦ベースを提案し、さらに80年代にシンセベースが流行したことで、より低音を出すために5弦ベースが普及しました。つまり新しいテクノロジーが出てくれば、それに対抗する形で楽器や演奏も進化していくわけです。「やめてほしい」ではなく、「どう対応するか」が重要だということですね。

モヒニは「AIが人間に取って代わることはない。AIには意図や経験がなく、人間が方向性を与える必要がある。進歩を恐れるのではなく理解することで、新しい世界を切り開くのです」と強調する。さらに、チャーリー・プースのような高度なスキルを持つアーティストでさえ、AIをアシスタントとして活用している例を挙げる。そして最後に「私は進化することを選びます。世界が変わってもパニックにはなりません。未来を恐れるか、一緒に形作るかです」と結び、自らの立場を鮮明に示している。

クリス:モヒニは裕福ではない家庭に育ち、両親は教育のために食費を削るほどだったそうです。9歳から演奏の仕事を始め、17歳で自立。過酷な環境のなかで練習を重ね、現在の地位を築きました。ベーシストである父親は2年前に亡くなりましたが、「誠実であること」「前に進むこと」という価値観を遺したと言います。その姿勢がAIに対する向き合い方にも表れているのかもしれません。今後10年で多くの職業がAIに置き換わるとも言われていますが、その準備をしなくてはいけないのかなってことですよね。今回は、モヒニ・デイとAIをめぐる音楽論争をお届けしました。

J-WAVE『MIDDAY LOUNGE』のコーナー「MUSIC EXPLORER」では、世界の音楽シーンのムーブメントを「今」の視点で考察する。放送は月曜~木曜の14時ごろから。
番組情報
MIDDAY LOUNGE
月・火・水・木曜
13:30-16:30

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