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アリ・アスター新作はコロナ禍の“炎上スリラー”。現実が「ディストピアSF」化したと語る理由

アリ・アスター新作はコロナ禍の“炎上スリラー”。現実が「ディストピアSF」化したと語る理由

映画監督のアリ・アスターが、12月12日(金)公開の最新作『エディントンへようこそ』について語った。

アスター監督が登場したのは、12月4日(木)放送のJ-WAVE『STEP ONE』(ナビゲーター:サッシャ、ノイハウス萌菜)。最新の音楽から時事問題、スポーツ、世界の音楽チャート、ランチ情報までをカバーする情報エンターテイメントプログラムだ。

コロナ禍の町を舞台にした“炎上スリラー”

アスター監督の最新作『エディントンへようこそ』の制作を手がけるA24は、アメリカの新進気鋭の映画スタジオ。『ミナリ』や『X』『Pearl』『MaXXXine』のシリーズ、ほかにも『シビル・ウォー アメリカ最後の日』といった衝撃作を世に送り出している。

12.12公開/映画『エディントンへようこそ』予告編

サッシャ:「エディントン」ってなんなの? という話ですが、アメリカのニューメキシコ州の架空の町の名前です。エディントンの2020年が舞台になっています。2020年といえば、ちょうどコロナ禍真っただなかですよね。ロックダウンされているような状況で息苦しい隔離生活のなか、ホアキン・フェニックスが保安官のジョーという役を演じています。

コロナ禍では「マスクを着けるのか、着けないのか」という論争が起きたが、ジョーは「マスクのルールとかやめてくれ!」と怒りをあらわにする。一方で、ペドロ・パスカルが演じる市長のテッドは「マスクをするべきだ」と主張。そこで、ジョーは市長選に立候補することを決め、そこから町が破滅の道へと進んでいくという様子を描く、SNSを交えた陰謀論なども出てくる“炎上スリラー”だ。

サッシャ:非常に考えさせられる作品でもありますが、笑いもあって、要素が多い映画です。アリ・アスター監督に先日の来日時にインタビューをさせていただきました。そのインタビューの様子をこれから聞いていただきます。新型コロナウイルスによるパンデミックのタイミングが舞台ということなんですが、なぜこれを題材にしようとしたのか、というところから訊きました。

アスター:私の人生において、おそらくもっとも重大な世界的な出来事だからこそ、それが映画を作った理由の答えになると思います。非常に不快な経験でもあったし、その影響というのはいまもずっと続いているというか、そこから離れられない部分もあります。そのなかに私たちはまだ生きている。ただ、この映画は単にコロナの時期について語っただけの映画ではありません。舞台はコロナ禍ですが、私たちが生きているシステムについて問うた映画です。私たちはみんな「異なる現実」を生きている。私たちがインターネットのなかに生きているのと大きく関係していると思うんです。ネットの外で生活していたとしても、世界そのものがインターネットによって変えられた。その延長線上で私たち自身も変えられてしまっているんです。

サッシャ:インターネットを通じての陰謀論というのが飛び出していったのも、コロナ禍のときだったと思います。そういった「インターネットとの向き合い方」みたいなところもあるかと思います。

あえてエンタメ作品にした理由

劇中はショッキングなシーンもあるが、エンターテイメント映画として楽しめるシーンもある。ドキュメンタリーテイストに撮ることもできたはずだが、アスター監督はあえてエンターテイメントとして物語を伝えた理由を語った。

アスター:スリラーではあります。ジャンルに寄った映画でもあるし、政治的な風刺もある。キャラクターを追求していくような映画でもあります。もちろん、現実世界をテーマにはしています。そのなかでも非常に張り詰めた瞬間を描いていますが、ただ物語というのはすごく複雑に作られていて、後半にいくにつれてどんどん展開も激しくなっていきます。単に「体(てい)はよくても退屈」のような映画にはしたくなかった。現代という瞬間と格闘するものとしてこの映画は描かれていますが、同時に楽しんでもらうことも意図しています。面白くて笑えるものでないといけないと思ったんです。最後はかなりのアクション映画にもなります。私の目的としては政治スリラーや陰謀スリラー、そしてダークコメディを非常に具体的な、歴史的文脈のなかに落とし込もうというのが目的でした。

ノイハウス:やはりコメディを交えると、重めのメッセージも軽く入ってきたりと感じ方が変わりますよね。

サッシャ:まったくのフィクションにしてしまうと、どこか違う世界でやっている違うことになる。でも、現実にあったコロナのころに起きていた、記憶にあるような出来事がいっぱい起きてくるわけですよね。そこのなかでフィクションが起きるからこそ、伝えたいメッセージがグッと迫ってきます。

この映画では象徴的な音楽もたくさん使われている。トム・グレナン、ボビー・ジェントリー、そしてパンデミック当時のケイティ・ペリーなど、選曲についても訊いた。

アスター:私はその文化に属しているような音楽を使うのが好きなんです。今回のケースで言うと、ケイティ・ペリーの『Firework』がまさにそうで、この物語のあるところで使うにはとても面白い曲だと思い、使いました。ボビー・ジェントリーは最後のエンドロールの曲ですが、非常に心にも残りますし、孤独で詩的な曲でもあるので、この映画の最後にふさわしい曲だと思いました。私は普段、自分の作品では特定の使われ方をしないような音楽をあえて使うのが好きなんです。ほかの人が使わないようなものです。たとえば、『ボーはおそれている』ではマライア・キャリーの曲を使いましたが、あれはいままでのイメージを大きく覆すような使い方だったと思います。

アスター監督が本作で伝えたい想い

インターネットを手放せない社会。その現状について、アスター監督は映画を通じてなにを伝えたいのか、その想いを語った。

アスター:このインターネットの世界、自分が思っている奇妙さみたいなところを抜け出す答えを自分が持っているわけではありません。だけど、自分が思っていることをたぶん誰かも感じているんじゃないか。全員じゃないかもしれませんが、感じているんだとしたら、この映画を観ることによって「そう思っているのは自分だけじゃないんだ」と感じてもらえるんじゃないかと思っています。いま、私たちは人類の歴史上、非常に奇妙で前例のない、そんな時代にいると思います。アートがそれを反映していないと、現実とのあいだに乖離が生まれて、逆に変になってしまうと思います。だから、この映画ではスマートフォンやいまの生活様式の奇妙さをあえて強調したかったんです。

アスター監督は現代人が「SFの世界」に足を踏み入れていると警鐘を鳴らした。

アスター:人間は適応能力が驚くほど高い。なので私たちも、いつの間にかこれが普通になってしまっています。でも、いまの状況は普通ではないと思います。それはSFの要素でもありますが、ディストピア的なSFの世界に、我々が現実に足を踏み入れているのではないかと思います。多くの物語が警告はしてきた世界ですが、それに対する認識が欠けている。あるいは、無力感を感じて「どうすることもできない」と思っているかの、どちらかなのではないかなと私は思います。そのなかでみんな、中毒になってしまっている。

アスター監督はそのような状況のなかでリテラシーが低下していることを危惧した。

アスター:人々はミームやSNSから情報を得ていて、中心となるニュースソースがない。すべてが意見や社説になってしまい、客観的な事実、そして真実が存在しなくなっている。だからこそ、陰謀論が支配してしまって私たちは信じてしまうのではないか。誰もがなんでも発信でき、それが同等の価値を持つという状況は、情報の民主化ではありますが、結果として真実への信頼を失わせている、そういう部分もあります。プロバガンダの媒体としてのソーシャルメディアは非常に大きな問題で、悪化の一途をたどっていると思うんです。

ノイハウス:本当に深い話ですね。当たり前になりすぎていた自分にいま気づきました。朝から晩まで携帯を手に持って、発信したければ世界中の誰とでもつながれるいま、そもそも「ちょっとおかしいかも」みたいな話は、なかなか周りの人としません。映画を観て、そこの感想からそういう話題になれたら、みたいなところもきっとあるんですよね。

サッシャ:監督はそれを望んでいると思います。情報の民主化はすばらしいけど、誰もが発信できるだけに、なにが本当かわからない。ちょっとエキセントリックな話題に人は引き寄せられがちですよね。これはアメリカの話題ですが、日本の文化はアメリカとは少し違います。そういったなかで日本のみなさんがどう感じるのか、というのは監督もとても気にしていた部分です。ぜひ、この映画をその目線でご覧いただきたいと思います。

J-WAVE『STEP ONE』の放送は月~木曜の9時〜13時にオンエア。

公開情報

『エディントンへようこそ』
12月12日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
© 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
配給:ハピネットファントム・スタジオ

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番組情報
STEP ONE
月・火・水・木曜
9:00-13:00