坂本龍一の偉大さを、あらためて実感する瞬間─小山田圭吾×蓮沼執太が「長電話」で振り返る

小山田圭吾と蓮沼執太が、J-WAVEで坂本龍一についてのトークを展開した。

小山田と蓮沼が登場したのは、9月28日(日)放送の『J-WAVE SELECTION Radio Sakamoto extension“長電話”』(ナビゲーター:U-zhaan)。坂本龍一がナビゲーターを務めたJ-WAVEの番組『RADIO SAKAMOTO』のextension版として、坂本龍一と高橋悠治の“長電話”を収録した書籍『長電話』(バリューブックス・パブリッシング)をトリビュートするスペシャルプログラムの第4弾。

今回は『RADIO SAKAMOTO』にもたびたび出演した音楽家の蓮沼執太と、生前の坂本龍一と交流を重ねてきた小山田圭吾の「長電話」をお届けした。

“情緒超安定”って言われる

電話のコール音が流れ、小山田圭吾と蓮沼執太の会話が始まる。

蓮沼:もしもし。

小山田:もしもし。

蓮沼:小山田さんでしょうか?

小山田:蓮沼くん。どうも。

蓮沼:よろしくお願いします。元気ですか?

小山田:ぼちぼちです。まあ、ずっとぼちぼちなんですけど。

蓮沼:小山田さんって、いつも同じ感じに見えるんですけど。すごく元気がいいとか、落ち込んでるとかっていうのがあまりわからない雰囲気があります。

小山田:“情緒超安定”って言われます(笑)。振れ幅が少ないんですよ。

蓮沼:へえ。まあ、僕もそうかな。

小山田:蓮沼くんはフラットだね。

蓮沼:でも、落ち込むときもあるんですけど。今日は長電話をするっていうことなので。

小山田:あんまりゆっくり話したことないよね。僕、蓮沼くんに初めて会ったのっていつだろう。細野(晴臣)さんのイベントだったっけ? たしか、そんな気がする。あれ、20年前くらい? それ以上?

蓮沼:以上ではないですね。僕は音楽を始めて、もうすぐ20年なんですよ。

小山田:僕、CDをもらったのを覚えてるよ。あれ、最初に出したやつ?

蓮沼:いや、何枚か出していて。たぶん、日本のレーベルから出したCDを聴いてくださいってことでお渡しして。

小山田:最初は海外だったの?

蓮沼:はい。最初はテキサスにあるWestern Vinylっていうインディーズのレーベルで。

小山田:エレクトロニックミュージック系?

蓮沼:そうですね。当時はパソコンのなかで電子音を作って。僕はフィールドレコーディングとかしてたので、その断片を混ぜてちょこっとだけ音を出して演奏してっていうぐらいの。

小山田:アメリカでエレクトロニカ系って、けっこう珍しいね。

蓮沼:珍しかったですね。やっぱりヨーロッパが主流なので。

小山田:そのあとに日本でも出したって感じか。

蓮沼:そう。それで日本でタワレコとかにCDが並ぶと、日本の方も知ってくれて「(うちで)出さない?」みたいな感じになりました。

坂本龍一に誘われて初の即興ライブを経験

続いて、お互いの出身地の話題から、徐々に坂本龍一の話に。

小山田:蓮沼くんって東京出身?

蓮沼:東京ですよ。小山田さんは?

小山田:僕も東京で、世田谷区まわりをうろちょろしてて(笑)。坂本(龍一)さんも世田谷区なんですよ。

蓮沼:坂本さん、中央線沿いもすごい詳しくて。

小山田:住んでたのかな……あ、住んでたね。矢野(顕子)さんと一緒のころの映画がありましたよね。

蓮沼:本当に詳しいんですよね。中央線沿いに。

小山田:ライブハウスとかで演奏してたころ、あの辺でやってたのかな。

蓮沼:それこそ新宿ロフトで。

小山田:即興とかやってたもんね。僕、初めて即興をやったのって、坂本さんに誘われてなんですよ。ずっとやったことなくて。(恵比寿)ガーデンホールかな。YMOじゃなくてHASYMOって名前だったころだな。そのころ、リハが終わったあとに突然「外でゲリラ即興をやろう」とか言われて。

蓮沼:アヴァンギャルドですね。

小山田:なんか血が騒いだのかな。それで、開演前にガーデンホールの外に出たところのテラスみたいな場所に機材を並べて、坂本さんと即興をやったんだよね。

蓮沼:ええ! 初耳です。

「蓮沼くんは即興とかよくやってたの?」と小山田が尋ねると、蓮沼は「全然やってないですね」と答える。

小山田:宅録?

蓮沼:宅録なんですけど、僕は曲を作っているときは即興的に作ってたりするんですよね。だからそれの延長というか、なるべく余計なことを考えずに音を出すっていうことに慣れてるので。それを即興と呼ぶのかはちょっとわからないんですけど、そういうのをやっていて。即興のときって、人の音を聴くじゃないですか。もちろん、演奏もするんですけど。それがけっこう好きで。

小山田:蓮沼くんはいろんな形態でライブやってるよね。

蓮沼:そうですね。蓮沼執太フィルっていうのもあるし。

小山田:あ、僕も1回呼んでもらったよね。そういえば、それ、あの日じゃない?

蓮沼:そうなんですよ。ニュースになってましたよね。

小山田:坂本さんが亡くなったの。

蓮沼:そのライブのあとですね。

小山田:解散して別れたあとに、そのニュースを知ったんだよね。あの日だったんだよね。なんか忘れないね。

蓮沼:なんか特別な日になってしまったというか。

YMOの音楽の分厚さを生で体感

蓮沼は、坂本との最初の出会いをこう振り返る。

蓮沼:10年以上前に名古屋で会いましたね。坂本さん、オーケストラのコンサートをやってたんですよ。そのコンサートをやってる日に、僕も名古屋で蓮沼フィルのライブだったんです。近くにいるので、ちょっとご挨拶にでも行こうかとなり、会うと「きみが蓮沼くんか」みたいな。そのとき、僕は坂本美雨さんのアルバムを1枚プロデュースしてたんですよ。

小山田:なるほど。

蓮沼:だから、僕のことを知ってくれていて、そこからですね。2014年とかかな。小山田さんと坂本さんは、だいぶ長い付き合いですよね。

小山田:いやいや、2000年以降ですよ。細野さんと(高橋)幸宏さんがSKETCH SHOWってバンドをやってたじゃないですか。それを僕が手伝ってて、ライブの最終日に坂本さんがゲストで来られて、最後にみんなでYMOの曲を演奏したんですよ。そこからですね。

蓮沼:じゃあ、YMOの曲が最初に一緒に出した音だったんですね。

小山田:はじめましてで、すぐライブみたいな感じで。坂本さんもリハなしで、ぶっつけ本番みたいな。

蓮沼:さっきのガーデンホールの即興みたいな感じですね(笑)。

小山田:即興じゃないけど、坂本さんの演奏はちょっと即興的でしたね。

蓮沼は「YMOを一度だけ観たことがある」と続ける。

蓮沼:東京の夢の島で。

小山田:「WORLD HAPPINESS」ね。

蓮沼:小山田さんも演奏されてましたよね。

小山田:たぶん、いたんじゃないかな。

蓮沼:屋外だったんですけど、音のクリアさに、迫力に(驚かされて)。そして、身体的でびっくりしました。フィジカルなっていうんですかね。

小山田:そうだね。みんな演奏してたよね(笑)。

蓮沼:ライブだから(笑)。

小山田:まあそうなんだけど、SKETCH SHOWからHUMAN AUDIO SPONGEっていう名前に変わって僕が合流したころは、演奏はもちろんしてたけど、幸宏さんはまだドラムセットに座ってなくてパットを叩いてたりとか、エレクトロニカ的な感じで。だんだん生音の比重が増えていって、いちばん最後に六本木で細野さんと坂本さんのジョイントコンサートみたいなのがあったんですけど、生でYMOの曲を何曲かやって、最後のほうはそんな感じになってましたね。

蓮沼:やっぱりテクノとかエレクトロニカって電気の音楽というか、体をあまり使わないというか。

小山田:ラップトップでやる人が多かったもんね。

蓮沼:ですよね。だから、そういうものからだんだんとフィジカル化していって、ライブで「すごいな。なんかファンクミュージックみたいだ」って感じだったんですよね。その印象がすごくて。自分たちより1世代、2世代上というか、お父さん世代なのに。

小山田:そっか。蓮沼くんからするとYMOはお父さん世代か。

蓮沼:坂本さんなんて特にお父さん世代ですね。その人がムキムキというか。

小山田:もともとそっちの人だからね。さんざんそれをやったうえでテクノにいってるからね。

蓮沼:音楽の分厚さをそのとき生で体感するっていう感じでしたね。

いまでも聴くたびに新たな発見がある

ふたりは、坂本の偉大さをあらためて実感する瞬間があると言う。

蓮沼:僕、坂本さんがお亡くなりになってから、坂本さんとの思い出を書くとか、音楽を聴いてレビューするとか、そういう機会がすごい多くて。あとを生きる人間の宿命かもしれないですけど、坂本さんの知らない音楽もたくさんあるじゃないですか。たとえば、僕がニューヨークに住んでたときに坂本さんがごはんとか誘ってくれてお話しするときって、興味があることしか話さないじゃないですか。昔のことって、そんなに話さない。だから、そのときのことしかあまり知らなかったんです。大げさに言うと。でも、坂本さんは80年代とか90年代とか、とんでもない量の音楽を作られていて、かつ演奏もしていてっていうのを聞くとイメージがどんどん変わっていくというか。つかめない(笑)。

小山田:本当に多岐にわたってるからね。

蓮沼:小山田さんはわりと時系列で坂本さんの音楽に触れてきたんですか?

小山田:YMOが小学5、6年ぐらいのころにめちゃくちゃ流行ってて、街とかでも流れてたし、テレビとかCMとかにもよく出てたし。僕のいとこが好きで、カセットとかに録ってもらって聴いていたんですけど、僕の同世代の人とか、ちょっと上ぐらいの人はもうガチオタの人がめちゃくちゃいて。僕は全然“にわか”な感じですね(笑)。(ちゃんと聴くようになったのは)20歳越えてからかな。さかのぼっていくと、とにかくいろんなものがあるじゃないですか。でも、まだ全然知らないのも出てくるし。坂本さんが亡くなったころに、家で坂本さんの音楽をたくさん聴いたりする機会もあって、いまでも新たな発見がありますね。

蓮沼:10代というよりかは、20歳すぎて本格的に聴き始めたんですか?

小山田:そうだね。 10代のころは、ざっくりYMOを聴いていたくらいで、20歳を越えて、坂本さんのソロとかYMOの3人のソロだったり、提供曲とか、そういうのを聴き始めたって感じですかね。

蓮沼:昔の曲だとしてもアレンジが派手だったりするじゃないですか。僕が音楽をやり始めて、さらに聴き込むと、とても複雑なことをずっとやっていて。その複雑さをポップスにしたりして大衆に届けてるっていうことは、本当にすごいことだなって思っちゃうんですよね。

小山田:坂本さんはもちろんすごい音楽家だったけど、ポップスターでもあったからね。

蓮沼:おちゃらけてる坂本さんもあるし、スター的な坂本さんもいて、かつ、音楽だと暗く複雑で、高度なことをずっとやってるっていう多面性もあって。そんな人、ほかにはいないですよね。

『J-WAVE SELECTION Radio Sakamoto extension“長電話”』の過去のオンエアはポッドキャストで聴くことができる。




小山田圭吾の最新情報は公式サイトまで。
蓮沼執太の最新情報は公式サイトまで。
番組情報
J-WAVE SELECTION Radio Sakamoto extension“長電話”
2025年9月28日(日)
22:00-22:54

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