砂浜で楽しむ「焚火カフェ」とは? 知られざる湘南の魅力を、Michael Kanekoと小山薫堂が探る

都心からほど近く、観光地、移住先としても人気の湘南エリア。青い海と豊かな緑が広がるこの地で、人々はどのように自然と向き合い、暮らしているのか――。今回、放送作家の小山薫堂と、茅ヶ崎生まれ・南カリフォルニア育ちのミュージシャン、Michael Kanekoが取材を通してひも解いた。

取材の模様を伝えたのは、7月17日に放送された番組『J-WAVE SPECIAL TSUCHIYA EARTHOLOGY 8』(ナビゲーター:小山薫堂/高島彩)。湘南の自然を愛するキーパーソン3名へのインタビューから、その価値観・ライフスタイルを学び、自然との共生を考えるプログラムであり、ポッドキャストでも配信中だ。

湘南は日本の海洋学発祥の地だった!

はじめに小山とMichaelが森戸海岸で話を聞いたのは、葉山に暮らす環境活動家・プロダイバーとして活動する武本匡弘さん。1986年よりダイビング専門会社「パパラギ」を経営していた武本さんは、7年前に会社を譲り、環境活動家兼プロダイバーとして独立したという。

武本さんの出身は北海道小樽市。最初のダイビングスクールを神奈川県藤沢市に開設する目的で移り住んだとのことだが、湘南エリアを創業の地に選んだのには、ある理由があった。

武本:藤沢市にある江の島は、日本で最初の海洋研究所が作られた場所なんです。1877年7月にエドワード・シルベスター・モース博士によって設置されました。

小山:モース博士って、大森貝塚を見つけた人ですよね。

武本:そうです。彼は大森貝塚を発掘したことで有名ですが、本当は、貝の種類が豊富なことで知られていた江の島に来たかったんです。モース博士が開設した江ノ島臨海実験所は東洋初かつ、世界で3番目の海洋研究所でした。つまり、湘南は日本の海洋学発祥の地なんです。

小山:へー! Michaelさん、知ってましたか?

Michael:いや、知らなかったです。

武本:そういったこだわりがあって、湘南へやってきました。

小山:では武本さんは、湘南の海にはどんな魅力があると思われますか?

武本:目の前に広がっている相模湾。これに尽きます。相模湾は深いところで水深1000mを超える、水深2500mの駿河湾に次いで日本で二番目に深い湾なんです。湾としてさほど広くない面積ながら、その中には、5000種類以上の海洋生物が生息しているとされています。密度の観点から考えると、世界でも希少な海なのです。

生物多様性に富んだ相模湾に魅せられて、湘南の地で生きることを選んだ武本さん。そんな彼が、会社経営者から環境活動家へ転身したきっかけとは、いったい何だったのか。

武本:一番は、沖縄でサンゴが一面真っ白になる「サンゴの白化現象」です。この現象は、1998年から1999年にかけて地球規模で起こりました。それが現在も回復することなく、悪化していることが活動を始めたきっかけです。この30年間、激烈に変化していく海を見続けて、僕は胸を締め付けられるような思いをしてきました。その事実を少しでも知ってもらおうと考え、今活動しています。

小山:相模湾にも何か変化が生じているのでしょうか?

武本:もう魚は全然獲れないですよ。沿岸漁業はほとんど成り立ちません。それに磯焼けもひどい。

小山:磯焼けとは?

武本:磯焼けは、海藻がなくなって岩だけになってしまうことを指します。これが、ここ相模湾をはじめ、日本海や瀬戸内海など全国規模で広がっているんです。葉山でいうと、実は今年、森戸海岸における養殖のわかめは全滅でした。天然わかめでなんとか水揚げがあったという状況です。

これらの異変は気候変動によって引き起こされているという。少しでも正常な状態に近づけるために必要なことについて、武本さんはこう説く。

武本:もっとも大事なのは、一人ひとりが現状と原因を知ることです。その上で日常生活を少し変容させる必要もあるでしょう。たとえば、合成洗剤を流さないとか、マイクロプラスチックを含んだ製品をなるべく使わないとか。でも、一人ひとりがいくら頑張っても、もう歯が立たないくらい巨大な力を私たちは起こしてしまった。

だからこそ、社会の変革が重要なんです。地球温暖化対策として、エネルギー政策転換を何よりも急ぐ必要があります。EUをはじめとした諸外国の中には、100%に近いくらい再生エネルギーを利用している国もあるわけですし。日本がそのような方向に舵を切れるか否かは、私たちがどういう政治を選択するかに委ねられているのではないでしょうか。

小山:最近聞いて衝撃的だった話があって。パリでは冬場、店先に暖房付きテラスが設置されるんですけど、環境保護の観点から禁止になって全部なくなったらしいんですよ。そういうことに関してフランスは決断が早いですよね。

武本:そうですね。産業革命以来、平均気温が1.1度も上がってしまっているわけですし。要するに、地球は病気なんですよ。だって、私たちが平熱よりも1度上がっただけで具合が悪くなるわけじゃないですか。その病気の地球を救うために、何とかしようと活動しているんですけど、元に戻すのはもう難しい。だからせめて、気温上昇を約1.5度までに抑えようと、産業規模でヨーロッパが世界をリードしているという現実があります。

最後に、小山とMichaelが貴重な話を聞かせてくれたことへの感謝を伝えると、武本さんは「ありがとうございました」と返し、「知ることは希望です」と言い添えた。現実を知ることで希望は拓けていく――。そんなシンプルながらも深い箴言を胸に、小山とMichaelは次の場所へと向かった。

3人の女性の熱意によって生まれた「鎌倉 蕾の家」

続いて訪れたのは、「日本の文化を繋いでいく」というコンセプトのもと、お茶、金継ぎ、和菓子作り、書道などを行う、鎌倉市長谷の古民家を利用した教室「鎌倉 蕾の家」。教室の女将を務める佐藤千佳子さん曰く、ここは「日本人らしい身体感覚を思い出す場所」なのだとか。和のぬくもりを感じさせる空間で、佐藤さんが淹れたお茶をいただくと、小山は「落ち着きますね。同じ湘南にいるとは思えない」とため息を漏らし、Michaelも「全然違いますね。景色も、空気も」と共感する。

そもそも、この教室はどのようにして作られたのか。佐藤さんに聞いてみた。

佐藤:「鎌倉 蕾の家」は13年前、当時27歳の双子の姉妹とその親友、3人の女性が創業しました。3人がスペインに旅行へ行ったときに現地の農家さんに招かれて、畑の真ん中でパエリアを振る舞ってもらったそうなんです。そのおもてなしにすごく感激するとともに、「自分たちが海外からお客様が来たときにこれほどのおもてなしができるだろうか?」と考えて、浮かばなかったらしいんですね。そこで、それぞれが務めていた会社を辞め、3人で事業を始めることにしたんです。

Michael:面白いですね。

小山:「蕾の家」の立ち上げには、佐藤さんも何らかの形で参画していたのですか?

佐藤:いや、私はまだ全然かかわっていなくて、当初はお客さんとして利用していました。あるときカウンターでスタッフと話していたところ、「何か食べ物に関するお仕事をされていますよね?」と聞かれまして。「料理教室をしています」と答えると、「ぜひここでやってください!」とお誘いいただき、いつの間にか女将になっていましたね。

小山:Michaelさんは南カリフォルニアにいる期間が長かったと思うんですけど、向こうにいるときはこういうものを味わう機会がないじゃないですか。

Michael:そうですね。こういう空間ってなかなかないと思うし、日本の「Peace」な雰囲気って独特だなと感じますね。

小山:佐藤さんの暮らしのスタイルは、僕の勝手なイメージですけど、カレンダーを見て生活しているのではなく、暦にしたがって生きているのでは? という印象を受けました。

佐藤:おっしゃる通りです。カレンダーを忘れるくらいといいますか。必要ないとは言いませんが、ここの庭にいると、どういう風に暮らしていくべきか自然が教えてくれるようなイメージがありますね。

小山:なるほど。では、湘南の自然の魅力はどんなところにあると思いますか?

佐藤:特別なことというよりは、日常のふとした風景に魅力を感じます。たとえば、私がここのお台所で夕方、料理の仕込みをしていたら、近所に住んでるスタッフが「バンバンバン!」と戸を叩くんです。「千佳子さん、虹です!」と教えてくれて、2人で庭に飛び出していったら、すごく大きな虹がかかっていて。そういうことがたびたびあるんですよね。あとは、夕方に仕事が終わったとき、帰りに海沿いを歩くとすごく夕日が綺麗で。それが一日のご褒美ですね。すごく仕事が大変でも、家に帰るまでの15分で勝手に整ってくれるというか。景色を見ている中で忘れちゃう。そんな日々の繰り返しですね。

焚火がもっとも美しい瞬間とは?

時刻はまもなく午後7時。小山とMichaelが次にやってきたのは、夕暮れ時の秋谷海岸だった。目的は、湘南エリアにて1日1組限定で焚火をデリバリーしてくれる「焚火カフェ」を体験するためだ。

主宰するのは、アウトドアライフアドバイザーの寒川一さん。寒川さんが点火すると燃料となる流木が穏やかに燃え、夜の帳が下りつつある砂浜を照らした。

小山:なぜこうも、火を見ていると落ち着くんですかね?

Michael:僕も今、ボーッとしちゃいました(笑)。

小山:我々の目の前には今、寒川さんの焚火があって、その奥は波打ち際。背景には江の島が見えて綺麗な夕日が見えるわけです。こんな綺麗な夕日があるのに、焚火のほうに吸い寄せられますよね。

Michael:たしかに。

小山:あと、波の音を聴きながら燃える火を見られるのがいいですね。

寒川:風が無風になれば三角錐に炎が上がっていき、一瞬、漢字の「火」「炎」に近い形になるんですよ。その形になるときこそ、焚火がもっとも美しい瞬間だと思います。

小山:寒川さんは焚火を通じて、どのようなことを伝えようとされているんですか?

寒川:やはり火の魅力ですね。今は日常生活の中で、火が電機などに代替えられる時代じゃないですか。

小山:ガスを使わない代わりに、IHクッキングヒーターやエコキュートなどの機器を使用する「オール電化住宅」になったりとか……。

寒川:まさにそうです。現代社会において、火を焚く必要性はさほどありません。しかし、人が人になった大きな理由は火なんだろうなと思うんです。一説によれば、100万年前から人は火を使い続けているとも言われています。100万年前から使い続けてきた火なのに、私たちはここ50年ほどで日常生活の中で使わなくなってしまった。ご飯の煮炊きにも使用しないですし、お風呂も火で沸かさないですよね。そのことがすごく不安なんです。それまで100万年前から人間がやってきたことをやめてしまっていいのかと。辞めた先に何が起こるのかと、ちょっとした怖さを感じているんです。火には「変わらないもの」という絶対感がある。100万年前に誰かが見た炎と、今僕の目の前にある炎は同じだということがすごいなと思います。

小山:いや~、ほんといつまでも見ていられますよね。

聴こえてくるのは、寄せては返すさざ波の音と焚火の音だけ……。そんな中で寒川さんは、焚火の燃料に流木を使うようになったきっかけについて語ってくれた。

寒川:僕は、浜を散歩しながら流木を探すのが好きなんですよ。昔は流木に「湿っているのではないか」という先入観があって、焚火の燃料にしていなかったんです。東京から20年前に越してきた当初、「焚火の燃料は買うもの」という考えがあって、ホームセンターで購入していました。でもある日、たまたま浜を歩いていたら流木がたくさん打ち上げられていて「乾いているし、燃料になるんじゃないか」と思い、ためしに燃やしてみたんですよ。それ以降、流木を燃料に使用しているのですが、焚火である程度生計を立てている僕の元にこれが流れてくるってすごいことだなと。そう思ってから例えば、コーヒーを沸かすお水ももちろん水道をひねれば簡単に出てきますけど、ほんの少し山に入れば沢から湧いているんですね。「水も水道ではなくても得られるじゃないか」とわかり、「お金で買う」っていったい何なんだろうと考えるようになりました。買う豊かさをずっとこの年まで享受してきたわけですが、焚火カフェを始めてからはお金を使わない豊かさを知った気がします。

小山:お金に縛られない生き方に辿り着いたと。

寒川:そうかもしれません。おそらく、湘南界隈の海辺に住んでいる人たちはそういうライフスタイルにシフトした人たちが多い気がします。お金じゃないところに豊かさがあって、それは自然が運んでくれるものではないかと思うんです。

こうして全ての取材を終えた小山とMichael。最後に旅の感想を口にした。

小山:Michaelさん、今日は森戸海岸、鎌倉、秋谷海岸と回ってきたわけですけど、どうでしたか? いろんな表情の湘南を見た気がしたのですが。

Michael:僕にとってこの辺は地元ですけど、なかなか見ることのできない湘南を見られたので、すごく貴重な機会でした。

小山:皆さん共通して自然に寄り添って暮らしていましたよね。あと、どこか自由というか。解き放たれているようなライフスタイルをされている印象を受けました。

Michael:いいですよね。東京にいたら常にストレス社会に晒されがちですけど、湘南は風が強いからできないとか、天気が悪いからしょうがないみたいな、理想的なスローライフを皆さん送られているなと思いました。

小山:何かに追われてない感じがいいですよね。東京は、無理やり“便利”を作っているようなところがありますけど、一方で湘南は、不便であることも受け入れて、そこに豊かさがあるような気がしました。

J-WAVEで不定期オンエアする特別番組『J-WAVE SPECIAL TSUCHIYA EARTHOLOGY』は、過去の放送回がポッドキャストで楽しめる。

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(構成=小島浩平)
番組情報
J-WAVE SPECIAL TSUCHIYA EARTHOLOGY 8
2023年7月17日(月・祝)
18:00-19:55

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