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ギャル文化と関係性も? 自然とネイティブへのリスペクトミュージック・サイケデリックトランス入門

ギャル文化と関係性も? 自然とネイティブへのリスペクトミュージック・サイケデリックトランス入門

J-WAVEで放送中の番組『SONAR MUSIC』(ナビゲーター:あっこゴリラ)。番組では、毎回ゲストを迎え、様々なテーマを掘り下げていく。

2月8日(月)のオンエアでは、DJ/フォトグラファーのKOTAROがゲストに登場。「自然とネイティブへのリスペクトミュージック! サイケデリックトランス入門!」をテーマにお届け。

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当時、DJ K.U.D.O.さんのサウンドに衝撃を受けた

今回の企画は、「自然とネイティブへのリスペクトミュージック! サイケデリックトランス入門!」。みなさんは、サイケデリックトランスを聴いたことあるだろうか。様々なイメージがあると思うが、実は、ダンスミュージックを語る上で非常に重要なジャンルである。

ゲストに、DJ/フォトグラファーのKOTAROが登場し、サイケデリックトランスについて語った。

あっこゴリラ:サイケデリックトランスを語る上では欠かせない存在というKOTAROさんですが、普段はどういった活動をされているんですか?
KOTARO:1990年初頭から、このシーンにDJ、オーガナイズ、レーベル運営、フォトグラファー、ライターと、さまざまな立場で関わってきたので、現体験としてこのシーンを知っているというだけなのですが、昨今では古巣のトランスシーンに限らず、様々な現場でフォトグラファーなどさせてもらっています。
あっこゴリラ:そんなKOTAROさんとサイケデリックトランスの出会いは、何だったんですか?
KOTARO:1990年に、ヨーロッパのトラベラーたちと出会ったのがきっかけです。知り合った翌週に「テクノのパーティーに行こう!」と西麻布のクラブ「YELLOW」に連れて行かれて、DJ K.U.D.O.さんのサウンドに衝撃を受けました。その数ヶ月後には、「こういう音のパーティーをビーチでやってるんだ! お前もゴアに来い!」と半ば強引にインドのゴア行きに誘われて。それがきっかけで、パーティーシーンに足を突っ込み始め、今に至ります。
あっこゴリラ:ゴアって、よくゴアトランスとか言われますよね。
KOTARO:そうですね。その当時は、ゴアテクノっていう言われ方をしていましたね。
あっこゴリラ:そうなんだ~。
KOTARO:それから先は成り行きのまま、オーガナオイズを手伝ったり、見よう見まねでDJを始めてみたり、自分たちでオーガナイズをしていた「EQUINOX」の記録を撮り始めていたのですが、後発するオーガナイザー達からも撮影を頼まれるようになって、2000年代中期ぐらいまでに行われたトランスオーガナイザーのパーティーは、フォトグラファーとしてそのシーンをずっと見てきました。

サイケデリックトランスを間近で見続けてきたKOTAROから見て、どういった部分にこの音楽の魅力があるのだろうか。

KOTARO:当初は、僕自身ダンスミュージックには全く興味がなくて、ジュリアナでボディコン、扇子みたいな感じで「チャラい」とか「ダサい」という印象で敬遠してた音楽ジャンルだったんですよね。
あっこゴリラ:そうなんですね。
KOTARO:でも、初めてのダンスミュージック体験がYELLOWでのK.U.D.O.さんの重厚なテクノトランスだったので、衝撃を受けて、「こんなかっこいい音楽があったんだ!」って感じでした。
あっこゴリラ:なるほど~。
KOTARO:音楽シーンというより、むしろヨーロッパのトラベラー達とのライフスタイルに魅力を感じて、彼らのように自由な生き方ができればいいなって思って、そうしたもの全てをひっくるめて、1990年から1999年くらいまでは、毎シーズンゴアに行くようになっていましたね。

番組では、JUNO REACTOR『Rotorblade』をオンエアした。



あっこゴリラ:まず、これぞ「サイケデリックトランス」という楽曲を教えてください。
KOTARO:いろいろありますが、当時からゴッドオブトランスと言われていた、シーンの代表的なアーティスト「JUNO REACTOR」が1995年に発表したアルバム『Beyond the Infinite』の収録曲『Rotorblade』です。
あっこゴリラ:(曲を聴いて)めちゃめちゃかっこいいですね! 個人的にすごい好きです。どんなアーティストなんですか?
KOTARO:JUNO REACTORは、イギリス・ロンドン出身のエレクトロニックミュージックのユニットです。
あっこゴリラ:この曲は、サイケデリックトランスの中ではどういった存在の楽曲なんですか?
KOTARO:この曲がというわけではないんですが、JUNO REACTORって、いまだに新しいトランスのアーティストが彼らの楽曲をリミックスしたり、ギターフィーチャーされていたり、ロックっぽい要素もあるので、日本でもロックファンにも一目を置かれていたり、ずっと繋がり続けてるんですよね。実は2010年くらいから、LUNA SEAやX JAPANでも活躍してるSUGIZOさんが、このJUNO REACTORのギタリストとして参加したりしてます。けっこう多方面に影響を与えているアーティストで、マトリックスの映画のサウンドトラックも担当してたりして、一気にメジャーなところでも有名になってきます。

サイケデリックトランスの起源

ここからは、「サイケデリックトランス」というジャンルが誕生した起源について教えてもらった。

KOTARO:当時からサイケデリックトランスと言われていたわけではなく、遡れば、60年代のウッドストック的なヒッピームーブメントだったり、80年代のイギリスのセカンドサマーオブラブやアシストジャスが流行った延長にあるのかなと思います。
あっこゴリラ:なるほど~。
KOTARO:音楽的なルーツで言えば、80年代にベルギーでエレクトロボディミュージックを名乗るアーティストが出てくるんですけど、彼らの電子音楽を用いたちょっとインダストリアルロックみたいなサウンドが、後のサイケデリックトランスのルーツにもなっているのかなって感じもありますね。イギリスでサイケデリックトランスのレーベル誕生1号とも言える「ドラゴンフライレコード」が創り出していった音楽が、「サイケデリックトランス」と定義づけられていきます。

番組では、Front 242『Headhunter』をオンエアした。



あっこゴリラ:このFront 242の『Headhunter』は、サイケデリックトランスの元となったエレクトロボディミュージックということですが、ここからどのような変遷を遂げたんですか?
KOTARO:後にFRONT242はJUNO REACTORの楽曲のリミックスを手掛けたりするあたりでも関係してくるのですが、イギリスのパンクバンド、キリング・ジョークのベーシストのYouthがダンスミュージックのレーベル「ドラゴンフライレコード」を設立し、いわゆる「サイケデリックトランス」のレーベルとしては初となる存在で、特にこの90年代初頭は、電子楽器の登場、発展と共に様々なジャンルのアーティストがダンスミュージックに移行し始めた印象がありますね。
あっこゴリラ:例えば?
KOTARO:キリング・ジョークのYouthだけでなく、プログレッシヴ・ロック・バンド「GONG」からは、スティーブ・ヒレッジとミケット・ジラウディが「SYSTEM 7」名義で活動を開始したり、スペース・ジャズ・ロック・バンドのオズリック・テンタクルスのメンバーは「EATSTATIC」名義で参入します。こうした動きもサイケデリックトランス黎明期の注目すべきポイントかと思います。
あっこゴリラ:番組での冒頭でインド・ゴアが話に出ましたが、「インドが発祥!?」なんていう説もあるそうですが……。
KOTARO:文化的シーンと拡散のハブとなったという点では、インドのゴアは外せないですが、発祥というと言い過ぎかもしれません。そもそもゴアはヒッピーの聖地的場所でしたが、トランスが流行る以前は、ピンク・フロイドが野外ライブを行ったりしていた場所で、ビーチリゾートの野外会場で音楽を中心に若者が集まるカルチャーの発祥には違いありません。ヒッピーたちの聖地にエレクトリックボディミュージックやアシッドハウスの音源を持ち込んだことから大きく成長し、後にゴアで育ったそのヒッピーの子供達が若くしてトランスのアーティストへと成長していきます。そんな中に、DOMINO、G.M.S.、SHANTIなど、2000年代の日本のサイトランス全盛期を盛り上げるアーティストが多かったことから、インドが発祥と言われる側面があるのかもしれません。

番組では、Shpongle『Dorset Perception』をオンエアした。



あっこゴリラ:サイケデリックトランスは、その後どのように広がっていったんですか?
KOTARO:広がっていったというと、やっぱりゴアがハブになったのかなと思います。世界中のトラベラー達がゴアに集まり、帰国した際に各国に飛び火していくわけです。その中には僕のようにDJもいますが、当時は自国のアーティストのデモ音源をDATというデジタルオーディオテープに入れて、その曲をゴアのパーティーでプレイし、各国のDJ達でそれらの曲を交換し合うんです。それを自国に持ち帰って、各々の国でプレイするんですよね。90年代後半まではそんな感じで、世界中の最新楽曲がゴアに集まっては世界に拡散されていきました。

日本におけるサイケデリックトランス

ここからは、日本におけるサイケデリックトランスのカルチャーについて教えてもらった。

あっこゴリラ:ヨーロッパを中心に盛り上がっていたこのサイケデリックトランスは、日本にはどのようにして伝わってきたんですか?
KOTARO:90年代のバブル崩壊後、他国に比べると、まだ日本の景気が良かった頃にジャパンマネーを求めてトラベラーが旅の途中の出稼ぎ的な感じでくるんですよね。
あっこゴリラ:じゃあ、KOTAROさんもそれで出会ったんですね。
KOTARO:そうですね。彼らが日本にはまだ馴染みのなかった文化を多く持ち込んだり、そんな彼らと知り合った日本人達が次第にパーティーコミュニティを形成し始めて、日本でパーティーをオーガナイズし始める様々な団体も立ち上がります。
あっこゴリラ:例えば?
KOTARO:ゴア帰りの仲間が多くいたEQUINOXやイスラエル人のコネクション総動員で立ち上げていたVISION QUEST、トルコ人コネクションのARCADIAなどです。日本に住んだ外国人が、自国のアーティストの発信を日本で始めていきます。
あっこゴリラ:おもしろい!
KOTARO:僕らよりも少し上の世代のデッドヘッズやレゲエ、ロックなどのフィールドでイベントを開催していた先輩方も合流して一大ムーブメントへと成長していきます。

番組では、X-DREAM『Radio』をオンエアした。



あっこゴリラ:続いて、「サイケデリックトランス」と日本におけるギャル文化との関係性について教えてもらえますか?
KOTARO:いい意味でも悪い意味でも、サイケデリックトランスがメディアや雑誌に取り上げられるようになると、自ずとファッション誌でも取り上げられはじめたのが2000年以降だと思うんですけど、多分そこからギャルが入ってきたんじゃないかなと僕は思っています。
あっこゴリラ:私は当時小学生で、私たちの世代ってみんなギャルが好きだったから、トランス嫌いって人はいなかったですけど、大人たちが嫌ってるっていう印象はありましたね。
KOTARO:僕らも相当やりにくかった時代ではありますね。でも、実際ファッションがトランスを引っ張っていった部分もけっこうあって、109の店内でもトランスかかってたりとか、僕も某店舗のミックスCDみたいなものをノベルティで作るのを頼まれたりとかありましたね。
あっこゴリラ:え~! すごい!
KOTARO:例えば、当時流行ったバッファローというスペインの厚底スニーカーは、ヨーロッパのトランスパーティーピープルが履き始めたのがきっかけで、少し遅れて日本でもギャルを中心にブレイクしたんですよね。
あっこゴリラ:そうなんだ~! じゃあ、ギャルのファッション性の部分でもサイケデリックトランスというものがすごい影響を及ぼしていたんですね。
KOTARO:そうですね。だから、多分音楽というよりはファッションから入ってきた子たちが多かったんじゃないですかね。
あっこゴリラ:おもしろい!

番組では、Hallucinogen『L.S.D.』をオンエアした。



最後に、サイケデリックトランスの”今”について教えてもらった。

KOTARO:印象としては2000年代の勢いがあった時と比べて下火になっているかなと思いますが、逆にサイケデリックトランスの軸足が、日本ではなく海外が中心になっているのかなと思います。活躍の場は、もはや“日本人だから日本で!”ということになっていませんし、サイケデリックトランスを楽しむ人達はアーティストに限らず、ここ近年はどんどん海外のフェスティバルに参加している印象です。

番組では、System 7『Field of Dreams』をオンエアした。



J-WAVE『SONAR MUSIC』は月~木の22:00-24:00にオンエア。

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