検察庁法改正案の今国会での成立が見送りとなった。その背景には、法案反対の意思表示として、ツイッター上で「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグをつけた投稿が、有名人からも多く挙がったことがある。
しかし、歌手のきゃりーぱみゅぱみゅの投稿が叩かれるなど、有名人が政治的発言をした際のネット上のざわつきが今回も顕在化する結果に。なぜ日本では有名人の政治的発言が受け入れられないのだろうか。
5月25日(月)にオンエアされた『JAM THE WORLD』の「UP CLOSE」では、アメリカの政治・芸能に詳しいカリフォルニア在住の映画評論家、町山智浩をゲストに招き、月曜日のニューススーパーバイザー・津田大介が日米における有名人の政治的発言の違いについて話を聞いた。
■有名人の政治的発言は外出自粛の影響か
アメリカではミュージシャンや俳優など、さまざまな有名人がツイッター上で政権批判などの政治的発言を行っている。日本と同様、政治的発言をした有名人に対して多くの攻撃が集まるものの、米ツイッター社がコメントをしっかりと管理し、あまりにも酷ければアカウント閉鎖などの措置を講じている。
これまで日本でもラサール石井や松尾貴史など政治的な発言をする芸能人もいた。しかし、今回の検察庁法改正案の反対には、小泉今日子やきゃりーぱみゅぱみゅなど、これまでそういった発言をしてこなかった人たちが声をあげ、大きなうねりとなって盛り上がっていった。
津田:この状況は予想外でした。町山さんはこれをどう分析されていますか?
町山:みなさん外出自粛で時間があったんだと思います。
津田:新型コロナによって仕事がなかったですからね。
町山:芸能人同士で連絡を取り合って、インターネットで情報を得たりして、今まで考えられなかった政治状況について考える時間がありました。それが大きな要因だと思います。
津田:最初にこの問題が注目されてから、いろいろな人が解説を加えていったことで、学びながら反対の意見が拡散されていった気がします。
その一方で、芸能人が政治的発言をすると、「政治に詳しくないのに口を挟むな」という上から目線の攻撃も目立った。きゃりーぱみゅぱみゅのツイートに対して、政治評論家の加藤清隆氏が「歌手やってて、知らないかも知れないけど」と攻撃したことも、この一例だ。
町山:こういった例はアメリカでも起こることですね。2003年のイラク開戦前にブッシュ大統領を批判したカントリーシンガーのディクシー・チックスが、同じように政治発言を叩かれたことがあります。そのとき彼女たちは、政治評論家から「Shut Up and Sing」(黙って歌だけ歌ってろ)と言われました。それと全く同じことですね。
■米有名人が政治的発言をするようになった背景
歌手のテイラー・スウィフトもまた、トランプ政権を批判した政治発言で注目された有名人のひとりだ。
津田:テイラー・スウィフトは、デビューしてトップアーティストに上り詰めたあとに、ある時期からトランプ政権の批判を表明するようになりました。その葛藤の様子が、Netflixで配信中のドキュメンタリー映画『ミス・アメリカーナ』で垣間見ることができます。
町山:テイラー・スウィフトがスタッフと一緒に政治的な意思を表明するかどうかを決定する会議が記録されています。そのとき彼女は「私にはこれだけのファンがいて責任があるんだから、ここでハッキリとトランプ大統領のやっていることや、自分の選挙区である上院議員に反対したい」という内容を伝えると、スタッフは「半分のファンを失うぞ」と止めるんです。加えて、セキュリティスタッフが「トランプ大統領の支持者に攻撃されるから反対する」と話していました。そのふたつの理由は、日本でも同じだと思います。
『ミス・アメリカーナ』では、今年1月にリリースされたテイラーの楽曲『Only The Young』がフィーチャーされている。2018年の米中間選挙の際、テイラーはSNSを通じて、地元テネシー州の共和党連邦上院議員候補だったマーシャ・ブラックバーンに投票しないで、と訴えた。同候補が女性やLGBTの権利を守るための法案に反対していたからだ。しかし、同候補が当選したことで、テイラーは「私の力が足りなかった」と酷く落胆。『Only The Young』は、その影響を受け制作された政治色の強い1曲だ。
町山:政治的な発言をちょっとするのではなくて、ものすごくストレートに歌っています。
津田:それがツイッターだけではなく、本業の表現でもやっているわけですね。
アメリカの有名人が政治的発言をするようになったのは1960年代頃からで、それほど歴史は古くない。それ以前に政治的発言をする有名人は、糾弾されていたという。
町山:1940年代から1950年代にかけて「赤狩り」がありました。そもそもハリウッドでは資本主義の問題点を描く映画が非常に多かったので、映画関係者に共産主義者がいるのではないかと疑った政府が左翼的傾向のある俳優や脚本家、監督たちを弾圧したのです。ところが、その時、ハリウッドの組合は映画人を保護するのではなく、政府の赤狩りに協力をしてしまった。それによって、チャップリンをはじめ、多くの天才的な映画作家がハリウッドから追放されました。
しかし1960年代、ハリウッドから追放された人たちの復権運動が起こった。「自分たちの芸術の自由を守るために、我々は戦わなければならない」という思いから、俳優たちがベトナム戦争や公民権運動に対して積極的に政治発言をするようになったという。
町山:音楽関係ではソウルミュージックのブームがありました。黒人の教会音楽から生まれたポップスで、ソウルに関わる人たちは、アメリカの黒人の地位を向上させ、差別を撤廃させる公民権運動に全員が協力しました。1960年代は政府に対して行動していくことが映画関係者と音楽関係者の一種の責任となっていったと思います。
津田:アメリカの場合はとりわけ人種差別なども顕在化していたので、それに抵抗するための表現をして、アーティストたちが映画や音楽などそれぞれのジャンルでメッセージ性の強いものを生み出していったわけですね。
■アメリカでは幼稚園から政治を教えている
番組ではリスナーから届いたメールも紹介した。
「日本の義務教育では、答えのある問題に正解を求める作業が行われています。このような学習を続けた人が、正解のない問いに対して自分の考えを発言することは難しいと思います。また、まわりと同じでなければならないという同調圧力が強いことも、政治的な発言がしにくい要因になっているのではないでしょうか」
この内容を聞いた町山は、アメリカとの教育の違いについて話し始める。
町山:アメリカでは、幼稚園くらいからイギリス政府の圧政に対してアメリカの人たちが立ち上がった独立戦争について教え、そこから国が成り立ったと教えています。そうやって市民が国を作ったことを幼稚園から教えるので、その段階で日本とは決定的に違いますね。そういったアメリカの学校教育のなかで政治的な発言をしないと、ずっと教えられてきたこととは逆になってしまうんです。
津田:なるほど。日本では18歳選挙権が実現しても、高校時代の3年間ではろくに政治を教えない。むしろ中立性がなくなるから政治を教えてはいけないという風潮もありますからね。それではアメリカとは違いますよね。
■政治発言を黙らせるようなことは完全におかしい
町山は、日本とアメリカの歌手における決定的な違いは「現在を歌っているかどうか」だと指摘する。
町山:テイラー・スウィフトは、歌は「自分の日々を歌う日記」だと話しています。自分は世の中に生きているので、政治とも無縁ではない。そういった曲作りのあり方も大きな違いだと思います。自分自身について歌うなら嘘はつけなくなるからです。
津田:日本だと芸能人が政治発言をするべきではないという意見が多い気がしますが、町山さんはこの状況をどう感じていますか?
町山:政治的発言をしたくない人はしなくていいと思います。でも、したい人が発言したときに、まわりが黙らせるようなことは完全におかしいと思います。アメリカでもトランプ大統領がテイラー・スウィフトに「わかっていない」と発言しましたが、トランプ大統領は相手の容姿や性別などで決めつけてしまっている。そこには完全に差別があります。
津田:そういうターゲットにされやすいのが、女性であったりしますよね。
町山:それってセクハラと一緒ですからね。ただ単に「おまえは黙ってろ」と攻撃するのは、もはや憲法違反ですよ。
今回の検察庁法改正案について、多方面から反発の声が挙がるといったムーヴメントが起こった。大きく話題となったからこそ、今国会での成立見送りに繋がったと言える。
津田:みなさん外出自粛の期間だったからということもありますが、日本の芸能人の政治発言における成功事例になったと思います。
町山:まさにその通りですね。実際に芸能人の動きで法案が見送られたわけですから。そういうことに反対する人がハッキリ意思を表明すれば、政治は動くんだと。「そんなことを言っても無駄だ」と言われても「いや、そんなことはない。検察庁法改正案の問題でも、みんながツイッターで声をあげたら止まったんだから」と、それぞれがこれからも常に確認していきたいことだと思います。
J-WAVE『JAM THE WORLD』のコーナー「UP CLOSE」では、社会の問題に切り込む。放送時間は月曜~木曜の20時20分頃から。お聴き逃しなく。
【番組情報】
番組名:『JAM THE WORLD』
放送日時:月・火・水・木曜 19時-21時
オフィシャルサイト: https://www.j-wave.co.jp/original/jamtheworld/
しかし、歌手のきゃりーぱみゅぱみゅの投稿が叩かれるなど、有名人が政治的発言をした際のネット上のざわつきが今回も顕在化する結果に。なぜ日本では有名人の政治的発言が受け入れられないのだろうか。
5月25日(月)にオンエアされた『JAM THE WORLD』の「UP CLOSE」では、アメリカの政治・芸能に詳しいカリフォルニア在住の映画評論家、町山智浩をゲストに招き、月曜日のニューススーパーバイザー・津田大介が日米における有名人の政治的発言の違いについて話を聞いた。
■有名人の政治的発言は外出自粛の影響か
アメリカではミュージシャンや俳優など、さまざまな有名人がツイッター上で政権批判などの政治的発言を行っている。日本と同様、政治的発言をした有名人に対して多くの攻撃が集まるものの、米ツイッター社がコメントをしっかりと管理し、あまりにも酷ければアカウント閉鎖などの措置を講じている。
これまで日本でもラサール石井や松尾貴史など政治的な発言をする芸能人もいた。しかし、今回の検察庁法改正案の反対には、小泉今日子やきゃりーぱみゅぱみゅなど、これまでそういった発言をしてこなかった人たちが声をあげ、大きなうねりとなって盛り上がっていった。
津田:この状況は予想外でした。町山さんはこれをどう分析されていますか?
町山:みなさん外出自粛で時間があったんだと思います。
津田:新型コロナによって仕事がなかったですからね。
町山:芸能人同士で連絡を取り合って、インターネットで情報を得たりして、今まで考えられなかった政治状況について考える時間がありました。それが大きな要因だと思います。
津田:最初にこの問題が注目されてから、いろいろな人が解説を加えていったことで、学びながら反対の意見が拡散されていった気がします。
その一方で、芸能人が政治的発言をすると、「政治に詳しくないのに口を挟むな」という上から目線の攻撃も目立った。きゃりーぱみゅぱみゅのツイートに対して、政治評論家の加藤清隆氏が「歌手やってて、知らないかも知れないけど」と攻撃したことも、この一例だ。
歌手やってて、知らないかも知れないけど、検察庁法改正案は国家公務員の定年を65歳で揃えるため。安倍政権の言いなりになるみたいな陰謀論が幅をきかせているけど、内閣が検察庁を直接指揮することなどできません。デタラメな噂に騙されないようにね。歌、頑張って下さい。 https://t.co/hGH6x7hffh
— 加藤清隆(文化人放送局MC) (@jda1BekUDve1ccx) May 10, 2020
町山:こういった例はアメリカでも起こることですね。2003年のイラク開戦前にブッシュ大統領を批判したカントリーシンガーのディクシー・チックスが、同じように政治発言を叩かれたことがあります。そのとき彼女たちは、政治評論家から「Shut Up and Sing」(黙って歌だけ歌ってろ)と言われました。それと全く同じことですね。
■米有名人が政治的発言をするようになった背景
歌手のテイラー・スウィフトもまた、トランプ政権を批判した政治発言で注目された有名人のひとりだ。
津田:テイラー・スウィフトは、デビューしてトップアーティストに上り詰めたあとに、ある時期からトランプ政権の批判を表明するようになりました。その葛藤の様子が、Netflixで配信中のドキュメンタリー映画『ミス・アメリカーナ』で垣間見ることができます。
町山:テイラー・スウィフトがスタッフと一緒に政治的な意思を表明するかどうかを決定する会議が記録されています。そのとき彼女は「私にはこれだけのファンがいて責任があるんだから、ここでハッキリとトランプ大統領のやっていることや、自分の選挙区である上院議員に反対したい」という内容を伝えると、スタッフは「半分のファンを失うぞ」と止めるんです。加えて、セキュリティスタッフが「トランプ大統領の支持者に攻撃されるから反対する」と話していました。そのふたつの理由は、日本でも同じだと思います。
『ミス・アメリカーナ』では、今年1月にリリースされたテイラーの楽曲『Only The Young』がフィーチャーされている。2018年の米中間選挙の際、テイラーはSNSを通じて、地元テネシー州の共和党連邦上院議員候補だったマーシャ・ブラックバーンに投票しないで、と訴えた。同候補が女性やLGBTの権利を守るための法案に反対していたからだ。しかし、同候補が当選したことで、テイラーは「私の力が足りなかった」と酷く落胆。『Only The Young』は、その影響を受け制作された政治色の強い1曲だ。
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町山:政治的な発言をちょっとするのではなくて、ものすごくストレートに歌っています。
津田:それがツイッターだけではなく、本業の表現でもやっているわけですね。
アメリカの有名人が政治的発言をするようになったのは1960年代頃からで、それほど歴史は古くない。それ以前に政治的発言をする有名人は、糾弾されていたという。
町山:1940年代から1950年代にかけて「赤狩り」がありました。そもそもハリウッドでは資本主義の問題点を描く映画が非常に多かったので、映画関係者に共産主義者がいるのではないかと疑った政府が左翼的傾向のある俳優や脚本家、監督たちを弾圧したのです。ところが、その時、ハリウッドの組合は映画人を保護するのではなく、政府の赤狩りに協力をしてしまった。それによって、チャップリンをはじめ、多くの天才的な映画作家がハリウッドから追放されました。
しかし1960年代、ハリウッドから追放された人たちの復権運動が起こった。「自分たちの芸術の自由を守るために、我々は戦わなければならない」という思いから、俳優たちがベトナム戦争や公民権運動に対して積極的に政治発言をするようになったという。
町山:音楽関係ではソウルミュージックのブームがありました。黒人の教会音楽から生まれたポップスで、ソウルに関わる人たちは、アメリカの黒人の地位を向上させ、差別を撤廃させる公民権運動に全員が協力しました。1960年代は政府に対して行動していくことが映画関係者と音楽関係者の一種の責任となっていったと思います。
津田:アメリカの場合はとりわけ人種差別なども顕在化していたので、それに抵抗するための表現をして、アーティストたちが映画や音楽などそれぞれのジャンルでメッセージ性の強いものを生み出していったわけですね。
■アメリカでは幼稚園から政治を教えている
番組ではリスナーから届いたメールも紹介した。
「日本の義務教育では、答えのある問題に正解を求める作業が行われています。このような学習を続けた人が、正解のない問いに対して自分の考えを発言することは難しいと思います。また、まわりと同じでなければならないという同調圧力が強いことも、政治的な発言がしにくい要因になっているのではないでしょうか」
この内容を聞いた町山は、アメリカとの教育の違いについて話し始める。
町山:アメリカでは、幼稚園くらいからイギリス政府の圧政に対してアメリカの人たちが立ち上がった独立戦争について教え、そこから国が成り立ったと教えています。そうやって市民が国を作ったことを幼稚園から教えるので、その段階で日本とは決定的に違いますね。そういったアメリカの学校教育のなかで政治的な発言をしないと、ずっと教えられてきたこととは逆になってしまうんです。
津田:なるほど。日本では18歳選挙権が実現しても、高校時代の3年間ではろくに政治を教えない。むしろ中立性がなくなるから政治を教えてはいけないという風潮もありますからね。それではアメリカとは違いますよね。
■政治発言を黙らせるようなことは完全におかしい
町山は、日本とアメリカの歌手における決定的な違いは「現在を歌っているかどうか」だと指摘する。
町山:テイラー・スウィフトは、歌は「自分の日々を歌う日記」だと話しています。自分は世の中に生きているので、政治とも無縁ではない。そういった曲作りのあり方も大きな違いだと思います。自分自身について歌うなら嘘はつけなくなるからです。
津田:日本だと芸能人が政治発言をするべきではないという意見が多い気がしますが、町山さんはこの状況をどう感じていますか?
町山:政治的発言をしたくない人はしなくていいと思います。でも、したい人が発言したときに、まわりが黙らせるようなことは完全におかしいと思います。アメリカでもトランプ大統領がテイラー・スウィフトに「わかっていない」と発言しましたが、トランプ大統領は相手の容姿や性別などで決めつけてしまっている。そこには完全に差別があります。
津田:そういうターゲットにされやすいのが、女性であったりしますよね。
町山:それってセクハラと一緒ですからね。ただ単に「おまえは黙ってろ」と攻撃するのは、もはや憲法違反ですよ。
今回の検察庁法改正案について、多方面から反発の声が挙がるといったムーヴメントが起こった。大きく話題となったからこそ、今国会での成立見送りに繋がったと言える。
津田:みなさん外出自粛の期間だったからということもありますが、日本の芸能人の政治発言における成功事例になったと思います。
町山:まさにその通りですね。実際に芸能人の動きで法案が見送られたわけですから。そういうことに反対する人がハッキリ意思を表明すれば、政治は動くんだと。「そんなことを言っても無駄だ」と言われても「いや、そんなことはない。検察庁法改正案の問題でも、みんながツイッターで声をあげたら止まったんだから」と、それぞれがこれからも常に確認していきたいことだと思います。
J-WAVE『JAM THE WORLD』のコーナー「UP CLOSE」では、社会の問題に切り込む。放送時間は月曜~木曜の20時20分頃から。お聴き逃しなく。
【番組情報】
番組名:『JAM THE WORLD』
放送日時:月・火・水・木曜 19時-21時
オフィシャルサイト: https://www.j-wave.co.jp/original/jamtheworld/