三浦大知が、番組ナビゲーターのKREVAとJ-WAVEで対談。表現の原点や、再び歌う決意を固めたステージを振り返った。
三浦が登場したのは、8月28日(金)放送のJ-WAVE『PILOT THE ORIGINAL』(ナビゲーター:KREVA)。独自の道を歩み続ける“時代の水先案内人”を迎え、その人が作り出すモノや生き方にフォーカスをあてている。なお、番組はSpotifyなどのポッドキャストでも聴くことができる。
・ポッドキャストページ
2017年には『EXCITE』がオリコン週間シングルランキングで1位を獲得。同年には「NHK紅白歌合戦」にも初出場を果たした。2025年にソロデビュー20周年を迎え、2026年9月2日(水)にはニューEP『I know I don't know』をリリースした。
番組では、三浦のゲスト回を2週にわたってお届けする。今回は、これまでのキャリアの歩みを振り返った。
KREVA:けっこう仲よくさせてもらっていて、もう本当に長い付き合いだよね。出会ったころから比べると、いわゆる「歌って踊る」という人もすごく増えてきたなかで、まさに「THE ORIGINAL」の動きをしているなというタイミングで来ていただきました。沖縄県生まれなんだね!
三浦:自分は沖縄生まれではあるんですけど、厳密に言うと、両親は2人とも沖縄出身ではなくて。沖縄の近くにある奄美諸島のひとつ、沖永良部島(おきのえらぶじま)という島があるんですけど、2人ともそこ出身なんですよ。沖永良部の血が流れているという感じですね。
KREVA:そうなんだね。当時から歌って踊るのはできていたの? それとも、やっぱりレッスンを早い段階で受けたことで成長した実感がある?
三浦:沖縄アクターズスクールに通い始めたのが6歳とか7歳とか、小学校1年生に上がるくらいのときでした。体験でたまたま入って、そこからもうのめり込むように通い始めたんです。そのときにずっと教えてもらっていた先生がいて、その方は「最初からできていた」と言っていて。歌って踊ったときに、「この子はこれをやるんだろうな」と思ったみたいなことをちらっと話していましたね。
三浦は「アクターズの教えは、めちゃくちゃ残っている感じがします」と振り返る。沖縄アクターズスクールは歌とダンスを扱うスクールだが、歌やダンスそのものを教えていたわけではなかったという。むしろ大切にされていたのは、「解放しましょう」という考え方だった。
三浦:自由に歌って、自由に踊る。自分の恥ずかしさみたいなものとかをとにかく取り払って。鏡に映っている自分と対峙して、自分に向かってフルパワー……一緒にやらせてもらいましたけど「全開」で(笑)。
KREVA:「全開」だね(笑)。
三浦:全開でエナジーを出す方法を学んだ場所でしたね。
KREVA:その経験はめちゃくちゃ大きいね。
三浦:それが今にもすごく根付いているというか。根っこの部分に「感情を誰かに伝えたい、届けたい」、前に出す感覚みたいなものは、アクターズに教えてもらったなと思います。
KREVA:本当にそれは大事だよな。「どう表現するか」「人前でどのくらいのパワーで表現しないと伝わらないか」を早いうちから習っておくと、三浦大知になれるんだなあ。
三浦:当時、Folderでアルバムを作っていたんですよ。当時は今みたいに打ち込みがあまりなくて、生演奏をレコーディングしていたんですね。打ち込みをするにしてもテープに録音したりするので、キーを早めに決めなきゃいけなかったんです。それで「このキーで行こう」と決めても、次の週には「そのキーが出ない」ということが、けっこうあったんですよ(笑)。変声期でどんどん(キーが)下がっていったんですよね。
KREVA:うわ~!
三浦:いちおうアルバムは仕上げたんですけど、全曲違う人が歌っているみたいな感じでした(笑)。そのなかで、変声期で声帯が変化していくときにあまり歌いすぎると(よくないと言われた)。これから歌うために休んだほうがいいという判断を、社長がしてくれたんです。そこで休めたのは、すごく大きかったと思いますね。
KREVA:社長、素晴らしいよね。俺が社長で、Folderが絶好調で、いい曲がどんどん来ている。変声期でちょっと大知が辛そうだというときに「休め」って言えるかなあ。急いで声変わりに合わせて続けていくというのも、それはそれで優しさがあると思う。そこでしっかり「休め」って言えるのはすごいよね。
三浦:小学校の高学年ぐらいからFolderで活動させてもらっていたので、高学年のころは学校の行事とかに参加できないことも多かったんです。だから、ちょうど中学校に上がるタイミングで休業させてもらうという感じだったんですね。なので、「部活動もできるな」とか「体育祭って楽しい」みたいな、いわゆる学校生活を送れたのがけっこう大きかった気がします。
KREVA:それはデカいよなあ。バレー部をやってたんだね。
三浦:めちゃくちゃ走り込みましたね。そのときにできた基礎体力が、すごく役立ってます(笑)。
KREVA:いい話聞けたなあ。
三浦:喉も休ませて、体も作れてよかったです(笑)。
KREVA:最高じゃん!
番組では、9月2日(水)にリリースするニューEP『I know I don't know』から、収録曲の『Crave』をオンエアした。
三浦:歌は歌えないんですけど、ダンスだけは続けていたんです。ちょうど中学2年を終えて、3年に上がるくらいのときに、そろそろ本腰を入れて音楽をやりたいなと思ったので、部活をちょっとセーブして。そのころに、少しずつボイストレーニングも始めていいかもね、みたいになったので、ちょっとずつ始めてみて。そうしたら、事務所の方からもひさしぶりに「歌ってみようか」と声をかけられて、仮レコーディングを行ったんですけど、まったく声が出ないんですよ。
KREVA:本当に!?
三浦:もう、歌の筋肉ゼロみたいな感じで(笑)。運動はしていましたが、歌っていなかったので音程も全然取れないし、高い声ももちろんまったく出ないんです。掠れているし、声も出しづらい。そこで「自分は歌うために休んでいたのに、歌えなくなっている」と思いつつ、「そりゃ、そうか」となって。
KREVA:そんなことがあったんだね。
三浦:そこから本格的にボイストレーニングをさらに増やしたり、自分の喉と向き合って、「どういう発声をしたらどうなるのか」ということを考えたりして。それで、2004年ぐらいのときに「三浦大知としてライブを始めてみる?」となったんです。事務所が開催していたライブがあって、まだデビューしていない人とか、デビューしたばかりの人たちが集まるようなライブで。50人ぐらいお客さんがいたらいいかなぐらいの規模でした。そこで2曲だけ歌わせてもらって、そこからちょっとずつ、という感じでしたね。
KREVA:そうなんだね。
三浦:戻ってくることの決め手というわけではないんですけど、やっぱり「自分は歌って踊るんだな」と確信というか、そういう人生にしたいと思ったのは、そのライブだったんですよね。2曲だけやらせてもらって。そこで初めて三浦大知としてひとりでステージに立ったんです。Folderから4年経っているし、「もう1回スタートだな」みたいな気持ちでステージに行ったら、50人ぐらいいたお客さんのなかのたぶん2、3人の方から「おかえり!」って言ってもらえたんですよ。「待っていてくれた人がいたんだ!」と思いましたし、「自分は歌って踊らなきゃダメだ」と感じました。そのライブは、今でもすごく強く覚えていますね。
KREVAからは、「三浦大知という存在を考えたら、どこにたどり着く?」という問いが投げかけられた。
三浦:三浦大知っぽいなと思うのは「この人、本当に好きなんだろうな」って思ってもらえたら、それが三浦大知なんじゃないかなって(笑)。
KREVA:うん、うん。
三浦:「うわー楽しそう、この人」「歌とダンス、めっちゃ好きなんだろうな」みたいな。で、それを受け取った人に「音楽って楽しいな」「この人を見ていると楽しくなれるな」と思ってもらえたら、めっちゃ三浦大知っぽいのかなと思ったりするので、そういうものは持ち続けられたらいいなと思いますね。
三浦は9月12日(土)より全国ツアー「DAICHI MIURA LIVE TOUR 2026 Raw / Bare」を開催する。詳細や最新情報は公式サイトまで。
三浦大知は次回、9月4日(金)の『PILOT THE ORIGINAL』にも引き続き登場。
『PILOT THE ORIGINAL』では、常に新しいことに挑戦し続けるアーティスト、KREVAが「人間の手から生まれるもの」をテーマにお届けする。オンエアは毎週金曜の23時から。ポッドキャストページでは、放送できなかったパートも含めて配信中。
三浦が登場したのは、8月28日(金)放送のJ-WAVE『PILOT THE ORIGINAL』(ナビゲーター:KREVA)。独自の道を歩み続ける“時代の水先案内人”を迎え、その人が作り出すモノや生き方にフォーカスをあてている。なお、番組はSpotifyなどのポッドキャストでも聴くことができる。
・ポッドキャストページ
「解放する表現」の原点はアクターズスクール
三浦大知は1987年、沖縄県生まれ。1997年、9歳でFolderのメインボーカルとしてデビューした。変声期による活動休止を経て、2005年3月にシングル『Keep It Goin’ On』でソロデビュー。歌とダンスを同時に披露し、さらに自ら振り付けも手がけるスタイルで、日本の音楽シーンにこれまでにない独自のポジションを築いてきた。全速力 feat.三浦大知
番組では、三浦のゲスト回を2週にわたってお届けする。今回は、これまでのキャリアの歩みを振り返った。
KREVA:けっこう仲よくさせてもらっていて、もう本当に長い付き合いだよね。出会ったころから比べると、いわゆる「歌って踊る」という人もすごく増えてきたなかで、まさに「THE ORIGINAL」の動きをしているなというタイミングで来ていただきました。沖縄県生まれなんだね!
三浦:自分は沖縄生まれではあるんですけど、厳密に言うと、両親は2人とも沖縄出身ではなくて。沖縄の近くにある奄美諸島のひとつ、沖永良部島(おきのえらぶじま)という島があるんですけど、2人ともそこ出身なんですよ。沖永良部の血が流れているという感じですね。
KREVA:そうなんだね。当時から歌って踊るのはできていたの? それとも、やっぱりレッスンを早い段階で受けたことで成長した実感がある?
三浦:沖縄アクターズスクールに通い始めたのが6歳とか7歳とか、小学校1年生に上がるくらいのときでした。体験でたまたま入って、そこからもうのめり込むように通い始めたんです。そのときにずっと教えてもらっていた先生がいて、その方は「最初からできていた」と言っていて。歌って踊ったときに、「この子はこれをやるんだろうな」と思ったみたいなことをちらっと話していましたね。
三浦は「アクターズの教えは、めちゃくちゃ残っている感じがします」と振り返る。沖縄アクターズスクールは歌とダンスを扱うスクールだが、歌やダンスそのものを教えていたわけではなかったという。むしろ大切にされていたのは、「解放しましょう」という考え方だった。
三浦:自由に歌って、自由に踊る。自分の恥ずかしさみたいなものとかをとにかく取り払って。鏡に映っている自分と対峙して、自分に向かってフルパワー……一緒にやらせてもらいましたけど「全開」で(笑)。
KREVA:「全開」だね(笑)。
全開 feat. KREVA
KREVA:その経験はめちゃくちゃ大きいね。
三浦:それが今にもすごく根付いているというか。根っこの部分に「感情を誰かに伝えたい、届けたい」、前に出す感覚みたいなものは、アクターズに教えてもらったなと思います。
KREVA:本当にそれは大事だよな。「どう表現するか」「人前でどのくらいのパワーで表現しないと伝わらないか」を早いうちから習っておくと、三浦大知になれるんだなあ。
活動休止期間中は学生生活を謳歌
三浦は、Folderのメインボーカルとして順調に活動していたが、13歳ごろに変声期を迎え、歌手活動を休止。活動休止からソロデビューまでのおよそ4~5年間、どのような時間を過ごしていたのだろうか。三浦:当時、Folderでアルバムを作っていたんですよ。当時は今みたいに打ち込みがあまりなくて、生演奏をレコーディングしていたんですね。打ち込みをするにしてもテープに録音したりするので、キーを早めに決めなきゃいけなかったんです。それで「このキーで行こう」と決めても、次の週には「そのキーが出ない」ということが、けっこうあったんですよ(笑)。変声期でどんどん(キーが)下がっていったんですよね。
KREVA:うわ~!
三浦:いちおうアルバムは仕上げたんですけど、全曲違う人が歌っているみたいな感じでした(笑)。そのなかで、変声期で声帯が変化していくときにあまり歌いすぎると(よくないと言われた)。これから歌うために休んだほうがいいという判断を、社長がしてくれたんです。そこで休めたのは、すごく大きかったと思いますね。
KREVA:社長、素晴らしいよね。俺が社長で、Folderが絶好調で、いい曲がどんどん来ている。変声期でちょっと大知が辛そうだというときに「休め」って言えるかなあ。急いで声変わりに合わせて続けていくというのも、それはそれで優しさがあると思う。そこでしっかり「休め」って言えるのはすごいよね。
三浦:小学校の高学年ぐらいからFolderで活動させてもらっていたので、高学年のころは学校の行事とかに参加できないことも多かったんです。だから、ちょうど中学校に上がるタイミングで休業させてもらうという感じだったんですね。なので、「部活動もできるな」とか「体育祭って楽しい」みたいな、いわゆる学校生活を送れたのがけっこう大きかった気がします。
KREVA:それはデカいよなあ。バレー部をやってたんだね。
三浦:めちゃくちゃ走り込みましたね。そのときにできた基礎体力が、すごく役立ってます(笑)。
KREVA:いい話聞けたなあ。
三浦:喉も休ませて、体も作れてよかったです(笑)。
KREVA:最高じゃん!
番組では、9月2日(水)にリリースするニューEP『I know I don't know』から、収録曲の『Crave』をオンエアした。
三浦大知 (Daichi Miura) / Crave -Music Video (Raw ver.)-
ソロ再始動を後押しした「おかえり」の声
三浦大知は活動休止後、3年間の中学校生活を送りながら、ダンスだけは続けていたという。三浦:歌は歌えないんですけど、ダンスだけは続けていたんです。ちょうど中学2年を終えて、3年に上がるくらいのときに、そろそろ本腰を入れて音楽をやりたいなと思ったので、部活をちょっとセーブして。そのころに、少しずつボイストレーニングも始めていいかもね、みたいになったので、ちょっとずつ始めてみて。そうしたら、事務所の方からもひさしぶりに「歌ってみようか」と声をかけられて、仮レコーディングを行ったんですけど、まったく声が出ないんですよ。
KREVA:本当に!?
三浦:もう、歌の筋肉ゼロみたいな感じで(笑)。運動はしていましたが、歌っていなかったので音程も全然取れないし、高い声ももちろんまったく出ないんです。掠れているし、声も出しづらい。そこで「自分は歌うために休んでいたのに、歌えなくなっている」と思いつつ、「そりゃ、そうか」となって。
KREVA:そんなことがあったんだね。
三浦:そこから本格的にボイストレーニングをさらに増やしたり、自分の喉と向き合って、「どういう発声をしたらどうなるのか」ということを考えたりして。それで、2004年ぐらいのときに「三浦大知としてライブを始めてみる?」となったんです。事務所が開催していたライブがあって、まだデビューしていない人とか、デビューしたばかりの人たちが集まるようなライブで。50人ぐらいお客さんがいたらいいかなぐらいの規模でした。そこで2曲だけ歌わせてもらって、そこからちょっとずつ、という感じでしたね。
KREVA:そうなんだね。
三浦:戻ってくることの決め手というわけではないんですけど、やっぱり「自分は歌って踊るんだな」と確信というか、そういう人生にしたいと思ったのは、そのライブだったんですよね。2曲だけやらせてもらって。そこで初めて三浦大知としてひとりでステージに立ったんです。Folderから4年経っているし、「もう1回スタートだな」みたいな気持ちでステージに行ったら、50人ぐらいいたお客さんのなかのたぶん2、3人の方から「おかえり!」って言ってもらえたんですよ。「待っていてくれた人がいたんだ!」と思いましたし、「自分は歌って踊らなきゃダメだ」と感じました。そのライブは、今でもすごく強く覚えていますね。
KREVAからは、「三浦大知という存在を考えたら、どこにたどり着く?」という問いが投げかけられた。
三浦:三浦大知っぽいなと思うのは「この人、本当に好きなんだろうな」って思ってもらえたら、それが三浦大知なんじゃないかなって(笑)。
KREVA:うん、うん。
三浦:「うわー楽しそう、この人」「歌とダンス、めっちゃ好きなんだろうな」みたいな。で、それを受け取った人に「音楽って楽しいな」「この人を見ていると楽しくなれるな」と思ってもらえたら、めっちゃ三浦大知っぽいのかなと思ったりするので、そういうものは持ち続けられたらいいなと思いますね。
三浦大知 (Daichi Miura) / オリジナルフェイク -Music Video-
三浦大知は次回、9月4日(金)の『PILOT THE ORIGINAL』にも引き続き登場。
『PILOT THE ORIGINAL』では、常に新しいことに挑戦し続けるアーティスト、KREVAが「人間の手から生まれるもの」をテーマにお届けする。オンエアは毎週金曜の23時から。ポッドキャストページでは、放送できなかったパートも含めて配信中。
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毎週金曜23:00-23:30
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KREVA
