日本の写真史を切り拓いてきた女性写真家たちの傑作が一堂に会する展覧会が、東京・ヒカリエホール(渋谷ヒカリエ9F)で8月26日(水)まで開催中だ。
「まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険」と題されたBunkamura ザ・ミュージアムによるこの展覧会に、お笑いコンビ・かが屋の加賀翔が足を運んだ。圧倒的な表現力を持つコント師であり、同時に一人の写真家としても支持を集める加賀。空間に吊るされた巨大な写真から、写真の灰を使った陶器まで、さまざまなアプローチで多面的に迫ってくる作品群を前に、加賀は芸人として、そして写真家として、何を感じ、何を語るのか。今回は学芸員の案内とともに展覧会を巡りながら、ジャンルを超えて鑑賞者を惹きつける“表現の狂気と気合”の正体に迫った。
本展覧会は、日本の女性写真家たちの足跡を辿った写真書籍『 I’m So Happy You Are Here』とフランス・アルル国際写真祭での同名展覧会を元に、海外巡回展には出品が叶わなかった貴重な作品なども追加された、総勢 30 名におよぶ国内最大規模の日本女性写真家展だ。
加賀といえば、芸能界でも指折りの写真好きとして知られ、カメラマンとして多くの芸人仲間たちの生き生きとした表情をファインダーに収め続けている人物。そもそも彼が本格的に写真を学び始めたのは、先輩芸人から「チラシの写真を撮ってくれ」と頼まれたことがきっかけだったという。独学で泥臭く技術を磨き、独自の鑑賞眼と表現力を培ってきた加賀にとって、一枚の枠に留まらないトップランナーたちの多面的な表現は刺激の連続。展示室へ一歩足を踏み入れた瞬間から、一人の写真家として、そしてクリエイターとしての感性が激しく揺さぶられていく。そんな加賀は、この展覧会に何を感じるのか。学芸員と対話を重ねながら鑑賞した展示室での様子と、その後のインタビューから紐解いていく。
「この部屋に入った瞬間から目を引かれていました」と加賀が最初に足を止めたのは、山沢栄子の《What I Am Doing No.77》。山沢栄子は、1800年代末生まれでありながら、単身アメリカへ渡り絵画を学び、後に写真を修得し自立した女性写真家の先駆者。そんな彼女の作品を目の当たりにして、加賀は「これはどうやって撮ったんだろう? 綺麗だな」と興味津々。静物画を並べるような感覚で、自身で物体を配置して撮られた大判の写真を前に「完成された置き方。平面でずっと攻めている。現代の若手作家の作品と言われても違和感がないほどめちゃくちゃかっこいい」と絶賛する。
「冒頭からめちゃくちゃ楽しいですね!」と意気揚々と展示室の奥へ足を進めると、再び加賀が「なんじゃこりゃ! すごいな!」と声を上げる。彼の目の前に広がったのは、小松浩子の巨大なインスタレーション作品である《繁殖模倣変換器》。膨大な枚数の印画紙、ロール紙、映像などで空間を埋め尽くすインスタレーションで知られる彼女の作品をじっくり鑑賞しながら、「この匂いは?」と印刷物の匂いにも反応する加賀。「こんな巨大な展示はなかなか観られない。広げてくれたらいいのにと思うくらい、作品の細部まで観たくなってしまいますが、全てを観ることができないというのも粋ですね」と語りながら、次の作品に視線を移すと再び、感嘆の声を上げる。
多和田有希の作品《I am in You》を目の当たりにし、彼女の作風について話を聞くと、「えげつない! 何をしているの? この人!」とひと言。プリントの表面を削る・燃やすなど物理的介入を用いて、穴を開けた写真。その穴から光が木漏れ日のように地面に落ちる。影までも計算した作品にテンションが上がる加賀の胸をさらに躍らせたのは、彼女の陶器作品。《Lachrymatory》と題された作品は、古代ローマ時代の副葬品である「涙壺」にヒントを得て、ワークショップの参加者に焼きたい写真を目の前で燃やしてもらい、その灰でできた釉薬を使って焼成したものだ。「そんな発想は僕にはないな。地元が備前焼の里で、焼き物には触れてきたんですが、このような焼き物は初めて観ました」と作品に圧倒されると、次の部屋へと足を運んでいく。
モノクロの世界が眼前に広がる。蜷川実花の作品が展示されるこの部屋で「群を抜いてすごいかも」と声を漏らす。蜷川実花と名前を聞いて、どのような作品を想像するだろうか。きっと多くの人は、極彩色で「ビビッド」な花々などをモチーフにした幻想的な写真を想像するかもしれない。しかし今回の展覧会で展示されるのは、彼女の原点であるモノクロで勝負した水中ポートレート。《Dancing with Shadows in the Light》と題された写真の数々に「怖い、見ていて狂気を感じます」と強い衝撃を受ける。
「カラーの印象が強いけれど、色を抜いたときにこれだけ美しい形や要素が見えているという『目の良さ』が恐ろしい」と作品を分析。水中で小魚にピントが合い、その奥で人間が吐き出す気泡が写り込むコントラストに対し、「自分は死に近づき、魚は命に近づいているような圧を感じる」と写真家ならではの深い没入感を見せた。
蜷川実花の作品の圧に後ろ髪を引かれながら次の部屋へ歩みを進めると、開けた展示空間が広がる。ここからは加賀に自由に展示を楽しんでもらいながら、気になった作品について話を聞いてみようと思う。
加賀がまず足を止めたのは、渡辺眸の《東大全共闘》を捉えたドキュメンタリー性の強い写真。激動のあの場所に唯一女性として潜入し、その渦中を彼女のまなざしで切り取った写真の数々に、言葉にならない声を漏らす。
「このバリケードの写真、すごいな……」と感動すると、次に足を止めたのが、米田知子の写真だった。「アイデアが面白い!」とテンションを上げる加賀の目の前には、《フロイトの眼鏡》、《ル・コルビジェの眼鏡》、《マハトマ・ガンジーの眼鏡》の3点が並ぶ。偉人たちが使った本物の眼鏡レンズ越しに彼らが見つめていた個人的な手紙や原稿を切り撮った知的な作品に、「このアイデア、真似したい! 男性ブランコさんの眼鏡を借りて、彼らの台本を同じように撮ってみたいな(笑)。米田さんリスペクト作品として!」と笑顔で語る。
自由に展示を楽しむ加賀。次に足を止めたのは、やなぎみわの作品《案内嬢の部屋1F》。本展のハイライト的なこの巨大写真は、大きなショーケースの中に制服をまとった何人ものエレベーターガールたちが配置されている。美しさと無機質さを併せ持った写真を目の前に「これはちょっと理解がし難いですね。CG、合成というか、何の加工もせずにこれが撮れているわけがない」と、その完璧に作り込まれた世界観に驚嘆。「この写真自体、実際に美しいじゃないですか。ただ、この美しさが、皮肉である可能性もあるというのがやっぱり少し怖い。惹きつけられてしまってからメッセージの意味を知るというか。本能的に目を奪われてしまう」と美しさに目を奪われた後に襲ってくるメッセージ性の怖さを独特の言葉で表現し、「(このサイズで展示してもらうのは)信頼がないと。いやあ、かっこいい。素晴らしいと思います」と作品を称賛した。
緊迫感のある展示が続く中、加賀の表情がふっと緩んだのは、澤田知子の作品《OMIAI♡》のエリアだ。一見すると、お見合い写真を撮るために集まった何人もの異なる女性たちが並んでいるように見える。しかし実はこれ、すべて作家である澤田自身がメイクや衣装、表情を変えて撮影したセルフポートレート作品。さらに本展で唯一、鑑賞者がお気に入りの1枚に投票できる「参加型」の展示でもある。
「最初は『これ、全員同じ人ですか?』と思うくらい、眉毛の形やメイク、表情の作り方が全部違って面白いですよね。でも、『この中から1人選んで投票してください』と言われた瞬間に、自分の中で勝手にセンサーが働いて、そういう目で女性を見てしまう。いつの間にか別々の違う人として扱ってしまっているんです。選ぼうとした瞬間に、自分の中にあるセンサーを自覚させられるのが、この作品のめちゃくちゃ面白いところですね」と悩んだ末に、「『ナースのお仕事』のときの観月ありささんみたいでいいな」と親しみを持った1枚を選んで投票。「地域や国によって人気がはっきりとバラける」という学芸員の解説を聞くと、加賀はクリエイターとして「表情の作り方まで全部変えていてすごい。手間を惜しまない、面白い人なんだろうな」と、澤田知子が生み出した傑作に深く感嘆していた。
展示も終盤に差し掛かり、次に加賀が足を止めたのは、潮田登久子の作品の前だった。《冷蔵庫》の写真が並ぶこの場所。ひとつの冷蔵庫に対し、「開けた状態」と「閉めた状態」の2パターンを撮影してセットで展示するユニークな作品群。作品には必ず「世田谷」や「中野」といった地名が添えられている。一見すると廃墟のようにも見えるが、そこには確かに牛乳などの地域の生活物資が収められ、人が住んでいる気配が漂う。日常の極みとも言える被写体、潮田の切り取る目線に深く唸る。
「これ、三脚を立てて厳密に定点撮影しているわけじゃないですよね。ほぼ同じ位置なんですけど、きっと手持ちで撮っているから、冷蔵庫を開けに行くときにほんの少しだけ位置がブレて、違っているのがすごく不思議でいいんです」
さらに加賀の目を引いたのは、開いた冷蔵庫の前に佇む猫の姿。「これって潮田さんのご自宅ではないですよね?他人の家で猫が来るのを待つくらい、ずっと冷蔵庫を開けっぱなしにしていたんだとしたら、怒られそうですよね(笑)」と、撮影の裏側にあるチャーミングな情景を想像して笑う一幕も。「後々、この時代の冷蔵庫の資料としてもかなり価値があるんじゃないかって思います。自分が気になった日常の景色をちゃんと膨らませて想像してあげることの大切さを、改めて突きつけられました」と展覧会を一歩進むたびに、一人の写真家としての初期衝動を激しく刺激され続ける。
そんな加賀が最後に足を止めたのは、野口里佳の《不思議な力》と題された作品群だ。一瞬、理解が追いつかないけれど、見ているうちに「なるほど」と腑に落ちる。そんな少し不思議な状態を描いた写真の前で、加賀は「自分たちが一番やりたい芸風です」と深く共鳴した。
「僕らって派手にボケたり突っ込んだりするタイプの芸人じゃないんです。だからこそ、ネタを考えるとき、パッと見て一目で『あれ、なんかおかしいぞ』と思ってもらえるような状況を作りたい。野口さんの写真に映っているものは子どもの手だったり、馴染みのあるものなのに、視線が子どもの手、スプーン、指輪と段階的に動いていく。コントも場面を細かく分けられないので、1個の状況から展開させていくんですけど、この1枚の写真の中には確実な視線の移動と奥行きがある。そこが本当にすごいなと思います」
特に加賀が惹かれたのは、磁力によってスプーンに吸い寄せられ、指輪が一瞬だけ浮いている様子を捉えた1枚。
「子どもに遊ばせてあげるために、お父さんかお母さんが婚約指輪を外して貸してあげたのかな、とか想像が膨らみますよね。『すぐ落ちちゃうんだろうな』という儚さも含めて、すごく可愛い。それに、僕は写真のこの色味が好きなんですよ! 写真を撮るなら僕もこの色味にしたいんです。このサイズでこれだけで勝負できるのが本当に羨ましいし、すごく素敵だし、すごく好きです!」
クリエイターとしての感性を隅々まで刺激された加賀は、本展示の奥深さをこう振り返る。
「見に来た人のコンディションによっても、日によって見え方がガラリと変わるはず。贅沢な体験でした」。そう満足げに語った加賀は、全エリアの鑑賞を終え、興奮冷めやらぬまま、展示の総括となるインタビューへと向かった──。
──展示をすべてご覧になって、いかがでしたか?
加賀:とんでもなかったです。写真展には普段からちょこちょこ行かせていただくんですけど、この規模の展覧会を、一体誰がどう協力して取りまとめて実現させたんだろうと不思議に思うくらい素晴らしい展示でした(笑)。「まなざしの奇跡」というタイトルや“女性写真家”という響きから、最初は何か強いメッセージ性を押し付けられるのかなという可能性も考えていたんです。でも全然そんなことはなくて、むしろ「あえて女性と言わなくてもいいんじゃないか」と思わされるくらい、純粋に作品自体のパワーに圧倒される不思議な体験でしたね。
──「女性が撮る写真」だからこそ見える視点や、感じる部分はありましたか?
加賀:それぞれの時代背景による、役割の棲み分けみたいなものの生々しさは強く感じましたね。たとえば、東大全共闘のバリケードの中にいた女性写真家の渡辺眸さんが撮られている作品。男性が表に立って戦う人材としての役割がより強かった時代に、女性としてカメラを持って現場に臨まれた。そこの気合というのは、男性・女性という枠を超えているなと思いますし、あの時代だったからこそ女性にしか撮れなかった距離感があるんだろうなと。
あとは、展示を見ているときに触れられなかったんですけど、石川真生さんの沖縄の写真からは、よりリアルな家庭感や生活感をひしひしと感じたんですよね。その視座というか、きっと男性カメラマンでは捉えることのできない場面を切り取っているのかなと思いました。それと、現代に近づいていくにつれて、表現がどんどんフラットになっていっているような面白さも感じました。
――蜷川実花さんの作品にも強い衝撃を受けられていましたね。
加賀:蜷川さんは華やかで美しいカラーのイメージが強かったので、まさかこんな渋さすらあるモノトーンの作品で、しかも海と戦っているとは思わなかったので驚きました。海を撮るのって散々いろんな人が挑戦してきたジャンルですけど、ご自身でダイビングされて、改めてモノクロで勝負している気合と根性には並々ならぬ圧を感じます。写真の中の小さな魚にピントが合っていて、その奥でブクブクと泡が出ているんですけど、あの泡って人間のボンベから出た息、つまり二酸化炭素なんですよね。自分が死に近づきながら、そこで暮らす魚という命を、息を吐きながら撮っている。その生と死のコントラストが怖いくらいに伝わってきました。色を抜いたときでもこれだけ完璧に美しい形や要素が見えているという「目の良さ」が、本当に恐ろしいです。
――今回の展示を経て、これからの自身の撮影へのヒントや、変えてみようと思ったことはありますか?
加賀:皆さん決して背伸びをしていないというか、自分の目に映っている景色、自分が気になっている日常の色や被写体をすごく大切にされていて、それをちゃんと膨らませて想像してあげているんだなと気づかされました。潮田登久子さんの《冷蔵庫》だって、他の人は誰も撮らないじゃないですか。本当に人それぞれ全然違うものを見つめているなと。それを突きつけられたとき、自由に写真が撮れてフィルムの枚数制限もないありがたい立場にいる自分を振り返って、すごく悔しくなりました。「もっと芸人さんを撮らないとダメだな」って。
――表現者として、新たな刺激になったのですね。
加賀:自分もこの素晴らしい展示の中に混ざりたいです。混ざって同じだけの気合を持って皆さんとお話しできるかと言われたら、今はまだ難しいのかもしれないけれど、だからこそ今後も芸人さんをいっぱい撮っていきたい。 まずは米田さんの作品にインスパイアされた、度入りの眼鏡をかけている芸人さんを探して、その眼鏡越しに台本を写すやつを絶対にやります(笑)。ただもし今後、僕の作品で「あ、これヒカリエの展示のパクりじゃん」と思うものが散見された場合は、ぜひ注意してください(笑)。今日は本当にありがとうございました!
第一線で活躍する写真家たちの多面的な表現と並々ならぬ「気合」に触れ、一人のクリエイターとして「すごく悔しかった」と本音を漏らした加賀。しかし、その悔しさはそのまま、彼がこれからファインダーを通して芸人仲間たちを捉え続けるための、新たな創作への原動力へと変わったはずだ。鑑賞する側のコンディションによっても、日ごとに全く異なる表情を見せてくれるという本展覧会。ぜひ会場へ足を運び、あなただけの「まなざしの奇跡」を体感してみてはいかがだろうか。
・公式サイト
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/26_kiseki/
(取材・文=笹谷淳介、撮影=アンザイミキ)
「まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険」と題されたBunkamura ザ・ミュージアムによるこの展覧会に、お笑いコンビ・かが屋の加賀翔が足を運んだ。圧倒的な表現力を持つコント師であり、同時に一人の写真家としても支持を集める加賀。空間に吊るされた巨大な写真から、写真の灰を使った陶器まで、さまざまなアプローチで多面的に迫ってくる作品群を前に、加賀は芸人として、そして写真家として、何を感じ、何を語るのか。今回は学芸員の案内とともに展覧会を巡りながら、ジャンルを超えて鑑賞者を惹きつける“表現の狂気と気合”の正体に迫った。
本展覧会は、日本の女性写真家たちの足跡を辿った写真書籍『 I’m So Happy You Are Here』とフランス・アルル国際写真祭での同名展覧会を元に、海外巡回展には出品が叶わなかった貴重な作品なども追加された、総勢 30 名におよぶ国内最大規模の日本女性写真家展だ。
加賀といえば、芸能界でも指折りの写真好きとして知られ、カメラマンとして多くの芸人仲間たちの生き生きとした表情をファインダーに収め続けている人物。そもそも彼が本格的に写真を学び始めたのは、先輩芸人から「チラシの写真を撮ってくれ」と頼まれたことがきっかけだったという。独学で泥臭く技術を磨き、独自の鑑賞眼と表現力を培ってきた加賀にとって、一枚の枠に留まらないトップランナーたちの多面的な表現は刺激の連続。展示室へ一歩足を踏み入れた瞬間から、一人の写真家として、そしてクリエイターとしての感性が激しく揺さぶられていく。そんな加賀は、この展覧会に何を感じるのか。学芸員と対話を重ねながら鑑賞した展示室での様子と、その後のインタビューから紐解いていく。

<山沢栄子 《What I Am Doing No.77》 1986年 ©Yamazawa Eiko, Courtesy of The Third Gallery Aya>

<解説は、本展覧会の担当学芸員であるBunkamura ザ・ミュージアム 菅沼万里絵さんが務めた>
「冒頭からめちゃくちゃ楽しいですね!」と意気揚々と展示室の奥へ足を進めると、再び加賀が「なんじゃこりゃ! すごいな!」と声を上げる。彼の目の前に広がったのは、小松浩子の巨大なインスタレーション作品である《繁殖模倣変換器》。膨大な枚数の印画紙、ロール紙、映像などで空間を埋め尽くすインスタレーションで知られる彼女の作品をじっくり鑑賞しながら、「この匂いは?」と印刷物の匂いにも反応する加賀。「こんな巨大な展示はなかなか観られない。広げてくれたらいいのにと思うくらい、作品の細部まで観たくなってしまいますが、全てを観ることができないというのも粋ですね」と語りながら、次の作品に視線を移すと再び、感嘆の声を上げる。




<蜷川実花《Dancing with Shadows in the Light》>

<Photo by:Yuya Furukawa>





<澤田知子《OMIAI♡》>



<お気に入りの1枚に投票する加賀。>

<投票した写真はこちら。>
「これ、三脚を立てて厳密に定点撮影しているわけじゃないですよね。ほぼ同じ位置なんですけど、きっと手持ちで撮っているから、冷蔵庫を開けに行くときにほんの少しだけ位置がブレて、違っているのがすごく不思議でいいんです」


<潮田登久子《冷蔵庫》>


<野口里佳 《不思議な力 #9》 2014年 ©Noguchi Rika Courtesy of Taka Ishii Gallery>
「子どもに遊ばせてあげるために、お父さんかお母さんが婚約指輪を外して貸してあげたのかな、とか想像が膨らみますよね。『すぐ落ちちゃうんだろうな』という儚さも含めて、すごく可愛い。それに、僕は写真のこの色味が好きなんですよ! 写真を撮るなら僕もこの色味にしたいんです。このサイズでこれだけで勝負できるのが本当に羨ましいし、すごく素敵だし、すごく好きです!」

「見に来た人のコンディションによっても、日によって見え方がガラリと変わるはず。贅沢な体験でした」。そう満足げに語った加賀は、全エリアの鑑賞を終え、興奮冷めやらぬまま、展示の総括となるインタビューへと向かった──。
──展示をすべてご覧になって、いかがでしたか?
加賀:とんでもなかったです。写真展には普段からちょこちょこ行かせていただくんですけど、この規模の展覧会を、一体誰がどう協力して取りまとめて実現させたんだろうと不思議に思うくらい素晴らしい展示でした(笑)。「まなざしの奇跡」というタイトルや“女性写真家”という響きから、最初は何か強いメッセージ性を押し付けられるのかなという可能性も考えていたんです。でも全然そんなことはなくて、むしろ「あえて女性と言わなくてもいいんじゃないか」と思わされるくらい、純粋に作品自体のパワーに圧倒される不思議な体験でしたね。

加賀:それぞれの時代背景による、役割の棲み分けみたいなものの生々しさは強く感じましたね。たとえば、東大全共闘のバリケードの中にいた女性写真家の渡辺眸さんが撮られている作品。男性が表に立って戦う人材としての役割がより強かった時代に、女性としてカメラを持って現場に臨まれた。そこの気合というのは、男性・女性という枠を超えているなと思いますし、あの時代だったからこそ女性にしか撮れなかった距離感があるんだろうなと。
あとは、展示を見ているときに触れられなかったんですけど、石川真生さんの沖縄の写真からは、よりリアルな家庭感や生活感をひしひしと感じたんですよね。その視座というか、きっと男性カメラマンでは捉えることのできない場面を切り取っているのかなと思いました。それと、現代に近づいていくにつれて、表現がどんどんフラットになっていっているような面白さも感じました。
――蜷川実花さんの作品にも強い衝撃を受けられていましたね。
加賀:蜷川さんは華やかで美しいカラーのイメージが強かったので、まさかこんな渋さすらあるモノトーンの作品で、しかも海と戦っているとは思わなかったので驚きました。海を撮るのって散々いろんな人が挑戦してきたジャンルですけど、ご自身でダイビングされて、改めてモノクロで勝負している気合と根性には並々ならぬ圧を感じます。写真の中の小さな魚にピントが合っていて、その奥でブクブクと泡が出ているんですけど、あの泡って人間のボンベから出た息、つまり二酸化炭素なんですよね。自分が死に近づきながら、そこで暮らす魚という命を、息を吐きながら撮っている。その生と死のコントラストが怖いくらいに伝わってきました。色を抜いたときでもこれだけ完璧に美しい形や要素が見えているという「目の良さ」が、本当に恐ろしいです。
――今回の展示を経て、これからの自身の撮影へのヒントや、変えてみようと思ったことはありますか?
加賀:皆さん決して背伸びをしていないというか、自分の目に映っている景色、自分が気になっている日常の色や被写体をすごく大切にされていて、それをちゃんと膨らませて想像してあげているんだなと気づかされました。潮田登久子さんの《冷蔵庫》だって、他の人は誰も撮らないじゃないですか。本当に人それぞれ全然違うものを見つめているなと。それを突きつけられたとき、自由に写真が撮れてフィルムの枚数制限もないありがたい立場にいる自分を振り返って、すごく悔しくなりました。「もっと芸人さんを撮らないとダメだな」って。

加賀:自分もこの素晴らしい展示の中に混ざりたいです。混ざって同じだけの気合を持って皆さんとお話しできるかと言われたら、今はまだ難しいのかもしれないけれど、だからこそ今後も芸人さんをいっぱい撮っていきたい。 まずは米田さんの作品にインスパイアされた、度入りの眼鏡をかけている芸人さんを探して、その眼鏡越しに台本を写すやつを絶対にやります(笑)。ただもし今後、僕の作品で「あ、これヒカリエの展示のパクりじゃん」と思うものが散見された場合は、ぜひ注意してください(笑)。今日は本当にありがとうございました!


<本展宣伝ビジュアル>
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/26_kiseki/
(取材・文=笹谷淳介、撮影=アンザイミキ)
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