スポーツ義足の開発・製造を行う株式会社Xiborg(サイボーグ)代表取締役の遠藤謙さんが、義足エンジニアを志したきっかけやマサチューセッツ工科大学留学時のエピソード、さらには現在のビジョンなどについて語った。
遠藤さんは1978年生まれ。ロボット工学の研究者・起業家として、パラアスリートが使用する「世界最速の義足」の研究開発を行っている人物だ。
遠藤さんが登場したのは、俳優の小澤征悦がナビゲーターを務めるJ-WAVEの番組『BMW FREUDE FOR LIFE』(毎週土曜 11:00-11:30)。同番組は、新しい時代を切り開き駆け抜けていく人物を毎回ゲストに招き、BMWでの車中インタビューを通して、これまでの軌跡や今後の展望に迫るプログラムだ。
・ポッドキャストページ
その研究のルーツはどこにあるのか。六本木ヒルズを出発した「BMW X3 M50 xDrive MPA」の車中にて、遠藤さんは慶應義塾大学理工学部でロボット工学を学んでいた頃の話を語り始めた。
遠藤:高校時代にバスケットボール部で一緒だった後輩が、骨肉腫により脚を切断してしまったんです。この出来事をきっかけに、当時研究していた二足歩行ロボットの脚を人間に搭載できないかと考え始めました。その後2004年、仙台で開催された国際学会にてMIT(マサチューセッツ工科大学)の研究員がロボット技術を活用した義足制作に関する発表をしていて。そこではじめてロボットと義足が結びつき「MITの研究室に行きたい」と思うようになりました。
遠藤:MITはアメリカの学生よりも留学生のほうが多く、同じ研究室やクラスには様々な国の学生がいました。特に思い出深いのが、アフリカ・シエラレオネ共和国出身のラボメイトです。それまで僕はシエラレオネについて全く詳しくありませんでしたが、彼と交流する中で、乳児死亡率が高いことや平均年齢が20代と極めて低いことなど、シエラレオネの実情を知りました。
また、将来一緒に何かプロジェクトをやろうという約束も交わしました。ときを経てその友人は今、シエラレオネの首相に就任しています。彼はMIT在学時の話を覚えてくれていたらしく、首相として僕をシエラレオネに呼んでくれて、現在スポーツ義足を普及させるプロジェクトを共に展開しているんです。このように、MITで築いた人間関係が研究者としての活動範囲を広げてくれていると実感します。
遠藤さんは2005年から2012年まで、およそ7年間をMITで過ごした。同大学では常時130か国以上の学生が学んでおり、大学院では留学生の割合が40%を超えるという。
遠藤:2012年は僕がMITを卒業して帰国した年であるとともに、為末大が現役引退した年でもあるんですよ。競技を退き、新しいことにチャレンジするタイミングで共通の知り合いを通じて知り合いました。彼は競技生活の晩年、アメリカでパラリンピアンと一緒に競技場で練習していたことがあって。その中には義足で走る選手もおり、それを見て「将来的に義足を装着する競技者はさらに速くなるのではないか」と可能性を感じたそうです。
僕もアメリカに渡った際、オスカー・ピストリウスという選手の走りを目の当たりにして、同じことを思っていました。そんな背景から「義足の研究をしたい」と意気投合し、一緒に「Xiborg」を創業するに至ったというわけです。ちなみに、ウサイン・ボルトがマークした100m走の世界記録は9秒58。一方、パラリンピアンが出した100m走最速のタイムは10秒54です。つまり約1秒の差があるわけですが、僕は将来的に義足のほうが速くなると予測しています。また、100m走よりもまずは400m走で義足のほうが速くなると睨んでいるんです。
遠藤:たとえば、箱根駅伝ではアディダスの「アディゼロ」、NBAではナイキの「エアジョーダン」といったように、トップアスリートが履いているシューズには多くの人が憧れますよね。だからこそ、パラリンピックにおいて特に脚光を浴びる100m走のチャンピオンが履く義足を手掛けることが、我々にとって目標の一つなのです。義足市場は、オズールとオットーボックというヨーロッパの企業がほぼ独占しており、パラリンピックで使用される義足もほとんどその二社の製品となります。
こうした状況下で我々の義足を普及させるべく、2016年のリオデジャネイロパラリンピックに向けて日本の3選手を応援していたのですが、そのうちの1名が実際に本大会への切符を掴んだんです。彼は400m走と、100m×4のリレー種目で銅メダルを獲得し、そのことがニュースとなったことで僕らの義足もメディアに取り上げられ、様々な国の人たちが「あの義足はなんだ!?」と注目してくれました。知名度が高まったことで選手からのお問い合わせが増え、他の義足メーカーさんや義肢装具士さんの我々を見る目がガラリと変わったことを覚えています。
遠藤:僕らの主催イベントに参加された脚がないお子さんから「義足を履いてみたい」と言われることが多く、僕や選手たちもこうした希望を叶えてあげたいと思っていたんです。とはいえ、義足を装着して走れるような環境・場所はありませんでした。そこで、お子さんをはじめとした義足を必要とする人たちが自由に走れる施設として、2017年に「ギソクの図書館」をオープンしました。
当時は東京2020パラリンピック開催に向けて選手の強化に多額の資金が投じられる一方、社会貢献としての義足には注目が集まっていなくて。そこでクラウドファンディングを実施し、集まったお金で様々な体型の方が利用できるよう4種類・26足の義足を購入しました。この図書館では毎月1回イベントを行っています。義足がない方でもここに来れば走ることができますし、オリンピアンやパラリンピアンが一緒に走ってくれることもあります。
走りたいと願う義足の子が一人でもいれば走れるようにしてあげたい、という思うから実現した「ギソクの図書館」。実際に義足を履いて走った参加者の話を聞くと「久しぶりに風を感じた」「久しぶりに汗をかいた」など、とてもうれしそうな顔をしていたという。
そんな義足の可能性を追求し続ける遠藤さんにとっての挑戦、そしてその先にあるFreude=喜びとは何かと尋ねると、こんな答えが返ってきた。
遠藤:今サポートしてる選手たちは、2028年ロサンゼルスパラリンピックを目指しています。我々は、100m走では金メダルにいまだ手が届いていません。なので、まずはそこを目指して、日々義足の研究をしています。でもそれって実は短期的な目標なんです。正直なところ、金メダルを獲ったとしても、注目度はやはりオリンピックのほうが高くなります。まだまだこの壁は大きいと思っていて。
だからこそ僕が目指すのは、打倒ウサイン・ボルトです。9秒58はまだまだ破られることがないと思うので、その記録に手が届くパラアスリートの発掘および義足開発を、金メダルのちょっと先にある目標として追いかけていきたいです。
(構成=小島浩平)
遠藤さんは1978年生まれ。ロボット工学の研究者・起業家として、パラアスリートが使用する「世界最速の義足」の研究開発を行っている人物だ。
遠藤さんが登場したのは、俳優の小澤征悦がナビゲーターを務めるJ-WAVEの番組『BMW FREUDE FOR LIFE』(毎週土曜 11:00-11:30)。同番組は、新しい時代を切り開き駆け抜けていく人物を毎回ゲストに招き、BMWでの車中インタビューを通して、これまでの軌跡や今後の展望に迫るプログラムだ。
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慶応大学ではロボット工学を専攻
遠藤さんはXiborgの代表取締役を務める一方、ソニーコンピュータサイエンス研究所の研究員として2018年、ロボット義足により作家の乙武洋匡さんを歩行可能にするプロジェクト「OTOTAKE PROJECT」を発足。立ち上げから4年後の2022年には、新国立競技場で乙武さんが100mを歩くことに成功して話題を呼んだ。その研究のルーツはどこにあるのか。六本木ヒルズを出発した「BMW X3 M50 xDrive MPA」の車中にて、遠藤さんは慶應義塾大学理工学部でロボット工学を学んでいた頃の話を語り始めた。
遠藤:高校時代にバスケットボール部で一緒だった後輩が、骨肉腫により脚を切断してしまったんです。この出来事をきっかけに、当時研究していた二足歩行ロボットの脚を人間に搭載できないかと考え始めました。その後2004年、仙台で開催された国際学会にてMIT(マサチューセッツ工科大学)の研究員がロボット技術を活用した義足制作に関する発表をしていて。そこではじめてロボットと義足が結びつき「MITの研究室に行きたい」と思うようになりました。
MIT時代の友人が後の首相に
思い立ってからの行動は早かった。遠藤さんは国際学会参加からわずか3か月でMIT入学に向けた申請手続きを済ませ、見事合格通知を受け取る。世界最高峰の私立工科大学での日々は、後の研究者人生にどんな価値をもたらしたのだろうか。遠藤:MITはアメリカの学生よりも留学生のほうが多く、同じ研究室やクラスには様々な国の学生がいました。特に思い出深いのが、アフリカ・シエラレオネ共和国出身のラボメイトです。それまで僕はシエラレオネについて全く詳しくありませんでしたが、彼と交流する中で、乳児死亡率が高いことや平均年齢が20代と極めて低いことなど、シエラレオネの実情を知りました。
また、将来一緒に何かプロジェクトをやろうという約束も交わしました。ときを経てその友人は今、シエラレオネの首相に就任しています。彼はMIT在学時の話を覚えてくれていたらしく、首相として僕をシエラレオネに呼んでくれて、現在スポーツ義足を普及させるプロジェクトを共に展開しているんです。このように、MITで築いた人間関係が研究者としての活動範囲を広げてくれていると実感します。
遠藤さんは2005年から2012年まで、およそ7年間をMITで過ごした。同大学では常時130か国以上の学生が学んでおり、大学院では留学生の割合が40%を超えるという。
為末大とタッグを組んだ理由
そんな話をしているうちに「BMW X3 M50 xDrive MPA」は築地虎ノ門トンネルを抜けて築地大橋を通り、株式会社Xiborgのオフィスがある有明方面へ。同社の創業パートナーを務めたのが、元陸上アスリートで、400mハードル日本記録保持者の為末大さんだ。遠藤:2012年は僕がMITを卒業して帰国した年であるとともに、為末大が現役引退した年でもあるんですよ。競技を退き、新しいことにチャレンジするタイミングで共通の知り合いを通じて知り合いました。彼は競技生活の晩年、アメリカでパラリンピアンと一緒に競技場で練習していたことがあって。その中には義足で走る選手もおり、それを見て「将来的に義足を装着する競技者はさらに速くなるのではないか」と可能性を感じたそうです。
僕もアメリカに渡った際、オスカー・ピストリウスという選手の走りを目の当たりにして、同じことを思っていました。そんな背景から「義足の研究をしたい」と意気投合し、一緒に「Xiborg」を創業するに至ったというわけです。ちなみに、ウサイン・ボルトがマークした100m走の世界記録は9秒58。一方、パラリンピアンが出した100m走最速のタイムは10秒54です。つまり約1秒の差があるわけですが、僕は将来的に義足のほうが速くなると予測しています。また、100m走よりもまずは400m走で義足のほうが速くなると睨んでいるんです。
リオ五輪ではサポートしていた選手が表彰台に
義足が持つ無限のポテンシャル。その拡張のために為末さんとともに株式会社Xiborgを立ち上げ、義足制作に注力してきた遠藤さんだったが、その努力が結実する瞬間が、2016年リオデジャネイロオリンピックで訪れた。遠藤:たとえば、箱根駅伝ではアディダスの「アディゼロ」、NBAではナイキの「エアジョーダン」といったように、トップアスリートが履いているシューズには多くの人が憧れますよね。だからこそ、パラリンピックにおいて特に脚光を浴びる100m走のチャンピオンが履く義足を手掛けることが、我々にとって目標の一つなのです。義足市場は、オズールとオットーボックというヨーロッパの企業がほぼ独占しており、パラリンピックで使用される義足もほとんどその二社の製品となります。
こうした状況下で我々の義足を普及させるべく、2016年のリオデジャネイロパラリンピックに向けて日本の3選手を応援していたのですが、そのうちの1名が実際に本大会への切符を掴んだんです。彼は400m走と、100m×4のリレー種目で銅メダルを獲得し、そのことがニュースとなったことで僕らの義足もメディアに取り上げられ、様々な国の人たちが「あの義足はなんだ!?」と注目してくれました。知名度が高まったことで選手からのお問い合わせが増え、他の義足メーカーさんや義肢装具士さんの我々を見る目がガラリと変わったことを覚えています。
「ギソクの図書館」とは?
リオ五輪に選手を送り込んだことで、「世界最速の義足」という目標への大きな一歩を踏み出した遠藤さんのチーム。同大会でタッグを組んだパラアスリートと共に、2017年に立ち上げたプロジェクトが「ギソクの図書館」だ。この試みには、「走りたい」という願いの前に立ちはだかるいくつもの障がいを取り除き、一人でも多くの人が走る喜びを感じられる環境を作りたいという思いが込められていると、遠藤さんは話す。遠藤:僕らの主催イベントに参加された脚がないお子さんから「義足を履いてみたい」と言われることが多く、僕や選手たちもこうした希望を叶えてあげたいと思っていたんです。とはいえ、義足を装着して走れるような環境・場所はありませんでした。そこで、お子さんをはじめとした義足を必要とする人たちが自由に走れる施設として、2017年に「ギソクの図書館」をオープンしました。
当時は東京2020パラリンピック開催に向けて選手の強化に多額の資金が投じられる一方、社会貢献としての義足には注目が集まっていなくて。そこでクラウドファンディングを実施し、集まったお金で様々な体型の方が利用できるよう4種類・26足の義足を購入しました。この図書館では毎月1回イベントを行っています。義足がない方でもここに来れば走ることができますし、オリンピアンやパラリンピアンが一緒に走ってくれることもあります。
そんな義足の可能性を追求し続ける遠藤さんにとっての挑戦、そしてその先にあるFreude=喜びとは何かと尋ねると、こんな答えが返ってきた。
遠藤:今サポートしてる選手たちは、2028年ロサンゼルスパラリンピックを目指しています。我々は、100m走では金メダルにいまだ手が届いていません。なので、まずはそこを目指して、日々義足の研究をしています。でもそれって実は短期的な目標なんです。正直なところ、金メダルを獲ったとしても、注目度はやはりオリンピックのほうが高くなります。まだまだこの壁は大きいと思っていて。
だからこそ僕が目指すのは、打倒ウサイン・ボルトです。9秒58はまだまだ破られることがないと思うので、その記録に手が届くパラアスリートの発掘および義足開発を、金メダルのちょっと先にある目標として追いかけていきたいです。
(構成=小島浩平)