Da-iCE・工藤大輝とお笑いコンビ・カミナリの石田たくみが、共通の趣味や活動の始まりなどについて語った。
ふたりが登場したのは、1月19日(月)放送のJ-WAVE『Sanrio SMILEY SMILE』(ナビゲーター:板谷由夏)。ときの流れにひとときの休止符を添える純喫茶「スマイル」を舞台に、店主の板谷がゲスト同士の対話に耳を寄せるプログラムだ。週替わりのゲストを迎え、月曜~木曜の4日間にわたってゲスト同士のトークをお届けする。
番組は、Spotifyなどのポッドキャストでも配信中。ラジオで放送した翌週の木曜22時から、前週のトークをまとめて聴くことができる。
・ポッドキャストページ
工藤:(話したいことが)いろいろありすぎて「尺、足りるのかな」と思ってるんですけど、まずは僕、基本的にYouTube全部観てます!
石田:カミナリの!? うれしいです。
工藤:はい。それに、「気持ち悪いな」っていうぐらい趣味が近すぎるんですよ。僕は元バスケ部で、たくみさんもめちゃくちゃお上手だと思うんですけど。
石田:いやいや、ただスピードが速いだけです(笑)。バスケをやってたんですね!
工藤:そうなんです。それに、ヒップホップお好きじゃないですか? 僕もトラックメイクというかビートも作りますし、それも最近やられてるじゃないですか。
石田:うわぁ、共通点が多いですね!
工藤:あとは僕、BRONCO買おうとしていたんですよ(笑)。
石田:俺が乗ってる車(笑)! もともと、狙ってたんだ?
工藤:そうなんですよ。「BRONCOいいな」と思って、「何かいいYouTubeないかな?」って見てたらたくみさんの動画が出てきて、「めちゃくちゃいいじゃん!」みたいな。それで、「俺、もしかしたら(石田と)ほぼ一緒の世界線かもしれない」と思って。
石田:あははは(笑)! 趣味嗜好っていうか、狙ってるものの共通点が本当に多いですね。
工藤:世代もたぶん1個しか違わないじゃないですか。
石田:僕は1988年生まれなんで、1個下になりますよね。
工藤:はい。僕が1987年なので「同じような動線で生きてきた可能性が高い」と思ってます。
石田:こうやってしゃべってみると、顔も若干似てますね。俺にそっくりですよね(笑)。
工藤:あははは(笑)! 好きだと寄ってくるかもしれないです。そういうのがあって「ちゃんと仲よくなりたい」と。
石田:「同じ匂い」って思ってくれたのが本当にうれしいです。
工藤:ストリート的な文脈でも同じようなところを生きてきてる感じがします。nitraid(ナイトレイド)も探しましたよね?
石田:NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのアパレルですよね?
工藤:そう! もともとめっちゃB系で、そういうブランドを通って(現在のスタイルに)着地してるんですよ。
石田:B-BOYが通るべきブランドを、いろいろ通ってきたってことですね(笑)。nitraidというブランドはすごく濃かったけど、短命と言えば短命だったじゃないですか。だから、あのブランドを通ってる人は世代的にも限られるし、けっこう思い出が強いですよね。
工藤:そうなんですよ。それで、「これはちゃんとお話したい」とずっと思っていたので、今日はめっちゃうれしいです!
石田:俺も呼んでいただいてうれしいです、ありがとうございます。ちなみに、台本には「お互いなんて呼びますか?」って書いてありますが、「工藤先輩」でいいですか?
工藤:先輩(笑)。1個(差は)でかい?
石田:俺らの世代は、芸歴よりも年齢を重んじますよね(笑)。
工藤:重んじますね(笑)。逆に僕は「たくみくん」になるのかな。
石田:じゃあ、たくみくんと工藤先輩でお願いします!
工藤:RHYMESTERさんですね。ちょうどJ-POPもめちゃくちゃ聴いていて、その流れで行き過ぎていなくてすごく相性がよかったというか。まずRHYMESTERさんから入って、「さんピンCAMP」(1996年に開催された日本初のヒップホップイベント)も知って、いろいろと聴くようになったところから広がっていった感じですね。逆に、何からですか?
石田:僕は小学生のときに、なんとなく「ラップ調の音楽が肌に合ってるな」と思ったんですよ。RIP SLYMEやケツメイシ、KICK THE CAN CREWとかが「かっこいいな」と思ってたら、相方の(竹内)まなぶが「お前が聴いてるのはオーバーグラウンドのヒップホップだぞ」「この世にはアンダーグラウンドのヒップホップもある」っていうのを教えてくれて。それでNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDや、同じ茨城県出身のLUNCH TIME SPEAXってクルーの曲を聴き始めたんです。NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDとLUNCH TIME SPEAXの先輩にあたるのがBUDDHA BRANDなので、BUDDHA BRANDを後掘りしていって「さんピンCAMP」の存在も知りましたね。
カミナリの旧コンビ名は、BUDDHA BRANDから取って「ブッダ」とつけたそうだ。
工藤:(現コンビ名の)カミナリは「KAMINARI-KAZOKU.」から取ったんですか?
石田:ネットにはそういう情報が出回ってるんですけど、本当は違くて。ブッダだと宗教っぽいイメージが強くなっちゃうので、事務所から「早めに改名したほうがいいよ」って言われて。「何にする?」って悩んだときに、めんどくさかったので「名前をつけるのって親だよね」ってまなぶの母ちゃんに電話をしたんです。それで「コンビ名、何がいい?」って訊いたら「カミナリ」って言ったから、カミナリにしただけです。
工藤:え~!? そうなんですね!
石田:「KAMINARI-KAZOKU.から取った」という説は、あるヒップホップ番組でKAMINARI-KAZOKU.のメンバーとカミナリがしゃべることになったときに「KAMINARI-KAZOKU.から取ったよな?」って言われて、圧に負けて「はい」って言っちゃったところからきてます。でも、向こうはすごく喜んでたんで「違う」とは言えないじゃないですか(笑)。
工藤:それは言えない(笑)。じゃあ、もう公然の事実ですね。
石田:はい、俺が認めちゃったから嘘ではないですけど、本当はまなぶの母ちゃんが適当につけた名前です。
石田と相方の竹内は幼馴染。工藤は「どうして芸人になろうということになったのか」を石田に訊く。
石田:まなぶとしゃべってるときに、「人を笑わせるときがいちばん幸せだよね」「これで飯が食えたら幸せだよね」という話になって、流れで「コンビを組みましょう」となりました。
工藤:コンビを組んだのは、おいくつのときですか?
石田:「将来お笑いをやろう」って約束してお互いの夢を共有し始めたのは、高校2年生のときです。でもネタ作りもしないし、ライブ活動もやってなくて、ただ周りの友だちに「俺ら、お笑いでビッグになるぞ」って言いふらすっていう時期でした。大学に入学してからもお笑い活動はせず、大学を卒業して23歳になる年に「お笑いの学校に入るのに、お金を出すのはバカらしいな」「オーディションで入れる事務所がいいな」っていうことで、グレープカンパニーのオーディションを受けました。「声が大きくて若いね」っていう理由で合格になって、キャリアをスタートしたんですよ。
工藤:あははは(笑)! めちゃくちゃ面白いですね。
工藤:最初はひとりで音源を作って、深夜のクラブでライブをしてました。
石田:どちらかというと、ラッパー志望だったんですか?
工藤:どちらかというとシンガーで、Michael JacksonやOmarion、Ne-Yoとか(の曲)をカバーしたり、自分でオリジナル曲を作ったりして、シンガーも出られるようなクラブに出てました。そのときに、当時のダンスイベントのオーガナイザーが観に来て、「いま新しいプロジェクトをやろうと思っているから入ってほしい」って言われて、俺もちょうどオーディションとかがなくて「この先どうしようかな」と思ってたときだったんで、「やります」って返事をしました。ただ、「ボーカルはほかにいるんだよね」と言われて、一度ボーカルに会ってみて、僕より上手かったらやろうと思って見に行ったんですよ。そうしたら、うちの(大野)雄大と(花村)想太がいて「上手いから安心!」と思ったので、(Da-iCEとして)やることが決まりました。
石田:なるほど。自分の歌声を基準にして、「俺より上手いなら委ねられるぞ」と思ったんですね。
工藤:そうですね。ただ、そのときのオーガナイザーがすごくえらい人だと思ってたのに、蓋を開けたら平社員で何のパワーも持ってなかったんです(笑)。しかも「エイベックス所属です」みたいなことを言ってたのに、契約育成生みたいな立ち位置で、「新手の詐欺かな」と思ったんですけど、「それでも頑張ろう」って5人でやっていって、いまがあります。
石田:声をかけたということは、その方には先見の明があったのかもしれないですね。
工藤:たしかに、当時のダンサーで「この人はイケてる」とか、そういうものにはけっこうアンテナを張っていた人だったので、そこは信頼がありました。
石田:いま、歌の活動もしてるんですか?
工藤:コツコツやってはいて、ソロでもアルバムを出したりしてます。グループ活動とは分けてやってる感じですね。
石田:ビートメイクもしてるんですか?
工藤:やってます。作曲はビートメイクから入っていて、それこそRHYMESTERさんのトラックを完コピするところから始めて。それが高3くらいで、当時ダンススクールに置いてあったGarageBandをいじって作ったのが始まりです。
石田:RHYMESTERさんの元ネタのレコードか何かを引っ張ってきてサンプリングした?
工藤:いや、当時のスクールでは、カラオケ音源でライブをするのが主流だったんですよ。カラオケ音源がなかったので、音源を作りたくて真似して打ち込んだっていう……。
石田:打ち込みでやったんですか!? すごいですね!
工藤:「ここであの音が鳴ってるな」っていうのを頑張って拾って、っていうのを何曲かやったのが、作曲の始まりです。高校生くらいのときは、和音を分解して聴いて、ゆっくり打ち込んでみたいなのをずっとやっていて、いわゆる洋楽系のレコードを買ってサンプリングして、っていうのはそのあとです。そのうえに全然違うリリックとメロを乗せて「オリジナルです!」って言う、みたいな(笑)。
月曜日から木曜日にオンエアされたふたりの対談。全編、ポッドキャストで配信中だ。
『Sanrio SMILEY SMILE』では、夜にだけ明かりが灯る純喫茶「スマイル」を舞台に、店主の板谷由夏がゲスト同士の対談をお届けする。放送は月曜~木曜の21時30分から。
ふたりが登場したのは、1月19日(月)放送のJ-WAVE『Sanrio SMILEY SMILE』(ナビゲーター:板谷由夏)。ときの流れにひとときの休止符を添える純喫茶「スマイル」を舞台に、店主の板谷がゲスト同士の対話に耳を寄せるプログラムだ。週替わりのゲストを迎え、月曜~木曜の4日間にわたってゲスト同士のトークをお届けする。
番組は、Spotifyなどのポッドキャストでも配信中。ラジオで放送した翌週の木曜22時から、前週のトークをまとめて聴くことができる。
・ポッドキャストページ
年代、趣味、共通点が多すぎるふたり
2023年にDa-iCE主催のイベントの進行を務めたカミナリだが、当時はプライベートな会話はあまりできなかったという。今回の共演は、工藤の指名によって実現した。工藤:(話したいことが)いろいろありすぎて「尺、足りるのかな」と思ってるんですけど、まずは僕、基本的にYouTube全部観てます!
石田:カミナリの!? うれしいです。
工藤:はい。それに、「気持ち悪いな」っていうぐらい趣味が近すぎるんですよ。僕は元バスケ部で、たくみさんもめちゃくちゃお上手だと思うんですけど。
石田:いやいや、ただスピードが速いだけです(笑)。バスケをやってたんですね!
工藤:そうなんです。それに、ヒップホップお好きじゃないですか? 僕もトラックメイクというかビートも作りますし、それも最近やられてるじゃないですか。
石田:うわぁ、共通点が多いですね!
工藤:あとは僕、BRONCO買おうとしていたんですよ(笑)。
石田:俺が乗ってる車(笑)! もともと、狙ってたんだ?
工藤:そうなんですよ。「BRONCOいいな」と思って、「何かいいYouTubeないかな?」って見てたらたくみさんの動画が出てきて、「めちゃくちゃいいじゃん!」みたいな。それで、「俺、もしかしたら(石田と)ほぼ一緒の世界線かもしれない」と思って。
石田:あははは(笑)! 趣味嗜好っていうか、狙ってるものの共通点が本当に多いですね。
工藤:世代もたぶん1個しか違わないじゃないですか。
石田:僕は1988年生まれなんで、1個下になりますよね。
工藤:はい。僕が1987年なので「同じような動線で生きてきた可能性が高い」と思ってます。
石田:こうやってしゃべってみると、顔も若干似てますね。俺にそっくりですよね(笑)。
工藤:あははは(笑)! 好きだと寄ってくるかもしれないです。そういうのがあって「ちゃんと仲よくなりたい」と。
石田:「同じ匂い」って思ってくれたのが本当にうれしいです。
工藤:ストリート的な文脈でも同じようなところを生きてきてる感じがします。nitraid(ナイトレイド)も探しましたよね?
石田:NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのアパレルですよね?
工藤:そう! もともとめっちゃB系で、そういうブランドを通って(現在のスタイルに)着地してるんですよ。
石田:B-BOYが通るべきブランドを、いろいろ通ってきたってことですね(笑)。nitraidというブランドはすごく濃かったけど、短命と言えば短命だったじゃないですか。だから、あのブランドを通ってる人は世代的にも限られるし、けっこう思い出が強いですよね。
工藤:そうなんですよ。それで、「これはちゃんとお話したい」とずっと思っていたので、今日はめっちゃうれしいです!
石田:俺も呼んでいただいてうれしいです、ありがとうございます。ちなみに、台本には「お互いなんて呼びますか?」って書いてありますが、「工藤先輩」でいいですか?
工藤:先輩(笑)。1個(差は)でかい?
石田:俺らの世代は、芸歴よりも年齢を重んじますよね(笑)。
工藤:重んじますね(笑)。逆に僕は「たくみくん」になるのかな。
石田:じゃあ、たくみくんと工藤先輩でお願いします!
コンビ名“カミナリ”の本当の由来は…
出だしから共通の趣味の話題で盛り上がるふたり。石田は工藤に「最初に聴いたヒップホップの楽曲は何ですか?」と質問する。工藤:RHYMESTERさんですね。ちょうどJ-POPもめちゃくちゃ聴いていて、その流れで行き過ぎていなくてすごく相性がよかったというか。まずRHYMESTERさんから入って、「さんピンCAMP」(1996年に開催された日本初のヒップホップイベント)も知って、いろいろと聴くようになったところから広がっていった感じですね。逆に、何からですか?
石田:僕は小学生のときに、なんとなく「ラップ調の音楽が肌に合ってるな」と思ったんですよ。RIP SLYMEやケツメイシ、KICK THE CAN CREWとかが「かっこいいな」と思ってたら、相方の(竹内)まなぶが「お前が聴いてるのはオーバーグラウンドのヒップホップだぞ」「この世にはアンダーグラウンドのヒップホップもある」っていうのを教えてくれて。それでNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDや、同じ茨城県出身のLUNCH TIME SPEAXってクルーの曲を聴き始めたんです。NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDとLUNCH TIME SPEAXの先輩にあたるのがBUDDHA BRANDなので、BUDDHA BRANDを後掘りしていって「さんピンCAMP」の存在も知りましたね。
カミナリの旧コンビ名は、BUDDHA BRANDから取って「ブッダ」とつけたそうだ。
工藤:(現コンビ名の)カミナリは「KAMINARI-KAZOKU.」から取ったんですか?
石田:ネットにはそういう情報が出回ってるんですけど、本当は違くて。ブッダだと宗教っぽいイメージが強くなっちゃうので、事務所から「早めに改名したほうがいいよ」って言われて。「何にする?」って悩んだときに、めんどくさかったので「名前をつけるのって親だよね」ってまなぶの母ちゃんに電話をしたんです。それで「コンビ名、何がいい?」って訊いたら「カミナリ」って言ったから、カミナリにしただけです。
工藤:え~!? そうなんですね!
石田:「KAMINARI-KAZOKU.から取った」という説は、あるヒップホップ番組でKAMINARI-KAZOKU.のメンバーとカミナリがしゃべることになったときに「KAMINARI-KAZOKU.から取ったよな?」って言われて、圧に負けて「はい」って言っちゃったところからきてます。でも、向こうはすごく喜んでたんで「違う」とは言えないじゃないですか(笑)。
工藤:それは言えない(笑)。じゃあ、もう公然の事実ですね。
石田:はい、俺が認めちゃったから嘘ではないですけど、本当はまなぶの母ちゃんが適当につけた名前です。
石田と相方の竹内は幼馴染。工藤は「どうして芸人になろうということになったのか」を石田に訊く。
石田:まなぶとしゃべってるときに、「人を笑わせるときがいちばん幸せだよね」「これで飯が食えたら幸せだよね」という話になって、流れで「コンビを組みましょう」となりました。
工藤:コンビを組んだのは、おいくつのときですか?
石田:「将来お笑いをやろう」って約束してお互いの夢を共有し始めたのは、高校2年生のときです。でもネタ作りもしないし、ライブ活動もやってなくて、ただ周りの友だちに「俺ら、お笑いでビッグになるぞ」って言いふらすっていう時期でした。大学に入学してからもお笑い活動はせず、大学を卒業して23歳になる年に「お笑いの学校に入るのに、お金を出すのはバカらしいな」「オーディションで入れる事務所がいいな」っていうことで、グレープカンパニーのオーディションを受けました。「声が大きくて若いね」っていう理由で合格になって、キャリアをスタートしたんですよ。
工藤:あははは(笑)! めちゃくちゃ面白いですね。
ソロシンガー志望から、楽曲も手がける“パフォーマー”へ
続いて石田が、工藤の音楽活動の歩みを訊く。工藤:最初はひとりで音源を作って、深夜のクラブでライブをしてました。
石田:どちらかというと、ラッパー志望だったんですか?
工藤:どちらかというとシンガーで、Michael JacksonやOmarion、Ne-Yoとか(の曲)をカバーしたり、自分でオリジナル曲を作ったりして、シンガーも出られるようなクラブに出てました。そのときに、当時のダンスイベントのオーガナイザーが観に来て、「いま新しいプロジェクトをやろうと思っているから入ってほしい」って言われて、俺もちょうどオーディションとかがなくて「この先どうしようかな」と思ってたときだったんで、「やります」って返事をしました。ただ、「ボーカルはほかにいるんだよね」と言われて、一度ボーカルに会ってみて、僕より上手かったらやろうと思って見に行ったんですよ。そうしたら、うちの(大野)雄大と(花村)想太がいて「上手いから安心!」と思ったので、(Da-iCEとして)やることが決まりました。
石田:なるほど。自分の歌声を基準にして、「俺より上手いなら委ねられるぞ」と思ったんですね。
工藤:そうですね。ただ、そのときのオーガナイザーがすごくえらい人だと思ってたのに、蓋を開けたら平社員で何のパワーも持ってなかったんです(笑)。しかも「エイベックス所属です」みたいなことを言ってたのに、契約育成生みたいな立ち位置で、「新手の詐欺かな」と思ったんですけど、「それでも頑張ろう」って5人でやっていって、いまがあります。
石田:声をかけたということは、その方には先見の明があったのかもしれないですね。
工藤:たしかに、当時のダンサーで「この人はイケてる」とか、そういうものにはけっこうアンテナを張っていた人だったので、そこは信頼がありました。
石田:いま、歌の活動もしてるんですか?
工藤:コツコツやってはいて、ソロでもアルバムを出したりしてます。グループ活動とは分けてやってる感じですね。
石田:ビートメイクもしてるんですか?
工藤:やってます。作曲はビートメイクから入っていて、それこそRHYMESTERさんのトラックを完コピするところから始めて。それが高3くらいで、当時ダンススクールに置いてあったGarageBandをいじって作ったのが始まりです。
石田:RHYMESTERさんの元ネタのレコードか何かを引っ張ってきてサンプリングした?
工藤:いや、当時のスクールでは、カラオケ音源でライブをするのが主流だったんですよ。カラオケ音源がなかったので、音源を作りたくて真似して打ち込んだっていう……。
石田:打ち込みでやったんですか!? すごいですね!
工藤:「ここであの音が鳴ってるな」っていうのを頑張って拾って、っていうのを何曲かやったのが、作曲の始まりです。高校生くらいのときは、和音を分解して聴いて、ゆっくり打ち込んでみたいなのをずっとやっていて、いわゆる洋楽系のレコードを買ってサンプリングして、っていうのはそのあとです。そのうえに全然違うリリックとメロを乗せて「オリジナルです!」って言う、みたいな(笑)。
月曜日から木曜日にオンエアされたふたりの対談。全編、ポッドキャストで配信中だ。
『Sanrio SMILEY SMILE』では、夜にだけ明かりが灯る純喫茶「スマイル」を舞台に、店主の板谷由夏がゲスト同士の対談をお届けする。放送は月曜~木曜の21時30分から。
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