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猫(Cat)の発音が伝わらず泣いた夜を越えて─翻訳家・ネルソン聡子が「次世代」へ繋ぐもの

猫(Cat)の発音が伝わらず泣いた夜を越えて─翻訳家・ネルソン聡子が「次世代」へ繋ぐもの

翻訳家のネルソン聡子さんが、現職を志したきっかけや字幕翻訳をする際のルール、現在取り組んでいるプロジェクトなどについて語った。

ネルソンさんは、翻訳者として活動する一方、オンライン翻訳学校「RAY translation Academy & Community」の代表を務めるほか、買い付けた海外の映像作品に字幕をつけて配信する多言語の翻訳者団体「Beyond us」を立ち上げるなど、翻訳家の可能性を拡張するために幅広く活躍する人物だ。

ネルソンさんが登場したのは、俳優の小澤征悦がナビゲーターを務めるJ-WAVEの番組『BMW FREUDE FOR LIFE』(毎週土曜 11:00-11:30)。同番組は、新しい時代を切り開き駆け抜けていく人物を毎回ゲストに招き、BMWでの車中インタビューを通して、これまでの軌跡や今後の展望に迫るプログラムだ。

中学生の頃、戸田奈津子に憧れて翻訳家を志す

ネルソンさんを乗せた「BMW iX xDrive60 M Sport」は六本木ヒルズを出発。結婚した夫の姓である「ネルソン」を名乗る彼女だが、生粋の日本生まれ、日本育ち。英語とは無縁の子ども時代を過ごす中で現在の仕事を志したのは、あの大御所翻訳家の活躍をテレビで目にしたからだという。
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ネルソン:関心を持ったのは英語よりも翻訳者のほうが先だったかもしれません。中学生の頃、戸田奈津子さんがトム・クルーズの通訳をされているのをテレビで観て「翻訳者になればハリウッドスターたちと話ができるんだ」とミーハー心が働き、翻訳者になるためにはまず英語を勉強しなければと思い至りました。

その後、高校3年生のときに初めての留学を経験します。滞在したのはイギリスの田舎街「ダラム」で、地元の高校に一年間通いました。日本式の教育で英語を学んでいたこともあって、最初のうちは思うように話せませんでした。「猫=Cat」の発音すらみんなにわかってもらえず、夜によく泣いていたのを覚えています。ですが、留学から3か月ほどが経つと、英語も聞き取れて話せるようにもなってきて、学校の友だちとコミュニケーションを取りながら楽しく過ごすことができました。

英語の次にイタリア語を学んだ理由とは?

1年間の英国生活を経て確かな英語力を身に付けたネルソンさんは、大学在学時に今度はアメリカへ留学。さらに、日本へ戻って大学を卒業した後、第二外国語を学ぶべく三度目の留学をすることになる。

ネルソン:字幕の翻訳家になるにあたって将来を見据えたとき、英語ができる人はごまんといるので、第二外国語を習得しておかなければ生き残るのは難しいのではないかと考えていました。そんな折、ちょうどテレビでイタリア映画の『ライフ・イズ・ビューティフル』が放映されていたんです。映画を観ていて、作中で話されているイタリア語の響きやリズム、抑揚に英語にはない美しさを感じ、「イタリア語を勉強しよう」と決めました。

『ライフ・イズ・ビューティフル』は、1997年公開のイタリア映画。第二次世界大戦下のユダヤ人迫害を描いた作品で、ロベルト・ベニーニが監督・脚本・主演の3役を務め、第51回カンヌ国際映画祭で審査員グランプリ、第71回アカデミー賞で主演男優賞・作曲賞・外国語映画賞を受賞した不朽の名作だ。
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そんな傑作映画の影響を受けてイタリアのフィレンツェに留学したネルソンさんは帰国後、大学時代にアルバイトしていた映画配給会社に就職。営業の傍らで翻訳業務に携わりその基礎を学んだそうだが、そもそも字幕翻訳にはどのような難しさがあるのだろうか?

ネルソン:字幕翻訳は「1秒あたり4文字で翻訳する」という制限があります。また、劇場公開・DVD・配信などによって違いはあるのですが、ヨコ字幕は1行につき12か13文字、2行につき24~26文字が最大というルールもあって。限られた文字数制限の中で、適切な情報を適切な日本語で詰め込むかが、字幕翻訳の難しさであり楽しさであると思います。

後進育成のために翻訳のスクール兼コミュニティを立ち上げ

映画配給会社の次に就職した汐留イタリア街にある会社では、イタリアの美術館と提携したデザイン関連の仕事に従事。さらに、イタリア発祥の教育を実践する保育園で保育士として働いたことにより、「今ならよりよい翻訳ができる」と考え、フリーランスの字幕翻訳者に転身したという。そして、自分一人だけでなく、翻訳者全体の可能性を広げるべく、翻訳のためのスクール兼コミュニティ「RAY translation Academy & Community」を始動させたネルソンさん。立ち上げに至った背景には、既存の翻訳学校への問題意識があったようだ。
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ネルソン:以前、別のオンラインスクールで翻訳を教えていたのですが、翻訳のスキルを学んだ後、どうやって仕事を獲ってきたらいいかなど、翻訳者として何から始めたらいいかわからず、不安に思っている生徒さんたちをたくさん見てきました。にもかかわらず、カリキュラムが終わったら「さよなら。頑張ってくださいね」というスタンスがちょっと無責任だなという気持ちもあって。そこで翻訳者として独り立ちする上で必要な最初のステップのサポートをしたいと思い、「RAY」を立ち上げました。

「RAY」はコロナ禍が始まった2020年3月に始動したこともあり、基本的にオンラインで全てを教えています。特徴は三つあると思っていて。1つ目の特徴は、その人に合ったプランを立てること。すぐにフリーランスとして活動したいか、副業として始めたいかなど、今後翻訳とどのようにかかわっていきたいかを詳しくヒアリングした後、各人の目標に最適な学習プランを立ててマンツーマンで指導しています。

2つ目の特徴は、レッスンにおいて必ず同じ課題に2回取り組んでいただくことです。1度目の添削では正答にあたる訳は明記せず、アドバイスのみを記載します。この2回目が重要で。翻訳者は一人で作業にあたるものです。誰にも頼らずに考え抜き、自分の納得したものを納品することが、次のお仕事をもらえるか否かに直結します。この考え抜くというプロセスを体験してもらう目的で、2回取り組んでもらうことにしているんです。

3つ目は、一定の基準を満たした方にお仕事のサポートをすることです。「RAY」から直接お仕事を依頼したり、お仕事先を紹介したりして、その方が翻訳者として収入を得られるようにバックアップします。このような活動を行う背景には、将来一緒に仕事をする仲間が欲しいという思いもあったりするんです。

海外コンテンツの買い付け事業も展開

ネルソンさんには、「RAY translation Academy & Community」と並行して力を注ぐプロジェクトがある。それが多言語の翻訳者団体「Beyond us」だ。同団体ではいったい、どんな取り組みを行っているのだろうか?

ネルソン:「Beyond us」は、海外で埋もれている良質な映像作品を発掘し、字幕を付けて日本で配信する多言語の翻訳者9名が参画するプロジェクトです。プロジェクト名には、既存の価値観を超えていくという思いが込められています。新しい考え方を提示し、未来に希望が持てるような作品を中心に選んでいます。同プロジェクトで最初に買い付けた作品のテーマが養子縁組でした。最初のテーマを何しようとなったとき、身近なものがいいとなって。発起人である私が2023年12月に成立した特別養子縁組により新しい家族を迎えていたこともあって、養子縁組を主題とした作品をチョイスしたのです。その作品含め、権利をいただいてるものが現在9作品ほどあります。
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後進の育成に作品の買い付けなど、いち翻訳者の枠を超え、翻訳業界全体を活性化させる多様な活動を展開するネルソンさん。最後に自身にとっての挑戦、そしてその先にあるFreude=喜びとは何かと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

ネルソン:これまで生きてきた中で多くの方から様々なサポートを受けてきました。これからは応援してくれた方たちへ何らかの形で恩を返していき、おこがましいですが、その方たちの心が少しでも豊かになればと思っています。そんな理想を実現するために立ち上げたプロジェクトが「Beyond us」です。日本未公開の映像作品を買い付けて、その作品を受け取った人たちが新しい考え方や気付きを得て、それぞれの幸せや明るい未来に繋げてくれたらうれしいです。

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