映画監督・西川美和が「言葉のリズム、美しさをダイレクトに味わえる」と語る韓国文学は?

映画監督の西川美和が、本棚のなかのあるお気に入りの書籍を紹介した。

西川が登場したのは、J-WAVEで放送中の番組『ACROSS THE SKY』(ナビゲーター:小川紗良)のワンコーナー「DAIWA HOUSE MY BOOKSHELF」。4月21日(日)のオンエアをテキストで紹介。

再生は2024年4月28日28時ごろまで

映画監督・西川美和の本棚をチェック

西川美和は大学在学中、是枝裕和監督作品『ワンダフルライフ』にスタッフとして参加。2002年、オリジナル脚本の『蛇イチゴ』で映画監督デビュー。長編2作目は『ゆれる』はカンヌ国際映画祭監督週間に正式出品。2021年公開の『すばらしき世界』は、日本アカデミー優秀作品賞や優秀監督賞を受賞した。西川は監督業のみならず、脚本家、作家としても活躍中だ。

まずは、西川の本棚の写真を見ながら、収められている書籍について話を聞いた。



小川:実は、本棚を最近整理されたそうですね。

西川:そうなんですよ。部屋の模様替えをしたのでだいぶ寂しくなったなという感じです。

小川:それでもかなりある感じです。残したポイントはどこだったのでしょうか?

西川:長い人生、もう1回読むんじゃないかと思う本を。小説なんかもそういう基準ですね。

小川:ジャンルとしては小説が多いですか?

西川:今は半々ぐらいですかね。最近、小説をあまり読まなくなってしまっているんですよ。物を書いているときに読むものってほとんど資料だから、どちらかというと研究書とか社会科学の本を読むことのほうが多いです。

小川:本棚には東京空襲の写真集がありますね。こういうのも資料ですか?

西川:そうですね。次は戦後の話をやろうかなと思っているので、知らないことを勉強するためにいろんな本が溜まるんですよね。

小川:執筆の準備期間に3、4年かけるそうですね。そのあいだ、かなり膨大な量を読まれるのでは?

西川:そうですね。ただ、一作品が終わってこれはもういいかなと思うものは処分していかないと、溜まっていく一方なんですよね。

小川:では、趣味で読む本はどのようなものですか?

西川:やっぱり小説ですかね。息抜きになるし、古い小説を読むことが多いかな?

小川:結局、仕事に繋がってしまうような感じもしますね(笑)。

西川:そうなんですよね(笑)。映画って総合芸術なので、何を見ても自分の肥しにしようとしちゃうじゃないですか。映画と遠いものが唯一の息抜きになっていくので、私はスポーツを観るのが好きです。

小川:本当にたくさん観られるんですよね。かなり意外でした。

「言葉のリズム、美しさをダイレクトに味わえる」韓国文学

西川が最近読んだ本のなかで本棚に残したいと思った一冊は、韓国の映画監督であるイ・チャンドンの『鹿川(ノクチョン)は糞に塗れて』(アストラハウス)だ。

小川:こちらは2023年7月に日本版が出たばかりです。イ・チャンドン監督は『オアシス』や『ペパーミント・キャンディー』などの巨匠ですよね。

西川:日本でもとてもファンが多い監督です。映画監督として作品を撮られたのはたぶん1990年代以降で、それ以前は学校の先生や小説家をやられていました。

小川:そうだったんですね!

西川:これまでしっかりとした日本語訳の本は出ていなくって、私は短編は読んでいたんですけど、ものすごくいい文章なんですよ。

小川:どういったところがいいのでしょうか?

西川:なんてことはない話なんですよ。大きな物語があるわけではないのだけれど、時代としては韓国の民主化運動が背景になっていることが多いです。とても私小説的で、人間の「こうしたらいいんないか」といった善意が、物語のなかでひっくり返るんですよね。

小川:イ・チャンドン監督の映画に通じるところがありますね。

西川:はい。とても内面的な作品で、人間の内面、「善とか悪って何だろうな」といったことを思い巡らせてくれます。

小川:私は小説家のキャリアがあったことを知らなかったので、この本は読みたいです。

西川:『鹿川(ノクチョン)は糞に塗れて』では中編小説と短編小説が何本かあります。鹿川は地名なんですけども、苦労してやっとそこの人工住宅地に奥さんと小さな子どもと暮らし始めた教師が、ある日突然音信不通になっていた腹違いの弟と再会するんです。スマートでお利口な弟だったのに、非常にみすぼらしい格好で現れて、家に何日か滞在することになり、うまくいくはずだった生活に少しずつ綻びができていくストーリーです。

小川:まるで映画のようなあらすじでした。

西川:本当に文章が美しいです。そして、韓国の文法って日本と近いですし、文化も近しいものがあるからか、日本語訳が自然なんですよね。言葉のリズム、美しさをダイレクトに味わえるんじゃないかなと思います。

スポーツについて考えていること

西川は2024年4月には、エッセイ集『ハコウマに乗って』(文藝春秋)を発売した。本書には2018年から2023年末までスポーツ誌の『Number』(文藝春秋)と『文藝春秋』で連載されたエッセイを収録。スポーツ、時事問題など、映画と離れたテーマを扱ったものも多い一冊となっている。

小川:このエッセイで印象的だったのは、前半にかなりスポーツの話があったことです。いろんなジャンルを見られますか?

西川:そうですね。テレビでやっているものは観ます。あまりこだわりがあるわけではないです。

小川:野球、相撲、サッカー、ラグビーなどさまざまですよね。

西川:知らないスポーツを観るのがまた楽しいんですよね。オリンピックのような世界大会があると、自分が今まで興味を持たなかったスポーツを見らえるでしょう? 今までよく知っている野球とは違う、別のスポーツマンシップ、いろんな物語があるんですよね。そういうものが面白いですね。

小川:実際にチケットを買って、生で見られていたりもしますもんね。やっぱり違いますか?

西川:まったく体験として違いますよね。生だとスポーツの内容だけを感じるものではないですし、お客さんがどういう風に観るかという楽しさもありますしね。でも、テレビ中継は好きですよ。

小川:スポーツの世界も単にアスリートが素晴らしいということだけではなくて、どうしても政治、利権が関わってくるし、その状況についても書かれていますよね。さらに、その話を映画界の話としても置き換えて、映画界で起きている問題についてもかなり書かれていました。

西川:そうですね。スポーツの中身だけ楽しんでいられたら一番いいけれど、アスリートが置かれている状況にはいろいろ厳しいことがあるんですよね。アスリートは大事にされなければいけないとみんな言ってはいるけれど、なんとなく道具にされているところもある。それに対し、なんとなく物申せない雰囲気があるじゃないですか。

小川:感動、共感、団結のなかでうやむやになっちゃうことってありますよね。

西川:常に彼らは清廉潔白でなければいけない、そういったものを背負わされている部分があります。でも、それっておかしいよなって私は思うんですよね。みんなを勇気づけるだけの存在ではないですし、いろんな考え方、思想を持っていて当然です。

小川:映画界についても、ぬかるみという表現をされていたのが印象的でした。そこに立っているプレイヤーだからこそ、できることがあると動かれているのが伝わりましたし、私も頑張ろうと思いました。

西川:プレイヤーに対して「純粋にプレイだけしていろよ」という声もあるかもしれないけど、自分が立っているグラウンドが走りづらい、変だなと言えるのは、そこでプレイをしているプレイヤーだけなんですよね。自分たちも環境を変える意識をしたり勉強したりすることは、スポーツ界もでしょうけども、映画界に必要なことだと少しずつ考えるようになりました。

『ACROSS THE SKY』のワンコーナー「DAIWA HOUSE MY BOOKSHELF」では、本棚からゲストのクリエイティヴを探る。オンエアは10時5分頃から。
radikoで聴く
2024年4月28日28時59分まで

PC・スマホアプリ「radiko.jpプレミアム」(有料)なら、日本全国どこにいてもJ-WAVEが楽しめます。番組放送後1週間は「radiko.jpタイムフリー」機能で聴き直せます。

番組情報
ACROSS THE SKY
毎週日曜
9:00-12:00

関連記事