俳優の橋本愛が、恋人を殺して愛を貫こうとした女を演じる。新宿歌舞伎町で実際に起こったホスト刺傷事件にインスパイアされた映画『熱のあとに』が、2月2日から公開される。第28回釜山国際映画祭では大盛況で迎え入れられた話題作。映画『ここは退屈迎えに来て』(2018)以来の映画主演となる橋本が、本作の撮影を振り返りながら、気合いを入れたいときに聴く“戦闘曲”も明かす。
──本読みはセリフを淡々と音読するような「イタリア式」だったとか?
仰る通りで、演じるのではなく言葉の意味や感情を表すことなく淡々と読むというスタイルでした。1日に3、4回くらい最初から最後まで本読みを繰り返して、読めば読むほど「ここにこんな言葉が?」とか「こんな意味が?」という発見が何度もありました。日ごろ使わない脳みそと神経を使って隅から隅まで脚本を読むことによって、書かれている言葉を自分の体に落とし込む実感がありました。沙苗が放つ言葉には彼女なりの主張はあるけれど、相手に伝えようという風には喋っていません。どこか自分の世界の中だけで喋っていて、相手に届く前に言葉が零れ落ちていくような感覚。感情はあるけれど言葉に乗せるか乗せないかのラインです。それは淡々と音読しているときに似ていて、本読みの経験が滲み出たと思います。初めての経験でしたが、言葉と濃密に向き合う面白い時間でもありました。
──昨年10月に参加された第28回釜山国際映画祭の印象は?
観客に学生さんのような若い方が多くて、すべての上映チケットがソールドアウト。映画に対する熱量をすごく感じました。上映後のQ&Aではたくさんの手が挙がって、どの質問も細かくマニアックで映画を隅々まで観てくれているというのが嬉しかったです。監督の返答も横で聞いていて「なるほどな」と思うことも多く、作品をより深く理解することが出来た貴重な経験でした。舞台挨拶後にレストランで食事をしていたら、たくさんの観客の方々が会いに来てくれてサインを求められました。それも私が出演した映画『告白』(2010年)のパンフレットや、どこで手に入れたの!?というようなグッズだったり、『熱のあとに』のスチールを自分なりにカスタマイズしたようなポストカードもありました。海外の方の反応を直接肌で感じることで勇気をもらえますし、作品への愛とリスペクトに心が温まりました。
──J-WAVE NEWSは音楽に力を入れるラジオ局のJ-WAVEが運営しています。そこでお聞きします。気合を入れたいときに聴く曲を教えてください。
私にとっては女王蜂の『聖戦(Holy War)』がその一曲で、聴くと戦闘モードになります。女王蜂は昔から大好きで、中でも『聖戦(Holy War)』は発表当時から凄い曲だなと心臓を鷲掴みにされたような衝撃があって、それでいて戦おうとしている人に寄り添ってくれるような曲でもある。気合いを入れないとダメだと思うようなシーンの撮影前に聴いて、力をもらっています。
(文=石井隼人、撮影=村松巨規)
ヘアメイク:ナライユミ (ローマ字:Yumi Narai)
スタイリスト:清水奈緒美(ローマ字:Naomi Shimizu)
映画『熱のあとに』予告編
言葉と濃密に向き合った、初めての経験
──橋本さんが演じた沙苗は、笑顔を封印した重苦しい表情が続くキャラクターでしたね。 沙苗は心の中でずっと泣いているような女性なので、演じている私も撮影中はずっとつらい気持ちが継続していました。最初はセリフにある言葉の意味をそのまま感情や表情に乗せてみようと思いましたが、山本英監督から「もっと夢の中にいるような感覚で」という指摘がありました。それを受けて沙苗は抱えている感情と出力されるものにズレがある人だと理解して、演じる上では内面の感情を表には出さないように意識し、今まで経験したことのない感覚で演じました。 ──オファーの状況もこれまで経験されたことのないものだったそうですね? プロデューサーもいて制作も決まっている状態でのオファーが一般的ですが、今回は山本英監督、そしてイ・ナウォンさんの脚本しかありませんでした。山本監督からは私を沙苗にと思った理由を書かれたお手紙をいただきました。何もないまっさらな状態でこの役を自分にと思ってくれたのが嬉しかったですし、作品を作りたいという熱い想いを持ってオファーをしてくださるなんて、俳優としてこれ以上ないこと。脚本を読む前の段階から「絶対にやりたい!」と思いました。撮り直しのきかない一発本番シーンで極寒入水
──劇中では入水する場面もありましたね。画からも寒さが伝わってきました! 極寒の11月に撮影がありました。湖に入ったときはあまりの冷たさに足がもげるかと思いましたね。カットがかかった瞬間、ダッシュで湖の外に出ました。……というのは自分の気持ちの中だけの話で、本番中は歩けたのにカットがかかった途端に寒さで動けなくなり、スタッフの方に連れ出される形で湖を出ました。あたたかい部屋に連れて行ってもらって、あたたかい肉まんを食べて体を回復させました。でも私以上に大変だったのは、スタッフの皆さんです。撮り直しのきかないまさに一発本番のシーンだったので、午前中から助監督の方が入水して何度もカメラテスト。照明機材が潤沢ではなかったことから、対岸から車のライトを当てるという方法で、苦労しながら効果的なライティングも生み出してくれました。沙苗の精神状態もギリギリの場面だったので、緊張感の熱が渦巻いているような撮影でした。心臓を鷲掴みにされたような衝撃―気合いを注入するための1曲は?
──昨年は水野良樹さんが主宰する『HIROBA』にて「ただ いま(with 橋本愛)」の作詞を手掛けられましたね。 文字数を気にせずに詩のような形態のものを水野さんにお渡しして、作曲してもらったうえでニュアンスを変えるなどして共作させてもらいました。哲学者・鷲田清一さんの『「待つ」ということ』にインスピレーションを受けて詞を書きましたが、自分自身と向き合うことから逃げてしまったなと反省ばかりです(笑)。でもその反省を含めて、今後の自分自身のすべてに活かされる経験になりました。モノ作りにおいて「逃げること」は絶対に許されないことで、痛みを伴わないものは誰の心にも届かないと……。作詞に初挑戦して以降、音楽を聴く際に今まで以上に歌詞に注目して聴くようにもなりました。ただ いま(with 橋本愛) Music Video|HIROBA
女王蜂 『聖戦(Holy War)』Official MV