J-WAVEが共同プロデュースするオンラインマガジン「守破離 -SHUHARI-」。“守破離”とは剣道や茶道などの修業における段階を示したもの。「守」は、師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。「破」は、他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。「離」は、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階(※1)。
そんな“守破離”と“音”を切り口に人物のスタイルをリアルに掘り下げ、オリジナルインタビューをInstagramとJ-WAVE NEWSで配信していく。
(J-WAVE NEWS編集部)
仙人掌、ISSUGI、Mr.PUGによるMONJUである。ここ数年、ドラムループのサンプリングビートを軸とした楽曲が、ブーンバップと呼ばれるようになって久しい。彼らはオーセンティックでピュアなヒップホップビートをベースに、昨今のオルタナティブヒップホッププレイリストに分類されるような、創造性あふれるラップミュージックを自らのレーベル「Dogear Records」の旗本で、黙々と生み出し続けている。『CONCRETE GREEN 2』で紹介され、ぶっといドラムの打ち込みとともにリスナーの耳元へと登場したその瞬間から、その存在感は唯一無二。センセーショナルかつアンタッチャブルなアーティストとして、孤高のスタイルを築きあげてきた。
ヒップホップはまさに「守破離」という言葉の持つ意味に通ずる要素が数多くある音楽だ。執筆時点で国内で著名なヒップホップアーティスト同士のビーフ(抗争)が話題を呼んでいる。場外でのトラッシュトークや、相手を罵倒し自らの意思を主張する作品の応酬は、ヒップホップのひとつの側面であり醍醐味でもある。しかし、そこから実際の暴力へ発展してしまうケースがあるというのも、世界規模でヒップホップ文化が抱えている問題だ。ヒップホップが生まれて50年を迎えた。暴力性をも孕む音楽ジャンルでありながら、彼らはその創造性に魅せられ、受け継ぎ、信念とともに独自のスタイルを持ってキャリアを築いている。ISSUGIとMr.PUG、彼らにとっての「守破離」を、ヒップホップを通じて紐解いていきたい。
ISSUGI:中学1年生くらいの頃からスケボーやってたんで、スケートビデオをよく観ていて、そこに流れてた音楽がカッコ良いなって感じたのが最初です。
Mr.PUG:ISSUGIと一緒で、スケボーからですね。ISSUGIと同じ中学校、同じ学年だったこともあって、スケボー仲間たちと海外や国内のスケートビデオをシェアしていて、ヒップホップも同じように情報交換して聴くようになったって感じです。
──ヒップホップやスケートボードをしていく中で自分たちの師のような存在や、特に影響を受けた人物はいますか?
ISSUGI:1人を挙げるっていうのはめちゃくちゃ難しいね。
Mr.PUG:それこそ、ヒップホップカルチャーってことで言うとラップやっていない人、プレイヤーじゃない人でもカッコいいと思う人や、リスペクトする人がいるから。
ISSUGI:断定しにくいね(笑)。それこそ“ヒップホップそのもの”を好きになったって感じだから。
Mr.PUG:カルチャー全部含めて。
──「守破離」のテーマ的には、お二人の師がヒップホップカルチャーそのもの。というのはとても素敵だと思います。
ISSUGI:ヒップホップはまさに「守破離」の側面が強いと思います。守って、自分なりに破って、独立したスタイルを作っていく。いいものを盗んで、自分のものにするっていう。全くコピーするわけではなくて、自分なりに解釈して磨いて自分のものにしていく。そういうことはお互いにやってきたと思う。
──ISSUGIさんは16FLIPとしてビートメイキングやDJもやられていて、Mr.PUGさんもDJ/MCとして活動しています。ひとつのことだけでなくマルチな経歴を持つことになった背景にはどんな理由がありますか?
ISSUGI:いちばん最初はラップからやり始めて、ヒップホップの要素でもあるDJ、グラフィティ、ダンスは俺はやったことはないんだけど、やっぱり見ていてかっこいいな。って思った。好きなものはやってみたいっていうのが単純にあったんだよね。
Mr.PUG:ヒップホップってまとめて全部ひとつだったから、自然な流れだったと思う。そもそも一体化しているものだから分けて考えるっていうことを逆にしなかった。
ISSUGI:わかりやすく、スクラッチがカッコいいっていうのはあったよね。スクラッチって、ヒップホップ発祥でヒップホップにしかない独自の表現じゃないですか。だから「スクラッチやりてえ」ってなって、ターンテーブル持っている友達の家とかで触らせてもらったりしてた。
──仙人掌さんを含め、3人でMONJUを始めた経緯を教えてください。
ISSUGI:友達のラッパーがいて、そいつがコンピレーションみたいなのを作りたいって言って作ったんだよね。そこにヒデオ(※仙人掌)とPUGと俺の3人で作った曲が入っているんだけど、その曲を作った後に仙人掌が3人でやろうって持ちかけてくれたことがきっかけです。
Mr.PUG:もともと俺とISSUGIの友達で同じ中学校だったやつが、高校入ったときにイベントをやっていて、そのライブに仙人掌が出てたんだよね。自分らもそこに遊びに行ったりしていたんだけどHAKUCHUMU(白昼夢)のヤヒコ(MONJUとはともに後述のDogear Record所属。同DOWN NORTH CAMPにも参加)とか今の友達がいっぱいいる場所で、接点を持つようになって、一緒にやるようになったことがきっかけ。
──お二人の師はヒップホップ、さらに原点はスケートボードということを最初にお聞きしましたが、おっしゃる通り、ヒップホップはダンスやグラフィティといったカルチャーと密接にリンクしています。お二人にとってダンスやグラフィティはどのような存在でしょうか?
Mr.PUG:攻めている人が多くてかっこいいと思います。スケートボードやラップにも通ずるものがあるというか、自分のスタイルを作ってそれを表現するってことは表現する方法は違ってもカッコいい。アートっていう側面もあるけど、体現するっていうことがシンプルに攻めてると思う。
ISSUGI:ダンスもスケボーもそうだけど、一般的にスポーツと呼ばれるものの中においても制限が少ないと思うんですよ。点数を付けるものだけじゃ計れないというか。技術もそうだけどセンスとかも重要で、どういう動きをしているか、どういうトリックをどういう流れで決めるのか。身につけている洋服なんかも含めて、人となりが伝わってくる。それが“スタイル”であり、それを学んだものですね。
──今でもお二人はスケボーが生活に根差していると思うんですが、どういったときにスケボーに乗りますか?
ISSUGI:基本的にいつもやりたいっすね。やりたくなったら乗る。
ISSUGI:個人的には『CONCRETE GREEN』*ですね。SEEDAくんや(DJ)ISSOくんが、仙人掌やMONJUの曲を入れてくれたというのがフックアップという意味では間違いなく大きいし、認知度という点においても、ハマった気がしました。
*SEEDA & DJ ISSOによるMix CDシリーズ。『CONCRETE GREEN』はシリーズ13作(ナンバリングタイトル11作+クリスマス仕様特別盤「WHITE CHRISTMAS」+DJ KENNを迎えた「THE CHICAGO ALLIANCE」)があり、「日本一売れたミックスCD」(P-VINEサイト2014年のエントリー参照)と冠がつくほど当時のヒップホップリスナーから絶大な支持を受け、今なおカルト的人気を誇る。
──ISSUGIさんは「KOK(KING OF KINGS)」でも実績を残されていますよね?
ISSUGI:それはここ5年、6年くらいの話で『CONCRETE GREEN』はもっと前の2006年頃。当時もMCバトルに出たり、曲を作ってライブをしたり実績を積み重ねてはいたけど、決定的だったのは「CONCRETE GREEN」だったと思います。
──PUGさんはいかがでしょうか?
Mr.PUG:自分も挙げるなら同じ時期ですね。SEEDAくんのフックアップももちろんなんですけど、その頃に自分たちの「Dogear Records」っていう今のレーベルを立ち上げたんですよ。よそのレーベルに入って音源を出すっていうのも、アーティストとしてひとつのやり方であると思うけど「自分らでやりな」って周りのみんなが言ってくれて。
──いきなりレーベルを立ち上げて、運営を軌道に乗せて今まで続けているというのはそれこそ苦労されたんではないかと思います。
Mr.PUG:最初はいろいろな人が、やり方を自分らに教えてくれたんです。周りの人たちもたぶん自分らの人間性を見てくれていて、自分らもいろいろなことを周りの人たちから学んで吸収しながらやっていきました。音源を作って、自分たちの手でお店を回って、CD持っていって置いてもらったり。そういったことを地道に繰り返していって徐々に広まっていった。それがちょうどSEEDAくんにフックアップしてもらったタイミングで、そこからずっと変わらずにD.I.Yの精神でやってきていることが、自分らの強みでもあると思う。
──ご自身たちのスタイルを貫きながら、インディペンデントなかたちで活動してきたお二人には、今後の展望や実現したいことはありますか?
ISSUGI:これっていう展望はなくて、今さら言うことでもないけど俺、音楽作るの好きなんで。ずっとやり続けていきたい。自分が良いって思う曲をこれからも作りたいし、それをリリースして、聴いてくれる人に伝えられたらそれがいちばん良い。
Mr.PUG:自分も同じですね。音楽とずっと関わっていきたいし、自分の人生から音楽がなくなる瞬間を想像したことがない。身体が続く限りはやり続けたいと思っています。
──最後に、ISSUGIさんとPUGさんの中の1曲、もしくは1枚を教えてください。
ISSUGI:これ、めっちゃムズいな(笑)
Mr.PUG:じゃあ俺から先に言わせてもらうと、今年出たJ(JJJ)のアルバム(『MAKTUB』)は最高でしたね。
ISSUGI:俺は、A-Mafiaの「True to My Team」って曲だな。SCRATCH NICE(DJ SCRATCH NICE、Dogear Records所属)がちょっと前にかけていて初めて知ったんだけど、すごい心に響いてます。2013年、ちょうど10年前にリリースされた曲で自分のクルー、つまり仲間達に向けて歌っている内容なんですけど、一緒に上がっていこうぜっていう意思が伝わってきて最高です。
FEBB(FEBB as Young Mason。KID FRESHINOやJJJとともにMC兼トラックメイカーユニットFla$hBackSを結成)が同じ曲名の楽曲を出しているんだけど、きっとFEBBもこの曲が好きで、ここから取ったんだろうなって想像しながら聴いています。
ちょうどこの原稿を書いている数日の間に“20年前のヒップホップ”についての議論が熱を帯びていた。その発端であるSNSでの投稿について詳細を明記することは差し控えるが、それを機に当時のヒップホップの様子を振り返る投稿が溢れたのは大変に興味深かった。前提として、議論の内容にも是非にも興味はない。けれど、話題を取り巻く熱量たるや凄まじく、中には当時発行されていたヒップホップ音楽専門誌「blast」の表紙まで引っ張り出してくる猛者もいたほどである。
20年前、筆者が当時のヒップホップカルチャーの熱に当てられていたのは明白だ。いわゆるヘッズである。誰がなんと言おうと、それを自分が認識していればそれで良い。時は流れ、時代とともに成熟しながら今なおその頃と変わらない熱さで、ヒップホップに真摯に向き合うアーティストは間違いなく存在する。有名無名に関わらず誰も彼もがSNSで何か言わなきゃ気が済まない時代において、その全てのエネルギーを作品に注ぎ込む。スタイルや表現は違えど、試行錯誤を重ねながら、謙虚に寡黙に積み重ねられてきた作品が、鼓膜を通じて人々の胸を打つのだ。そんなアーティストたちこそが、真に文化を紡ぎ、20年後も聴き継がれ、語り継がれていくのでは。と、個人的には思う。今回「守破離」のインタビューに応えてくれたISSUGI、Mr.PUGもまた、そんなライフストーリーを体現してきた稀有なアーティストではないだろうか。
Text:Tomohisa“Tomy”Mochizuki
Interview:Gaku Jungnickel
Photo:Tomofumi Sugiyama
PROFILE
ISSUGI
東京都練馬区出身のラッパー / ビートメーカー。
中学の頃に出会ったスケートボードの影響からヒップホップを聴き始め、自身もリリックを書き、曲を作り始める。MONJU、SICK TEAM、BES & ISSUGI等としても作品を出し続け 16FLIP名義では、ビートメイクやDJもこなす。ソロを含めこれまでに多数のアルバムやミックス作品をリリース。2022年7月にソロ9thアルバム「366247」をリリース。東京Dogear RecordsをRepresent。
WEB SITE/X
Mr. PUG
MONJU No.3 / DOGEAR RECORDSのメインブレイン。 出身は” FAR EAST TOKYO” 江戸川区西葛西、団地育ち。 とらえるレンジは広いが狙いはピンポイント。そのクールな印象の裏には大きなパッションを持っている。 容易に捉えることの出来ないキャラクターがスピットするラップはPUREで独特の美しさを持っており、彼の近くの人はMr.PUGのラップをエモーショナルだと時に言う。 自身の理論に基づき作られるそのHIP HOPは今日も時を刻んでいる。
X/Instagram
「守破離 -SHUHARI-」
ー師から学び、型を破り、確立するー
"守破離"を切り口に「人」のスタイルをリアルに掘り下げるオンラインマガジン
https://www.instagram.com/shuhari_official/
そんな“守破離”と“音”を切り口に人物のスタイルをリアルに掘り下げ、オリジナルインタビューをInstagramとJ-WAVE NEWSで配信していく。
(J-WAVE NEWS編集部)
ヒップホップと「守破離」は通ずるものがある
もうすぐ2024年に差し掛かる年の瀬。今から約18年ほど前、SEEDAとDJ ISSOによるミックスCDシリーズ『CONCRETE GREEN』をリアルタイムで聴いていた者にとって、その衝撃は忘れられない。仙人掌、ISSUGI、Mr.PUGによるMONJUである。ここ数年、ドラムループのサンプリングビートを軸とした楽曲が、ブーンバップと呼ばれるようになって久しい。彼らはオーセンティックでピュアなヒップホップビートをベースに、昨今のオルタナティブヒップホッププレイリストに分類されるような、創造性あふれるラップミュージックを自らのレーベル「Dogear Records」の旗本で、黙々と生み出し続けている。『CONCRETE GREEN 2』で紹介され、ぶっといドラムの打ち込みとともにリスナーの耳元へと登場したその瞬間から、その存在感は唯一無二。センセーショナルかつアンタッチャブルなアーティストとして、孤高のスタイルを築きあげてきた。
ヒップホップはまさに「守破離」という言葉の持つ意味に通ずる要素が数多くある音楽だ。執筆時点で国内で著名なヒップホップアーティスト同士のビーフ(抗争)が話題を呼んでいる。場外でのトラッシュトークや、相手を罵倒し自らの意思を主張する作品の応酬は、ヒップホップのひとつの側面であり醍醐味でもある。しかし、そこから実際の暴力へ発展してしまうケースがあるというのも、世界規模でヒップホップ文化が抱えている問題だ。ヒップホップが生まれて50年を迎えた。暴力性をも孕む音楽ジャンルでありながら、彼らはその創造性に魅せられ、受け継ぎ、信念とともに独自のスタイルを持ってキャリアを築いている。ISSUGIとMr.PUG、彼らにとっての「守破離」を、ヒップホップを通じて紐解いていきたい。
ヒップホップそのものが“師”である
──まずは、お二人がヒップホップに触れたきっかけを教えてください。ISSUGI:中学1年生くらいの頃からスケボーやってたんで、スケートビデオをよく観ていて、そこに流れてた音楽がカッコ良いなって感じたのが最初です。
Mr.PUG:ISSUGIと一緒で、スケボーからですね。ISSUGIと同じ中学校、同じ学年だったこともあって、スケボー仲間たちと海外や国内のスケートビデオをシェアしていて、ヒップホップも同じように情報交換して聴くようになったって感じです。
──ヒップホップやスケートボードをしていく中で自分たちの師のような存在や、特に影響を受けた人物はいますか?
ISSUGI:1人を挙げるっていうのはめちゃくちゃ難しいね。
Mr.PUG:それこそ、ヒップホップカルチャーってことで言うとラップやっていない人、プレイヤーじゃない人でもカッコいいと思う人や、リスペクトする人がいるから。
ISSUGI:断定しにくいね(笑)。それこそ“ヒップホップそのもの”を好きになったって感じだから。
Mr.PUG:カルチャー全部含めて。
──「守破離」のテーマ的には、お二人の師がヒップホップカルチャーそのもの。というのはとても素敵だと思います。
ISSUGI:ヒップホップはまさに「守破離」の側面が強いと思います。守って、自分なりに破って、独立したスタイルを作っていく。いいものを盗んで、自分のものにするっていう。全くコピーするわけではなくて、自分なりに解釈して磨いて自分のものにしていく。そういうことはお互いにやってきたと思う。
──ISSUGIさんは16FLIPとしてビートメイキングやDJもやられていて、Mr.PUGさんもDJ/MCとして活動しています。ひとつのことだけでなくマルチな経歴を持つことになった背景にはどんな理由がありますか?
ISSUGI:いちばん最初はラップからやり始めて、ヒップホップの要素でもあるDJ、グラフィティ、ダンスは俺はやったことはないんだけど、やっぱり見ていてかっこいいな。って思った。好きなものはやってみたいっていうのが単純にあったんだよね。
Mr.PUG:ヒップホップってまとめて全部ひとつだったから、自然な流れだったと思う。そもそも一体化しているものだから分けて考えるっていうことを逆にしなかった。
ISSUGI:わかりやすく、スクラッチがカッコいいっていうのはあったよね。スクラッチって、ヒップホップ発祥でヒップホップにしかない独自の表現じゃないですか。だから「スクラッチやりてえ」ってなって、ターンテーブル持っている友達の家とかで触らせてもらったりしてた。
ISSUGI:友達のラッパーがいて、そいつがコンピレーションみたいなのを作りたいって言って作ったんだよね。そこにヒデオ(※仙人掌)とPUGと俺の3人で作った曲が入っているんだけど、その曲を作った後に仙人掌が3人でやろうって持ちかけてくれたことがきっかけです。
Mr.PUG:もともと俺とISSUGIの友達で同じ中学校だったやつが、高校入ったときにイベントをやっていて、そのライブに仙人掌が出てたんだよね。自分らもそこに遊びに行ったりしていたんだけどHAKUCHUMU(白昼夢)のヤヒコ(MONJUとはともに後述のDogear Record所属。同DOWN NORTH CAMPにも参加)とか今の友達がいっぱいいる場所で、接点を持つようになって、一緒にやるようになったことがきっかけ。
──お二人の師はヒップホップ、さらに原点はスケートボードということを最初にお聞きしましたが、おっしゃる通り、ヒップホップはダンスやグラフィティといったカルチャーと密接にリンクしています。お二人にとってダンスやグラフィティはどのような存在でしょうか?
Mr.PUG:攻めている人が多くてかっこいいと思います。スケートボードやラップにも通ずるものがあるというか、自分のスタイルを作ってそれを表現するってことは表現する方法は違ってもカッコいい。アートっていう側面もあるけど、体現するっていうことがシンプルに攻めてると思う。
ISSUGI:ダンスもスケボーもそうだけど、一般的にスポーツと呼ばれるものの中においても制限が少ないと思うんですよ。点数を付けるものだけじゃ計れないというか。技術もそうだけどセンスとかも重要で、どういう動きをしているか、どういうトリックをどういう流れで決めるのか。身につけている洋服なんかも含めて、人となりが伝わってくる。それが“スタイル”であり、それを学んだものですね。
──今でもお二人はスケボーが生活に根差していると思うんですが、どういったときにスケボーに乗りますか?
ISSUGI:基本的にいつもやりたいっすね。やりたくなったら乗る。
D.I.Yの精神を貫いていることが強み
──お二人がアーティストとして音楽活動をする中で、認知度を広げたターニングポイントや逆に挫折したことなど、教えてください。ISSUGI:個人的には『CONCRETE GREEN』*ですね。SEEDAくんや(DJ)ISSOくんが、仙人掌やMONJUの曲を入れてくれたというのがフックアップという意味では間違いなく大きいし、認知度という点においても、ハマった気がしました。
*SEEDA & DJ ISSOによるMix CDシリーズ。『CONCRETE GREEN』はシリーズ13作(ナンバリングタイトル11作+クリスマス仕様特別盤「WHITE CHRISTMAS」+DJ KENNを迎えた「THE CHICAGO ALLIANCE」)があり、「日本一売れたミックスCD」(P-VINEサイト2014年のエントリー参照)と冠がつくほど当時のヒップホップリスナーから絶大な支持を受け、今なおカルト的人気を誇る。
──ISSUGIさんは「KOK(KING OF KINGS)」でも実績を残されていますよね?
ISSUGI:それはここ5年、6年くらいの話で『CONCRETE GREEN』はもっと前の2006年頃。当時もMCバトルに出たり、曲を作ってライブをしたり実績を積み重ねてはいたけど、決定的だったのは「CONCRETE GREEN」だったと思います。
──PUGさんはいかがでしょうか?
Mr.PUG:自分も挙げるなら同じ時期ですね。SEEDAくんのフックアップももちろんなんですけど、その頃に自分たちの「Dogear Records」っていう今のレーベルを立ち上げたんですよ。よそのレーベルに入って音源を出すっていうのも、アーティストとしてひとつのやり方であると思うけど「自分らでやりな」って周りのみんなが言ってくれて。
──いきなりレーベルを立ち上げて、運営を軌道に乗せて今まで続けているというのはそれこそ苦労されたんではないかと思います。
Mr.PUG:最初はいろいろな人が、やり方を自分らに教えてくれたんです。周りの人たちもたぶん自分らの人間性を見てくれていて、自分らもいろいろなことを周りの人たちから学んで吸収しながらやっていきました。音源を作って、自分たちの手でお店を回って、CD持っていって置いてもらったり。そういったことを地道に繰り返していって徐々に広まっていった。それがちょうどSEEDAくんにフックアップしてもらったタイミングで、そこからずっと変わらずにD.I.Yの精神でやってきていることが、自分らの強みでもあると思う。
──ご自身たちのスタイルを貫きながら、インディペンデントなかたちで活動してきたお二人には、今後の展望や実現したいことはありますか?
ISSUGI:これっていう展望はなくて、今さら言うことでもないけど俺、音楽作るの好きなんで。ずっとやり続けていきたい。自分が良いって思う曲をこれからも作りたいし、それをリリースして、聴いてくれる人に伝えられたらそれがいちばん良い。
Mr.PUG:自分も同じですね。音楽とずっと関わっていきたいし、自分の人生から音楽がなくなる瞬間を想像したことがない。身体が続く限りはやり続けたいと思っています。
──最後に、ISSUGIさんとPUGさんの中の1曲、もしくは1枚を教えてください。
ISSUGI:これ、めっちゃムズいな(笑)
Mr.PUG:じゃあ俺から先に言わせてもらうと、今年出たJ(JJJ)のアルバム(『MAKTUB』)は最高でしたね。
FEBB(FEBB as Young Mason。KID FRESHINOやJJJとともにMC兼トラックメイカーユニットFla$hBackSを結成)が同じ曲名の楽曲を出しているんだけど、きっとFEBBもこの曲が好きで、ここから取ったんだろうなって想像しながら聴いています。
20年前、筆者が当時のヒップホップカルチャーの熱に当てられていたのは明白だ。いわゆるヘッズである。誰がなんと言おうと、それを自分が認識していればそれで良い。時は流れ、時代とともに成熟しながら今なおその頃と変わらない熱さで、ヒップホップに真摯に向き合うアーティストは間違いなく存在する。有名無名に関わらず誰も彼もがSNSで何か言わなきゃ気が済まない時代において、その全てのエネルギーを作品に注ぎ込む。スタイルや表現は違えど、試行錯誤を重ねながら、謙虚に寡黙に積み重ねられてきた作品が、鼓膜を通じて人々の胸を打つのだ。そんなアーティストたちこそが、真に文化を紡ぎ、20年後も聴き継がれ、語り継がれていくのでは。と、個人的には思う。今回「守破離」のインタビューに応えてくれたISSUGI、Mr.PUGもまた、そんなライフストーリーを体現してきた稀有なアーティストではないだろうか。
Text:Tomohisa“Tomy”Mochizuki
Interview:Gaku Jungnickel
Photo:Tomofumi Sugiyama
PROFILE
東京都練馬区出身のラッパー / ビートメーカー。
中学の頃に出会ったスケートボードの影響からヒップホップを聴き始め、自身もリリックを書き、曲を作り始める。MONJU、SICK TEAM、BES & ISSUGI等としても作品を出し続け 16FLIP名義では、ビートメイクやDJもこなす。ソロを含めこれまでに多数のアルバムやミックス作品をリリース。2022年7月にソロ9thアルバム「366247」をリリース。東京Dogear RecordsをRepresent。
WEB SITE/X
MONJU No.3 / DOGEAR RECORDSのメインブレイン。 出身は” FAR EAST TOKYO” 江戸川区西葛西、団地育ち。 とらえるレンジは広いが狙いはピンポイント。そのクールな印象の裏には大きなパッションを持っている。 容易に捉えることの出来ないキャラクターがスピットするラップはPUREで独特の美しさを持っており、彼の近くの人はMr.PUGのラップをエモーショナルだと時に言う。 自身の理論に基づき作られるそのHIP HOPは今日も時を刻んでいる。
X/Instagram
「守破離 -SHUHARI-」
ー師から学び、型を破り、確立するー
"守破離"を切り口に「人」のスタイルをリアルに掘り下げるオンラインマガジン
https://www.instagram.com/shuhari_official/
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