誰しも感じたことがある「皮膚のかゆみ」。身近な感覚である分、たとえ疾患による激しいかゆみに見舞われたとしても、深刻な病ではないと高をくくる人もいるかもしれない。しかし、疾患の種類によっては、日常生活に支障をきたすほど深刻なケースもあることをご存じだろうか?
かゆみが激しい皮膚疾患のひとつが「結節性痒疹」(けっせつせいようしん)だ。ひとたび罹患すれば、昼夜問わず猛烈なかゆみに襲われ、そのせいで食事は喉を通らず、睡眠もままならない場合さえある。また、発症原因がはっきりとはわかっていないために確たる予防法が存在せず、誰でも発症する可能性がある。症状を改善する方法はあるのか、そして、身近な人が患った場合どのように接するべきなのか――。結節性痒疹の実態・正しい対処法を知るべく今回、医師にインタビューを実施した。
お話をうかがったのは、獨協医科大学皮膚科主任教授・井川健(いがわ・けん)氏。聞き手は、J-WAVEナビゲーターの山中タイキが務めた。
「皮膚科の疾患の中で最大のかゆみ」当事者の悩みは
聞き慣れない「結節性痒疹」という疾患。井川教授によると、発症するのは子どもよりも成人のほうが多く、特に中年以降、男性よりも女性によく見られるという。(※1)そのかゆみは想像を絶するほど激しく、患者さんの人生にも大きな影響を与えてしまうそうだ。山中:「結節性痒疹」という疾患を今回、初めて知りました。まずは、この皮膚病がどのような特徴、症状のものなのか教えてください。
井川:結節性痒疹は、皮膚に独立した直径1cm程度のもりあがりがポツポツと出現し、激しいかゆみが生じる疾患です。かゆい→掻き壊す→炎症が進む→さらにかゆくなる……といった悪循環が生じる、なかなか治らない慢性疾患として知られています。また、湿疹のように、掻いているうちにブツブツ(結節)がくっついたり、広がったりするようなことがなく、一つひとつ孤立しているという特徴もあります。患者さんのお話をうかがっていると、そのかゆみは想像を絶するレベルです。四六時中かゆみに悩まされ、夜も眠れず、ご飯も喉を通らない……という状態になってしまうこともあります。肌の状態が変化してしまうので、見た目にも悩まされる疾患ですが、同等かそれ以上に肉体的なつらさがある。皮膚科の疾患の中で最大のかゆみと言えると思います。
<結節性痒疹の症状をイメージ化したもの。結節性痒疹になるきっかけがわからないことも多いが、最近は慢性的に続くかゆみのせいで皮膚を長い間ずっと搔きむしってしまうために起きるのではないか、と考えられるようになってきた。搔くとブツブツができやすくなるので、「反応性」の皮膚疾患と言われることもある。>
井川:結節性痒疹の患者さんは、それ以外は健康であっても、かゆみのせいで元気を失っている方が多くいらっしゃいます。ぐたっとしてしまい、症状が発現する前の顔つき、振る舞いとはまったく違う状態になられているように感じます。
山中:その人の人物像をも変えてしまうほどの疾患であると。それだけのかゆさであれば、仕事や普段の生活にも差し支えるのでは。
井川:人生で経験したことのないようなかゆみを寝ても覚めても感じている状況になるわけですから、日常生活もままならないですよね。仕事をしている患者さんですと、かゆみのせいで業務に集中できない、人付き合いに積極的になりにくいといった問題が生じ、これまで通りに働くことが困難なケースもあります。場合によっては病気休暇を取る必要も出てくるでしょう。そのうえでの問題点は、結節性痒疹の存在、症状が一般的に広く知られていないことです。たとえば、職場で「結節性痒疹で仕事ができません。症状は、かゆみです」と答えた場合、果たして納得してくれるのか……という問題が発生することも考えられますよね。
山中:つい自分が想像できる程度のかゆみをイメージしてしまい、本人のつらさを真っ直ぐに受け止められない人もいるかもしれません。
井川:「かゆみ」と一口に言っても、疾患の種類も症状の程度もさまざまであることを、当事者ではない方々にも知っていただき、少しずつでも理解してもらいたいというのが、皮膚科医としての本音です。
山中:自分の症状を周囲が理解してくれていると実感できれば、人目が気になるというつらさが少しだけやわらぐかもしれない。認知が広まることの大切さを感じます。
<結節性痒疹に罹患すると、強いかゆみなどの症状により、眠れなくなったり、会社を欠勤したりするなどQOL(生活の質)や精神面に悪影響が生じる。出典:(1) Pereira MP, et al. J Eur Acad Dermatol Venereol 2020; 34(10): 2373-2383(2)Murota H, et al. Allergol Int 2010; 59(4): 345-354 より作図>
「薬を全身に塗る」ことも、生活の負担になる
結節性痒疹の治療は、最初に “塗り薬”である「ステロイド外用剤」や「外用免疫抑制剤」が用いられることが多いと井川教授は語る。井川:その他には、保険適用外になりますが、ビタミンDの外用薬も使用されます。このほかには、メントールなどを含むスッとするお薬や、逆に皮膚に塗ると痛くなるカプサイシン入りのお薬を用いることもあります。外用剤以外ですと、医療用の紫外線を当てる「紫外線療法」や免疫を抑制する飲み薬なども治療法として一般的です。
<皮膚科学の診察、研究、教育に取り組む、獨協医科大学皮膚科主任教授の井川健氏。東京医科歯科大学医学部医学科卒業。同大学院に進み、ドイツのボン大学への留学を経て卒業。東京医科歯科大学、大阪大学に所属したのち、2017年から現職>
井川:今お伝えしたような塗り薬を必ず塗っていただいています。あとは、お風呂でゴシゴシと強く身体を洗わないことくらいでしょうか。このように、できることは限られていますが、全身にできる疾患なので、一日一回塗り薬を塗るにしても、30分くらいはかかってしまいます。毎日続けるだけでも、患者さんにとっては相当な負担になるんですよね。
山中:なるほど。僕には5歳と2歳になる子どもがいて、2人ともアレルギー性皮膚炎なので、毎日、朝起きたときとお風呂あがりに外用薬を全身に塗ってあげているんですが、たしかに大変な作業です。夜、かゆくて寝られないということも多々ありますし。結節性痒疹は、それよりずっと困難な状況だと考えると……。患者さんが抱える苦労を「理解する」という言葉を使うことすら、憚られるように感じます。
<J-WAVEナビゲーターの山中タイキ>
患者にどう寄り添うべきか?
身近に患者がいる場合、周囲はどのように接するべきか。井川:まずは、結節性痒疹のかゆみが大変なもので、耐えがたいほどの苦痛であると知っておくことが肝要です。かゆみが極まった状態になると、性格も変わってしまうケースもある。結節性痒疹がそれくらいの疾患であると理解しておくことで、罹患している人の態度が豹変したとしても、「そういうものだ」と納得できるのではないでしょうか。
また、結節性痒疹の患者さんは一日中、身体を搔いています。ひどいアトピー性皮膚炎を患っている人も同じような状態になりますが、結節性痒疹の患者さんはそれ以上です。もちろん、掻かないで済むのであれば、それに越したことはありません。しかし、身体を掻くのを制止することは難しいので、無理に我慢させず、ストレスを与えないことも大事ではないかと思います。
山中:先生のお話を聞いていて、「かゆい」という感覚を軽んじてはいけないと、改めて思いました。理解を深めて、適切な配慮をすることが大切ですね。
<井川教授曰く、結節性痒疹は、大学病院でなくても皮膚科の専門医であれば、さほど迷わずそれと診断できるという。同疾患の疑いがある場合は、最寄りの皮膚科のクリニック・病院に相談することが重要だ>
治療で「いい状態」をキープできれば、人生が取り戻せる
井川教授によると、治療を続けた結果症状が緩和され、日常生活を問題なく送っている患者もいるそうだ。井川:私の患者さんの中には、長らく結節性痒疹に苦しんでいたものの、根気強くお薬を使っていった結果、症状が大きく改善し「かゆみのない生活を何年かぶりに送った」と感激されていた方もいました。また、慢性的なかゆみから解放された結果、様々なことにレジャーを楽しもうというポジティブな気持ちを取り戻して、「このあいだ温泉へ行ってきたんですよ」と伝えてくれた方もいましたね。
山中:それはうれしいですね!
井川:結節性痒疹の患者さんを診ていると、何かをしようという心の余裕がなくなる方が多い印象を受けます。その原因は、症状の辛さもある反面、見た目を気にして「自分の身体を人に見せたくない」という思いもあるのではないかと。実際、症状が改善した方と雑談をしていると、「夏場に半袖を着られるようになった」などの話をよく聞きます。結局、かつて日常の中で何気なくやっていたことを、治療によって再びできるようになるのが一番幸せなのかもしれません。
山中:症状が改善することで、患者さんは、自分の人生を取り戻した感覚が得られるのですね。
井川:そうだと思います。医療の最終目標は「完治させる」ということになると思うのですが、病気は意外と完治まで至らない場合も多くあります。皮膚疾患もそうです。負担がかからなくて安全性が高く、治療効果があるお薬および治療法でどれくらい良い状態をキープできるかが、今は勝負だと思います。
<治療後のイメージ図>
正しい情報はどこで得るべきか?
結節性痒疹をはじめとした皮膚疾患の治療において大切なことは、正確な情報を取得することだ。患者やその家族にとって、もっとも信頼のおける情報源は主治医だろう。他方、もっとも手軽な情報源としてインターネットが挙げられる。真実もデマも入り混じった雑多な情報群の中で、井川教授が有用だと考えるWEBサイトとは何か。山中:インターネット上には多種多様な医療関連の情報が溢れていて、それらの中から有効か否かを見極めなければなりません。皮膚科の分野であれば、たとえば、製薬会社のサノフィが運営するアレルギーに関する情報サイト「アレルギーi」では、結節性痒疹をはじめとした様々な皮膚疾患に関する知識を得ることができます。そういった製薬会社が展開するWEBサイトは、情報ソースとしていかがですか?
井川:有効だと思います。患者さんもご家族も、疾患や症状の正しい理解に繋がるはずです。
<「アレルギーi」は、専門医による監修のもと、アトピー性皮膚炎、痒疹、副鼻腔炎、喘息などの情報をまとめたWEBサイト。各疾患の特徴や治療法、患者さんの声などを紹介するほか、アレルギー疾患で悩む人に向けた「WEBで参加する市民公開講座」もサイト内で実施している>
井川:僕のおすすめは日本皮膚科学会のHPです。そこにある「一般市民の皆様」というページには、「あかさたな」順で様々な疾患の説明が明記されています。同様に、目的とする情報にリーチできるかはわかりませんが、正確性という意味において、日本アレルギー学会をはじめとした学会のHPにおける「一般の方」向けのページを見てもらうことも良いと思います。
山中:最後になりますが、結節性痒疹で悩まれている方にメッセージをお願いします。
井川:皮膚科の分野は、10年前と比べると、疾患に対する考え方から対処方法まですべてが大幅に進歩しています。患者さんの中には「病院で診てもらってもしょうがないんじゃないか」という人もいるかもしれませんが、ちょっと騙されたと思って、病院に行ってみてもらいたいです。まずはお医者さんに自分の抱えている皮膚の疾患の話をする。それが第一歩となり、その病院に行くまで、あるいは、そのお薬を知るまでとは全く違う新しい人生が拓ける可能性があると思います。
(※1「佐藤貴浩ほか. 日本皮膚科学会ガイドライン 痒疹診療ガイドライン2020,日皮会誌:130(7),1607-1626,」)
(取材・文=小島浩平、撮影=竹内洋平)
審査番号:MAT-JP-2309037-1.0-12/2023
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