J-WAVEで放送中の番組『TAKRAM RADIO』(ナビゲーター:渡邉康太郎)。8月20日(木)のオンエアでは、Takramエディターの宮本裕人さんが番組に初登場。「ポストトゥルース・ポストコロナ時代のメディアとの付き合い方」をテーマにトークした。
雑誌『WIRED』の編集者を経てTakramのエディターとなった宮本さんは、2016年にオランダに拠点を置くウェブメディア『デ・コレスポンデント』に取材をした。同メディアの立ち上げ人であるロブ・ワインベルグさんが語った“3つの哲学”をご紹介しよう。
【参考】「事件」を見る代わりに「構造」を見よう。「今日」を見る代わりに「毎日」を見よう。『デ・コレスポンデント』はニュースをこう変える(『WIRED』)
ロブさんはもともと大手新聞社で働いていた。編集長を務めるメディアで、日々のニュースを素早く出すよりも、世の中で何が起きているかを読者に説明する方針に改革をしたが、その方向性の違いから解雇されてしまったという経歴を持つ。
宮本:『デ・コレスポンデント』創刊当時、ロブさんはテレビの生放送のトーク番組で、「自分はこれからこういうメディアを立ち上げます」と、オランダの人たちに呼びかけたんです。同時にクラウドファンディングで支援を呼びかけたら、1か月で1億7000万円が集まったんです。当時のジャーナリズムの歴史のなかでは、史上最高と言われています。
『デ・コレスポンデント』と既存のメディアの違いとはなんだろうか。
宮本:ロブさんは、自分たちの哲学を3つ挙げています。1つは「ニュースの定義を変えること」。これまでのニュースは、“今日”起きたことを伝えるもの。一方で『デ・コレスポンデント』は「“毎日”起きていることを伝えるためのメディア」だと、ロブさんは言っていました。わかりやすい例で言うと、気候変動ですね。
渡邉:確かに。
宮本:通常は「観測史上、最高気温を記録しました」など、年に1回、2回の大きなイベントしかニュースにならない。でも、気候変動は毎日起きていることです。その日々の経過を追っていくニュースの伝え方をするのが『デ・コレスポンデント』の1つの特徴です。2つ目は「読者と記者の関係を変えること」。今まで記者は、記事を書いてそれをパブリッシュ(発表)したら、自分の仕事はおしまいでした。これが『デ・コレスポンデント』の場合、「記事をパブリッシュするまでだと、記者としての仕事は半分だ」と言っています。記事をパブリッシュしたあと、読者とのインタラクション(相互作用)して、読者の会話をリードしていくこと、それが『デ・コレスポンデント』における、記者の役割だそうです。実際に『デ・コレスポンデント』は読者ではなく、コントリビューターと呼んでいます。記事を書いたことに対して、読者がさらに追加の情報やインサイトをコメント欄で教えてくれる、それによって読者と記者、読者と読者同士の議論がさらに深まっていく。そういう媒体を目指しています。
渡邉:これは完全有料で会員制だからやりやすいというのがありますよね。
宮本:そうですね、コミュニティを作っているからこそできることではあると思います。
渡邉:人数が限られていて、お金を払っていて、ニュースに関心がある、“野次馬感”というよりも、純粋に好奇心がある人たちが集っているというような前提があるかもしれないですね。
宮本:その通りだと思います。3つ目は「インディペンデントであること」。これは経済的な意味です。『デ・コレスポンデント』はウェブのメディアなんですが、広告を一切入れず、読者の購読料だけで賄っています。購読料は年間70ユーロなので、日本円だと大体9千円くらいです。創刊時には1万9千人のコントリビューターがいたんですが、今は6万人のメンバーシップにまで拡大しています。これはヨーロッパのなかでいちばん大きい規模だと言われています。
渡邉:広告を使うと、広告が表示されただけ広告主に還元できるからPVを競うことになる。そうすると、「スロージャーナリズム」より「ファストジャーナリズム」のほうが得意で、取材をたくさんやってられないので、日本の場合だとテレビで「このタレントがなにを発言した」というような、1、2行しかないような記事が量産されて、PVを稼ぐほうに偏っちゃいますよね。同時に、(そのネタが)事実かどうかより、PVを集めるかどうかのほうが大事だから、フェイクニュースみたいなものが生まれてくる。今回のテーマである「ポストトゥルース・ポストコロナ」という意味でいうと、このあたりに今、我々のメディア環境、メッセージ環境の危機が現れています。
渡邉:大学でジャーナリズムを学ぶって、めっちゃかっこいい。何学部なんですか?
宮本:早稲田大学政治経済の大学院に、ジャーナリズムコースがあるんです。そこに入りました。
渡邉:卒業後は、すぐに『WIRED』に入ったんですか?
宮本:はい、新卒で。これも実は珍しいんですけれども。
渡邉:確かに『WIRED』は、ほかのメディアで経験を積んだ人が働いているようなイメージがうっすらあります。どういった経緯だったんでしょうか。
宮本:大学院のころから、フリーのライターとして『WIRED』に何度か記事を書かせていただいて。当時の編集長、副編集長と顔見知りだったんです。僕が入社をしたのが2015年の4月。当時『WIRED』は、「最初で最後の採用イベント」をやったんです。僕も興味本位で参加して、そこからエントリーをしました。
渡邉:『WIRED』ではどんな記事を書いていたんですか?
宮本:『WIRED』という媒体も、僕自身もなんですが、よくも悪くもこれといった専門がないんです。特集をやるたびに、まったく新しい領域を1から勉強して、人に話を訊いて、それをまとめて雑誌を作っていました。それで自分が主に担当した雑誌の特集でいうと、それこそ『スター・ウォーズ』から「人工知能」、最後には「アフリカ特集」で、僕自身もルワンダとケニアに2週間ほど行って、取材をしました。
2020年1月から、Takramのメンバーに。もともとTakramの佐々木康裕さんと、世界中のメディアから「変化の種」となるようなストーリーをキュレートするニュースレターメディア『Lobsterr Letter』を運営しており、その流れでプロジェクトを手伝うことになったのがきっかけだそう。
渡邉:Takramではいろいろなプロジェクトがあります。デザインのプロジェクトでは、デザインガイドラインを作ったり、企業のフィロソフィーやミッションを書いたり。プレゼンテーションの資料を作るときには編集的な視点ですし、常に文章でも何かを伝える必要があります。自分たちでやってきましたが、読み物として機能させるとき、「プロの手があったほうがいい」と思うことが多々ありました。宮本さんとしては、どうですか? もともとジャーナリズムを学び、エディター、ライターとして活躍していた時点では、デザインファームに合流して働くということのイメージはなかったんじゃないかと想像するんだけど。
宮本:いや、まったくなかったですね。
渡邉:「一緒に働いてもいいかも」って思うにいたるのには、どんなことがあったんだろう。
宮本:いくつか考えられますが、いちばん短い答えは「Takramの人たちがみんないい人」だからです(笑)。Takramの人たちと一緒に働くことで、自分が成長できると思ったのが、理由のひとつです。また、Takramの仕事は、これまでやったことのないものばかり。行為だけを見れば「文章を書く」という似ている仕事かもしれないんですけど、「誰に使えるか?」などが雑誌とはやっぱり違っていたんです。今まで自分が経験をしたことのないことをやるのは、すごく勉強になるなと思っています。
『TAKRAM RADIO』では、デザイン・イノベーション・ファームTakramの渡邉康太郎が、毎月さまざまなテーマでトークセッションを繰り広げる。放送は毎週木曜日の26時30分から。
「スロージャーナリズム」に必要な3つの哲学
昨今、スロージャーナリズムというキーワードを、メディアでよく見かけるようになった。簡単に言えば、言葉通り、取材に時間をかけるジャーナリズムのこと。速報ではなく調査報道で、「今、世界でなにが起きているのか」を長文で伝えていくようなものだ。雑誌『WIRED』の編集者を経てTakramのエディターとなった宮本さんは、2016年にオランダに拠点を置くウェブメディア『デ・コレスポンデント』に取材をした。同メディアの立ち上げ人であるロブ・ワインベルグさんが語った“3つの哲学”をご紹介しよう。
【参考】「事件」を見る代わりに「構造」を見よう。「今日」を見る代わりに「毎日」を見よう。『デ・コレスポンデント』はニュースをこう変える(『WIRED』)
ロブさんはもともと大手新聞社で働いていた。編集長を務めるメディアで、日々のニュースを素早く出すよりも、世の中で何が起きているかを読者に説明する方針に改革をしたが、その方向性の違いから解雇されてしまったという経歴を持つ。
宮本:『デ・コレスポンデント』創刊当時、ロブさんはテレビの生放送のトーク番組で、「自分はこれからこういうメディアを立ち上げます」と、オランダの人たちに呼びかけたんです。同時にクラウドファンディングで支援を呼びかけたら、1か月で1億7000万円が集まったんです。当時のジャーナリズムの歴史のなかでは、史上最高と言われています。
『デ・コレスポンデント』と既存のメディアの違いとはなんだろうか。
宮本:ロブさんは、自分たちの哲学を3つ挙げています。1つは「ニュースの定義を変えること」。これまでのニュースは、“今日”起きたことを伝えるもの。一方で『デ・コレスポンデント』は「“毎日”起きていることを伝えるためのメディア」だと、ロブさんは言っていました。わかりやすい例で言うと、気候変動ですね。
渡邉:確かに。
宮本:通常は「観測史上、最高気温を記録しました」など、年に1回、2回の大きなイベントしかニュースにならない。でも、気候変動は毎日起きていることです。その日々の経過を追っていくニュースの伝え方をするのが『デ・コレスポンデント』の1つの特徴です。2つ目は「読者と記者の関係を変えること」。今まで記者は、記事を書いてそれをパブリッシュ(発表)したら、自分の仕事はおしまいでした。これが『デ・コレスポンデント』の場合、「記事をパブリッシュするまでだと、記者としての仕事は半分だ」と言っています。記事をパブリッシュしたあと、読者とのインタラクション(相互作用)して、読者の会話をリードしていくこと、それが『デ・コレスポンデント』における、記者の役割だそうです。実際に『デ・コレスポンデント』は読者ではなく、コントリビューターと呼んでいます。記事を書いたことに対して、読者がさらに追加の情報やインサイトをコメント欄で教えてくれる、それによって読者と記者、読者と読者同士の議論がさらに深まっていく。そういう媒体を目指しています。
渡邉:これは完全有料で会員制だからやりやすいというのがありますよね。
宮本:そうですね、コミュニティを作っているからこそできることではあると思います。
渡邉:人数が限られていて、お金を払っていて、ニュースに関心がある、“野次馬感”というよりも、純粋に好奇心がある人たちが集っているというような前提があるかもしれないですね。
宮本:その通りだと思います。3つ目は「インディペンデントであること」。これは経済的な意味です。『デ・コレスポンデント』はウェブのメディアなんですが、広告を一切入れず、読者の購読料だけで賄っています。購読料は年間70ユーロなので、日本円だと大体9千円くらいです。創刊時には1万9千人のコントリビューターがいたんですが、今は6万人のメンバーシップにまで拡大しています。これはヨーロッパのなかでいちばん大きい規模だと言われています。
渡邉:広告を使うと、広告が表示されただけ広告主に還元できるからPVを競うことになる。そうすると、「スロージャーナリズム」より「ファストジャーナリズム」のほうが得意で、取材をたくさんやってられないので、日本の場合だとテレビで「このタレントがなにを発言した」というような、1、2行しかないような記事が量産されて、PVを稼ぐほうに偏っちゃいますよね。同時に、(そのネタが)事実かどうかより、PVを集めるかどうかのほうが大事だから、フェイクニュースみたいなものが生まれてくる。今回のテーマである「ポストトゥルース・ポストコロナ」という意味でいうと、このあたりに今、我々のメディア環境、メッセージ環境の危機が現れています。
デザインファームで編集者として働いて得る「学び」は?
スロージャーナリズムについて解説してくれた宮本さんは、デザイン・イノベーション・ファームであるTakramにおいて、唯一のエディターだ。大学院でジャーナリズムを学び、雑誌『WIRED』日本版で約3年、編集者を務めたのちに独立した。渡邉は、宮本さんの経歴や、なぜTakramに参加したのかを訊いた。渡邉:大学でジャーナリズムを学ぶって、めっちゃかっこいい。何学部なんですか?
宮本:早稲田大学政治経済の大学院に、ジャーナリズムコースがあるんです。そこに入りました。
渡邉:卒業後は、すぐに『WIRED』に入ったんですか?
宮本:はい、新卒で。これも実は珍しいんですけれども。
渡邉:確かに『WIRED』は、ほかのメディアで経験を積んだ人が働いているようなイメージがうっすらあります。どういった経緯だったんでしょうか。
宮本:大学院のころから、フリーのライターとして『WIRED』に何度か記事を書かせていただいて。当時の編集長、副編集長と顔見知りだったんです。僕が入社をしたのが2015年の4月。当時『WIRED』は、「最初で最後の採用イベント」をやったんです。僕も興味本位で参加して、そこからエントリーをしました。
渡邉:『WIRED』ではどんな記事を書いていたんですか?
宮本:『WIRED』という媒体も、僕自身もなんですが、よくも悪くもこれといった専門がないんです。特集をやるたびに、まったく新しい領域を1から勉強して、人に話を訊いて、それをまとめて雑誌を作っていました。それで自分が主に担当した雑誌の特集でいうと、それこそ『スター・ウォーズ』から「人工知能」、最後には「アフリカ特集」で、僕自身もルワンダとケニアに2週間ほど行って、取材をしました。
2020年1月から、Takramのメンバーに。もともとTakramの佐々木康裕さんと、世界中のメディアから「変化の種」となるようなストーリーをキュレートするニュースレターメディア『Lobsterr Letter』を運営しており、その流れでプロジェクトを手伝うことになったのがきっかけだそう。
渡邉:Takramではいろいろなプロジェクトがあります。デザインのプロジェクトでは、デザインガイドラインを作ったり、企業のフィロソフィーやミッションを書いたり。プレゼンテーションの資料を作るときには編集的な視点ですし、常に文章でも何かを伝える必要があります。自分たちでやってきましたが、読み物として機能させるとき、「プロの手があったほうがいい」と思うことが多々ありました。宮本さんとしては、どうですか? もともとジャーナリズムを学び、エディター、ライターとして活躍していた時点では、デザインファームに合流して働くということのイメージはなかったんじゃないかと想像するんだけど。
宮本:いや、まったくなかったですね。
渡邉:「一緒に働いてもいいかも」って思うにいたるのには、どんなことがあったんだろう。
宮本:いくつか考えられますが、いちばん短い答えは「Takramの人たちがみんないい人」だからです(笑)。Takramの人たちと一緒に働くことで、自分が成長できると思ったのが、理由のひとつです。また、Takramの仕事は、これまでやったことのないものばかり。行為だけを見れば「文章を書く」という似ている仕事かもしれないんですけど、「誰に使えるか?」などが雑誌とはやっぱり違っていたんです。今まで自分が経験をしたことのないことをやるのは、すごく勉強になるなと思っています。
『TAKRAM RADIO』では、デザイン・イノベーション・ファームTakramの渡邉康太郎が、毎月さまざまなテーマでトークセッションを繰り広げる。放送は毎週木曜日の26時30分から。
radikoで聴く
2020年8月27日28時59分まで
PC・スマホアプリ「radiko.jpプレミアム」(有料)なら、日本全国どこにいてもJ-WAVEが楽しめます。番組放送後1週間は「radiko.jpタイムフリー」機能で聴き直せます。
番組情報
- TAKRAM RADIO
-
木曜26:30-27:00