Netflixは、今年2月に開催された第92回アカデミー賞授賞式で、計24部門で最多ノミネートという偉業を達成した。映画界におけるNetflix作品の台頭が顕著になったが、DVDレンタル事業から始まった企業が、いかにしてヒット作を連発する制作会社に成り上がったのだろうか。
4月29日(水・祝)に放送された『J-WAVE HOLIDAY SPECIAL NETFLIX presents PLANET HOME』(ナビゲーター:クリス・ペプラー、前田智子)では、映画・音楽ジャーナリストの宇野維正氏がゲストで登場し、Netflixとアカデミー賞の関係や、全米の話題をかっさらった最新の注目作品など、旬なコンテンツの魅力を解説した。
■動画配信時代のパイオニア・Netflixの一番の強みは「オリジナルコンテンツ」
宇野氏は今年1月、音楽評論家の田中宗一郎氏と共に、2010年代のポップ・カルチャーを総括した共著『2010s(トゥエンティテンズ)』を上梓した。音楽や映画など様々なことを論じるうえで、全6章のうち1章をNetflixに費やしており、Netflixがいかに大きな存在なのかが窺える。
宇野:Netflixの特徴は、ここでしか観られない作品が豊富だということ。自らコンテンツを制作して配信するという強みがあり、そこが他のサービスと異なっている。『2010s』では、Netflixがもたらした革新的な変化について多く語らせていただきました。
クリス:動画のサブスクリプション(月額定額制のサービス)として画期的ですね。音楽はSpotifyなどのサービスがありますが、映像となるとNetflixが先駆けということですか?
宇野:Netflixは元々レンタルDVDの配送という業態からスタートした会社です。その時代から、顧客がどういった作品を好んで観るのか、どのような作品が映画館ではなく家庭で観られているのかというデータを蓄積しています。サブスクで月に何枚DVDをレンタルできるというシステムから、いち早く配信に切り替え、今や時代が追従している。完全にパイオニアですね。
クリス:レンタルDVD屋の時代に確固たるユーザーニーズが蓄積されていたことが、功を奏していると。
宇野:そうですね。初期において『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(ケヴィン・スペイシー主演・製作総指揮、デヴィッド・フィンチャー製作総指揮)は、これまでに蓄積してきたデータから「投資に値する企画」ということで、当時では考えられない規模の予算を費やしてオリジナルコンテンツとして制作されました。
DVDレンタル事業時代から、膨大なデータを蓄積してきたNetflix。それを活用することで、他ではやっていない、オリジナルコンテンツの制作・配信をいち早く実現させた。
■「Netflixのオリジナル作品に影響され、映画業界全体が底上げされている」
第92回アカデミー賞では、Netflix作品が計24部門ノミネートという偉業を達成した。
宇野:今年のアカデミー賞では、全ての映画会社の中でNetflixが最も多くノミネートされました。今の映画業界で最もパワフルなスタジオだということを証明したのです。ただし、受賞は2部門(助演女優賞・長編ドキュメンタリー賞)に留まりました。これは、映画業界がNetflixに警戒心を抱いているということです。昨年の『ROMA』に続き、今年の『アイリッシュマン』、『マリッジ・ストーリー』、『2人のローマ教皇』を筆頭とする作品は高く評価され、映画業界のシステムを変えるほどの脅威となりました。
クリス:スティーブン・スピルバーグ監督はNetflixを良からぬ目で見ているそうですが、危機感を感じているのでしょうか?
宇野:スピルバーグ監督は、年齢もキャリアも含め、彼なりの考えがあることも理解はできます。彼のデビュー作『激突』はテレフィーチャーと呼ばれるもので、アメリカでは最初にテレビで放映された作品になります。映画よりも低く見られるテレビからたたき上げてきたので、当時のヒエラルキーが染みついていますね。
クリス:映画が撮れなきゃ一流ではない、テレビと一緒にするなと。そういう感覚が残っているんですね。
宇野:その通りです。スピルバーグ監督は過去に『刑事コロンボ』などでテレビシリーズの監督もしていましたが、映画監督になってからはテレビにはプロデューサーとしてしか関わっていません。テレビとは一線を引いて何十年もやってきた功績が、Netflixの登場により脅かされるゆえの混乱もあるでしょう。
クリス:新しい流れが来ると、それを守ろうとする大御所たちが危機感を感じるのは、どの業界にも共通していますね。
宇野:Netflixがこれだけ力を持ったことにより、映画館で観る作品の役割が問われ、映画全体のクオリティが上がっていることも確かです。今年のアカデミー賞で作品賞にノミネートされた9作品は、Netflixの作品も含め近年にないほどレベルが高かった。単純な対立構造ではなく、映画業界が配信作品に刺激を受けて底上げされているという現象が起きていますね。ソフト・レンタルビジネスは、海外ではNetflixなどのストリーミングサービスにより淘汰されてしまった分野ですが、劇場で公開される映画とNetflixは敵対し合っているのではなく、共存・共栄できる存在ということです。
■映画には真似できない展開と、巨額の制作費が生み出す傑作ドラマ
ネットフリックスが抱える豊富なラインナップの中で、宇野氏が選ぶおすすめ作品は、昨年シーズン2が配信された『マインドハンター』。デヴィッド・フィンチャーが手がけたことでも話題になっている本作の素晴らしさを、宇野氏は次のように語った。
宇野:完璧主義で知られるフィンチャーならではのクオリティ。70年代後半から80年代を舞台にしていますが、撮影のメイキング映像を見ると背景がほぼCGなのです。つまり、数十年前のアメリカを忠実に再現するために、映画ではやっていないような時間とお金をかけており、度肝を抜かれます。もちろんストーリーも魅力的で、シーズンが変わると「あれ? この人が主人公だと思ったらこっちなの?」というようにナラティブが変化するなど、映画では真似できない手法が用いられています。とても実験的なことをやっていると同時に、完成した作品は誰が観ても唸るクオリティなので、奇跡的なバランスを持っている作品です。
【『マインドハンター』VFX解説ビデオ】
もう一つのおすすめは、2月より最新シーズン5が配信開始した『ベター・コール・ソウル』。海外ドラマ史上最高傑作と呼ばれている『ブレイキング・バッド』(2008-2013)のスピンオフとしてスタートした作品で、シーズンを重ねるごとに本家を凌駕する面白さになっている。宇野氏は「シーズン5まであって大変だが、ぜひチャレンジしていただきたい」と太鼓判を押した。
■ドキュメンタリーにスタンドアップコメディも! 豊富な独自コンテンツ
テイラー・スウィフトの『ミス・アメリカーナ』や『トラヴィス・スコット: Look Mom I Can Fly』など、アーティストの栄光と苦悩に密着したドキュメンタリー作品もまた、Netflixの強みだという。加えて、日本にあまり馴染みのないスタンドアップコメディ作品も多く取り揃えており、映画・ドラマだけ限らずエンタメを包括的にカバーしている。
宇野:ちょうどNetflixが日本に上陸するとき、日本支社の代表にインタビューをしました。当時は「音楽とスポーツはNetflixの役割ではない」と仰っていましたが、ビッグデータの解析を重要視している会社なので、何に注力すべきか、というのは常に変化しています。昨年からの傾向としては、ビヨンセによる2018年のコーチェラ・フェスティバルのパフォーマンスを追ったドキュメンタリー『HOMECOMING:ビヨンセ・ライブ作品』をオリジナル作品として配信し、かつてないほどの視聴者数を記録しました。その後、トラヴィス・スコットやテイラー・スウィフトなど、積極的に音楽のドキュメンタリー作品を世に出しています。「Netflix=映画やドラマが好きな人が契約するもの」というイメージだったのが、ここ1、2年で大きく変わり、音楽好きにとっても見逃せない作品が増えていく傾向にあります。
前田:映画やドラマにおける音楽の使い方にもこだわりがあるのですか?
宇野:『13の理由』というティーンエイジャーを主人公にしたメンタルヘルス問題を取り扱う作品では、当時ほとんど知られていなかったビリー・アイリッシュの楽曲『Lovely (feat. Khalid)』が起用されました。実はビリーのブレイクのきっかけは、このドラマだったと言われています。他にも、80年代が舞台の『ストレンジャー・シングス 未知の世界』は、当時のポップ・ソングの使い方が秀逸。テーマ曲には独特なシンセサウンドが使われています。ザ・ウィークエンドが今年3月にリリースしたアルバム『After Hours』でも、80年代のシンセサウンドが大々的に用いられています。『ストレンジャー・シングス 未知の世界』が音楽シーンのトレンドを生み出す役割を果たしているのです。これらのことから分かるように、Netflixはポップ・カルチャーの共通言語を次々と生み出しており、音楽好きにとっても、Netflixの作品を観ていないと遅れを取ってしまうという時代に突入しています。
前田:作品を楽しむ以上に、今何が旬なのかを読み取る媒体になっていると。
宇野:はい。他にNetflixが力を入れているのはコメディアンのライブです。コメディアンが手掛ける作品は本当に面白いものが多く、実際に社会の中で何が起きているかを鋭く語っているスタンドアップコメディも良作が非常に多くあります。日本では馴染みのないものを気軽に観ることができますし、Netflixが日本に上陸したことにより、ポップ・カルチャーへの理解が深まっていると言えますね。
クリス:アメリカのコメディは社会問題や政治を取り上げているので、アメリカの現状を知るツールにもなり得る。
宇野:ポリティカル・コレクトネスの流れの中で、改めてコメディが持つ役割・力は増していると感じます。フィクション作品ではなかなか踏み込めないところを、コメディアンたちは果敢に挑んでいるので、良くも悪くも時代の側面を知ることができます。
クリス:Netflixを通して世界のカルチャーを知ることが可能になっていますね。
■ロックダウンの直後に投下された『タイガーキング』、自粛生活の相乗効果で大ヒット!
最後に、アメリカで大ブームとなっている新作ドキュメンタリー番組『タイガーキング: ブリーダーは虎より強者?!』について伺った。
宇野:オクラホマ州の田舎に猛獣を集めて動物王国を作った男の話で、彼と対立する動物愛護団体の女性や、とにかくユニークな人が登場するドキュメンタリー作品です。アメリカで新型コロナウイルスによるロックダウンが始まったばかりの3月20日に配信され、過去にないレベルで大ヒットし、一時期SNSでは本作の話題で持ちきりでした。なぜこんなにヒットしているかというと、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、コロナ状況下のシリアスさから逃避できるという要素があったからでしょう。
前田:そんなにくだらなくて笑えるドキュメンタリー作品ですか?
宇野:くだらないというか、クレイジーにも程があるといったところですね。『タイガーキング』の主人公は、彼と対立する動物愛護団体の女性の人形を実弾で撃ったり、シンガーソングライターとしてデビューし、その歌が暗殺予告だったりと、とにかく派手。その上、対立している相手も相当おかしな人だから収集がつかなくなり、気がついたらハマっているような作品です。あまりのヒットに、後日談としてアフターショー『タイガーキングと私』も配信されました。ここ1ヶ月でとんでもなく話題になりましたね。
クリス:宇野さんは、ビンジ(イッキ見)しましたか?
宇野:はい。なぜみんな『タイガーキング』の話題で持ちきりなのか気になって観始めたら、止まらなくなりました。
クリス:アメリカには本当に面白い人たちがたくさんいますからね。
宇野:途中から法廷闘争や殺人疑惑といった話になり、どんどん物騒になっていきます。
クリス:Netflixの良作はワインのように寝かしておきたくなるから、僕は『タイガーキング』をボトルキープしようと思います。
宇野:この作品は寝かすものではなくて、コーラのようにがぶ飲みするべき作品だと思いますね。『ベター・コール・ソウル』は間違いなく最高級ワインです。
自粛期間中のおうち時間で作品をチェックしつつ、宇野氏の最新著書『2010s(トゥエンティテンズ)』もあわせて手に取ってみては。
(構成:Lindsay)
『J-WAVE HOLIDAY SPECIAL NETFLIX presents PLANET HOME』では、お家時間を充実させるのに欠かせないNetflixをフィーチャー。エンターテインメントとしての楽しさはもちろん、情報や教養も得られるNetflixの魅力を豪華ゲストと共にお届け。オンエアでは、ゲストがオススメするNetflix作品「#推しフリ」のプレゼン対決も行った。
【この記事の放送回をradikoで聴く】(2020年5月6日28時59分まで)
PC・スマホアプリ「radiko.jpプレミアム」(有料)なら、日本全国どこにいてもJ-WAVEが楽しめます。番組放送後1週間は「radiko.jpタイムフリー」機能で聴き直せます。
【番組情報】
番組名:『J-WAVE HOLIDAY SPECIAL NETFLIX presents PLANET HOME』
放送日時:2020年4月29日(水・祝)9:00-17:55
オフィシャルサイト:https://www.j-wave.co.jp/holiday/20200429/
4月29日(水・祝)に放送された『J-WAVE HOLIDAY SPECIAL NETFLIX presents PLANET HOME』(ナビゲーター:クリス・ペプラー、前田智子)では、映画・音楽ジャーナリストの宇野維正氏がゲストで登場し、Netflixとアカデミー賞の関係や、全米の話題をかっさらった最新の注目作品など、旬なコンテンツの魅力を解説した。
■動画配信時代のパイオニア・Netflixの一番の強みは「オリジナルコンテンツ」
宇野氏は今年1月、音楽評論家の田中宗一郎氏と共に、2010年代のポップ・カルチャーを総括した共著『2010s(トゥエンティテンズ)』を上梓した。音楽や映画など様々なことを論じるうえで、全6章のうち1章をNetflixに費やしており、Netflixがいかに大きな存在なのかが窺える。
宇野:Netflixの特徴は、ここでしか観られない作品が豊富だということ。自らコンテンツを制作して配信するという強みがあり、そこが他のサービスと異なっている。『2010s』では、Netflixがもたらした革新的な変化について多く語らせていただきました。
クリス:動画のサブスクリプション(月額定額制のサービス)として画期的ですね。音楽はSpotifyなどのサービスがありますが、映像となるとNetflixが先駆けということですか?
宇野:Netflixは元々レンタルDVDの配送という業態からスタートした会社です。その時代から、顧客がどういった作品を好んで観るのか、どのような作品が映画館ではなく家庭で観られているのかというデータを蓄積しています。サブスクで月に何枚DVDをレンタルできるというシステムから、いち早く配信に切り替え、今や時代が追従している。完全にパイオニアですね。
クリス:レンタルDVD屋の時代に確固たるユーザーニーズが蓄積されていたことが、功を奏していると。
宇野:そうですね。初期において『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(ケヴィン・スペイシー主演・製作総指揮、デヴィッド・フィンチャー製作総指揮)は、これまでに蓄積してきたデータから「投資に値する企画」ということで、当時では考えられない規模の予算を費やしてオリジナルコンテンツとして制作されました。
DVDレンタル事業時代から、膨大なデータを蓄積してきたNetflix。それを活用することで、他ではやっていない、オリジナルコンテンツの制作・配信をいち早く実現させた。
痛みには2種類ある。自らを強くするものと、ただ辛く苦しみだけを与えるもの。#ハウスオブカード #ネトフリhttps://t.co/PIar98PeP6
— Netflix Japan (@NetflixJP) March 14, 2016
■「Netflixのオリジナル作品に影響され、映画業界全体が底上げされている」
第92回アカデミー賞では、Netflix作品が計24部門ノミネートという偉業を達成した。
宇野:今年のアカデミー賞では、全ての映画会社の中でNetflixが最も多くノミネートされました。今の映画業界で最もパワフルなスタジオだということを証明したのです。ただし、受賞は2部門(助演女優賞・長編ドキュメンタリー賞)に留まりました。これは、映画業界がNetflixに警戒心を抱いているということです。昨年の『ROMA』に続き、今年の『アイリッシュマン』、『マリッジ・ストーリー』、『2人のローマ教皇』を筆頭とする作品は高く評価され、映画業界のシステムを変えるほどの脅威となりました。
クリス:スティーブン・スピルバーグ監督はNetflixを良からぬ目で見ているそうですが、危機感を感じているのでしょうか?
宇野:スピルバーグ監督は、年齢もキャリアも含め、彼なりの考えがあることも理解はできます。彼のデビュー作『激突』はテレフィーチャーと呼ばれるもので、アメリカでは最初にテレビで放映された作品になります。映画よりも低く見られるテレビからたたき上げてきたので、当時のヒエラルキーが染みついていますね。
クリス:映画が撮れなきゃ一流ではない、テレビと一緒にするなと。そういう感覚が残っているんですね。
宇野:その通りです。スピルバーグ監督は過去に『刑事コロンボ』などでテレビシリーズの監督もしていましたが、映画監督になってからはテレビにはプロデューサーとしてしか関わっていません。テレビとは一線を引いて何十年もやってきた功績が、Netflixの登場により脅かされるゆえの混乱もあるでしょう。
クリス:新しい流れが来ると、それを守ろうとする大御所たちが危機感を感じるのは、どの業界にも共通していますね。
宇野:Netflixがこれだけ力を持ったことにより、映画館で観る作品の役割が問われ、映画全体のクオリティが上がっていることも確かです。今年のアカデミー賞で作品賞にノミネートされた9作品は、Netflixの作品も含め近年にないほどレベルが高かった。単純な対立構造ではなく、映画業界が配信作品に刺激を受けて底上げされているという現象が起きていますね。ソフト・レンタルビジネスは、海外ではNetflixなどのストリーミングサービスにより淘汰されてしまった分野ですが、劇場で公開される映画とNetflixは敵対し合っているのではなく、共存・共栄できる存在ということです。
Netflixオリジナル映画『アイリッシュマン』独占配信中
Netflixオリジナル映画『マリッジ・ストーリー』独占配信中
Netflixオリジナル映画『2人のローマ教皇』独占配信中
■映画には真似できない展開と、巨額の制作費が生み出す傑作ドラマ
ネットフリックスが抱える豊富なラインナップの中で、宇野氏が選ぶおすすめ作品は、昨年シーズン2が配信された『マインドハンター』。デヴィッド・フィンチャーが手がけたことでも話題になっている本作の素晴らしさを、宇野氏は次のように語った。
Netflixオリジナルシリーズ『マインドハンター』独占配信中
宇野:完璧主義で知られるフィンチャーならではのクオリティ。70年代後半から80年代を舞台にしていますが、撮影のメイキング映像を見ると背景がほぼCGなのです。つまり、数十年前のアメリカを忠実に再現するために、映画ではやっていないような時間とお金をかけており、度肝を抜かれます。もちろんストーリーも魅力的で、シーズンが変わると「あれ? この人が主人公だと思ったらこっちなの?」というようにナラティブが変化するなど、映画では真似できない手法が用いられています。とても実験的なことをやっていると同時に、完成した作品は誰が観ても唸るクオリティなので、奇跡的なバランスを持っている作品です。
【『マインドハンター』VFX解説ビデオ】
もう一つのおすすめは、2月より最新シーズン5が配信開始した『ベター・コール・ソウル』。海外ドラマ史上最高傑作と呼ばれている『ブレイキング・バッド』(2008-2013)のスピンオフとしてスタートした作品で、シーズンを重ねるごとに本家を凌駕する面白さになっている。宇野氏は「シーズン5まであって大変だが、ぜひチャレンジしていただきたい」と太鼓判を押した。
Netflixオリジナルシリーズ『ベター・コール・ソウル』独占配信中
■ドキュメンタリーにスタンドアップコメディも! 豊富な独自コンテンツ
テイラー・スウィフトの『ミス・アメリカーナ』や『トラヴィス・スコット: Look Mom I Can Fly』など、アーティストの栄光と苦悩に密着したドキュメンタリー作品もまた、Netflixの強みだという。加えて、日本にあまり馴染みのないスタンドアップコメディ作品も多く取り揃えており、映画・ドラマだけ限らずエンタメを包括的にカバーしている。
宇野:ちょうどNetflixが日本に上陸するとき、日本支社の代表にインタビューをしました。当時は「音楽とスポーツはNetflixの役割ではない」と仰っていましたが、ビッグデータの解析を重要視している会社なので、何に注力すべきか、というのは常に変化しています。昨年からの傾向としては、ビヨンセによる2018年のコーチェラ・フェスティバルのパフォーマンスを追ったドキュメンタリー『HOMECOMING:ビヨンセ・ライブ作品』をオリジナル作品として配信し、かつてないほどの視聴者数を記録しました。その後、トラヴィス・スコットやテイラー・スウィフトなど、積極的に音楽のドキュメンタリー作品を世に出しています。「Netflix=映画やドラマが好きな人が契約するもの」というイメージだったのが、ここ1、2年で大きく変わり、音楽好きにとっても見逃せない作品が増えていく傾向にあります。
Netflixオリジナル『ミス・アメリカーナ』独占配信中
Netflixオリジナル『トラヴィス・スコット: Look Mom I Can Fly』独占配信中
Netflixオリジナル『HOMECOMING:ビヨンセ・ライブ作品』独占配信中
前田:映画やドラマにおける音楽の使い方にもこだわりがあるのですか?
宇野:『13の理由』というティーンエイジャーを主人公にしたメンタルヘルス問題を取り扱う作品では、当時ほとんど知られていなかったビリー・アイリッシュの楽曲『Lovely (feat. Khalid)』が起用されました。実はビリーのブレイクのきっかけは、このドラマだったと言われています。他にも、80年代が舞台の『ストレンジャー・シングス 未知の世界』は、当時のポップ・ソングの使い方が秀逸。テーマ曲には独特なシンセサウンドが使われています。ザ・ウィークエンドが今年3月にリリースしたアルバム『After Hours』でも、80年代のシンセサウンドが大々的に用いられています。『ストレンジャー・シングス 未知の世界』が音楽シーンのトレンドを生み出す役割を果たしているのです。これらのことから分かるように、Netflixはポップ・カルチャーの共通言語を次々と生み出しており、音楽好きにとっても、Netflixの作品を観ていないと遅れを取ってしまうという時代に突入しています。
Netflixオリジナルシリーズ『13の理由』独占配信中
Netflixオリジナルシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』独占配信中
前田:作品を楽しむ以上に、今何が旬なのかを読み取る媒体になっていると。
宇野:はい。他にNetflixが力を入れているのはコメディアンのライブです。コメディアンが手掛ける作品は本当に面白いものが多く、実際に社会の中で何が起きているかを鋭く語っているスタンドアップコメディも良作が非常に多くあります。日本では馴染みのないものを気軽に観ることができますし、Netflixが日本に上陸したことにより、ポップ・カルチャーへの理解が深まっていると言えますね。
クリス:アメリカのコメディは社会問題や政治を取り上げているので、アメリカの現状を知るツールにもなり得る。
宇野:ポリティカル・コレクトネスの流れの中で、改めてコメディが持つ役割・力は増していると感じます。フィクション作品ではなかなか踏み込めないところを、コメディアンたちは果敢に挑んでいるので、良くも悪くも時代の側面を知ることができます。
クリス:Netflixを通して世界のカルチャーを知ることが可能になっていますね。
■ロックダウンの直後に投下された『タイガーキング』、自粛生活の相乗効果で大ヒット!
最後に、アメリカで大ブームとなっている新作ドキュメンタリー番組『タイガーキング: ブリーダーは虎より強者?!』について伺った。
Netflixオリジナルシリーズ『タイガーキング: ブリーダーは虎より強者?!』独占配信中
宇野:オクラホマ州の田舎に猛獣を集めて動物王国を作った男の話で、彼と対立する動物愛護団体の女性や、とにかくユニークな人が登場するドキュメンタリー作品です。アメリカで新型コロナウイルスによるロックダウンが始まったばかりの3月20日に配信され、過去にないレベルで大ヒットし、一時期SNSでは本作の話題で持ちきりでした。なぜこんなにヒットしているかというと、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、コロナ状況下のシリアスさから逃避できるという要素があったからでしょう。
前田:そんなにくだらなくて笑えるドキュメンタリー作品ですか?
宇野:くだらないというか、クレイジーにも程があるといったところですね。『タイガーキング』の主人公は、彼と対立する動物愛護団体の女性の人形を実弾で撃ったり、シンガーソングライターとしてデビューし、その歌が暗殺予告だったりと、とにかく派手。その上、対立している相手も相当おかしな人だから収集がつかなくなり、気がついたらハマっているような作品です。あまりのヒットに、後日談としてアフターショー『タイガーキングと私』も配信されました。ここ1ヶ月でとんでもなく話題になりましたね。
クリス:宇野さんは、ビンジ(イッキ見)しましたか?
宇野:はい。なぜみんな『タイガーキング』の話題で持ちきりなのか気になって観始めたら、止まらなくなりました。
クリス:アメリカには本当に面白い人たちがたくさんいますからね。
宇野:途中から法廷闘争や殺人疑惑といった話になり、どんどん物騒になっていきます。
クリス:Netflixの良作はワインのように寝かしておきたくなるから、僕は『タイガーキング』をボトルキープしようと思います。
宇野:この作品は寝かすものではなくて、コーラのようにがぶ飲みするべき作品だと思いますね。『ベター・コール・ソウル』は間違いなく最高級ワインです。
自粛期間中のおうち時間で作品をチェックしつつ、宇野氏の最新著書『2010s(トゥエンティテンズ)』もあわせて手に取ってみては。
映画・音楽ジャーナリストの宇野維正氏
(構成:Lindsay)
『J-WAVE HOLIDAY SPECIAL NETFLIX presents PLANET HOME』では、お家時間を充実させるのに欠かせないNetflixをフィーチャー。エンターテインメントとしての楽しさはもちろん、情報や教養も得られるNetflixの魅力を豪華ゲストと共にお届け。オンエアでは、ゲストがオススメするNetflix作品「#推しフリ」のプレゼン対決も行った。
【この記事の放送回をradikoで聴く】(2020年5月6日28時59分まで)
PC・スマホアプリ「radiko.jpプレミアム」(有料)なら、日本全国どこにいてもJ-WAVEが楽しめます。番組放送後1週間は「radiko.jpタイムフリー」機能で聴き直せます。
【番組情報】
番組名:『J-WAVE HOLIDAY SPECIAL NETFLIX presents PLANET HOME』
放送日時:2020年4月29日(水・祝)9:00-17:55
オフィシャルサイト:https://www.j-wave.co.jp/holiday/20200429/