翻訳家・岸本佐知子「翻訳は作家の声を写すこと」 SWITCH編集長・新井敏記がその核心に迫る

J-WAVEで放送中の番組『RADIO SWITCH』。この番組では、カルチャーマガジン『SWITCH』、旅の雑誌『Coyote』、新しい文芸誌『MONKEY』の3つの雑誌とゆるやかに連動する。2月29日(土)のオンエアでは、翻訳家・エッセイストの岸本佐知子が登場。『SWITCH』編集長・新井敏記が聞き手となり、岸本へのインタビューを行った。


■唯一褒められた体験が翻訳だった

岸本は、リディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』(白水Uブックス)、ミランダ・ジュライ『最初の悪い男』(新潮クレスト・ブックス)、ショーン・タン『セミ』(河出書房新社)、ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』(講談社)などの翻訳をはじめ、エッセイ集『ねにもつタイプ』(筑摩書房)、『ひみつのしつもん』(筑摩書房)などで知られる。

これまで多くの翻訳を手掛けてきた岸本。翻訳家を目指したきっかけは、中学時代にまでさかのぼる。

岸本:中学2年生の夏休みの宿題のなかに、薄っぺらいストーリー仕立てのグラフィックノベルを1冊渡され、「これを翻訳してきなさい」というものがありました。その翻訳がすごく楽しくて。その宿題を提出したら、先生がみんなの前で「岸本さんの訳が一番よかった」と言ってくれたんです。それが、その後の人生を振り返っても褒められた唯一の体験でした(笑)。
新井:本当かな(笑)。
岸本:人に褒められることってまずなかったので。大学のときも、なんとなく意識して翻訳の授業を取ったりしていましたが、普通に就職しました。

岸本は、就職したものの「会社員がすごく向かなかった」と、当時を振り返る。

岸本:仕事でストッキングを履くところからすでにダメで、「ああ、自分は会社員にむいてないな」と思いながらも、行くところもないんです。だって、その会社が向いてないのではなくて、会社員が向いてないので(笑)。ここにいてお給料ももらっているけど、明らかに自分は害しか与えていない。そういう場所にいるって、人間として結構つらいんですよね。だから、会社以外に居場所を作らなきゃダメだなと思いました。

自分の居場所を作ることを、岸本は不良に例えて表現する。

岸本:中学校とかでグレたりするじゃないですか。授業が面白くなかったり、授業についていけなかったり、先生が気にくわなかったりすると、学校に行かなくなって、渋谷の街でしゃがんだりしますよね。でも、勉強がダメでも、例えば部活があれば、その子はたぶんグレない。それと同じで、社会に居場所があれば、なんとかなるなって思っていて。何か習い事でもしたらいいのかなと思って考えたときに、パッと「翻訳だ」って思ったんです。それって中学2年生のときの唯一褒められた体験が頭の中にあって、「やっぱり翻訳をやりたい」と思ったんだと思います。

そう思い立った岸本は、会社の昼休みに赤坂の駅前にある本屋で英和辞典を買い、翻訳の学校に行った。

新井:その学校で最初に翻訳した作品は?
岸本:怖いホラー作品でした。私が習ったのは、数々の翻訳を手掛けている翻訳家の中田耕治さんで、その翻訳はけちょんけちょんに言われました(笑)。
新井:当時、自分が訳したものを読み返したりするんですか?
岸本:訳したものは読み返さないけども、そのときに使っていたノートは今でも読み返します。今、読んでも面白いんです。そこには例えば「辞書はどんどん引きなさい。ただし、そこに書いてある言葉を使わないために引きなさい」と書いてあります。つまり、辞書に載っている言葉はとりあえずの最大公約数でしかないから、その小説に適した言葉ではない。だから、全てはコンテキストで考え直さなくてはいけない。「Dog」って書いてあればたしかに犬だけども、考えなしに「犬」って訳すのはダメで、どういう犬なのか、大きいか小さいか、白か黒か、そういうことが作者の頭の中にあるので、「その行間を読め」と言われるような授業でした。
新井:岸本さんはどこかのあとがきで、「翻訳は作家の声を聞く」と書いていたけど、そういう学びが岸本さんのある種の翻訳の原点になるわけですね。
岸本:そうですね。今にして思えば、そういう考えをたたき込まれましたね。最近、翻訳を長くやっている方と話す機会が多いんですけど、たどり着くのはやっぱりみなさんそこで、内容もさることながら一番大事なのは「声を写すこと」。作家の声になるべく近づけることが一番大事なことで、だから文章の意味的に合っていても、声が違うとそれは誤訳なんですよね。

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カルチャーマガジン、『SWITCH(@switch_magazine )』、 旅の雑誌、『Coyote(@coyote_magazine )』、 そして、新しい文芸誌、『MONKEY』。 3つの雑誌と緩やかに連動していく番組『RADIO SWITCH』。 このあと23時からの放送は、翻訳家・ #岸本佐知子 が登場する。 #リディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』、 #ミランダ・ジュライ『最初の悪い男』、#ショーン・タン『セミ』、 #ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』などの翻訳をはじめ、 エッセイ集に『ねにもつタイプ』、『ひみつのしつもん』などで知られる 岸本佐知子のロング・インタビューをお届けする。 聞き手は、30年以上親交がある、月刊誌『SWITCH』編集長、新井敏記(@arai_toshinori )。 「会社以外に居場所をつくろう」 とにかく会社員生活が合わなかったという岸本佐知子は、なぜ翻訳家になったのか。岸本佐知子にとって翻訳とは。また訳者本人による朗読も。 岸本佐知子と言葉の時間。 #radioswitch813 #jwave #switch_magazine #coyote_magazine #monkey_magazine ▼岸本佐知子新刊のお知らせ 最新エッセイ集が発売中です。 『ひみつのしつもん』(筑摩書房) ちくま好評連載エッセイ、いよいよ快調な第三弾! 定価:本体1,600円+税

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■ひとりの作家を翻訳するからには、全部の責任を引き受ける

岸本が語った「翻訳は声を写すこと」の意味を、新井はさらに深く掘り下げた。

新井:「声を写すこと」って言葉では理解できるけど、実際にはどんな作業でそれを写し取るんですか?
岸本:「この作者を翻訳するかどうか」という場合、読んでいてなんとなく声が聞こえてくる作家っているんです。反対に全然聞こえてこない作家もいて、それは相性ですね。やっぱり翻訳をするからには、相性の合う作品を翻訳するべきなので、そこで声が聞こえるかどうか。あと、具体的な作業は「この作家は日本人だと誰に近いかな」とか。そういうことは考えます。
新井:僕は、リディア・デイヴィスとかミランダ・ジュライは、岸本さん以外の訳で読みたいって思わないんですよね。それは、作家の声を写し取る岸本さんの言葉の選び方が、僕らにとって物語を強く後押しする大事な役割を果たしているから。僕にとっての岸本さんの訳は、そういうものに近いですね。
岸本:ありがとうございます。だから、責任重大というか。私は「ミランダ・ジュライの声はこれだ!」って思っているけど、全然違うかもしれないわけですよ(笑)。ひとりの作家を翻訳するからには全部責任を引き受けるというか、「間違ったらすみません。死にます」くらいの感じで翻訳をするしかないですね。

新井は、リチャード・ブローティガン『西瓜糖の日々』を取り上げた岸本の卒業論文をいつか読みたいと切り出し、「『西瓜糖の日々』が翻訳家・藤本和子さんの翻訳だったことも、岸本さんが声を写し取ることへのステップになったのかな」と思いを述べる。

岸本:自分が翻訳家になったのは、藤本さんの翻訳と出会ったから。そういうことを言うと、藤本さんはすごく嫌がるんだけど(笑)。大学のときにブローティガンを翻訳で初めて読んで、最初に読んだのが『西瓜糖の日々』でした。最初は「ブローティガンがすごい!」って思って、確かにすごいんですけど、この作品を卒論で選んで原書と翻訳と両方読み比べてみると「翻訳がすごいぞ!」って気がついて。原書はどれも中学レベルで習うような単語で、すごく優しい英語でできているから「簡単そうだな」と訳してみると、スカスカなものしかできないんです。
新井:そうなんだ。
岸本:藤本さんは、作品に籠もっている気迫というか、魂が乗り移っているような感じで訳されていると思うんですよね。

岸本は、藤本が翻訳した『西瓜糖の日々』は「翻訳のすごさに加えて、訳者あとがきがもすごい」と続ける。

岸本:藤本さんが訳した『西瓜糖の日々』を読んだあとにあとがきを読むと、補助線が見事に引かれていて、しかも藤本さんのほぼエッセイなんですよね。だから、作品の理解が120パーセントくらいになるんです。日本でもブローティガンの作品が全て絶版になった時期もあったんですけど、今は復刊されていますよね。それは私も含めて、読者が訳者あとがきも込みで読んで、その深まったブローティガンを知っているわけですよね。でも、本国・アメリカでは日本よりもう少し作家を忘れる傾向がひどかったんです。日本と違って訳者あとがきがなかったから、ブローティガンは、ただなんとなくシュールで面白いものを書く作家みたいな感じで忘れられたんじゃないかなと思います。それを考えると、日本の読者って世界で一番幸せなブローティガン読者ですよね。
新井:岸本さんが魅せられたように、小説家の小川洋子さんも、エッセイストの平松洋子さんも、『西瓜糖の日々』が原点なんです。それはおそらく、藤本和子さんの作り出した世界に導かれたからだと思います。
岸本:だから、私も含めて藤本和子チルドレンがたくさんいるんですよね(笑)。

藤本が翻訳した『西瓜糖の日々』の魅力について、さらにふたりは盛り上がる。

新井:『西瓜糖の日々』の原題は「In Watermelon Sugar」だから、本来は「日々」って入らないよね。
岸本:直訳すると「西瓜糖の言葉で」とかになります。この物語は、洋服から何から全てのものが西瓜糖で作られている世界なので、そういう意味では西瓜糖の中でってことなんですけど。
新井:だから「世界で」って訳してもいいわけだけど、「日々」って表現することによって、物語が一人歩きするかもしれない。
岸本:タイトルって本当に大事で、J.D.サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』って本当の意味だと「ライ麦畑の捕手」になるんです。最初に訳したのはそのタイトルだったと思うんですけど、それを野崎 孝さんが『ライ麦畑でつかまえて』としたのはすごいですよね。野崎さんの訳は今読んでもそんなに古くなく、素晴らしいです。あと、石井桃子さんが『クマのプーさん』と「さん」を付けたこともすごい。原題は『Winnie the Pooh』だから「さん」はないんだけど、「さん」を付けたことで『クマのプーさん』のバカで間抜けなんだけど、温かくて憎めないキャラクターになる。『クマのプーさん』の「さん」は、山田さんとか鈴木さんの「さん」ではなくて、おいなりさんとかお豆さんとか、そういう「さん」なんです(笑)。その「さん」を作り出した石井さんは天才だなと思いますね。

岸本と新井が穏やかな会話を展開しながら、翻訳の魅力をたっぷり語り合うオンエアとなった。

番組では、岸本がルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引き書』を紹介しつつ一節を朗読する場面や、エッセイについて語り、自身の『ひみつのしつもん』の一編を朗読する場面もあった。

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カルチャーマガジン、『SWITCH(@switch_magazine )』、 旅の雑誌、『Coyote(@coyote_magazine )』、 そして、新しい文芸誌、『MONKEY』。 3つの雑誌と緩やかに連動していく番組『RADIO SWITCH』。 2月29日(土)23時からの放送は、翻訳家 #岸本佐知子 が登場する。 #リディア・デイヴィス 『ほとんど記憶のない女』、 #ミランダ・ジュライ 『最初の悪い男』、 #ショーン・タン 『セミ』、 #ルシア・ベルリン 『掃除婦のための手引き書』などの翻訳をはじめ、 エッセイでも知られる岸本佐知子のロング・インタビューをお届けする。 聞き手は、30年以上親交がある、月刊誌『SWITCH』編集長、#新井敏記(@arai_toshinori )。 「会社以外に居場所をつくろう」 普通の会社員だった岸本佐知子が、翻訳家の道へ動かしたものとは… 雑誌を聴く、ラジオを読む。 わたしたちの、新しい時間へ、ようこそ。 #radioswitch813 #jwave #switch_magazine #coyote_magazine #monkey_magazine

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『RADIO SWITCH』では、スイッチ・パブリッシングの紙面に登場するさまざまな著名人、アーティスト、作家たちのロングインタビューをおこなう。オンエアは毎週土曜23時から。お楽しみに。

【この記事の放送回をradikoで聴く】(2020年3月7日28時59分まで)
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【番組情報】
番組名:『RADIO SWITCH』
放送日時:毎週土曜 23時-24時
オフィシャルサイト: https://www.j-wave.co.jp/original/radioswitch/

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