野村克也、最愛の妻・沙知代さんを語る 「今は男の弱さを痛感」

J-WAVEで放送中の番組『JAM THE WORLD』(ナビゲーター:グローバー)のワンコーナー「UP CLOSE」。7月30日(月)のオンエアでは、月曜日のニュース・スーパーバイザー、津田大介が登場。野球解説者の野村克也さんをお迎えし、野村さんの著書や、妻・沙知代さんについてお話を伺いました。

日本のプロ野球界に輝かしい功績を残し、現役時代はもちろん、監督としても大きな影響を与えてきた野村克也さん。先日、『なにもできない夫が、妻を亡くしたら』(PHP新書)という本を出版しました。2017年12月に急逝された最愛の妻・沙知代さんへの思いを赤裸々に綴った内容です。

いつ、誰に訪れるか分からない最愛の人との別れ。野村さんは今、どんなことを思っているのでしょうか?


■サッチーのことが本になるとは夢にも思わなかった

沙知代さんが亡くなって7カ月あまりが過ぎようとするなか、野村さんが『なにもできない夫が、妻を亡くしたら』を上梓した理由について伺いました。

野村:今まで何冊か本を出していますけど、私から出版社に依頼したのは1度もありません。出版社から依頼がきて、それに応えているだけです。今回もそうでした。
津田:沙知代さんを亡くされたあと、この本を引き受けられた理由はなんでしょうか。
野村:まさかサッチー(沙知代さん)のことが本になるとは夢にも思いませんでした。今は男の弱さというか、私自身の弱さを痛感しています。
津田:この本が出来上がって見返したとき、どのようなことを思いましたか。
野村:いなくなってはじめて分かることってたくさんあるんですよ。いるときはなんとも思わないのに、いなくなると本当にいろんなことを感じます。

この本で野村さんは、沙知代さんが亡くなる直前は沙知代さんと頻繁に話すわけでもなく、家にいるときも別々の部屋で過ごすことも多かったと書いています。

野村:最初に様子がおかしいなと思った時は、頭をテーブルに置いてじっとしていたので「どうしたんだ」と言ったら、「大丈夫よ」って言って。それが最後の言葉になりました。
津田:沙知代さんは力強く「大丈夫よ」と言われたんですよね。
野村:強気な性格の女性でしたから。でも、「大丈夫よ」と口では言っていましたけど、私には「これは大丈夫じゃないな」と響きました。すぐお手伝いさんに連絡をして救急車を呼び、5分くらいで到着したんですけど、そのときはもうあの世へ行っていましたね。
津田:本にも、闘病生活などがあれば、看取る側も心の準備ができただろう、と書かれていましたが。
野村:全く心の準備ができていないときに、サッチーは亡くなってしまいました。なんと表現していいのか分からないくらい複雑な気持ちになって、とにかく背中をさすったり叩いたりして「大丈夫か」と言うだけで精一杯でした。たった一言「大丈夫よ」という言葉が最後でしたね。

沙知代さんが亡くなり、ひとりで暮らすこととなった野村さん。ひとりとなって、どのような変化があったのでしょうか。

野村:大いに変化がありました。女房というのはそういうものなのかなと思うんですけど、いるときはなにも思わないですけど、今誰もいない家に帰るときのさみしさね。男の弱さ、自分というものがいちばんよく分かるなと実感しています。
津田:沙知代さんが亡くなってからはじめて「支えられてきたんだ」と感じられたんですね。
野村:私の場合は、典型的なかかあ天下でしたから、全てサッチーの指示のもとで動いていました。そういう女房が突然いなくなることは、本当に大きなショックですね。


■野球解説者としてプラスとなった数々の講演会

津田は幼い頃から、「野村さんの野球解説は、他の解説者と全く違う」と感じていたと言います。

津田:野村さんの解説は、ぼやきながらも論理的で深いので、なぜ、こんなに他の解説と違うんだろうと思っていました。(野村さんの解説には)哲学書や歴史書の引用が多く、それは引退して解説するときに、沙知代さんが野村さんに本を読むことを勧めたことがきっかけだったと、この本に書かれていました。その後、多くの解説や講演をすることで、(話すことが)うまくなり、野球に対しても見る目が変わり、結果、監督就任に繋がっていったと。これは沙知代さんの大きな功績ではないかと思いました。
野村:サッチーのおかげで今日まで来ました。私の人生を振り返ってみて、非常にツイてるというか、私が引退してすぐにバブル景気がはじまって、講演ブームが10年くらい続いたんですよ。
津田:多いときは、1年で300講演もやられていたそうですね。
野村:当時は1日に3講演することもありました。3回目になると何を話しているか頭が混乱していましたね(笑)。


■「見つける」「育てる」「活かす」ことが監督の3大条件

ほかにも著書では、最近の若い人を見て気になることにも触れており、「褒めるだけでは成長しない」と書かれています。

野村:「見つける」「育てる」「活かす」ことが監督の3大条件で、仕事のひとつでもあります。そのなかでいちばん時間がかかり難しいのは「育てる」ことです。「Aをこう育てたから、Bも同じように」とはいかないので、それぞれAもBもみんな育て方が違うと思うんですよ。褒めて育てる選手もいれば、叱って育てる選手もいます。褒めるや叱るは愛情の裏返しで、言葉の違いは微妙ですけど、怒ってはいけないと思うんです。
津田:「叱る」と「怒る」は違うんですね。
野村:全く違うと思います。感情論か愛情論かの違いだと気付いて、やっぱり叱るのはいいけど、怒ってはいけない。そんなことをよく反省していましたね。
津田:野村さんに対して沙知代さんがズバズバと発言することも、怒るより叱ることが多かったんですか?
野村:そういうことですね。「いい監督になってほしい」という思いがあっていろいろと言うわけで、「この人をダメにしよう」と思ってやっているわけではないのでね。


■幸せな人生を送れたのは野球のおかげ

最後に津田は野村さんに、今後どのように野球と関わっていきたいのかをお訊きしました。

野村:野球が大好きですし、自分が幸せな人生を送れたのも野球のおかげなので感謝しています。同時に自分には野球を取ったらなにもないことも分かりきっていますので、(選手たちには)とにかくプロである以上は野球に真剣に取り組んで、プロ意識を持ってやってほしいなという思いがありますね。

野村さんの夫婦論や野球論、人生論が詰まった著書『なにもできない夫が、妻を亡くしたら』、気になった方はぜひ手にとってみてください。

この記事の放送回をradikoで聴く
PC・スマホアプリ「radiko.jpプレミアム」(有料)なら、日本全国どこにいてもJ-WAVEが楽しめます。番組放送後1週間は「radiko.jpタイムフリー」機能で聴き直せます。

【番組情報】
番組名:『JAM THE WORLD』
放送日時:月・火・水・木曜 19時-21時
オフィシャルサイト:https://www.j-wave.co.jp/original/jamtheworld

関連記事