小説家の燃え殻が、3月に逝去した漫画家のつげ義春への想いを語った。
この内容をお届けしたのは、4月10日(金)放送のJ-WAVE『BEFORE DAWN』(ナビゲーター:燃え殻)。作家・エッセイストの燃え殻による深夜のトークラジオプログラムだ。
燃え殻:僕が初めてつげ義春さんを知ったのは、古本屋でたまたま見つけて読んだ『無能の人』という漫画でした。タイトルにまず惹かれました。僕が中学生のころでした。『週刊少年ジャンプ』全盛期で、同級生たちは『キン肉マン』とか『キャプテン翼』などに夢中になっていたころです。僕ももちろん、『週刊少年ジャンプ』は読んでいたのですが、つげさんの漫画にだけ流れる独特の時間、匂い、生々しさ、全部諦めたかのような潔さに俄然興味が湧きました。
それからときが経ち、竹中直人が初監督・主演を務めた、つげ義春原作の映画『無能の人』が公開された(1991年公開)。
燃え殻:僕は横浜の関内にあった小さな映画館でその作品を観ました。寂しさとわびしさをしみじみと味わいながら、「大人」を経験したような気持ちになったのを覚えています。「そういう人生もいいな」と憧れすらしました。主人公は漫画家なのですが、依頼はなく、お金に困っています。奥さんはチラシ配りのアルバイトをして家計を助けます。多摩川の河原、たくさん石が転がっている場所で、よりによって主人公は石を売り始めます。もちろん、それは売れません。夕方になると息子が迎えに来ます。ゴンチチの曲が、ぽつり、ぽつりと流れます。なんとも寂しくわびしい、でも、温度のある人間関係が静かに描かれています。今でもときどき、映画『無能の人』を観返します。「あまり力まずにいきましょう」と、毎回つげさんに言われたような気持ちになります。
燃え殻:そのリズム感、オフビートながらドキッとするほど人間らしい振る舞い。大好きな作品です。主人公は例によってまた売れない漫画家です。仕事の依頼がないので、昼間に散歩をしたり、ぼんやりしたり、昼寝をします。奥さんと息子がひとりいます。ポケットにはいつも300円が入っていました。その300円さえあれば落ち着く、と主人公は語ります。ある日、散歩中に賭け事をしている人たちと出くわして、主人公は思わず300円をすって所持金がゼロになってしまいました。
その夜、町内ではお祭りが開かれ、主人公は焼きそば屋を手伝うことになる。
燃え殻:盆踊りの音、人混み、浴衣を着た人たち、それらに紛れて主人公は焼きそばの売り上げを入れているかごから300円くすねます。それだけの話です。その話が僕は特に好きでした。言葉を尽くせば尽くすほど野暮になりそうなので、読んでもらうしかないのですが、そういう人の営み、業(ごう)を書いてみたいと、読むたびいつも思います。情感たっぷりに安易に形容詞を使わず、文学的に語るのもそれっぽいのかもしれませんが、そんな、いかにもなことをしたら、つげさんに「あまり力まずにいきましょう」と言われてしまいそうな気がします。
「今、つげさんの作品で、まだ手にしていなかったものを少しずつ集めている」と燃え殻は続ける。
燃え殻:Xでは自称成功者たちが日々、動画やポストで成功体験を語っています。「目標を達成したら倍の目標を目指しましょう」みたいなことを毎日ガンガンやっています。そんな言葉と動画にほとほと疲れた人は、ふと、つげさんの作品を手に取ってみてください。最後のページをめくるころ、「あまり力まずにいきましょう」と自分に声をかけたくなると思います。
燃え殻:つげさんが書かれた『夢日記』も最高なのですが、『つげ義春旅日記』がおすすめです。つげさんの旅の日記に出てくるひなびた温泉を、僕はこれから人生をかけて少しずつ回ってみたいなと思っています。もういくつか行ったところはあるのですが、たしかに、つげさんが行ったんだなって思うくらいひなびていて、とても情緒があって。そういう場所に、僕は2カ所ぐらい行ったんですが、これからゆっくり回ってみたいと思います。
『つげ義春旅日記』には、つげが撮った写真やイラストも収録されているという。
燃え殻:僕が東北に行きがちなのは、たぶん、つげさんの影響です。つげさんの日記は、特段面白いことは起きません。でも、淡々と読んでいると、自分もフラフラと知らない土地の知らない温泉街を散策しているような気持ちになります。ちょっと薄暗い路地をたどって、たどって、迷子になれるような感覚になります。僕が祥伝社で連載している『迷子になるはずの旅』は、つげさんの旅の日記がお手本なんだなと最近、自覚的になりました。そう考えると、僕は自分が思っていた以上につげさんのことをお手本に作品を作ってきたんだと思います。つげさんが亡くなったという一報をニュースで知ったとき、思いのほかショックだった理由がやっとわかった気がします。つげさんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
私が常々気になっている「すいません」という言葉についてお話しさせてください。私は「すみません」が好きです。逆に「すいません」とは相容れないと思っています。字面や響きが美しいとなんとなくの意見しか言えないのですが、「い」は何か気持ち悪く思ってしまいます。ちなみに、話し言葉としては特に気になりません。燃え殻さんの文章を拝読していると、書き言葉と話し言葉の使い分けやバランスを考えさせられます。よろしければ何か意識されていることや、「すいません」「すみません」についてご意見お訊きしたいです。
燃え殻:「すいません」は、たしかに気持ち悪いかもしれないですね。文字で見たときに「すみません」って僕も書いちゃう。カッコの中のセリフだと、日本語が少し間違ってたりとか、「読んでいる」みたいな感じにしないで「読んでる」とか、ちょっと日本語が間違ったとしても、常々話している感じ、リズムみたいなのを出したいなと思ったりとかしますね。僕はいろんなところで言うんですけど、「続ける」っていう字は、「続」っていう漢字が強い感じがして、どの文章でも、ひらがなで「つづける」って書いてますね。
ほかにも、ひらがなで書くようにしている言葉や言い回しがあり、自分のなかにいくつかのルールがあると言う。
燃え殻:「この漢字を使うとちょっと引っかかるかもな。1回考えてからまた文章に戻るな」って思うものについては「ひらがなにしよう」って思ってるかもしれないですね。そういう言い回しとか、頭の中に浮かんだときに思うことというよりも、見たときに絵としてなんとなくこれはひらがなにしちゃおうかなとか、逆に漢字のほうがすっきり見えるなとか。そのルールは僕、あるかもしれないですね。読んでると気づくと思うんですけど、「これ、漢字は使わないんだ」みたいな。「何かをしているとき」っていう時間の「時」は絶対にひらがなを使ってますね。それも、「時」っていう字面がなんか止めちゃう気がするんですよね。「時間」はもちろん漢字を使うんですけど、「何とかのとき」っていうのはひらがなにしたほうが僕のなかでは文章が入っていく気がして。とにかく文章が引っかかりなく入るためにはどうしたらいいか、みたいなことを考えてるかも。その辺を気にして読んでもらえるとうれしいです。けっこうこだわってます。
2025年に、がんと診断されてから日々うっすらと鬱屈し、悩み、悶々と過ごしています。幸いなことに手術も成功し、今できる治療は滞りなく進んでいるけれど、再発、転移などに怯えています。毎日、真夜中や早朝、ふと目が覚めたときに、見えない不安や恐怖でたまらない気持ちになります。折り合いをつけて、のらりくらりやっていますが、参ってしまいます。考えても悩んでも仕様がない、いちばんわかっているはずなのに、「わかっていてもできない」を絵に描いたような毎日です。すみません、愚痴っちゃいました。
燃え殻:お疲れさまです。大変でしたね。僕の母のときのがんもそうなのですが、今一緒に仕事をしている映像作家であり、映画などの監督もしている方がいて。ちょっと一緒に仕事ができないかなっていう感じで、脚本を一緒に書いてるのですが、彼もがんで、抗がん剤治療をしながら打ち合わせしています。抗がん剤を打ったあとの2日後くらいがだるくなって、打ち合わせができる日程が限られるのですが、逆に言うと、その限られた日程以外は普通に一緒に仕事をしてます。今どんどん治療もよくなってきていて、母のときも思ったのですが、抗がん剤の副作用も減って、再発についてもだんだん細かくわかるようになってきているというのを実感として持っているので。不安だとは思いますけれども、日々治療をしつつ、経過を見ていけば大丈夫だと思います。頑張ってくださいね。ふと起きたらラジオを聴いてみてください。
小説家・燃え殻による、東京の真夜中に綴るトークラジオ『BEFORE DAWN』の放送は毎週金曜の26時30分から。 Spotifyなどのポッドキャストでも配信中。
この内容をお届けしたのは、4月10日(金)放送のJ-WAVE『BEFORE DAWN』(ナビゲーター:燃え殻)。作家・エッセイストの燃え殻による深夜のトークラジオプログラムだ。
全部諦めたかのような潔さに興味が湧いた
3月に逝去した漫画家・つげ義春への想いを、燃え殻が語り始める。燃え殻:僕が初めてつげ義春さんを知ったのは、古本屋でたまたま見つけて読んだ『無能の人』という漫画でした。タイトルにまず惹かれました。僕が中学生のころでした。『週刊少年ジャンプ』全盛期で、同級生たちは『キン肉マン』とか『キャプテン翼』などに夢中になっていたころです。僕ももちろん、『週刊少年ジャンプ』は読んでいたのですが、つげさんの漫画にだけ流れる独特の時間、匂い、生々しさ、全部諦めたかのような潔さに俄然興味が湧きました。
それからときが経ち、竹中直人が初監督・主演を務めた、つげ義春原作の映画『無能の人』が公開された(1991年公開)。
燃え殻:僕は横浜の関内にあった小さな映画館でその作品を観ました。寂しさとわびしさをしみじみと味わいながら、「大人」を経験したような気持ちになったのを覚えています。「そういう人生もいいな」と憧れすらしました。主人公は漫画家なのですが、依頼はなく、お金に困っています。奥さんはチラシ配りのアルバイトをして家計を助けます。多摩川の河原、たくさん石が転がっている場所で、よりによって主人公は石を売り始めます。もちろん、それは売れません。夕方になると息子が迎えに来ます。ゴンチチの曲が、ぽつり、ぽつりと流れます。なんとも寂しくわびしい、でも、温度のある人間関係が静かに描かれています。今でもときどき、映画『無能の人』を観返します。「あまり力まずにいきましょう」と、毎回つげさんに言われたような気持ちになります。
SNSの言葉や動画に疲れた人は読んでみてほしい
燃え殻は、つげの短編漫画『散歩の日々』を、エッセイを書くうえでお手本のような一作だと語る。燃え殻:そのリズム感、オフビートながらドキッとするほど人間らしい振る舞い。大好きな作品です。主人公は例によってまた売れない漫画家です。仕事の依頼がないので、昼間に散歩をしたり、ぼんやりしたり、昼寝をします。奥さんと息子がひとりいます。ポケットにはいつも300円が入っていました。その300円さえあれば落ち着く、と主人公は語ります。ある日、散歩中に賭け事をしている人たちと出くわして、主人公は思わず300円をすって所持金がゼロになってしまいました。
その夜、町内ではお祭りが開かれ、主人公は焼きそば屋を手伝うことになる。
燃え殻:盆踊りの音、人混み、浴衣を着た人たち、それらに紛れて主人公は焼きそばの売り上げを入れているかごから300円くすねます。それだけの話です。その話が僕は特に好きでした。言葉を尽くせば尽くすほど野暮になりそうなので、読んでもらうしかないのですが、そういう人の営み、業(ごう)を書いてみたいと、読むたびいつも思います。情感たっぷりに安易に形容詞を使わず、文学的に語るのもそれっぽいのかもしれませんが、そんな、いかにもなことをしたら、つげさんに「あまり力まずにいきましょう」と言われてしまいそうな気がします。
「今、つげさんの作品で、まだ手にしていなかったものを少しずつ集めている」と燃え殻は続ける。
燃え殻:Xでは自称成功者たちが日々、動画やポストで成功体験を語っています。「目標を達成したら倍の目標を目指しましょう」みたいなことを毎日ガンガンやっています。そんな言葉と動画にほとほと疲れた人は、ふと、つげさんの作品を手に取ってみてください。最後のページをめくるころ、「あまり力まずにいきましょう」と自分に声をかけたくなると思います。
東北に行きがちなのも、つげの影響
燃え殻は、現在、執筆プラットフォーム・theLetterで『底なし日記』を書き、日々公開している。つげもまた日記をよく書き、それは文庫にもなっている。燃え殻:つげさんが書かれた『夢日記』も最高なのですが、『つげ義春旅日記』がおすすめです。つげさんの旅の日記に出てくるひなびた温泉を、僕はこれから人生をかけて少しずつ回ってみたいなと思っています。もういくつか行ったところはあるのですが、たしかに、つげさんが行ったんだなって思うくらいひなびていて、とても情緒があって。そういう場所に、僕は2カ所ぐらい行ったんですが、これからゆっくり回ってみたいと思います。
『つげ義春旅日記』には、つげが撮った写真やイラストも収録されているという。
燃え殻:僕が東北に行きがちなのは、たぶん、つげさんの影響です。つげさんの日記は、特段面白いことは起きません。でも、淡々と読んでいると、自分もフラフラと知らない土地の知らない温泉街を散策しているような気持ちになります。ちょっと薄暗い路地をたどって、たどって、迷子になれるような感覚になります。僕が祥伝社で連載している『迷子になるはずの旅』は、つげさんの旅の日記がお手本なんだなと最近、自覚的になりました。そう考えると、僕は自分が思っていた以上につげさんのことをお手本に作品を作ってきたんだと思います。つげさんが亡くなったという一報をニュースで知ったとき、思いのほかショックだった理由がやっとわかった気がします。つげさんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
ひらがなと漢字の使い分け、そのこだわり
番組後半では、リスナーから届いた質問に燃え殻が答えた。私が常々気になっている「すいません」という言葉についてお話しさせてください。私は「すみません」が好きです。逆に「すいません」とは相容れないと思っています。字面や響きが美しいとなんとなくの意見しか言えないのですが、「い」は何か気持ち悪く思ってしまいます。ちなみに、話し言葉としては特に気になりません。燃え殻さんの文章を拝読していると、書き言葉と話し言葉の使い分けやバランスを考えさせられます。よろしければ何か意識されていることや、「すいません」「すみません」についてご意見お訊きしたいです。
燃え殻:「すいません」は、たしかに気持ち悪いかもしれないですね。文字で見たときに「すみません」って僕も書いちゃう。カッコの中のセリフだと、日本語が少し間違ってたりとか、「読んでいる」みたいな感じにしないで「読んでる」とか、ちょっと日本語が間違ったとしても、常々話している感じ、リズムみたいなのを出したいなと思ったりとかしますね。僕はいろんなところで言うんですけど、「続ける」っていう字は、「続」っていう漢字が強い感じがして、どの文章でも、ひらがなで「つづける」って書いてますね。
ほかにも、ひらがなで書くようにしている言葉や言い回しがあり、自分のなかにいくつかのルールがあると言う。
燃え殻:「この漢字を使うとちょっと引っかかるかもな。1回考えてからまた文章に戻るな」って思うものについては「ひらがなにしよう」って思ってるかもしれないですね。そういう言い回しとか、頭の中に浮かんだときに思うことというよりも、見たときに絵としてなんとなくこれはひらがなにしちゃおうかなとか、逆に漢字のほうがすっきり見えるなとか。そのルールは僕、あるかもしれないですね。読んでると気づくと思うんですけど、「これ、漢字は使わないんだ」みたいな。「何かをしているとき」っていう時間の「時」は絶対にひらがなを使ってますね。それも、「時」っていう字面がなんか止めちゃう気がするんですよね。「時間」はもちろん漢字を使うんですけど、「何とかのとき」っていうのはひらがなにしたほうが僕のなかでは文章が入っていく気がして。とにかく文章が引っかかりなく入るためにはどうしたらいいか、みたいなことを考えてるかも。その辺を気にして読んでもらえるとうれしいです。けっこうこだわってます。
2025年に、がんと診断されてから日々うっすらと鬱屈し、悩み、悶々と過ごしています。幸いなことに手術も成功し、今できる治療は滞りなく進んでいるけれど、再発、転移などに怯えています。毎日、真夜中や早朝、ふと目が覚めたときに、見えない不安や恐怖でたまらない気持ちになります。折り合いをつけて、のらりくらりやっていますが、参ってしまいます。考えても悩んでも仕様がない、いちばんわかっているはずなのに、「わかっていてもできない」を絵に描いたような毎日です。すみません、愚痴っちゃいました。
燃え殻:お疲れさまです。大変でしたね。僕の母のときのがんもそうなのですが、今一緒に仕事をしている映像作家であり、映画などの監督もしている方がいて。ちょっと一緒に仕事ができないかなっていう感じで、脚本を一緒に書いてるのですが、彼もがんで、抗がん剤治療をしながら打ち合わせしています。抗がん剤を打ったあとの2日後くらいがだるくなって、打ち合わせができる日程が限られるのですが、逆に言うと、その限られた日程以外は普通に一緒に仕事をしてます。今どんどん治療もよくなってきていて、母のときも思ったのですが、抗がん剤の副作用も減って、再発についてもだんだん細かくわかるようになってきているというのを実感として持っているので。不安だとは思いますけれども、日々治療をしつつ、経過を見ていけば大丈夫だと思います。頑張ってくださいね。ふと起きたらラジオを聴いてみてください。
小説家・燃え殻による、東京の真夜中に綴るトークラジオ『BEFORE DAWN』の放送は毎週金曜の26時30分から。 Spotifyなどのポッドキャストでも配信中。
radikoで聴く
2026年4月17日28時59分まで
PC・スマホアプリ「radiko.jpプレミアム」(有料)なら、日本全国どこにいてもJ-WAVEが楽しめます。番組放送後1週間は「radiko.jpタイムフリー」機能で聴き直せます。
番組情報
- BEFORE DAWN
-
毎週金曜26:30-27:00