"80年代を発明した男"トレヴァー・ホーン─MTV、YES、シールを生んだ音の革命をクリス・ペプラーが解説

「ポップミュージックの再発明」をテーマに、イギリスの名プロデューサー、トレヴァー・ホーンの軌跡を深掘りした。

この内容をお届けしたのは、2月18日(水)放送のJ-WAVE『MIDDAY LOUNGE』(ナビゲーター:クリス・ペプラー)の「MUSIC EXPLORER」。世界の音楽シーンのムーブメントを“今”の視点で考察するコーナーだ。

『MIDDAY LOUNGE』はグローバルなルーツを持つ国際色豊かなナビゲーターたちが、リスナーと一緒に「新しい自分、新しい世界と出会う」3時間のプログラム。ナビゲーターは、月曜 ハリー杉山、火曜 市川紗椰、水曜 クリス・ペプラー、木曜 ジョン・カビラが日替わりで担当している。

MTVの初オンエア曲『Video Killed the Radio Star』が大ヒット

今回は、1980年代以降のポップミュージックの潮流を作り変えた存在と言っても過言ではない、イギリスが生んだ巨匠、トレヴァー・ホーンの音楽的功績に迫る。

トレヴァー・ホーンは1949年、イングランド北東部のダラムで生まれた。音楽的ルーツは、セミプロのベーシストとして活動していた父親にある。少年時代のトレヴァー自身もベーシストとしてバンドで演奏し、キャリア初期はセッションミュージシャンとして活動していた。

世界的にその名が知られるようになったのは1979年のこと。ジェフ・ダウンズとのユニット、The Bugglesによる『Video Killed the Radio Star』が大ヒットを記録する。1981年8月1日、アメリカで24時間のミュージックビデオ専門チャンネル・MTVが放送を開始した際、最初にオンエアされた楽曲がこの曲だった。

The Buggles - Video Killed The Radio Star (Official Music Video)

クリス:「ビデオがラジオスターを葬る」と歌ったこの曲は、音楽を映像で観る時代の幕開けを象徴しています。音楽的にも、単なるキャッチーなポップソングではなく、声の加工やシンセサイザーを多用し、当時としては非常に新しいサウンドを作り上げました。実は、低品質というか、あえてロークオリティのマイクを使い、声そのものは加工していないという説もあります。いろんな説があります。そうした試行錯誤が話題を呼びました。ちょうどこのころ、日本ではYMOが大活躍していて、まさに時代が求めていた音楽だったのかもしれません。

YES最大のヒットソングをプロデュース

The Bugglesの活動後、トレヴァーはプログレッシブロックの名バンド、YESに加入する。1980年、The Bugglesとして活動していた彼が、隣のスタジオでリハーサルをしていたYESのメンバーに楽曲提供のつもりでデモテープを渡したそう。当時の中心人物であったベーシスト、クリス・スクワイアが彼の歌声を高く評価し、「君がボーカルとして参加しないか」とその場でスカウトしたという。憧れのバンドに曲を提供するつもりが、自身がボーカルとして迎えられることになる、まさにシンデレラストーリーのような逸話も残っていると、クリスは解説。

しかし、トレヴァーがボーカルを務めたアルバム『Drama』は不評を招く。ポップすぎるという評価に加え、「YESのボーカルはジョン・アンダーソン以外ありえない」という声も根強く、トレヴァーは大きな精神的ダメージを受けることになる。

クリス:1983年のYESのアルバム『90125』(邦題:ロンリー・ハート)ではジョン・アンダーソンが復帰し、トレヴァーは一歩引いてプロデューサーの立場に回ります。彼がプロデュースしたシングル『Owner Of A Lonely Heart』は全米1位を記録。YES最大のヒットとなりました。

YES - Owner of a Lonely Heart (Official Music Video)

同じく1983年、トレヴァーはレーベル・ZTT Recordsを設立する。ここで重要な役割を果たしたのが、サンプリングマシンであるフェアライトCMIであった。あらゆる音をデジタル録音し、鍵盤で演奏できるこの機材は、当時ロールスロイスが購入できるほど高価な存在だった。

トレヴァーの真骨頂は、これを単なる録音機材ではなく、楽器として使いこなした点にある。ZTTでプロデュースしたFrankie Goes To Hollywoodの代表曲『Relax』に象徴される、鋭くエッジの効いたサウンドは、フェアライトを徹底的に使い込むことで生み出されたものであった。

Frankie Goes To Hollywood - Relax (Official Video)

クリス:これこそが、まさしくポップミュージックの革命だったと言えるのではないでしょうか。

ポール・マッカートニーの復活作をプロデュース

トレヴァーが音の実験を徹底的に追求したユニットが、The Art Of Noiseだ。車のエンジン音やドアの開閉音、人の咳に至るまであらゆるノイズをサンプリングし、音楽へと昇華させていった。

The Art Of Noiseは1999年にアルバム『The Seduction of Claude Debussy』(邦題:ドビュッシーの誘惑)をリリースする。印象派音楽の巨匠であるクロード・ドビュッシーの世界観を、ヒップホップMCのラキムをフィーチャーするなど、ジャンルを横断した手法で表現した意欲作であった。

Art Of Noise - Metaforce

1980年代末には、ポール・マッカートニーとの仕事が実現する。1989年発表のアルバム『Flowers in the Dirt』において、トレヴァーはプロデュースおよび演奏で参加した。当時、スランプ状態にあったポールは、共同制作者としてエルヴィス・コステロを迎え、さらに音の構築役としてトレヴァーに白羽の矢を立てたのである。

Paul McCartney - My Brave Face

クリス:エルヴィス・コステロとトレヴァーはまったく違ったスタイルと言いますか、このふたりを合わせるポール・マッカートニーもすごいなと思いました。結果、このアルバムはUKチャート1位、アメリカでもトップ20入りを果たしました。一部の評論家からは「ポールのソロ最高傑作」とも評されました。

シールのグラミー3冠、そしてt.A.T.u.へ

1990年代に入ると、トレヴァーはシールとの仕事を通じて、テクノロジーと人間のエモーションを高度に融合させた音楽を完成させる。シールの歌声に惚れ込んだトレヴァーは、1stアルバムから二人三脚で楽曲を制作していった。なかでも、1994年の『Kiss From a Rose』は、もともとシールがデビュー前にカセットテープに録音していた古いデモ音源のひとつであった。本人は制作に消極的だったが、その可能性を見抜いたトレヴァーが膨大な時間をかけて磨き上げ、完成度の高い楽曲へと昇華させた。同曲は映画『バットマン フォーエヴァー』の主題歌に起用され、グラミー賞において最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀男性ポップ・ボーカル・パフォーマンス賞の3部門を受賞するなど、世界的な成功を収めた。

Seal - Kiss From A Rose (Official Video) [HD]

そして2002年、彼は再び世界を驚かせる。ロシアの少女デュオ、t.A.T.u.をプロデュースし、若いふたりの存在感を際立たせるため、あえて重厚な音の壁を構築。鋭くシャープなポップサウンドで、国際的な成功へと導いたのである。

t.A.T.u. - All The Things She Said (Official Music Video)

クリス:あらためて振り返ると、トレヴァー・ホーンは音を建築するタイプの音楽家ですね。シェフのように素材や隠し味にこだわり、見逃してしまいそうな音の豊かさと切れ味を両立させる。そのドラマチックで艶やかな質感こそが、彼の持ち味なんだと思います。初めてシールを聴いたときの衝撃も忘れられません。ソウルフルなのに、どこかヨーロッパを感じさせる。その融合の見事さに驚かされました。ということで最後は、トレヴァー・ホーンのプロデュースによるシール初期のナンバー『Crazy』で締めたいと思います!

Seal - Crazy (Official Music Video) [HD]

J-WAVE『MIDDAY LOUNGE』のコーナー「MUSIC EXPLORER」では、世界の音楽シーンのムーブメントを「今」の視点で考察する。放送は月曜~木曜の14時ごろから。
番組情報
MIDDAY LOUNGE
月・火・水・木曜
13:30-16:30

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