直木賞作家・辻村深月の同名小説を映画化した『この夏の星を見る』が、7月4日(金)に全国公開された。J-WAVEでは、本作とコラボレーションした新たなポッドキャスト番組「ハラカド天文部」を配信している。
ここでは、「ハラカド天文部」で2回にわたって配信した、本作の映画監督・山元環と総合プロデューサー・松井俊之による対談の模様をお届けする。
トーク内容は、映画『この夏の星を見る』公式noteにて、テキストでも楽しめるよう書き起こしとして掲載している。J-WAVE NEWSでは、その内容を全文転載で紹介。テキストで、ポッドキャストで、お好みに合わせて楽しめる。(J-WAVE NEWS編集部)
公式note URL:https://note.com/konohoshi_movie
・ポッドキャストページ
松井俊之(以下、松井):よろしくお願いいたします。
山元:一旦、ちょっと松井さんのご紹介だけさせていただきますね。 映画会社、テレビ局、フリーランスを経て、現在は株式会社フレアクリエイターズ取締役・エグゼクティブプロデューサーでいらっしゃいます。『THE FIRST SLAM DUNK』では第46回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞、第42回藤本賞を受賞されました。ちょっと今日は松井さんと、映画の作り方とか、向き合い方みたいなところで話していきたいなと思っております。
松井:監督は、映画との出会いって聞かれてどうやって答える?
山元:僕は、日常の中から派生したものとして映画があったっていうのが一番大きかったですね。なんか映画館に行くことが映画体験の1つだったんですよ。僕の場合で言うと、なんか「晩ごはんを食べに外に出かける」みたいな、映画を観に行く=一日で一番スペシャルになる、っていうのが僕の一番の“映画が特別になった”きっかけですね。
松井:僕はちょっと世代が上なのではないかと思うんですけど、僕が子どもの頃って映画って当然シネコンじゃないし、一本立てでもなかったりして、映画館が近くにあるとも限らないような状況だったんですよ。でも僕は父親の仕事の関係で、恵まれたことに、小学生の頃から映画館に行けるっていう環境があって。そういう育ちをしたこともあって、映画が日常的にあるもんだし、かといってやっぱり特別なものだったんですよね。僕の時代はブラウン管のテレビしかなかったから、映画ってテレビで放送したら録画もできなくて、一回きりなんですよ。だから、映画館で映画を見るっていうのは特別なことだったんです。で、その特別なものを一日中見ていられるって最高の幸せで。そういう経緯を経てきたので、映画が大好きだし、特別なものだっていう感覚があったんですよね。
山元:いやでも、今ってなかなか映画館で一日何本も観る、っていうような時代でもないですよね。一回一回の体験が、より重みを増してるような気がします。
松井:本当にそう思います。僕が映画を観るのが好きだったところから「作りたい」と思うようになったきっかけは、僕の世代だと「角川映画」がものすごく流行ってたんですよ。その中でも特に、角川映画って「メイキング」という、今では当たり前になっているものを宣伝に使ったっていうのが画期的で。映画を見る前にテレビでメイキング番組が流れるのがすごく新鮮で、大好きな俳優さんや監督さんの仕事風景が見られるっていうのは感動でした。それを見て、「ああ、こういう世界もあるんだ」って思ったんです。
山元:そこから憧れが芽生えたんですね。
山元:本当に、多角的に見てきたからこその視点ですよね。1つの会社にとどまらず動いていくキャリアって、若い人たちにも参考になると思います。
松井:「好きだ」と思って始めたことって、同じ目線でばかり見てると固まっていっちゃうんですよ。なるべく固まらないように、熱いうちはフライパンの上で転がしとく。コロコロ動かしておくことで、玉が育っていく。そんなイメージです。
山元:それ、松井さんいつもおっしゃってましたよね。「熱いうちに打て」って。打ち合わせも「今日、今日やろう」とか、「その日のうちに全部出しきって、違ったらまた明日話せばいい」って。あの姿勢に僕もすごく刺激を受けてました。
松井:映画って、「作る」「送る」「受ける」の3段階で完成すると思っていて。作る=企画から完成まで。送る=宣伝や営業。受ける=観客が観てくれること。それら全部を見通して組み立てていくのが、総合プロデューサーの仕事です。企画の段階から観客の受け取りまでを見据えて設計する。そのために僕はいろんな会社を渡り歩いて、各工程を体験してきたんです。
山元:確かに、縦割りの業界の中で、それを一貫して体験している人ってなかなかいないですよね。
松井:企画意図ですね。これがすべての出発点だと思っています。今回で言えば、辻村深月先生の原作小説があって、それを映画にしたいという話になった時点で、ある程度の企画意図は既に原作に込められている。でもそれをどう「映像化」するのか、それが重要なんです。 僕は今回「令和の『ウォーターボーイズ』を作りたい」と書きました。奪われたはずの日常を取り戻していく学生たちが、オンラインで望遠鏡を繋ぎ、同じ星を見る。そんな青春群像劇。そこに競技性を持たせて、スポーツのようにドキドキワクワクしながら観られる映画にできたらいいな、と。
山元:めちゃくちゃいいですよね、「男のシンクロ」。
松井:それそれ(笑)。この映画では「スターキャッチコンテスト」がその象徴です。望遠鏡って、多くの人にとって未知のものだからこそ、それを使った競技にすることでエンタメ性が増すと思ったんですよ。
松井:一番違うのは工程です。アニメは絵コンテを作ってから映像を作るけど、実写は撮影してから編集。アニメは途中でも絵を修正できるけど、実写は完成尺を決めたら基本的に触れない。だからアニメは、コンテの段階でプロデューサーと監督がどこまで確信を持てるかが鍵になります。根底をしっかり作り込まないと、後々大変なことになる。
山元:僕も絵コンテを描いたり、編集したりする中で、そこはすごく感じました。だから今回、松井さんと相談して、制作前に「デモリール」を作ったんですよね。
松井:そう。完成形をイメージできるような仮の予告編を作ることで、制作スタッフみんなのイメージを合わせる。それは『SLAM DUNK』でもやっていたことで、監督とスタッフの共有が何より大事なんです。
山元:参考にした作品も多かったですよね。『君の名は。』の星空表現や、『ルックバック』の音楽的なカット割り。アニメのアプローチを実写に持ち込む試みも多くしました。
松井:星空ってテーマがある以上、やっぱり新海誠監督がつくった“新海色”と呼ばれる世界に対して、どこまで実写で戦えるかっていうのは意識しましたね。
松井:一言でいうと、「恩返し」なんです。僕自身、『THE FIRST SLAM DUNK』というとても大きな作品を終えて、このタイミングで何をやるべきかを真剣に考えた。そのときに、「ここまで育ててもらった映画業界に対して、きちんと恩返しをしたい」という思いが湧いてきたんですよね。
山元:それは、すごく沁みます…。
松井:そして、じゃあ自分に何ができるかと考えたときに、「次の時代を担う若い才能に、ちゃんとした場を提供すること」だなと思ったんです。監督や脚本家だけじゃなく、現場のスタッフにも、テレビ畑や商業作品ではなかなか得られない、“映画という環境”で試せる機会を作りたかった。
山元:本当に光栄です。そしてその環境を信じてくれたからこそ、俳優陣も、技術チームも、すごく真剣に、純粋に取り組んでくれました。
山元:ありがとうございます…。僕自身は、できるだけ「嘘のない瞬間」を積み重ねたいと思っていて。演技も演出も、セリフのタイミングひとつまで、自然な“呼吸”が見えることを大切にしています。
松井:今回、そうした純度の高い画がしっかり撮れていたし、なにより俳優たちの“言葉になる直前の気持ち”がちゃんと伝わってきた。これはもう、演出の力だなと思いました。
松井:そうなんです。僕自身、2020年は『SLAM DUNK』の制作まっただ中で、なんとか現場を止めないように奔走していました。でもある日、NHKの『18祭』という番組を観て、そこで映っていた若者たちの姿に、強く胸を打たれたんです。
山元:“あのときの想い”って、整理できないまま、心の奥にしまっている人も多いと思うんですよね。
松井:そう。世の中には「頑張れた人」もいれば、「頑張れなかった人」もいた。でも、そのどちらもが懸命にその時間を生きていた。だから、「前を向けなかった人」や「立ち止まってしまった人」にも、「それでいいんだよ」って伝えたかった。映画って、そういう声を届けられるものだと思うんです。
松井:あれは、中村直史さんというコピーライターが、企画の初期段階から関わってくださって生まれた一文です。コピーとしてだけでなく、「この映画のテーマそのものを象徴する言葉」として、大切にしてきました。
山元:本当にすごい一言ですよね。言葉にされて、ようやく「あのとき」のことを考えられるようになった人も、多いんじゃないかと思います。
松井:ポスターも2種類あって、どちらも本当によかったんです。振り子のビジュアルは象徴的だし、もう一方の、桜田ひよりさんのアップも、すごく強い眼差しを持っていた。アートディレクターの榎本さんが、丁寧に形にしてくれました。
山元:僕も最初に紙で手渡してもらったとき、「これは映画と同じ空気を持っている」と感じました。すごく大事にします。
山元:音の間や、俳優の息づかい、ふとした目線の動きまで、全部が映画館という空間の中で呼吸するように響く。そんな設計にしたつもりです。
松井:観終わったあとに、「あの夏、自分は何をしていたかな」って、そっと振り返ってもらえたら、それだけでこの映画の意味はあると思っています。
松井:本当にそう。やれなかったこと、できなかった想い。それを抱えたままでも前に進めるように——映画には、そんな力があると信じています。
山元:たくさんの人に観てもらいたいですね。そして、できればロングランにつながるように、応援よろしくお願いします!
山元:松井さん、2週にわたって本当にありがとうございました。
松井:こちらこそ、楽しい時間でした。ありがとうございました!
山元:よいお年を!
松井:よいお年を!
(この記事は、Podcastコンテンツ「ハラカド天文部」のダイジェスト記事です。)
最新回では、主演を務めた桜田ひよりが登場した。
<山元監督プロフィール>
ショートフィルム 『ワンナイトのあとに』がyoutubeで300万回再生され話題になり、その後、監督・脚本を務めたBUMP配信ドラマ「今日も浮つく、あなたは 燃える。」の切り抜き等がSNSで総再生回数4億回を超える。昨今では「夫婦が壊れるとき」(NTV)、「沼オトコと沼落ちオンナのmidnight call~寝不足の原因は自分にある。~」(TX)、「痛ぶる恋の、ようなもの」(TX)では監督・脚本を務める。
<松井プロデューサープロフィール>
映画会社、テレビ局、フリーランスを経て、現在はFLARE CREATORS取締役エグゼクティブプロデューサー。プロデューサーとして、『BALLAD 名もなき恋のうた』などの実写作品から、『THE FIRST SLAMDUNK』(2022)などのアニメーション作品まで、幅広く手がけている。 『THE FIRST SLAMDUNK』(2022)では第 46 回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞受賞、第42 回藤本賞受賞。
ここでは、「ハラカド天文部」で2回にわたって配信した、本作の映画監督・山元環と総合プロデューサー・松井俊之による対談の模様をお届けする。
トーク内容は、映画『この夏の星を見る』公式noteにて、テキストでも楽しめるよう書き起こしとして掲載している。J-WAVE NEWSでは、その内容を全文転載で紹介。テキストで、ポッドキャストで、お好みに合わせて楽しめる。(J-WAVE NEWS編集部)
公式note URL:https://note.com/konohoshi_movie
・ポッドキャストページ
監督×総合プロデューサーによる対談
山元環(以下、山元):こんにちは、映画監督の山元環です。星に関わるさまざまな分野のゲストを交えて、思う存分星空の魅力を語り合う、天文座談ステーション「ハラカド天文部」。この番組は、2025年7月4日公開の映画『この夏の星を見る』で監督を務めました私、映画監督の山元環が、J-WAVE ARRTSIDE CASTからお届けしております。今週は映画『この夏の星を見る』の総合プロデューサーの松井俊之さんをお迎えいたしました。松井俊之(以下、松井):よろしくお願いいたします。
山元:一旦、ちょっと松井さんのご紹介だけさせていただきますね。 映画会社、テレビ局、フリーランスを経て、現在は株式会社フレアクリエイターズ取締役・エグゼクティブプロデューサーでいらっしゃいます。『THE FIRST SLAM DUNK』では第46回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞、第42回藤本賞を受賞されました。ちょっと今日は松井さんと、映画の作り方とか、向き合い方みたいなところで話していきたいなと思っております。
映画をつくるということ
山元:松井さん、まずちょっとざっくりでいいんですけど、いつから映画プロデューサーになりたいと思ったのかっていうのを、ちょっと教えていただけますか?松井:監督は、映画との出会いって聞かれてどうやって答える?
山元:僕は、日常の中から派生したものとして映画があったっていうのが一番大きかったですね。なんか映画館に行くことが映画体験の1つだったんですよ。僕の場合で言うと、なんか「晩ごはんを食べに外に出かける」みたいな、映画を観に行く=一日で一番スペシャルになる、っていうのが僕の一番の“映画が特別になった”きっかけですね。
松井:僕はちょっと世代が上なのではないかと思うんですけど、僕が子どもの頃って映画って当然シネコンじゃないし、一本立てでもなかったりして、映画館が近くにあるとも限らないような状況だったんですよ。でも僕は父親の仕事の関係で、恵まれたことに、小学生の頃から映画館に行けるっていう環境があって。そういう育ちをしたこともあって、映画が日常的にあるもんだし、かといってやっぱり特別なものだったんですよね。僕の時代はブラウン管のテレビしかなかったから、映画ってテレビで放送したら録画もできなくて、一回きりなんですよ。だから、映画館で映画を見るっていうのは特別なことだったんです。で、その特別なものを一日中見ていられるって最高の幸せで。そういう経緯を経てきたので、映画が大好きだし、特別なものだっていう感覚があったんですよね。
山元:いやでも、今ってなかなか映画館で一日何本も観る、っていうような時代でもないですよね。一回一回の体験が、より重みを増してるような気がします。
松井:本当にそう思います。僕が映画を観るのが好きだったところから「作りたい」と思うようになったきっかけは、僕の世代だと「角川映画」がものすごく流行ってたんですよ。その中でも特に、角川映画って「メイキング」という、今では当たり前になっているものを宣伝に使ったっていうのが画期的で。映画を見る前にテレビでメイキング番組が流れるのがすごく新鮮で、大好きな俳優さんや監督さんの仕事風景が見られるっていうのは感動でした。それを見て、「ああ、こういう世界もあるんだ」って思ったんです。
山元:そこから憧れが芽生えたんですね。
多面的に見ることで、映画の全体像が見えてくる
松井:フリーも経験しましたし、映画会社にいた後、テレビ局にも転職して、局員として働いたこともあります。映画って、時代によって扱われ方がすごく変わってきたメディアだと思っていて。昔は大衆娯楽の王様として映画があって、それがテレビに移っていった。邦画は一時期ちょっと斜陽になったけど、テレビ局がドラマを映画化したり、製作委員会の仕組みができたりして、盛り返してきた歴史があるんです。僕が映画会社にいた時代にちょうどその流れが来ていて、でもこのままだと映画会社側の論理しか知らない人になってしまうと思ったんです。それで、テレビ局に移って、宣伝や放送、番組制作なども経験することで、より映画を多面的に見られるようになりました。山元:本当に、多角的に見てきたからこその視点ですよね。1つの会社にとどまらず動いていくキャリアって、若い人たちにも参考になると思います。
松井:「好きだ」と思って始めたことって、同じ目線でばかり見てると固まっていっちゃうんですよ。なるべく固まらないように、熱いうちはフライパンの上で転がしとく。コロコロ動かしておくことで、玉が育っていく。そんなイメージです。
山元:それ、松井さんいつもおっしゃってましたよね。「熱いうちに打て」って。打ち合わせも「今日、今日やろう」とか、「その日のうちに全部出しきって、違ったらまた明日話せばいい」って。あの姿勢に僕もすごく刺激を受けてました。
総合プロデューサーの仕事とは
山元:そもそも「総合プロデューサーって何してる人?」って、リスナーの方々も思ってると思うんですよ。あらためて、どういう仕事なのか聞かせてもらえますか?松井:映画って、「作る」「送る」「受ける」の3段階で完成すると思っていて。作る=企画から完成まで。送る=宣伝や営業。受ける=観客が観てくれること。それら全部を見通して組み立てていくのが、総合プロデューサーの仕事です。企画の段階から観客の受け取りまでを見据えて設計する。そのために僕はいろんな会社を渡り歩いて、各工程を体験してきたんです。
山元:確かに、縦割りの業界の中で、それを一貫して体験している人ってなかなかいないですよね。
企画意図がすべての出発点
山元:じゃあ、作品に着手する時、一番大事にしていることってなんですか?松井:企画意図ですね。これがすべての出発点だと思っています。今回で言えば、辻村深月先生の原作小説があって、それを映画にしたいという話になった時点で、ある程度の企画意図は既に原作に込められている。でもそれをどう「映像化」するのか、それが重要なんです。 僕は今回「令和の『ウォーターボーイズ』を作りたい」と書きました。奪われたはずの日常を取り戻していく学生たちが、オンラインで望遠鏡を繋ぎ、同じ星を見る。そんな青春群像劇。そこに競技性を持たせて、スポーツのようにドキドキワクワクしながら観られる映画にできたらいいな、と。
山元:めちゃくちゃいいですよね、「男のシンクロ」。
松井:それそれ(笑)。この映画では「スターキャッチコンテスト」がその象徴です。望遠鏡って、多くの人にとって未知のものだからこそ、それを使った競技にすることでエンタメ性が増すと思ったんですよ。
実写とアニメの違い、融合の試み
山元:松井さんはアニメも実写も両方手がけていて、その違いについても伺いたいです。松井:一番違うのは工程です。アニメは絵コンテを作ってから映像を作るけど、実写は撮影してから編集。アニメは途中でも絵を修正できるけど、実写は完成尺を決めたら基本的に触れない。だからアニメは、コンテの段階でプロデューサーと監督がどこまで確信を持てるかが鍵になります。根底をしっかり作り込まないと、後々大変なことになる。
山元:僕も絵コンテを描いたり、編集したりする中で、そこはすごく感じました。だから今回、松井さんと相談して、制作前に「デモリール」を作ったんですよね。
松井:そう。完成形をイメージできるような仮の予告編を作ることで、制作スタッフみんなのイメージを合わせる。それは『SLAM DUNK』でもやっていたことで、監督とスタッフの共有が何より大事なんです。
山元:参考にした作品も多かったですよね。『君の名は。』の星空表現や、『ルックバック』の音楽的なカット割り。アニメのアプローチを実写に持ち込む試みも多くしました。
松井:星空ってテーマがある以上、やっぱり新海誠監督がつくった“新海色”と呼ばれる世界に対して、どこまで実写で戦えるかっていうのは意識しましたね。
総合プロデューサー・松井俊之
映画業界に、きちんと恩返しがしたかった
山元:あらためて伺いたいんですが、今回、僕を監督に選んでくださった理由って、どこにあったんでしょうか?松井:一言でいうと、「恩返し」なんです。僕自身、『THE FIRST SLAM DUNK』というとても大きな作品を終えて、このタイミングで何をやるべきかを真剣に考えた。そのときに、「ここまで育ててもらった映画業界に対して、きちんと恩返しをしたい」という思いが湧いてきたんですよね。
山元:それは、すごく沁みます…。
松井:そして、じゃあ自分に何ができるかと考えたときに、「次の時代を担う若い才能に、ちゃんとした場を提供すること」だなと思ったんです。監督や脚本家だけじゃなく、現場のスタッフにも、テレビ畑や商業作品ではなかなか得られない、“映画という環境”で試せる機会を作りたかった。
山元:本当に光栄です。そしてその環境を信じてくれたからこそ、俳優陣も、技術チームも、すごく真剣に、純粋に取り組んでくれました。
演出の“余白”が語るもの
松井:山元監督の演出には、独特の“余白”があるんです。たとえば画面の中に映っていない空間や感情が、自然と観客に想像させられるような。僕はそれを「外側が見える演出」と呼んでるんですが、それって、ものすごく高度なことだと思うんです。山元:ありがとうございます…。僕自身は、できるだけ「嘘のない瞬間」を積み重ねたいと思っていて。演技も演出も、セリフのタイミングひとつまで、自然な“呼吸”が見えることを大切にしています。
松井:今回、そうした純度の高い画がしっかり撮れていたし、なにより俳優たちの“言葉になる直前の気持ち”がちゃんと伝わってきた。これはもう、演出の力だなと思いました。
「できなかった人」へのまなざし
山元:この映画は、コロナ禍をテーマにしているというだけでなく、あの時間に「何かを諦めた人たち」にも向けた物語ですよね。松井:そうなんです。僕自身、2020年は『SLAM DUNK』の制作まっただ中で、なんとか現場を止めないように奔走していました。でもある日、NHKの『18祭』という番組を観て、そこで映っていた若者たちの姿に、強く胸を打たれたんです。
山元:“あのときの想い”って、整理できないまま、心の奥にしまっている人も多いと思うんですよね。
松井:そう。世の中には「頑張れた人」もいれば、「頑張れなかった人」もいた。でも、そのどちらもが懸命にその時間を生きていた。だから、「前を向けなかった人」や「立ち止まってしまった人」にも、「それでいいんだよ」って伝えたかった。映画って、そういう声を届けられるものだと思うんです。
キャッチコピーとポスターに込めた想い
山元:「2020年、あなたは何をしていましたか?」というキャッチコピー。あれ、初めて見たときに思わず言葉を失いました。松井:あれは、中村直史さんというコピーライターが、企画の初期段階から関わってくださって生まれた一文です。コピーとしてだけでなく、「この映画のテーマそのものを象徴する言葉」として、大切にしてきました。
山元:本当にすごい一言ですよね。言葉にされて、ようやく「あのとき」のことを考えられるようになった人も、多いんじゃないかと思います。
松井:ポスターも2種類あって、どちらも本当によかったんです。振り子のビジュアルは象徴的だし、もう一方の、桜田ひよりさんのアップも、すごく強い眼差しを持っていた。アートディレクターの榎本さんが、丁寧に形にしてくれました。
山元:僕も最初に紙で手渡してもらったとき、「これは映画と同じ空気を持っている」と感じました。すごく大事にします。
映画館という“空間”で観てほしい
松井:この映画は、絶対に映画館で観てほしいと思っていて。もちろん配信でも届くものはあるけれど、画面だけじゃなくて、空気や間がすごく大事な作品だから。山元:音の間や、俳優の息づかい、ふとした目線の動きまで、全部が映画館という空間の中で呼吸するように響く。そんな設計にしたつもりです。
松井:観終わったあとに、「あの夏、自分は何をしていたかな」って、そっと振り返ってもらえたら、それだけでこの映画の意味はあると思っています。
すべての“あのとき”に寄り添いたい
山元:この映画は、2020年に限らず、誰にとっても「あのときの自分」と向き合うような時間をつくってくれる作品だと思います。何かを諦めた人、進めなかった人、その全部を肯定してくれるような。松井:本当にそう。やれなかったこと、できなかった想い。それを抱えたままでも前に進めるように——映画には、そんな力があると信じています。
山元:たくさんの人に観てもらいたいですね。そして、できればロングランにつながるように、応援よろしくお願いします!
山元:松井さん、2週にわたって本当にありがとうございました。
松井:こちらこそ、楽しい時間でした。ありがとうございました!
山元:よいお年を!
松井:よいお年を!
(この記事は、Podcastコンテンツ「ハラカド天文部」のダイジェスト記事です。)
最新回では、主演を務めた桜田ひよりが登場した。
<山元監督プロフィール>
ショートフィルム 『ワンナイトのあとに』がyoutubeで300万回再生され話題になり、その後、監督・脚本を務めたBUMP配信ドラマ「今日も浮つく、あなたは 燃える。」の切り抜き等がSNSで総再生回数4億回を超える。昨今では「夫婦が壊れるとき」(NTV)、「沼オトコと沼落ちオンナのmidnight call~寝不足の原因は自分にある。~」(TX)、「痛ぶる恋の、ようなもの」(TX)では監督・脚本を務める。
<松井プロデューサープロフィール>
映画会社、テレビ局、フリーランスを経て、現在はFLARE CREATORS取締役エグゼクティブプロデューサー。プロデューサーとして、『BALLAD 名もなき恋のうた』などの実写作品から、『THE FIRST SLAMDUNK』(2022)などのアニメーション作品まで、幅広く手がけている。 『THE FIRST SLAMDUNK』(2022)では第 46 回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞受賞、第42 回藤本賞受賞。