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「医療崩壊を防ぐためのシステム」はどう立ち上がったのか─COVID-19の感染拡大の裏で

「医療崩壊を防ぐためのシステム」はどう立ち上がったのか─COVID-19の感染拡大の裏で

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提供:クラリス ファイルメーカー

「通りすがりの天才」川田十夢が、日々仕事の技術を磨き続けきら星のごとく輝いているスペシャリスト=その世界のスターと対談するポッドキャスト番組「その世界のスターたちsupported by Claris FileMaker」。

第二回のゲストは、集中治療専門医の橋本悟(はしもと・さとる)さん。橋本さんは、2022年3月まで日本集中治療医学会の常任理事(現在名誉会員)、京都府立医科大学附属病院集中治療部の部長としても活躍していた。また、NPO法人ICONの理事長を務めながらICUデータベースを開発し、NPO法人ECMOnetでも、COVID-19の重症患者状況を全国的に把握集計するプロジェクトの立役者でもある。

コロナ禍における医療現場の課題や、医療とデジタルの相性、さらには仕事の上で大切にしている姿勢について語り合った。

二人のトークはポッドキャストでも配信中。ここではテキストでお届けする。

「集中治療」の医師は何をしている?

川田:橋本先生は集中治療専門医として、毎日どんな流れでお仕事されているんですか?

橋本:まずは朝、医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、臨床工学技士、栄養士、リハビリテーション技師などが集まり、ICU(集中治療室)にいる患者さんたちをどのように管理していくか、カンファレンスを行います。そうしてチームのコンセンサスを得てから、その日の治療が始まります。そもそも集中治療という言葉自体をみなさんあまり知らないと思いますが、集中治療医は、実は50年ぐらい前に生まれた新しい分野です。ほとんどの病院には専属の集中治療医がいないんですよ。

川田:たしかにICUという言葉は、ドラマなどで見ることはありますが、普段はあまり身近に感じることがありません。

橋本:フィクションの中では、ICUで働いている医者は、だいたい変人として描かれることが多いですよね。実際、変わり者だと言われる人は多いです(笑)。
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コロナ禍、「ECMO」管理で役立ったClaris FileMaker

川田:橋本先生は集中治療医の他に、NPO法人ICONの理事長を務められながら、別のNPO法人日本ECMOnetでCOVID-19の重症患者状況の集計もされているんですね。ここでClaris FileMakerを使ったアプリ「CRISIS」の開発に携わっていらっしゃると。コロナ禍で、ECMOが足りないなどのさまざまなニュースを見てきましたが、ECMOの管理には、Claris FileMakerが使われていたそうですね。

橋本:管理というよりはむしろ、どれだけの人が全国でECMOの治療を受けていて、それがどういう状況なのか、記録として蓄積されずに消えてしまっていたデータを集めてフィードバックするものですね。その際、もっともユーザーインターフェイスが優れていたのが、Claris FileMakerだったんです。

現場の先生方は非常に忙しいので、わかりやすいインプットメソッドが必要です。いろんな要求にも即時的に応えて改造できなければいけない。Claris FileMakerはローコードでのプログラミングが可能なので、インプットメソッドとして一番良かったのだと思います。

川田:医療システムは病院ごとに管理しているツールが違うことが多く、総合的な俯瞰の情報を得ようとすると、結構大変なイメージがあります。

橋本:そうですね。電子カルテメーカーさんも国内にたくさんありますし、各メーカーさんが標準を作っているので、その中でいかにうまくデータをマッピングしながら取ってくるのかは、難しいところです。

川田:COVID-19の感染拡大の第一波や第二波の時、「ECMOが足りない」ということがしきりに叫ばれていましたよね。ニュースを見ていて不思議だったのは、その数字をどうやって計算しているのか、ということです。

橋本:結局、誰も真実がわからなかったんですね。「ECMOや人工呼吸器を増産しよう」という流れに行きかけたんですが、そこで我々医師は「待った」をかけたんです。というのも、ECMOや人工呼吸器は、実は日本の医療現場には非常に豊富にあるんですね。では何が足りないかといえば、そうした機械を扱える人的リソースです。もちろん、重症の患者さんがさらに増えればそうした機械の逼迫は起こりえたと思いますが、振り返ってみても、機械は余っていました。

川田:そういう状況だったんですね。
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【画面:人工呼吸器の装着数と受け入れ可能数の推移】

橋本:ヨーロッパにはECMOセンターがあり、そこで2〜30人の患者さんを一度にECMO治療することができます。ところが日本では、もっとも高度な医療機関でも、3人くらいしか一度に治療することができない。これは日本の今の医療体制では仕方がないんですね。それが「CRISIS」というアプリを使うことによって、どこの病院にどのぐらいECMOが必要な患者さんがいるのか把握できるので、この病院にこの患者さんを移そうとか、長期間ECMO治療をしたことがない経験値の低い病院から高い病院へ移そうということができます。各病院の受け入れ可能数、実態としての受け入れ数、一人ひとりの患者さんのECMO開始日や終了日、その後どうなったかなどを、できるだけ簡便に入力できる仕組みを作りました。

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医療の質を上げるために、集中治療専門医が必要

川田:お話を聞いていると、先生はいち医師として事象を見ながらも、同時にこの状況を俯瞰でも見ていらっしゃいますよね。どうしてそのような視点が備わっているんでしょうか?

橋本:集中治療医の仕事は、状況を見て、その分野のエキスパートたちを連れてきて、患者さんにとってベストな治療を提供することです。だから常に周囲に気を配る必要があるわけです。

川田:なるほど。コロナ禍で集中治療の重要性は見直されてきたと思いますが、現場ではどのようなことを感じていますか?

橋本:まだまだ集中治療専門医の数が足りないです。欧米に比べて5分の1ぐらいしかいないので、これから仲間を増やしていかないといけないですね。今の日本の医療体制では儲からない部門なので、そのあたりを変えていかなければ、医療の質を上げることは難しいかもしれません。一方で、日本は医療費を使いすぎだという面もあります。他の診療部門によっては明らかに働き過ぎている先生方もいらっしゃるので、我々集中治療専門医がその部分をフォローするなど、働き方改革の一環としても集中治療医は活躍できるんじゃないかと考えています。実は、各病院が厚生労働省に提出する医師届出票には、集中治療科という部門がないんです。この2年間でようやく重要性が認識されてきてはいるのですが。

川田:ちょっと余談ですが、僕の友達が「日本唐揚協会」の会長をやっているんです。彼がなぜ立ち上がったかというと、日本料理の中で「唐揚げ」というカテゴリがない、そこに危惧を感じたというんですね。集中治療と唐揚げを一緒にしてはだめだと思いますが(笑)。

橋本:いや、なるほど、似てますね(笑)。

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国内のCOVID-19重症患者をトラッキングする「CRISIS」とは?

橋本さんは、パンデミックが日本に広がる前の2020年2月の時点で、日本国内の重症患者をトラッキングする仕組み「CRISIS」をいち早く構築されたということですが、これはどんなものなのか、改めて教えてください。

橋本:2020年の2月ですから、まだ多くの人がのんびり構えていた頃です。日本国内のPCR陽性患者も200人くらい、亡くなった方もまだいない状況でした。ちょうどその頃、日本ICU患者データベース : JIPADの仕組みを改善するために、Claris社の社員の方と、大阪でClarisパートナーの JUPPOワークスの開発の方と面会をしていたんです。その時に、日本集中治療学会の理事長が私に電話をかけてきたんです。「これやばいよ。橋本、なんとかせえ」と。そのやり取りを聞いていたJUPPOワークスの方が、ぜひ手伝わせてほしいと。そうして6日間で作り上げたのが「CRISIS」です。

川田:6日間……!
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【画面:6日間で構築したCRISISアプリのレイアウトの一部】

橋本:その間、私の方では人集めをしていました。日本集中治療学会や日本救急医学会などの上層部や理事会に話を通して、それらの学会の700近くある認定施設に、一斉に協力要請したんです。3月初め頃から順調にデータが揃い出して、5月のゴールデンウィークの頭には、かなりの数の症例が集まっていました。それだけ早くできた理由は、やはり、Claris FileMakerで作ったからです。2020年の2月から今日までに何人が重症だったかというデータは、このCRISISにしかないんです。

川田:ということは、私たちは普段、「CRISIS」のデータを見ているんですか?

橋本:そうです。ただ、「CRISIS」も結局、お願いベースで入力してもらっていて、実は100%の病院が協力してくださっているわけではないので、推測ではあるんですが、今までECMOが必要だった患者さんは1,300人ぐらいで、人工呼吸器が必要だった人は1万人強です。こういったデータも「CRISIS」にしかありません。

川田:コロナ禍はまだ続いているので、こうしたエビデンスは非常に重要だと思います。ちなみに、「CRISIS」の開発を橋本先生が主導されたのはなぜでしょうか? 

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橋本:まあ、元々好きだったからですね。大学を卒業した1980年頃に初めて買ったコンピュータがMZ-80Bで、その後はSORDのM223を使いました。MS-DOSの前ですね。SORDのM223にはワープロがついていて、初めてワープロで英字論文を書きました。そのあたりから「面白いなあ」と感じるようになって。90年代にアメリカに留学した時にはNCSA Mosaicを見て衝撃を受けて、しかし帰国して大学に行ったら何もないわけです。10BASE5ってご存知ですか? イエローケーブルという太いケーブルを延ばして、天井裏で業者さんと一緒にインターフェイスに穴を開けてネットワークを作ったりしていました。

それで、90年代にSE /30というMacのパソコンを買って。めちゃくちゃ高かったけれど、今でも動くんですよ。そこからMac人生で、その途中でClaris FileMakerに出会ったんですね。
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川田:さっきから「この人、只者じゃないな……」と思って聞いていましたが(笑)、元々コンピューターがお好きなんですね。

橋本:好きなんですが、餅は餅屋で、JUPPOワークスさんに作ってもらうと、すごくリファインされた素晴らしい作品ができあがるんです。彼らはICUが何の略かもわからないところから始めるのに、思い通りのものを作ってくれる。完成したときは非常に嬉しかったですね。

川田:ゴリゴリのプログラム言語を介すと、お互いの専門性の壁が崩れない気がします。でもClaris FileMakerならデザインが見えているので、お互いが共通の場所で会話できますよね。

橋本:できたものが頼んだものと全然違う、ということはよくあります。Claris FileMakerの場合は、たとえそうであっても、そこから変えていける。融通が利く点が非常に大きいです。
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【画面: FileMaker で症例登録されている 日本ICU患者データベース: JIPAD】

研究者にも一般人にも役立つデータを提供

川田:「CRISIS」を運用して2年以上経ちましたが、手応えや反響はいかがでしょうか?

橋本:上々ですね。素晴らしいというお褒めの言葉もいただいていますし、「CRISIS」に蓄積されたデータは、一般の方々が見られるように公開もしています。一般公開用のダッシュボードはTXP Medical(株)という東京大学発のベンチャー企業が作ってくれました。TXP Medicalさんは、「CRISIS」に蓄積されたデータを論文化して研究として役立てる仕組みも構築してくださっているんです。国民の皆様には見やすい形でデータを提供する、先生方には研究論文のためのデータを提供する、その両面でうまくいっています。さらにはこうしたデータが診療報酬改定にも繋がったので、私としては非常によかったと思っています。
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【画面:蓄積されたデータの分析例 人工呼吸器とECMOの相関関係】

また、運用することでいろんな学びもありました。一例を挙げると、重症化してECMOや人工呼吸器を使っても亡くなられた方は、多く見積もっても3,000人ぐらい。しかし、コロナにおける死者数は3万人を超えています。

あとの2万7,000人はどうなったのか? 実は、健康年齢というのは、ほとんどの方が70歳程度なんですね。80歳を超えてしまうと、多くの方は抵抗力がなくなってしまう。人工呼吸器とかECMOを使った治療というのは、それそのものが侵襲(生体の内部環境の恒常性を乱す可能性がある刺激のこと)なんです。つまり、口から管を挿れて眠ることは、本来、それをするだけでも亡くなってしまいかねないようなことなんです。

そういう方には、苦しくないような最小限度の治療(コンフォートケア)をしてお見送りをした、そういうことがはっきりデータとしてわかってきました。もちろん現場に行けばみなさんその通りだと言うんですが、間違った解釈をされると「2万7,000人を見殺しにしたのか、もっと人工呼吸器を」という話になりかねない。そのあたりの事実をしっかり示せたのは良かったのかもしれません。

川田:それは大きなエビデンスですよね。なるほど、そもそも対応できる年齢ではないんですね。

橋本:医学の世界ではよく言うんですが……「悲しいけれども死亡率は100%」。みなさんいつかは必ず亡くなるんですね。
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川田:僕はシステム開発の現場をたくさん見ていますが、「システムの入れ物がこうなんだからこれに従ってください」みたいな現場が一番良くないんです。「CRISIS」は入れ物の造形から一緒に作った感じなので、現場として理想的だと思いました。

橋本:医療のデータがデジタルに向いてるんですよね。それに、今までは全部垂れ流しだったんです。それを少しだけこういったアプリで吸い上げている。ですから、今やってることに満足しているわけではありません。もっと吸い上げないといけないし、それによってより良い知見が出てくるだろうと思います。

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マンガに学ぶ仕事の姿勢

川田:最後に、仕事の哲学についても聞かせてください。橋本先生は、仕事においてどんなときに喜びを感じますか?

橋本:患者さんが良くなられるのが一番の喜びです。それと、一緒に働いている仲間と同じ方向を向いて仕事ができたとき、みんなの考えが一致したときは、とっても嬉しいです。

川田:大切にしている言葉はありますか? 

橋本:「人間は間違える」です。 誰でも必ずミスをします。ミスしないようにするのは無理なので、いかにそのミスを早く発見して、正常なレールに戻すかが重要ではないかと。 家でそう言うと 「あんた自分に言い訳してるだけやろ」と言われるんですが(笑)。

それからもうひとつ、最近知った言葉ですが「経験は思考から生まれ、思考は行動から生まれる」。これは ベンジャミン・ディズレーリというイギリスの政治家の言葉ですけれども、コミックの『ザ・ファブル』を読んでいて出会いました。

川田:えっ!? 先生、『ザ・ファブル』を読んでいるんですか!?

橋本:読んでます。思考してから行動して、それが経験になるというのが普通の考えだけれど、ディズレーリ曰く、まず行動だと。行動することによって思考が生まれて、それが経験になる。これはまさしく、CRISISで我々がやったことだと思ったんです。

川田:たしかに良い言葉ですが、橋本先生が『ザ・ファブル』を読んでいる、ということが面白いですね……。『ザ・ファブル』のような身体的なマンガの表現は、お医者さんが読むと、僕らとは違って見えるんでしょうね。

橋本:違って見えますね。一例として、『ミリオンダラー・ベイビー』という映画がありますよね。アカデミー賞を4部門も受賞した作品ですが、僕にしてみたら、あれは全く同意できない。

川田:(笑)。

橋本:『ミリオンダラー・ベイビー』では、女性ボクサーがチャンピオンになるんですが、イカサマをされて頸椎損傷し、車椅子生活になります。一生、人工呼吸器を着けなければいけない。彼女の場合は気管切開といって、喉に穴を開けて人工呼吸器を入れるんですが、人工呼吸をすると、その上にある声帯に空気が通らないので、絶対に喋れないんです。でも、映画では会話してるんですよ。

川田:あら……おかしいですね、それは(笑)。

橋本:そのシーンを見た時にはもう映画館から出ようかなと思ったんですけども(笑)、よく考えれば、そうじゃないと劇中のストーリーが進まないですよね。

川田:面白い。「医者が見た映画の矛盾」みたいなデータベースを作ってほしいですね。『グラップラー刃牙』とか『北斗の拳』とか、面白いけれど、医学的にどうなんだろうと思う箇所が結構あるじゃないですか。だってケンシロウは、まだ生きている人に向かって「おまえはもう死んでいる」と言うんですよ? それは医学的におかしいんじゃないかと思うんですが、橋本先生にはぜひそういった話もまた聞いてみたいです。

橋本:『北斗の拳』は読んでいなかったので、勉強しておきます(笑)。

<編集 ピース株式会社 構成 山田宗太朗>

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