資本主義が限界に近づく社会で、「豊かさ」「幸福」とは何だろう【アジカン・後藤正文×経済思想家・斎藤幸平】

後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)が経済思想家の斎藤幸平と、資本主義の限界を軸に、これからの時代における「豊かさ」について考えた。

後藤と斎藤がトークを展開したのは、1月10日(日)放送のJ-WAVEのPodcast連動プログラム『INNOVATION WORLD ERA』のワンコーナー「FROM THE NEXT ERA」。後藤は同番組の第2週目のマンスリーナビゲーターを務める。

「みんなが豊かになるんだ」で、地球はどうなる?

後藤は斎藤の著書に大きく影響を受けているそうだ。その一冊が2020年9月に刊行された『人新世の「資本論」』(集英社新書)。

【『人新世の「資本論」』の内容】
人類の経済活動が地球を破壊する「人新世」=環境危機の時代。
気候変動を放置すれば、この社会は野蛮状態に陥るだろう。
それを阻止するためには資本主義の際限なき利潤追求を止めなければならないが、資本主義を捨てた文明に繁栄などありうるのか。
いや、危機の解決策はある。
ヒントは、著者が発掘した晩期マルクスの思想の中に眠っていた。
世界的に注目を浴びる俊英が、豊かな未来社会への道筋を具体的に描きだす!
集英社新書公式サイトより)

後藤:音楽をやりながら、CDをたっぷり生産しながら、ずっとモヤモヤと悩んでいたこととか、「このままでいいのかな」「おかしいよな」って思っていたことが、斎藤さんの登場によって言語化されるというか整理されて、姿を現した感じでした。『人新世の「資本論」』は、斎藤さんがこれまで話されてきたことを、新書でわかりやすくプレゼンテーションしてくれた内容で、すごくおもしろかったです。
斎藤:ありがとうございます。みんなモヤモヤ感じていることってあると思うんですね。「生活がしんどいな」とか「今の生活を続けていて未来は大丈夫なんだろうか」とか。2020年は新型コロナでそれをみんなが意識せざるを得なくなり「このままじゃヤバいんじゃないか」という気持ちがだいぶ広がっていった中で、『人新世の「資本論」』を出しました。社会を変えていく新しいうねりにつなげていけるかなと思っています。

タイトルにある「人新世」とは、地質学の概念であり、人間のいろいろな経済活動が地球全体を覆っている時代という意味である。

斎藤:例えば、大気中には二酸化炭素が大量にあって、海もプラスチックであふれている。それが地球規模での気候変動のようなグローバルな問題を引き起こすようになってしまっている時代だと表すのが「人新世」という言葉です。
後藤:人間が絶滅したら「ここは明らかにおかしなことが起きていたんだ」とわかるような(時代ですよね)。
斎藤:先日、人間がつくり出した人工物の量が、もともとあった生物量を超えたというニュースがありました。私たちはものすごい量でありとあらゆるところにビルを建てたり、アマゾンなどを切り開いたりしているわけですけど、どう考えても地球は有限なので、このまま経済成長を続けて「みんなが豊かになるんだ」ってことだけを突き進んでいくと、逆に自分たちの一番の基盤である自然そのものを破壊し尽くしてしまい、それでは元も子もないですよね。それをある意味でスローダウンさせるための警告が新型コロナだったんじゃないかなと思うんです。

「消費」は幸福なのか。現代人は資本主義に煽られている

後藤が『人新世の「資本論」』でとくに印象に残ったのは、今の時代を人新世ではなく資本新世と呼ぶのが正しいのかもしれないという一節だった。

後藤:僕たちはずいぶん資本主義に煽られているというか。環境破壊もそうだけど、いろんなアクセルになっているような気がします。
斎藤:今、あらゆる産業が行き詰まっているんですよね。洋服も「これ一生ものですよ」とか言いながら、翌週にはセール品になっていたりするじゃないですか。そういう、みんなに嘘を強いたり、みんなが「無限に消費しろ」というプレッシャーにかり立てられたりしている生活は、実はあまり幸せじゃないと思いますよね。
後藤:先進国はすでにじゅうぶんに富があるって話もありますよね。これ以上に成長しなくてもいいくらい豊かさはあるけど、その中で貧困があるのは、富が行き渡っていなくて偏在しているから。それを自分の中で重く受けとめています。

斎藤は、それが資本主義の矛盾だと後藤に同調しつつ、2020年11月、藤原辰史が上梓した『縁食論――孤食と共食のあいだ』(ミシマ社)を紹介する。

斎藤:この本では、そもそもなぜ人間が生きるために必要な食べ物が商品化されているのかという考えがありました。ベーシックなものは必要であればタダでもらえるような仕組みや試みが必要であり、その動きは少しあるんですけど、もっといろんなところにあっていいし、みんなが食べ物の心配とか住居の心配とかをしなくてよくなれば、今ほど働かなくてよくなるわけですよね。実は今、みんな必死に働き過ぎちゃって、すごくものがあふれてしまっているわけです。
後藤:そうですよね。
斎藤:そうなると、それを売らなきゃいけなくなるので、ものすごく広告を打たなくてはいけなくなる。それで我々はそれに駆り立てられてしまうけど、みんなが生活に必要なものが共有財産や無償化すると、働かなくてよくなって消費も減っていく。そういうポジティブな循環がでてくると思います。

後藤は斎藤に紹介してもらった「コモン」(共有財)という概念が一番好きだと話す。

後藤:「コモン」を取り戻すには、どうやって想像するのが一番分かりやすいのかなって考えていて。それで月を考えたらおもしろいと思ったんです。どう考えても月って誰のものでもないわけじゃないですか。例えば「明日から満月を見るのに毎月3000円のサブスクリプションを取られます」とか言われると「それは(違うから月を)取り返そう」ってなりますよね。
斎藤:本来は月が誰のものでもないように、地球も誰のものでもないわけですよね。そういう意味で言うと、今の世代の人たちが「これは俺の土地だから」と好き勝手に使っていたりするけど、それをやると将来の世代はすごく劣悪な地球環境の元で住まなければいけなくなる。自分たちの尻拭いを次の世代にさせたり責任を転嫁したりするのではなく、未来の視点も入れて僕らの社会を考えること。今の貧しい人たちのことも考えなきゃいけないけど、将来生まれてくる人のことももっと考えなきゃいけない。でも資本主義だと、もっと短期的に利益を生むとか、もっと金持ちになりたいとか、もっと便利な生活をしたいみたいな意識が強くなって、長期的なプランや思いやりが欠如してしまう。それが問題をここまで大きくしてしまっているひとつの原因かなと思います。

社会問題を発信するZ世代。「カッコよさ」は重要だ

続いて、社会的な発信をするグレタ・トゥーンベリやビリー・アイリッシュなどZ世代と呼ばれる新世代の話題に。後藤は自身の世代を「社会にコミットせずに生きてきた僕たち」と表現しつつ、Z世代と呼ばれる今の若者の考え方を斎藤に訊いた。

斎藤:Z世代というと1990年代後半以降に生まれた世代で、日本でなじみがあるのは大坂なおみさんですよね。大坂さんはテニスの大きな大会で「Black Lives Matter」と連帯してマスクにメッセージを書いたりしました。今までのスポーツ選手はそういうことをやってこなかったし、日本のスポーツ業界やスポンサーはほぼ無視をしてきた。でも、そういった行動がポジティブな変化をもたらしています。この間もネットで物議を醸したナイキのCMがありましたよね。

動かしつづける。自分を。未来を。 The Future Isn’t Waiting. | Nike

斎藤:ああいう形で大企業も多様性とか反差別とか環境問題の取り組みを訴えかけざるを得なくなっている。その背景にはまさにZ世代の若者がちゃんとそういう対策を取らないような企業からはものを買わないとか、いけないことに対して萎縮せずにダメだと言うとか、ポジティブな変化をもたらしていこうというマインドが出てきている気がします。音楽業界も感じますか?
後藤:感じますよ。この間、若いラッパーのDaichi Yamamotoさんと話したんですけど、「ビリー・アイリッシュってどう思う?」って訊いたら、よどみなく「カッコいいと思います」と言っていて、すごくいいリアクションだなと思いました。若い世代にとっては社会に対してものを言うことがフラットなことなんじゃないかなって。そういうことを積極的に発信するミュージシャンも増えているし、例えばこの番組に出てくれたZoomgalsのなみちえさんも積極的にいろんなことを発信しているし。

【外部リンク】後藤正文が訊く。多彩な表現力で時代の文化を築く、なみちえの感性

斎藤:「カッコいい」ってすごく大事ですよね。SEALDsが広がったのってカッコよさがあったからだと思うんです。逆に社会運動でなかなか広がらないのは、「正しいことを言っているけどちょっとダサくない?」みたいな、日本の左翼みたいなイメージがずっとあったけど、今は若い人たちが音楽などで(カッコいいイメージで発信しています)。

「本当にその規模は正しいのか」見直すタイミングだ

斎藤は4月24日(土)に開催される学生発の気候問題啓発音楽イベント「Climate Live Japan」について紹介した。

斎藤:これはもともとイギリスで生まれた運動で、それの日本版を世界同時で開催します。そういうものを若い人たちが中心となってやり、そこに音楽がはさまることでカッコよさも生まれて、一緒に何かを考えることが楽しくもあり大切でもある。そういうポジティブなシナジーが生まれてくると社会はどんどん変わっていきます。それがアメリカとかヨーロッパで起こっているのはまさにそういうことだと思います。
後藤:ちゃんとクールとかカッコいいとかを書き換えるところまで責任を持って僕らの世代も挑んでいかないといけないと思います。今はネットで作品をいくらでも発表できるし、変な権威にとらわれずにいろんなやり方で自分の表現を発表できるから、斜に構えてる暇はないのかなと。真っすぐにエネルギーを出さないと突き抜けられないのかもしれないし。
斎藤:どこにいてもネットを使えば世界のトップの映像などにアクセスできるし、世界中の曲を聴けるから、無意識レベルでの教養がものすごく豊かになりやすいってことですよね。
後藤:そうだと思います。俺だけが知っているものは、本当に俺だけしか知らないことしかないくらいというか、人に言えないことだけしかない、というかね。
斎藤:それってかつての大手メディアとか大手レコード会社のモデルが崩れているから、二面性がありますよね。そこで生まれてきたチャンスもあるけど。サカナクションさんか誰かがサブスクリプションだけだと食えないみたいなことを言われていて、あのレベルでもお金にならないんだって驚きました。

サブスクリプションの問題は、「サブスクリプションのCEOみたいな人が、ミュージシャンでは想像もつかないようなぜいたくな暮らしができていること」と言及する。

斎藤:その格差や構造は絶対におかしいですよね。
後藤:あるいは僕たちが食えている、食えていないと言っている規模感も見直さないといけない。例えばアリーナツアーやドームツアーをやって「それでサブスクリプションでは食えません」って「そりゃそうだろ」って思うわけです。そこから得られるものが違うから。でも、若い世代でDIYでやっている人たちとかでYouTubeでバズが起きたとか、自分の規模ではやれている世代が出てきたのも事実です。だから、今回の新型コロナで「本当にその規模は正しいのかを見直さないといけないぜ」と考えました。僕の考えでは、東京ドームの音響で良い音楽なんて聴けるかよって気持ちもあるというか。
斎藤:野球場ですからね。
後藤:そうなんです。人を集めるためだけにデカい箱を選んでいるだけであって、数とか儲けとか利益のためにまわっているわけですよね。
斎藤:よく「脱成長とかになるとみんな貧しくなったり、努力しなくなったりするんじゃないの?」って訊かれるけど、むしろ今の社会だと売るためとか成功するためということが先にきちゃって、それゆえにできなくなっていることとか、チャレンジできなくなっている人がたくさんいると思います。もっとみんなが音楽を演奏したり集まったり、シェアできる文化のほうが実は豊かなんじゃないかなという気がします。そういうほうがイノベーションが生まれてくるはずなんですよね。

斎藤の著書『人新世の「資本論」』で、豊かな未来社会とはなにかを考えてみては。

番組は、J-WAVEのポッドキャストサービス「SPINEAR」でも聴くことができる。

・SPINEAR
https://spinear.com/shows/innovation-world-era/

『INNOVATION WORLD ERA』では、各界のイノベーターが週替りでナビゲート。第1週目はライゾマティクスの真鍋大度、第2週目はASIAN KUNG-FU GENERATION・後藤正文、第3週目は女優で創作あーちすとの「のん」、第4週目はクリエイティブディレクター・小橋賢児。放送は毎週日曜日23時から。
radikoで聴く
2021年1月17日28時59分まで

PC・スマホアプリ「radiko.jpプレミアム」(有料)なら、日本全国どこにいてもJ-WAVEが楽しめます。番組放送後1週間は「radiko.jpタイムフリー」機能で聴き直せます。

番組情報
INNOVATION WORLD ERA
毎週日曜
23:00-23:54/SPINEAR、Spotify、YouTubeでも配信

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