2011年、東日本大震災時の宮城県気仙沼市/PIXTA(ピクスタ)

東日本大震災後の日本は、「考えてもしかたない」意識が蔓延している【東浩紀×津田大介】

東日本大震災から8年。この間、福島第一原発観光地化計画やチェルノブイリツアーなど思想家という立場から、未曾有の災害とさまざまな形で向き合ってきた作家・思想家の東 浩紀さんに、改めていま思うことやこれからの日本に必要なことを訊きました。

【3月11日(月)のオンエア:『JAM THE WORLD』の「UP CLOSE」(ナビゲーター:グローバー/月曜担当ニュースアドバイザー:津田大介)】 http://radiko.jp/#!/ts/FMJ/20190311201833

■「震災で僕たちはバラバラになってしまった」

震災後の2011年9月に緊急出版した『思想地図β vol.2 震災以後』(合同会社コンテクチュアズ)のなかで、東さんは「震災で僕たちはバラバラになってしまった」という文章を寄せています。

:震災後、この問題はどんどん深まってきました。たとえば原発に賛成なのか反対なのか、放射能による健康被害はあるのかないのか、福島県民の味方なのか敵なのか、それまで友人関係や家族関係のなかで親しかった人たちが、これらの問題によってバラバラになったケースがとても多かったと思います。震災以後、民主党政権が自民党政権に変わり、多くの時間は安部政権ですが安部政権になってから、安部対反安部という簡単な対立軸が日本で強くなっていった。つまり、「震災で僕たちはバラバラになってしまった」っていうのはただ震災だけが問題ではなく、世界的にSNSなどが盛り上がり、フェイクニュースやポストトゥルースの時代に入ったことも大きく、2010年代を振り返ると、かつてだとなんとなくなあなあでスタンスが違ったとしても話ができる状態だったものが、敵か味方かはっきりしろと。それについてお前はどちら側なんだと突きつけることこそが、正しいことだという態度が日本中にまん延したのかなと思います。

その流れによって、議論は単純化され、YESかNOかどちらかを判断する世の中になったと東さんは付け加えます。

津田:しかも賛否を表明しない人に対して「賛否を表明しろ」という圧力も強くなりましたよね。
:僕のような言論人にとって、非常にやりにくく、苦しい時代になりましたね。


■1990年代や2000年代に比べ、ギズギスした時代に来ている

ここでリスナーからのメッセージを紹介しました。

「僕は2011年3月11日を境に何か時代の空気が変わったと思います。その空気のなかで、時代と人々から熱が、そして他者と未来を見通す視座が失われ、人々は今ここだけの豊かさと、それを与えてくれる権威や力を求めるようになったと思います。果たして、あの日以前の日常は帰ってくるのでしょうか」

:その日常は帰ってこないでしょうね。さっきも言ったように、2010年代の日本社会の変化は震災だけが原因ではなかったと思います。僕たちは1990年代や2000年代に比べると非常にギズギスした時代に来ているわけです。あらゆるところに問題があって、少し何か言えば炎上する。かといって気を抜くとまた何かに巻き込まれる。いつもみんながピリピリしていないといけない時代にいます。この状態はなかなか変わらないだろうと思います。2020年に東京オリンピック・パラリンピック、2025年に大阪万博が控えています。そのある種お祭りがある間はいろいろな問題が薄れているが、2020年代中盤くらいにお祭りのストックが切れてしまう。そこでふと自分たちの足元を見たときに、日本人がどういうことを望むかはわからないので、怖いですよね。

東さんは「震災後の政治に関しては、お祭り的なポピュリズムを繰り返すことで、最大野党が自ら自滅した問題も大きい」と指摘。

:選挙や政治に関してもお祭りを期待する人々の気持ちがすごく強くなってきていると思います。今年も選挙がありますし、憲法改正の国民投票もあるとすれば、それ自体がひとつのお祭りになります。そのお祭りをやっている間に、本質的な改革だとか足元の政策議論がどんどん忘れられていく。それがどんどん進行している時代だと感じます。


■現実を見ず、問題も忘れ去られる

東さんはツイッターで「福島でも東京でもみんなやっかいな現実から目をそらして日常を送っている」と発信しています。その真意とは。

:地震に関して、日本は毎年のように「あと何年以内に大地震が起こる確率が90パーセント」とか言われていますよね。
津田:首都直下地震は25年以内に起こる確率は70パーセント以上とか、南海トラフ地震は30年以内に90パーセント近い確率で起こるとも言われています。
:でも、そう言われていてもみんな「だから何?」って感じなわけです。地震はしかたない部分はあると思いますけど、「地震もどうせ来るけど、俺たちは気にしないで生きていくぜ」みたいな考えがデフォルトになっている。本当であれば改革しないといけないこともたくさんあります。つまり、人間の力によってちゃんと考えていかなければならないこと。震災で言えば、福島第一原子力発電所の廃炉の問題だとか。けれども、そういう問題も全部ごちゃ混ぜになってしまって、とにかく地震もどうせ来るし、どうせ廃炉もできない、そして沖縄にも基地ができるし、安部政権も変わらない。「何もかも考えてもしょうがないから、とりあえずお祭りやっておくか」みたいな感じになっているように見えます。

大地震が30年以内に確実に来るんだと言われても「じゃあどうしたらいいんだ」と戸惑う。しかし、一方でみんなが東京を捨てて、日本を捨てて逃げるのかと言えば、それはできない。そういった部分で、東さんは「現実を見ないで生きていくことが必要なのは確か」と話しながらも、「しかし、それがあらゆる社会問題や生活のさまざまな部分までどんどんまん延している」と言及。

:この1年を振り返ってみても、もはやみんな忘れていると思いますが、公文書偽造問題などいろんな問題が出てきました。でも、「しょうがないよね」「そういう国だしね」となんとなく忘れ去られ、その意識が拡大している。これは何かのかたちで止めなくてはいけないけど、どうやったら止まるのかを僕は率直に言ってわかりません。


■福島原発事故は「人類全体の事故」

東日本大震災から8年経った今、東さんは「日本は風化が進んでいると感じる」「特に福島第一原子力発電所の事故は急速に人々が無関心になっている」と指摘します。

:たとえば、チェルノブイリでは原発事故から6年後に市民の有志が首都キエフにチェルノブイリ博物館を作り、その4年後にそれが国立の博物館になった。それに対して僕たちは、震災から8年経っても福島原発の事故に関して事故博物館のようなものを作るという動きは出ていない。これからも出そうにない。これは大きな違いだと思います。「チェルノブイリの事故と福島の事故を比べること自体がよくない」という議論もあるけど、このふたつの事故は、原子力の歴史においては象徴する大きな事故です。そのことについて、僕たちは未来の福島県民とか未来の日本人ではなく、未来の人類に対して記録を残し、説明する義務があります。けれど日本社会はその義務を果たしていないと思っています。

かつて水俣病の問題に関して国や県、市が残している資料に加え、それでは不十分だとして民間の資料館がありそれがちゃんと残っていること、また阪神淡路大震災の7年後に「人と防災未来センター」が、広島原爆の10年後に平和記念公園ができたことを例にとり、こう続けます。

:これまで日本人は、大きな事故や災害についての記録をしっかりとやってきていました。ところが、この福島原発事故に対しては非常に動きが鈍いような気がします。この原因はいろいろな観点で考えるべきだと思います。福島原発事故に関するここ8年間の言論状況が、どこかの段階で違った方向に行ってしまったようなので再検討する必要があると思います。

今回の福島原発事故は福島県民のものでも日本人のものでもなく、人類全体の事故であり、この記憶、記録は人類全体のもの。「その意識をもっと日本人全体が持つ必要があるのではないか」と東さんは問いかけます。

:当事者って誰なんだということです。もちろん被害者は当事者ですけど、その人たちが全て事故に関する言葉を独占することができるのかと言えば、僕は違うと思います。それをもっと多くの人たちが理解して関心を持つ。そして、政府が言うような廃炉計画は進まないので、それを「政府にだまされた」と考えるのではなく、自分たちの問題として関心を持つべきです。これは日本人だから、ではなく文明そのものが原子力に依存しているのであって、そこでこのような事故が起こった。そのことを、人類のひとりとして関心を持つべきだし、世界にも発信していくべきだと思いますし、改めてみなさんに考えてほしいですね。

東日本大震災や福島原発事故などを、他人事ではなく自分事として考える。まずはその一歩から皆が考えてみることが大切です。

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